婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾

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第14話 水面下の準備

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第14話 水面下の準備

 フォールス・アキュゼーションは、静かな朝を迎えていた。

 死者として扱われる生活にも、少しずつ慣れてきた。部屋の外に出ることは制限されているが、完全な隔離ではない。必要な移動は、時間と経路を厳密に管理されたうえで許される。名を呼ばれることはなく、廊下ですれ違う職員たちも、彼女を「客」としてのみ認識している。

 存在しているが、存在していない。

 その曖昧さが、今の役割だった。

 机の上には、整理された紙束が並ぶ。記憶から書き起こした文書の構造、提出時点の正規書式、王城内部での決裁の流れ。それらを、日を置いて何度も確認し、矛盾がないかを確かめている。

 証言は、一度きりだ。
 言い直しは、弱さとして扱われる。

 だからこそ、完璧でなければならない。

 ノックの音がした。

「失礼します」

 入ってきたのは、昨日とは別の法務官だった。年配で、眼差しが鋭い。

「本日は、証言の順序について確認を行います」

「分かりました」

 フォールスは、椅子を引いた。

 机を挟み、向かい合う。

「あなたは、裁判の冒頭では発言しません」

 法務官は、淡々と説明を始めた。

「まずは、書類そのものの不備を、第三者の専門家が提示します。その後、あなたが呼ばれる」

「死んだはずの証人として、ですね」

「ええ」

 その言葉は、事実を述べているだけだった。

「あなたが最初に語るべきは、感情ではなく、作業の流れです。いつ、どの段階で、何を確認したのか」

「理解しています」

「そして」

 法務官は、一枚の紙を差し出した。

「この点については、こちらから質問するまで触れないでください」

 フォールスは、目を落とす。

 そこには、王太子フレイム・ファブリケイト・ロイヤル・ロードの名と、決裁印の扱いに関する項目が記されていた。

「……終盤で出す、ということですね」

「はい」

 早い段階で王太子の名を出せば、防御に回られる。証言の流れを断ち切らせないための配置だ。

「あなたの役割は、あくまで“事実を示す存在”です」

「承知しています」

 確認は短時間で終わった。法務官は、必要なことだけを告げ、無駄な励ましも不安を煽る言葉も残さず去っていく。

 一人になると、フォールスは深く息を吐いた。

 準備は、着実に進んでいる。

 だが、同時に理解していた。

 これは、表の準備だ。
 本当に重要なのは、水面下だ。

 午後、部屋を移るよう指示が出た。

 向かった先は、地下に近い小さな会議室。窓はなく、灯りは控えめだ。中には、ディヴァイン・プロテクションと、見覚えのない男が一人いた。

 黒装束ではない。
 だが、その佇まいには、街道で見た“気配”と同じものがあった。

「紹介する」

 ディヴァインが言う。

「彼が、キラだ」

 フォールスの視線が、自然と男へ向く。

 暗殺者。
 自分を殺したことになっている男。

 キラは、短く頭を下げただけだった。感情は見えない。だが、敵意もない。

「……初めまして」

 フォールスは、そう言った。

 この言葉が正しいのか、一瞬迷ったが、他に適切な言葉は見つからなかった。

「初めまして、でいい」

 キラは、低い声で答えた。

「俺は、お前を殺していない。だが、殺したと報告した」

 事実の確認だった。

「……なぜ、ここに?」

「司法取引だ」

 ディヴァインが代わりに答える。

「過去の罪を問わない。その代わり、命令系統をすべて明かす」

 フォールスは、キラを見た。

「あなたは……証言するのですね」

「する」

 即答だった。

「条件は?」

「生き延びること」

 それ以上でも、それ以下でもない。

 フォールスは、ゆっくりと頷いた。

 自分と同じだ。
 生き延びるために、真実を差し出す。

「二人が同時に表に出ることはない」

 ディヴァインが続ける。

「まずは、書類とお前の証言。最後に、キラだ」

 最後に出るからこそ、決定打になる。

「……私たちは、同じ場に立つことになりますか」

「可能性は低い」

 ディヴァインは、即座に否定した。

「お前は、法廷の証人席に立つ。キラは、別室からの証言になる」

 それは、安全面を考えれば妥当だった。

 キラは、フォールスを一度だけ見た。

「俺は、お前を恨んでいない」

 唐突な言葉だった。

「仕事だった。だが、あの依頼は、汚れていた」

 誰の、と言わなくても分かる。

「だから、引き金を引かなかった」

 フォールスは、静かに答えた。

「……それで、十分です」

 過去を許すかどうかを決めるのは、今ではない。

 ディヴァインは、二人の間に立つように視線を巡らせた。

「準備は、ほぼ整った」

 その言葉は、宣告に近かった。

「これから先は、待つ時間だ」

 フォールスは、拳を軽く握りしめた。

 水面下では、すべてが動いている。
 表では、まだ何も起きていない。

 だが、嵐の前の静けさは、確実に終わりへ向かっている。

 フォールス・アキュゼーションは、静かに背筋を伸ばした。

 自分は、死者だ。
 だが、死者は、真実を語ってはならないという決まりはない。

 水面に浮かぶのは、もう少し先だ。

 その瞬間まで、
 彼女は沈み続ける覚悟を、すでに決めていた。
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