婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾

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第22話 名を返された日

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第22話 名を返された日

 閉廷の木槌の音が、まだ耳に残っている。

 フォールス・アキュゼーションは、法廷の外に設けられた控えの間で、一人静かに座っていた。人の出入りはほとんどなく、外の喧騒も厚い壁に遮られている。まるで、裁判という時間だけが、彼女を置き去りにして先へ進んでしまったようだった。

 名誉回復。

 言葉にすれば簡単だが、その重みを、すぐに実感できるものではない。

 扉が静かに開いた。

「……終わったな」

 エクイティ・フェアネス・ロイヤル・ロードだった。

「はい」

 フォールスは、立ち上がらなかった。礼を取る必要がない立場になったことを、彼自身が認めていると分かっていたからだ。

「気分はどうだ」

「不思議です」

 正直な答えだった。

「何かが戻ってきた気はします。でも、それが何なのかは、まだ分かりません」

 エクイティは、小さく笑った。

「それでいい」

 椅子を引き、向かいに腰を下ろす。

「名誉とは、持ち続けるものじゃない。使われるものだ。失えば重さが分かり、返されれば扱いに迷う」

 フォールスは、その言葉を静かに受け止めた。

「今後について、話しておきたい」

「はい」

「まず、確認だ」

 エクイティは、穏やかな口調で続ける。

「君は、王都に戻る義務はない」

「承知しています」

「爵位の回復についても、辞退は可能だ」

 フォールスは、少し考えた。

「……今は、保留にさせてください」

「構わない」

 即答だった。

「決断は、余裕のある時にするものだ」

 一瞬の沈黙。

「それと」

 エクイティは、声を少しだけ落とす。

「君の“死亡扱い”は、正式に撤回される」

「はい」

「だが、その事実が広まるのは、段階的になる」

 フォールスは、理解した。

 すべてを一度に明かせば、混乱が生じる。政治とは、そういうものだ。

「君の身分は、当面、王弟の保護下に置かれる」

「……対価、ですね」

 その言葉に、エクイティは眉を動かした。

「そう思うか」

「いいえ」

 フォールスは、首を横に振る。

「でも、私は証人として、利用された側でもあります」

 エクイティは、否定しなかった。

「事実だ」

 その率直さに、フォールスは少し驚く。

「だが、それを承知で君は選んだ」

「はい」

「だから、これは取引の続きではない」

 エクイティは、はっきりと言った。

「君が生き延びるための、現実的な配置だ」

 扉の方から、控えめな足音がした。

 ディヴァイン・プロテクションが姿を現す。

「処遇に関する正式文書が整いました」

 彼は、フォールスに一枚の書類を差し出した。

「これは……」

「保護措置と、身分回復の通知だ」

 フォールスは、紙を受け取るが、すぐには目を通さなかった。

「一つ、確認してもいいですか」

「何だ」

「私は、もう“利用価値”がなくなったはずです」

 エクイティとディヴァインの視線が、同時に向けられる。

「それでも、保護する理由は何ですか」

 エクイティは、少し考えたあと、答えた。

「利用価値がなくなった人間ほど、扱いを誤ると危険だからだ」

 フォールスは、理解した。

 自分は、もう駒ではない。
 だが、証明された存在だ。

「……ありがとうございます」

 その言葉は、感謝でも服従でもなかった。

 事実を受け取っただけだ。

 エクイティは立ち上がり、扉へ向かう。

「今日は休め。選択は、明日以降でいい」

 彼が去ると、部屋にはフォールスとディヴァインだけが残った。

「お前の名は、返ってきた」

 ディヴァインが言う。

「だが、人生までは戻らない」

「はい」

「どうする」

 フォールスは、しばらく考えた。

 追放された過去。
 死んだことにされた時間。
 証人として立った法廷。

 すべてを踏まえて、静かに答える。

「……少しだけ、何者でもない時間が欲しいです」

 ディヴァインは、短く頷いた。

「それが、一番難しい」

 フォールスは、わずかに笑った。

 名を返された日。
 それは、終わりではなかった。

 ようやく、自分で選べる場所に立っただけだ。

 フォールス・アキュゼーションは、手の中の書類を見つめながら、初めて「これから」を考え始めていた。
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