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第8話 はじめての辺境、はじめての“予兆”
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◆第8話
「はじめての辺境、はじめての“予兆”」
三日後――
澄み渡る空と、王都とはまるで空気が違う冷涼な風。
アイシスを乗せた馬車は、緩やかな坂道を登りながら、
ヴァルベルト辺境伯領へと近づいていた。
石畳の整った道、よく鍛えられた兵士たち、
整然とした街並み。
(……思った以上に、発展しているのね)
“辺境”と聞いていたので、もっと荒れ果てた場所を想像していたアイシスは、
予想外の文明度に軽く驚いていた。
ミランダが窓越しに景色を見ながら言った。
「お嬢様……領民の方々が、とても礼儀正しいですね」
「ええ。規律がきちんとしているわ。
――さすが、あの噂の“鉄壁の辺境伯”ね」
(……でも、女性がいると逃げるのよね?
鉄壁なのに脆弱……矛盾しているわ)
そんな感想を抱いたときだった。
馬車が城門前で止まり、
静かで重厚な男の声が響いた。
「フローレス家の御一行とお見受けする。
ようこそ、ヴァルベルト領へ」
アイシスが顔を向けると――
そこにはクレストとは別の男が立っていた。
身長は高く、肩幅も広い。
鍛えられた体つきに、きりっとした鋭い目。
(……この方が、もしかして――)
アイシスが一歩馬車から降りようとした瞬間。
男は、顔を真っ赤にし、
勢いよく視線を逸らした。
「っ……!?」
そして衝撃の行動に出た。
「クレスト!! なぜ先に言わない!!
な、なぜ女性が馬車から突然……!!」
「突然、ではありません。予定通りです」
「心の準備がっ……! 心の準備がまだ……っ!」
アイシス「…………」
ミランダ「…………」
軽く遠い目をするふたり。
(えっ、この人が本当に辺境伯?)
クレストが淡々と説明した。
「アイシス様、こちらが我が主――
ライナルト・ヴァルベルト辺境伯にございます」
アイシスは思わず息を止めた。
(確かに……噂通り整った顔立ちね。
でも、このレベルで女性が苦手……?)
ライナルトはまだ視線を合わせられず、
ひたすら顔を背けたまま口を開く。
「……あ、あの……遠路、本当に……ご足労を……」
声は立派なのに、態度が完全にコミュ障である。
アイシスは、ふっと微笑んだ。
(あら……かわいい)
男性に対して“かわいい”と思うのは人生初だった。
---
◆辺境伯、想定外のダメージを受ける
アイシスは礼儀正しくスカートをつまみ、軽く頭を下げた。
「初めまして、辺境伯様。
アイシス・フローレスと申します」
その瞬間――
ライナルト「……っ!!」
彼は一歩後退し、耳まで真っ赤になった。
(!?)
アイシス(内心)
(えっ、今の何がダメだったの?
挨拶だけでダメージを受けるの?)
クレストがこっそり耳打ちしてきた。
「主は、女性が丁寧に挨拶なさると、
“距離が近い”と錯覚して混乱します」
(……可愛い……)
と同時に、アイシスはふとした疑問を抱く。
(この方、本当に私と白い結婚を希望したの?
こんなに女性が苦手なのに?)
そこで、ライナルトがぽつりと言った。
「……あなたの噂は、聞いています。
完璧で、聡明で……そして……」
そこで言葉が途切れ、
彼は咳払いをして何とか続ける。
「……“控えめで、他者を尊重する方”だと」
(控えめ……? 私が?
あ、たぶん婚約破棄の時の演技が広まったのね)
ライナルトは視線を逸らしながらも、必死だった。
「だから……あなたなら……
私のような未熟者でも、迷惑をかけない……のではと」
アイシスは、その言葉に思わず息を呑んだ。
(……あれ? 可愛いだけじゃなくて、誠実でもある?)
---
◆心の距離が、一歩だけ近づく
アイシスは穏やかに微笑んだ。
「迷惑だなんて、とんでもありませんわ。
形式の結婚を望まれるお気持ちは、理解しております」
ライナルトは慌てて首を振った。
「い、いえ……! あの、その……!
むしろ……助けていただきたい……ぐらいで……」
(助けて?)
ライナルトは視線を落とし、小さく呟いた。
「私は……“普通の結婚生活”ができない。
女性とうまく向き合えない。
でも家のためには結婚が必要で……」
「…………」
「だから、“自由な妻”が理想なのです」
自由な妻――
それはアイシスにとって、まさに最高の言葉だった。
(この人……私の理想をそのまま言っているわね)
ライナルトは最後に、勇気を振り絞って顔を上げた。
そして――
ほんの一瞬だけ、アイシスと目が合った。
「……あなたなら、きっと……」
その一瞬は、雷のようだった。
胸の奥に、
じんわりと温かいものが広がる。
(……あれ? 私、今……何か……?)
