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第9話 辺境伯城の内部が完璧すぎて、アイシス困惑する件
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◆第9話
「辺境伯城の内部が完璧すぎて、アイシス困惑する件」
ライナルト辺境伯との緊張(彼だけ)と和やか(アイシスだけ)な対面を終え、
アイシス一行は城内の案内を受けることになった。
案内役はクレスト。
主はといえば――
ライナルト「…………(遠巻きに見守る)」
ミランダ「……あの距離、一定以上近づけないのですか?」
クレスト「はい、女性への安全距離です」
安全距離とは。
(まあ、無理に近寄られても困るけれど……)
そんなアイシスの心情はさておき、
一同は石造りの大扉をくぐり、城内へ足を踏み入れた。
次の瞬間――アイシスは思わず息を呑んだ。
---
◆予想外に洗練された、完璧な城内
高い天井、透き通る窓、隅々まで清掃が行き届いた廊下。
装飾は決して派手ではないのに、ひとつひとつが上質で美しい。
(……え? 辺境よね?
なんで王都の王宮より整っているの?)
ミランダも驚嘆していた。
「お嬢様……廊下にホコリひとつありません」
「ええ。城全体が、まるで宝石のようね」
するとクレストが淡々と言った。
「主が極度の潔癖症でして」
「…………」
アイシス
(潔癖で女性恐怖症の鉄壁辺境伯……
なんだか属性が渋滞しているのだけれど)
さらに歩き進めると、
壁にかけられた巨大な作戦地図、整然と積まれた軍務書類、
訓練場に直結する通路――
(……すごい。すべてが無駄なく機能している)
クレストが説明する。
「辺境伯家は軍事拠点でもあるため、
“動くたびに意味がある構造”を目指して設計されました。
主はこう見えて、非常に合理的な方なのです」
(合理的……これは確かに魅力的ね)
そのとき――
背後から、ガタンッと音がした。
振り返ると、
ライナルトが柱の陰で派手につまずいていた。
「っ……!」
クレスト「主、落ち着いてください。
アイシス様は別に怒っていません」
「わ、わかっている……!
ただ、女性の視線が……視線が刺さって……!」
アイシス「刺してませんわよ!? ただ見ただけですわ!」
(どうしてこの人、こんなに不器用なの!?)
しかし、そんな彼の姿は妙に悪くない。
むしろ――
(……可愛いわね)
気づけば、頬がゆるみそうになり、アイシスは慌てて気を引き締める。
---
◆アイシス専用の“城内区画”が豪華すぎる
案内が進むうち、クレストが足を止め、
とある扉の前で言った。
「こちらが……
アイシス様の専用居住区となります」
「……居住区?」
アイシスが扉を開くと――
広々とした応接室、
壁一面の本棚スペース、
日当たりの良い書斎、
ゆったりとした寝室、
専用の浴室まで完備。
そして極めつけは――
「こちらが……“読書専用サロン”です」
「…………はい?」
「主からの強い要望でして」
ライナルトは遠くから、そわそわしつつ、
声をしぼり出した。
「そ、その……あなたが……本好きだと噂で……
よ、よければ……使って……くれれば……」
(あっ……この人……)
胸の奥が、きゅ、と温かくなる。
(私が喜ぶものを……必死で考えたのね)
と同時に――
(噂で……?
婚約破棄の時、私が泣きながら抱えていた本が原因かしら)
色々複雑だが、嬉しいのは事実だった。
アイシスは微笑みながら礼を述べた。
「ありがとうございます。
とても……素敵なお部屋ですわ」
その瞬間――
ライナルト「……っっ!!」
真っ赤になりながら、勢いよく背を向ける。
クレスト「主、逃走禁止です。まだ説明があります」
ライナルト「無理だ……! 心臓が……っ!!」
ミランダ(小声)
「お嬢様、ほんとに大丈夫なんでしょうか、この人……」
アイシス(内心)
(むしろ……ちょっと守ってあげたくなるわね)
---
◆自由のはずが、意外と心がざわつく
全ての案内が終わり、
アイシスは自室のバルコニーに出て、風を感じながらつぶやいた。
「……私、自由を求めてここに来たのよね」
読書して、お茶して、お昼寝して――
そんな完璧な日々。
(それなのに……)
胸の奥で、
小さなざわつきが生まれている。
ライナルトの不器用な誠実さ。
まっすぐで、嘘がなくて、
感情が顔に全部出てしまうところ。
(……気になる、なんて)
そんなつもりで来たわけじゃないのに。
「はぁ……面倒に巻き込まれるのは嫌なのだけれど」
だけど、もうわかってしまっていた。
(放っておけない、なんて……私らしくもないわ)
この“白い結婚”は、
どうやらただの契約で終わりそうにない。
――気づけば、
アイシスの心はすでに、
辺境伯ライナルトへ静かに近づき始めていた。
「辺境伯城の内部が完璧すぎて、アイシス困惑する件」
ライナルト辺境伯との緊張(彼だけ)と和やか(アイシスだけ)な対面を終え、
アイシス一行は城内の案内を受けることになった。
案内役はクレスト。
主はといえば――
ライナルト「…………(遠巻きに見守る)」
ミランダ「……あの距離、一定以上近づけないのですか?」
クレスト「はい、女性への安全距離です」
安全距離とは。
(まあ、無理に近寄られても困るけれど……)
そんなアイシスの心情はさておき、
一同は石造りの大扉をくぐり、城内へ足を踏み入れた。
次の瞬間――アイシスは思わず息を呑んだ。
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◆予想外に洗練された、完璧な城内
高い天井、透き通る窓、隅々まで清掃が行き届いた廊下。
装飾は決して派手ではないのに、ひとつひとつが上質で美しい。
(……え? 辺境よね?
