婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾

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第16話 証言台に立つ者

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第16話 証言台に立つ者

 法廷は、静まり返っていた。

 重厚な石造りの空間に、低い天井。外光は高窓から差し込み、裁判席と証人席だけを照らしている。集まった貴族、官僚、法務官たちは一様に口を閉ざし、空気そのものが緊張を孕んでいた。

 誰もが知っている。
 今日の裁判は、形式的なものではない。

 王太子フレイム・ファブリケイト・ロイヤル・ロードの名が、正式な手続きの中で初めて俎上に載せられる日だ。

 扉が開く。

 足音が、石床に響いた。

 フォールス・アキュゼーションは、一歩ずつ、証人席へ向かって歩いた。

 ざわめきが起きる。

「……生きていたのか」 「死亡報告は……」 「そんなはずは……」

 抑えた声が、波紋のように広がる。

 だが、裁判長が木槌を打つと、すべてが止んだ。

「静粛に」

 その一言で、法廷は再び沈黙する。

 フォールスは、証人席の前に立ち、名を告げた。

「フォールス・アキュゼーション」

 それだけだった。

 地位も、称号も、付けない。

 裁判長が、視線を向ける。

「あなたは、追放処分を受けた元公爵令嬢ですね」

「はい」

「現在、生存していることについて、異議はありませんか」

「ありません」

 短く、明確な返答。

 裁判長は、記録官に目配せし、続ける。

「では、証言を始めてください。まず、問題となっている書類について」

 フォールスは、用意された書類を前に置いた。

「当該書類は、王城財務局に提出された決算報告書です。作成日は、私が確認した記録と一致しています」

「不審点は」

 質問は、端的だった。

「決裁欄です」

 フォールスは、即答した。

「通常、この書式では、第一決裁者の署名後に、二名の確認印が必要です。しかし、この書類では、確認印が一つしかありません」

 法廷が、ざわつく。

「さらに」

 フォールスは、続けた。

「欠けている確認印の位置に、不自然な空白があります。これは、最初から印が存在しなかったのではなく、後から削除された痕跡です」

「削除、とは」

「上から別の文言が被せられています。肉眼では判別しづらいですが、光に透かせば明確です」

 専門官が呼ばれ、書類が確認される。

 数瞬後、低い声が響いた。

「……確かに、削除痕があります」

 裁判長が、フォールスを見る。

「この点を、いつ確認しましたか」

「提出前です」

 法廷の空気が、わずかに変わった。

「なぜ、その時点で問題にしなかったのですか」

「問題にしました」

 フォールスは、落ち着いた声で答えた。

「上申しましたが、却下されました」

「誰に」

 その問いに、フォールスは一拍だけ間を置いた。

 そして、はっきりと答える。

「王太子フレイム・ファブリケイト・ロイヤル・ロードです」

 ざわめきが、一気に広がる。

 裁判長が、再び木槌を打つ。

「静粛に」

 フォールスは、続けた。

「その際、私は“些細な形式不備で全体を止めるな”と指示を受けました」

「その指示は、書面に残っていますか」

「いいえ」

「口頭指示、ということですね」

「はい」

 一瞬、法廷に沈黙が落ちる。

 口頭指示は、証明が難しい。
 だが、それだけで終わらせるつもりはなかった。

「ただし」

 フォールスは、淡々と続けた。

「その後、私は独自に控えを作成しています」

 革袋から、別の書類を取り出す。

「こちらが、当時の原本写しです。決裁欄には、確認印が二つ存在します」

 書類が提出され、専門官に回される。

「……一致しています」

 低い声が、法廷に響く。

 裁判長は、深く息を吸った。

「つまり、あなたは偽造を拒否し、その責任を負わされた、という認識でよろしいですか」

「事実として、その通りです」

 感情は、乗せない。

 ただ、事実を置いていく。

 フォールス・アキュゼーションは、証人席に立ったまま、法廷を見渡した。

 視線を逸らす者。
 歯を噛みしめる者。
 動揺を隠せない者。

 自分は、正義を語っているのではない。

 ただ、構造を示しているだけだ。

 裁判長が、次の問いを口にする。

「あなたが追放された理由について、続けて証言してください」

 フォールスは、静かに頷いた。

 ここからが、本題だ。

 死者として沈黙していた時間の意味を、
 今、この場で、形にするために。

 フォールス・アキュゼーションは、まっすぐ前を見据え、次の言葉を紡いだ。
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