婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾

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第15話 証言の前夜

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第15話 証言の前夜

 夜は静かだった。

 大使館の奥に用意された部屋で、フォールス・アキュゼーションは机に向かい、最後の確認を行っていた。書類はすでに何度も読み込んでいる。順序も、言葉の選び方も、想定される質問への返答も、すべて頭に入っている。

 それでも、指先は紙の端をなぞり続けた。

 不安ではない。
 緊張とも、少し違う。

 これは、区切りだ。

 ここまで生き延び、準備し、沈黙し続けた時間が、明日で終わる。その事実が、静かに胸に重くのしかかっていた。

 扉を叩く音がする。

「入れ」

 フォールスがそう言うと、扉が開き、ディヴァイン・プロテクションが姿を見せた。

「まだ起きていたか」

「ええ」

 彼は部屋に入り、扉を閉める。

「眠れないか」

「眠れます」

 即答だった。

「ただ、その前に確認しておきたいことがあるだけです」

 ディヴァインは、短く頷いた。

「何だ」

「明日、私が証言を終えたあと……私は、どうなりますか」

 それは、これまで避けてきた問いだった。

 ディヴァインは、少しだけ視線を逸らす。

「状況次第だ」

 曖昧な答えだが、嘘ではない。

「公の場で生きていることが確定する。そうなれば、保護の形は変わる」

「追放は……」

「撤回される可能性はある」

 可能性、という言葉に、フォールスは小さく息を吐いた。

「私は、戻りたいとは思っていません」

「だろうな」

 ディヴァインは、低く言った。

「だが、選択肢は持っておけ」

 フォールスは、机の上の書類に視線を落とす。

「私は、元の立場を取り戻すために証言するわけではありません」

「分かっている」

 ディヴァインは、椅子に腰を下ろした。

「だからこそ、厄介なんだ」

「……厄介?」

「欲がない証人ほど、制御しづらい」

 その言葉に、フォールスはわずかに微笑んだ。

「褒め言葉として受け取っておきます」

「好きにしろ」

 短い沈黙が流れる。

「キラの準備は?」

 フォールスが、話題を変えた。

「問題ない」

「彼は……」

「逃げない」

 断言だった。

「逃げる理由がない。逃げれば、すべてを失う」

 フォールスは、ゆっくりと頷いた。

 自分と同じだ。

「彼は、怖くないのでしょうか」

「怖いだろう」

 ディヴァインは、淡々と答える。

「だが、恐怖と選択は別だ」

 その言葉に、フォールスは目を閉じた。

 自分もまた、恐怖がないわけではない。だが、それでも選んだ。

 真実を語るという選択を。

「……一つ、お願いがあります」

 フォールスは、目を開けた。

「何だ」

「もし、明日、私が何らかの理由で証言を続けられなくなった場合」

 ディヴァインの表情が、わずかに険しくなる。

「その場合でも、書類は必ず提出してください」

 静かな声だった。

「私が話せなくなっても、事実は話します」

 ディヴァインは、しばらく黙っていたが、やがて短く答えた。

「約束する」

 その言葉は、重かった。

 立ち上がり、扉へ向かう前に、彼は振り返る。

「明日、お前は“死者”をやめる」

 フォールスは、静かに頷いた。

「はい」

「後悔はないか」

「ありません」

 即答だった。

「……それでいい」

 ディヴァインは、扉を開ける。

「少しでも休め。明日は長い」

 扉が閉まり、再び静寂が戻る。

 フォールスは、書類を革袋に収め、机の上を片付けた。そして、灯りを落とし、ベッドに腰を下ろす。

 天井を見つめながら、ゆっくりと呼吸を整える。

 追放された日。
 罪を着せられた瞬間。
 命を狙われ、生きていることを捨てた夜。

 すべてが、一本の線で繋がっている。

 明日、その線は、はっきりと形を取る。

 自分の声で、
 自分の言葉で。

 フォールス・アキュゼーションは、目を閉じた。

 眠りに落ちる直前、心に浮かんだのは、恐怖ではなかった。

 ――私は、生きている。

 その当たり前の事実を、
 明日、世界に突きつける。

 それだけで、十分だった。
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