婚約破棄されましたが、辺境で最強の旦那様に溺愛されています

鷹 綾

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第38話 王太子の逆ギレと、エミーラの涙

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第38話 王太子の逆ギレと、エミーラの涙

 アイシスの痛烈な一言に、王太子ユリウスはしばらく口を開けたまま固まっていた。

 だが次の瞬間、彼は顔を赤くして叫んだ。

「じ、地獄!? 君は私との婚約をそんなふうに……っ!」

「ええ、とても退屈で。
 “献身と努力を当然とする方”のお相手は、骨が折れましたもの」

「お、お前……!」

 ユリウスの怒気が弾ける。
 しかしアイシスは表情を変えない。

 その静かな姿が、逆に彼を苛立たせた。

「アイシス! 君がこんなに冷たい女だったとは思わなかった!
 君は昔はもっと優しくて……僕を支えてくれて……!」

「殿下。それは“わたくしがそう見えるように努力していただけ”。
 本来の性格は、もっと面倒くさがりですわよ?」

「ぐ、ぐぬぬ……!」

 ユリウスの矛先は、次に隣の少女へ向いた。

「エミーラ! 君も何か言え!
 アイシスが悪いと思わないのか!?」

「えっ……私、ですか……?」

 彼女は怯え、視線を落とした。

「殿下……私、アイシス様にそんなこと……」

「味方だろう!? 君は私の“真実の愛”だろう!!」

 怒鳴られたエミーラの肩がびくりと跳ねた。

 ――そして、耐えきれなくなったように、エミーラは泣きながら叫んだ。

「……そんなの、勝手じゃないですか……!」

 その場が凍った。

「わ、私……殿下に無理やり連れてこられて……
 “アイシス様と話せば誤解が解ける”って……!」

「エミーラ!? な、なにを言って……!」

「殿下の言う“真実の愛”なんて、私には分かりません……!
 そもそも、私たち……殿下の身勝手で噂の的になって……
 私、怖かったんです……!」

 声が震える。

 アイシスは、そっと彼女の前に歩み寄った。

「エミーラ。あなたは悪くありませんわ」

「アイシス様……」

「殿下があなたを守らず、感情のままに振り回しただけ。
 あなたはただの被害者ですわ」

 その言葉を聞いた瞬間、エミーラは膝から崩れ落ちた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!
 私、アイシス様を悪役扱いするような噂に……
 知らないうちに巻き込まれて……!」

「謝る必要はありません。
 悪いのは――」

 アイシスの目が、ゆっくりとユリウスへ向く。

「“責任も取れず、守るべき少女を盾にした殿下”ですわ」

「なっ……!?」

 ユリウスが完全に言葉を失った。

 その背後で、ライナルトの冷たい気配が漂う。

「王太子殿下」

 深い声が地を震わせるように響いた。

「これ以上、私の屋敷で女性を泣かせるのなら――
 “辺境伯としての正式な抗議”を王家に提出することになるが?」

 ユリウスの顔が青ざめる。

 ライナルトの“本気の怒り”は王都でも恐れられているのだ。

「ち、違う……!
 これは誤解で……私はただ……!」

 アイシスは、そっとエミーラの肩を抱き寄せた。

「エミーラ。あなたは王都に戻りなさい。
 その方が安全ですわ」

「で、でも……殿下が……」

「殿下は、あなたを守れません。
 だから、わたくしが守りますわ」

 エミーラが涙を流す。

 そしてアイシスは、最後にユリウスへ向き直った。

「殿下。
 あなたが“真実の愛”などと呼ぶものは、
 いつだって自分の心を飾るための道具に過ぎませんわ」

 ユリウスは唇を震わせた。

 その姿は、もはや王太子ではなく――ただの迷子の少年のようだった。


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