アイシスは心の中で首を傾げる。
ただの白い結婚のはずだった。
けれど、この瞬間に生まれた“予兆”は――
彼女が望む“自由な生活”と、
まったく別の未来へとつながっていく。
甘い恋の始まりの合図は、
とても静かで、でも確かだった。
「はじめての辺境、はじめての“予兆”」
三日後――
澄み渡る空と、王都とはまるで空気が違う冷涼な風。
アイシスを乗せた馬車は、緩やかな坂道を登りながら、
ヴァルベルト辺境伯領へと近づいていた。
石畳の整った道、よく鍛えられた兵士たち、
整然とした街並み。
(……思った以上に、発展しているのね)
“辺境”と聞いていたので、もっと荒れ果てた場所を想像していたアイシスは、
予想外の文明度に軽く驚いていた。
ミランダが窓越しに景色を見ながら言った。
「お嬢様……領民の方々が、とても礼儀正しいですね」
「ええ。規律がきちんとしているわ。
――さすが、あの噂の“鉄壁の辺境伯”ね」
(……でも、女性がいると逃げるのよね?
鉄壁なのに脆弱……矛盾しているわ)
そんな感想を抱いたときだった。
馬車が城門前で止まり、
静かで重厚な男の声が響いた。
「フローレス家の御一行とお見受けする。
ようこそ、ヴァルベルト領へ」
アイシスが顔を向けると――
そこにはクレストとは別の男が立っていた。
身長は高く、肩幅も広い。
鍛えられた体つきに、きりっとした鋭い目。
(……この方が、もしかして――)
アイシスが一歩馬車から降りようとした瞬間。
男は、顔を真っ赤にし、
勢いよく視線を逸らした。
「っ……!?」
そして衝撃の行動に出た。
「クレスト!! なぜ先に言わない!!
な、なぜ女性が馬車から突然……!!」
「突然、ではありません。予定通りです」
「心の準備がっ……! 心の準備がまだ……っ!」
アイシス「…………」
ミランダ「…………」
軽く遠い目をするふたり。
(えっ、この人が本当に辺境伯?)
クレストが淡々と説明した。
「アイシス様、こちらが我が主――
ライナルト・ヴァルベルト辺境伯にございます」
アイシスは思わず息を止めた。
(確かに……噂通り整った顔立ちね。
でも、このレベルで女性が苦手……?)
ライナルトはまだ視線を合わせられず、
ひたすら顔を背けたまま口を開く。
「……あ、あの……遠路、本当に……ご足労を……」
声は立派なのに、態度が完全にコミュ障である。
アイシスは、ふっと微笑んだ。
(あら……かわいい)
男性に対して“かわいい”と思うのは人生初だった。
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◆辺境伯、想定外のダメージを受ける
アイシスは礼儀正しくスカートをつまみ、軽く頭を下げた。
「初めまして、辺境伯様。
アイシス・フローレスと申します」
その瞬間――
ライナルト「……っ!!」
彼は一歩後退し、耳まで真っ赤になった。
(!?)
アイシス(内心)
(えっ、今の何がダメだったの?
挨拶だけでダメージを受けるの?)
クレストがこっそり耳打ちしてきた。
「主は、女性が丁寧に挨拶なさると、
“距離が近い”と錯覚して混乱します」
(……可愛い……)
と同時に、アイシスはふとした疑問を抱く。
(この方、本当に私と白い結婚を希望したの?
こんなに女性が苦手なのに?)
そこで、ライナルトがぽつりと言った。
「……あなたの噂は、聞いています。
完璧で、聡明で……そして……」
そこで言葉が途切れ、
彼は咳払いをして何とか続ける。
「……“控えめで、他者を尊重する方”だと」
(控えめ……? 私が?
あ、たぶん婚約破棄の時の演技が広まったのね)
ライナルトは視線を逸らしながらも、必死だった。
「だから……あなたなら……
私のような未熟者でも、迷惑をかけない……のではと」
アイシスは、その言葉に思わず息を呑んだ。
(……あれ? 可愛いだけじゃなくて、誠実でもある?)
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◆心の距離が、一歩だけ近づく
アイシスは穏やかに微笑んだ。
「迷惑だなんて、とんでもありませんわ。
形式の結婚を望まれるお気持ちは、理解しております」
ライナルトは慌てて首を振った。
「い、いえ……! あの、その……!
むしろ……助けていただきたい……ぐらいで……」
(助けて?)
ライナルトは視線を落とし、小さく呟いた。
「私は……“普通の結婚生活”ができない。
女性とうまく向き合えない。
でも家のためには結婚が必要で……」
「…………」
「だから、“自由な妻”が理想なのです」
自由な妻――
それはアイシスにとって、まさに最高の言葉だった。
(この人……私の理想をそのまま言っているわね)
ライナルトは最後に、勇気を振り絞って顔を上げた。
そして――
ほんの一瞬だけ、アイシスと目が合った。
「……あなたなら、きっと……」
その一瞬は、雷のようだった。
胸の奥に、
じんわりと温かいものが広がる。
(……あれ? 私、今……何か……?)
アイシスは心の中で首を傾げる。
ただの白い結婚のはずだった。
けれど、この瞬間に生まれた“予兆”は――
彼女が望む“自由な生活”と、
まったく別の未来へとつながっていく。
甘い恋の始まりの合図は、
とても静かで、でも確かだった。
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