婚約破棄されましたが、辺境で最強の旦那様に溺愛されています

鷹 綾

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第15話 王太子、静かなる孤立

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第15話 王太子、静かなる孤立

 王宮執務室。
 テオドリックは、机に積み上がる書類を前に、苛立ったように指を鳴らしていた。

「……なぜだ。なぜすべてが俺のところに集まる?」

 彼の机には、なぜか他部署の書類まで紛れ込み、混乱を極めている。

「殿下、こちらの“貴族令嬢虐待疑惑”の調査資料についてご説明を……」
「それは知らん! 勝手に持ってくるな!」

 部下はおそるおそる言葉を続ける。

「で、ですが……殿下が、エミーラ嬢の証言を根拠に“アイシス様の素行不良”を主張されたため、各部署が関連資料を……」

「だからそれは、その……! アイシスが悪いんだ!」

 ――その瞬間。

「殿下。その“悪い理由”とやらを、もう一度ご説明願えますかな?」

 重い扉の向こうから、落ち着いた声が響いた。
 入ってきたのは、王国の司法長官――冷徹で有名な“灰色の獅子”レグナード卿。

 テオドリックは一瞬で顔が青ざめた。

「じ、じじ、司法長官殿……なぜこちらに?」

「婚約破棄の件が少々、不自然でしてな」

 レグナード卿は、分厚い書類束を机にドンと置く。

「どうやらエミーラ嬢の証言には矛盾が多い。
 さらに殿下が“平民女性への厚遇”を理由なく行った疑いも浮上しておる」

「ち、違う! 彼女は……特別で……!」

「特別扱いこそ、詐欺事件に利用される典型例。
 ──そもそもアイシス様は、罪を着せられるような人物ではないと、王宮中の評判ですぞ」

 その言葉に、周囲の侍従たちさえこっそり頷く。

 テオドリックはわなわな震えた。

「な、なぜ皆アイシスを庇う! あの女は本の虫で、地味で……」

「殿下」

 レグナード卿の低い声が、室内の空気を凍らせた。

「殿下はアイシス様に対し、何一つ実害を挙げておられませんな?
 ただの“好みの問題”で断罪できると、お思いか?」

 ぐうの音も出ない。

「そ、そんな……! エミーラが言ったのだ! アイシスが冷たくしたと……!」

「ふむ。そのエミーラ嬢だが――」

 司法長官は顎に手を当て、ゆっくり告げた。

「すでに行方をくらましております」

 どよめきが走った。

「い……行方? なぜ追わない!?」

「逃げたのですよ、殿下。
 “自分が利用されただけだった”と、泣きながら言い残してな」

「嘘だ!! エミーラは俺を愛している! アイシスとは違い、優しく……!」

「では、その彼女がなぜ逃げる必要が?」

 静寂。

 テオドリックの顔が、ゆっくりと蒼白に染まっていく。

 レグナード卿は書類を閉じ、静かに宣告した。

「――殿下。
 この件の真相を明らかにするため、アイシス様にご協力を求めます。
 つきましては、殿下にも事情聴取を行うことになりますぞ」

「じ、事情……ちょうしゅ……?」

「ええ。
 国の未来を担う王太子として、当然の責務です」

 まるで断頭台の刃が落ちる前のような重圧が、部屋全体を圧した。

 テオドリックは椅子に崩れ落ち、かすれた声でつぶやいた。

「な……ぜこうなる……?
 俺はただ……アイシスより、エミーラの方が可愛いと思っただけなのに……」

 侍従の誰も、もはや彼を慰めようとはしなかった。

 王太子の孤立は、静かに、しかし確実に進行していた。


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