婚約破棄されましたが、辺境で最強の旦那様に溺愛されています

鷹 綾

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第39話 王太子、崩壊と逃走

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第39話 王太子、崩壊と逃走

 エミーラが泣きじゃくり、アイシスに抱きしめられている。
 その光景を見たユリウスは、顔色を失っていた。

「ど、どうしてだ……どうして皆、私を責める……?
 悪いのは……アイシス、お前だろ……?」

 震える声は、もはや王太子の威厳など欠片もない。

 アイシスは静かに答える。

「殿下。
 あなたが“悪いのは自分ではない”と思い込み続けてきた結果が、これですわ」

「ち、違う……違う……!
 私は……私は王太子だぞ……!?
 皆が私を理解すべきなんだ……!」

 理解すべきなのは自分ではないか――
 そんな当然の理屈すら、ユリウスには届いていない。

 ライナルトが前に出て、一歩、冷たい影を落とした。

「殿下。ここは辺境伯領だ。
 私の許可なく騒乱を起こすのなら、王家といえど容赦はせん」

「っ……!」

 その瞬間、ユリウスの表情に“恐怖”が生まれた。
 辺境伯が本気になれば、王都だって揺らぐ――
 それくらいの力がライナルトにはある。

 理解してしまったのだ。

 ここに“味方”など誰もいないことを。



「エミーラ……帰るぞ」

 急に弱々しい声で呼びかける。

 だがエミーラは首を横に振った。

「……私、殿下とは帰れません。
 私を守ってくれない人と……一緒には……」

「なっ……!? お前まで私を見捨てるのか!」

「見捨てたのは殿下です。
 私の人生を勝手に巻き込み……噂に晒し……
 挙句には盾にして……!」

 エミーラの涙が、石畳に落ちた。

 ユリウスは後ずさりした。

「な、なんなんだ……
 どうして皆……私を責める……?」

 アイシスの声が静かに落ちる。

「殿下。
 あなたは“自分の行動の責任”から逃げ続けてきたのですわ」

「逃げ……?」

「ええ。今日もまた、逃げようとしていません?」

 ユリウスの呼吸が乱れる。

 図星だった。



「もう……いやだ……もう……!」

 王太子は突然、馬車のほうへ駆け出した。

「殿下!? どちらへ――」

「王都に帰る!!
 こんな場所、いたくない!!
 誰も……誰も私を認めてくれない……!」

 御者を押しのけ、馬車に飛び乗る。

「すぐに出せ!!
 ここは……私の居場所じゃない!!」

 兵たちは混乱しながらも、急いで馬を走らせた。

 砂煙をあげ、王太子の馬車は勢いよく去っていく。

 背中は小さく、惨めで、哀れですらあった。

 エミーラが嗚咽を漏らす。

「……殿下……ごめんなさい……
 でも、もう……あのままじゃ……」

 アイシスはそっと背中に手を置いた。

「あなたが謝る必要はありません。
 殿下は、自分の弱さと向き合う日が来ただけですわ」

 ライナルトがアイシスを見つめ、静かに言う。

「……君の言葉は、容赦がないが……
 だからこそ、本質を突いている」

「お褒めいただいて光栄ですわ。
 殿下の“現実逃避癖”には、以前から気づいておりましたもの」

 二人は小さく笑い合った。

 その横で、エミーラは涙を拭きながらぽつりと呟く。

「……アイシス様って……やっぱりすごい方です……」

「いいえ。
 わたくしはただ、“責任の取れない人”が嫌いなだけですわ」

 辺境に、静けさが戻る。

 だが――

 王太子が王都に“逃げ帰った”ことで、王家と辺境伯家の対立が一気に表面化し始めるのであった。


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