婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾

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第13話 死者の名は呼ばれない

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第13話 死者の名は呼ばれない

 その日の夕刻、フォールス・アキュゼーションは窓辺に立ち、外の空を見ていた。

 セルディア王国の空は、アウレリウム王国のそれと大きく変わらない。雲の流れも、風の匂いも似ている。それなのに、ここは確かに「外」だった。追放された身としてではなく、存在そのものが消された場所。

 ――私は、もう生きていない。

 その認識は、奇妙な安定をもたらしていた。

 扉がノックされる。

「入る」

 ディヴァイン・プロテクションの声だった。

 彼は室内に入り、扉を閉めると、いつもより少し低い声で言った。

「動きがあった」

 フォールスは振り返る。

「王太子側、ですか」

「それだけじゃない」

 ディヴァインは、机の上に一枚の紙を置いた。

「これは?」

「報告書だ。非公式だがな」

 フォールスは紙に目を落とす。そこに書かれていたのは、簡潔な内容だった。

 ――追放された元公爵令嬢フォールス・アキュゼーション、暗殺未遂の後、死亡と確認。
 ――実行者の証言により、遺体確認は困難だったが、致命傷あり。

 フォールスは、ゆっくりと息を吐いた。

「……“死亡と確認”」

「キラの報告だ」

 ディヴァインは淡々と告げる。

「王太子フレイム・ファブリケイト・ロイヤル・ロードは、これをもって一件落着と考えている」

 フォールスの唇が、わずかに歪んだ。

「都合のいい結末ですね」

「だからこそ、使える」

 ディヴァインはそう言った。

「死者は、反論しない。だが――」

「生きていれば、最大の矛盾になる」

 フォールスは、静かに言葉を継いだ。

 ディヴァインは、短く頷いた。

「殿下も同じ考えだ」

 王弟エクイティ・フェアネス・ロイヤル・ロードの姿が、脳裏に浮かぶ。穏やかな笑みの奥に、冷静な計算を隠した男。

「……私が表に出るのは、いつになりますか」

「裁判の準備が整ってからだ」

「それまでは」

「完全に“死者”として扱われる」

 フォールスは、紙をそっと机に置いた。

 自分の死が、書類一枚で確定した。その事実は、恐ろしいはずなのに、不思議と冷静に受け止められた。

「死んだことにされた以上、私は何者でもない」

「違う」

 ディヴァインは、即座に否定した。

「お前は、切り札だ」

 その言葉に、フォールスは視線を上げた。

「切り札、ですか」

「そうだ。最後に出すからこそ、意味がある」

 沈黙が落ちる。

 フォールスは、窓の外に再び目を向けた。

 王都では今頃、彼女の死を前提に話が進んでいるのだろう。失策は“既に処理された案件”として整理され、責任は追放された女に押し付けられたまま、王太子は平然と政務に戻っている。

 ――その平然さこそが、罪だ。

「……一つ、聞いてもいいですか」

 フォールスは、静かに口を開いた。

「暗殺者のキラは、どうなりますか」

 ディヴァインは、少しだけ間を置いて答えた。

「生きている」

「それは……」

「殿下の判断だ」

 フォールスは、理解した。

 キラは、使われる。
 自分と同じように。

「彼は、証言するのですね」

「条件付きでな」

 ディヴァインの声は、変わらない。

「過去の罪を問わない。その代わり、すべてを語る」

 フォールスは、目を閉じた。

 自分を殺そうとした男。
 その男の言葉が、王太子を追い詰める。

 皮肉だが、理にかなっている。

「……因果応報、ですね」

「違う」

 ディヴァインは、静かに言った。

「これは、整理だ」

 悪意を断ち切り、構造を明らかにする。
 誰が命じ、誰が実行し、誰が利益を得たのか。

 フォールスは、目を開けた。

「私は、死者として扱われる間、何をすればいいですか」

「準備を続けろ」

「それだけで?」

「それだけでいい」

 ディヴァインは、扉へ向かいながら付け加えた。

「死者は、目立たない。だが、忘れられた頃に現れれば、最も効く」

 扉が閉まる。

 再び一人になった部屋で、フォールスは静かに椅子に腰を下ろした。

 死者の名は、今は呼ばれない。
 だが、呼ばれるべき時が来れば――
 その名は、裁きの場に響く。

 フォールス・アキュゼーションは、自分の名を心の中で反芻した。

 奪われた名。
 罪を被せられた名。

 それを取り戻すのではない。
 それを、真実として刻み直す。

 その時まで、彼女は“死者”であり続ける。

 だが、死者は沈黙するとは限らない。

 その沈黙こそが、
 次の一撃のための、静かな助走なのだから。
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