なんで王都の王宮より整っているの?)
ミランダも驚嘆していた。
「お嬢様……廊下にホコリひとつありません」
「ええ。城全体が、まるで宝石のようね」
するとクレストが淡々と言った。
「主が極度の潔癖症でして」
「…………」
アイシス
(潔癖で女性恐怖症の鉄壁辺境伯……
なんだか属性が渋滞しているのだけれど)
さらに歩き進めると、
壁にかけられた巨大な作戦地図、整然と積まれた軍務書類、
訓練場に直結する通路――
(……すごい。すべてが無駄なく機能している)
クレストが説明する。
「辺境伯家は軍事拠点でもあるため、
“動くたびに意味がある構造”を目指して設計されました。
主はこう見えて、非常に合理的な方なのです」
(合理的……これは確かに魅力的ね)
そのとき――
背後から、ガタンッと音がした。
振り返ると、
ライナルトが柱の陰で派手につまずいていた。
「っ……!」
クレスト「主、落ち着いてください。
アイシス様は別に怒っていません」
「わ、わかっている……!
ただ、女性の視線が……視線が刺さって……!」
アイシス「刺してませんわよ!? ただ見ただけですわ!」
(どうしてこの人、こんなに不器用なの!?)
しかし、そんな彼の姿は妙に悪くない。
むしろ――
(……可愛いわね)
気づけば、頬がゆるみそうになり、アイシスは慌てて気を引き締める。
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◆アイシス専用の“城内区画”が豪華すぎる
案内が進むうち、クレストが足を止め、
とある扉の前で言った。
「こちらが……
アイシス様の専用居住区となります」
「……居住区?」
アイシスが扉を開くと――
広々とした応接室、
壁一面の本棚スペース、
日当たりの良い書斎、
ゆったりとした寝室、
専用の浴室まで完備。
そして極めつけは――
「こちらが……“読書専用サロン”です」
「…………はい?」
「主からの強い要望でして」
ライナルトは遠くから、そわそわしつつ、
声をしぼり出した。
「そ、その……あなたが……本好きだと噂で……
よ、よければ……使って……くれれば……」
(あっ……この人……)
胸の奥が、きゅ、と温かくなる。
(私が喜ぶものを……必死で考えたのね)
と同時に――
(噂で……?
婚約破棄の時、私が泣きながら抱えていた本が原因かしら)
色々複雑だが、嬉しいのは事実だった。
アイシスは微笑みながら礼を述べた。
「ありがとうございます。
とても……素敵なお部屋ですわ」
その瞬間――
ライナルト「……っっ!!」
真っ赤になりながら、勢いよく背を向ける。
クレスト「主、逃走禁止です。まだ説明があります」
ライナルト「無理だ……! 心臓が……っ!!」
ミランダ(小声)
「お嬢様、ほんとに大丈夫なんでしょうか、この人……」
アイシス(内心)
(むしろ……ちょっと守ってあげたくなるわね)
---
◆自由のはずが、意外と心がざわつく
全ての案内が終わり、
アイシスは自室のバルコニーに出て、風を感じながらつぶやいた。
「……私、自由を求めてここに来たのよね」
読書して、お茶して、お昼寝して――
そんな完璧な日々。
(それなのに……)
胸の奥で、
小さなざわつきが生まれている。
ライナルトの不器用な誠実さ。
まっすぐで、嘘がなくて、
感情が顔に全部出てしまうところ。
(……気になる、なんて)
そんなつもりで来たわけじゃないのに。
「はぁ……面倒に巻き込まれるのは嫌なのだけれど」
だけど、もうわかってしまっていた。
(放っておけない、なんて……私らしくもないわ)
この“白い結婚”は、
どうやらただの契約で終わりそうにない。
――気づけば、
アイシスの心はすでに、
辺境伯ライナルトへ静かに近づき始めていた。
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