39 / 40
第39話 王太子、崩壊と逃走
しおりを挟む
第39話 王太子、崩壊と逃走
エミーラが泣きじゃくり、アイシスに抱きしめられている。
その光景を見たユリウスは、顔色を失っていた。
「ど、どうしてだ……どうして皆、私を責める……?
悪いのは……アイシス、お前だろ……?」
震える声は、もはや王太子の威厳など欠片もない。
アイシスは静かに答える。
「殿下。
あなたが“悪いのは自分ではない”と思い込み続けてきた結果が、これですわ」
「ち、違う……違う……!
私は……私は王太子だぞ……!?
皆が私を理解すべきなんだ……!」
理解すべきなのは自分ではないか――
そんな当然の理屈すら、ユリウスには届いていない。
ライナルトが前に出て、一歩、冷たい影を落とした。
「殿下。ここは辺境伯領だ。
私の許可なく騒乱を起こすのなら、王家といえど容赦はせん」
「っ……!」
その瞬間、ユリウスの表情に“恐怖”が生まれた。
辺境伯が本気になれば、王都だって揺らぐ――
それくらいの力がライナルトにはある。
理解してしまったのだ。
ここに“味方”など誰もいないことを。
◆
「エミーラ……帰るぞ」
急に弱々しい声で呼びかける。
だがエミーラは首を横に振った。
「……私、殿下とは帰れません。
私を守ってくれない人と……一緒には……」
「なっ……!? お前まで私を見捨てるのか!」
「見捨てたのは殿下です。
私の人生を勝手に巻き込み……噂に晒し……
挙句には盾にして……!」
エミーラの涙が、石畳に落ちた。
ユリウスは後ずさりした。
「な、なんなんだ……
どうして皆……私を責める……?」
アイシスの声が静かに落ちる。
「殿下。
あなたは“自分の行動の責任”から逃げ続けてきたのですわ」
「逃げ……?」
「ええ。今日もまた、逃げようとしていません?」
ユリウスの呼吸が乱れる。
図星だった。
◆
「もう……いやだ……もう……!」
王太子は突然、馬車のほうへ駆け出した。
「殿下!? どちらへ――」
「王都に帰る!!
こんな場所、いたくない!!
誰も……誰も私を認めてくれない……!」
御者を押しのけ、馬車に飛び乗る。
「すぐに出せ!!
ここは……私の居場所じゃない!!」
兵たちは混乱しながらも、急いで馬を走らせた。
砂煙をあげ、王太子の馬車は勢いよく去っていく。
背中は小さく、惨めで、哀れですらあった。
エミーラが嗚咽を漏らす。
「……殿下……ごめんなさい……
でも、もう……あのままじゃ……」
アイシスはそっと背中に手を置いた。
「あなたが謝る必要はありません。
殿下は、自分の弱さと向き合う日が来ただけですわ」
ライナルトがアイシスを見つめ、静かに言う。
「……君の言葉は、容赦がないが……
だからこそ、本質を突いている」
「お褒めいただいて光栄ですわ。
殿下の“現実逃避癖”には、以前から気づいておりましたもの」
二人は小さく笑い合った。
その横で、エミーラは涙を拭きながらぽつりと呟く。
「……アイシス様って……やっぱりすごい方です……」
「いいえ。
わたくしはただ、“責任の取れない人”が嫌いなだけですわ」
辺境に、静けさが戻る。
だが――
王太子が王都に“逃げ帰った”ことで、王家と辺境伯家の対立が一気に表面化し始めるのであった。
---
エミーラが泣きじゃくり、アイシスに抱きしめられている。
その光景を見たユリウスは、顔色を失っていた。
「ど、どうしてだ……どうして皆、私を責める……?
悪いのは……アイシス、お前だろ……?」
震える声は、もはや王太子の威厳など欠片もない。
アイシスは静かに答える。
「殿下。
あなたが“悪いのは自分ではない”と思い込み続けてきた結果が、これですわ」
「ち、違う……違う……!
私は……私は王太子だぞ……!?
皆が私を理解すべきなんだ……!」
理解すべきなのは自分ではないか――
そんな当然の理屈すら、ユリウスには届いていない。
ライナルトが前に出て、一歩、冷たい影を落とした。
「殿下。ここは辺境伯領だ。
私の許可なく騒乱を起こすのなら、王家といえど容赦はせん」
「っ……!」
その瞬間、ユリウスの表情に“恐怖”が生まれた。
辺境伯が本気になれば、王都だって揺らぐ――
それくらいの力がライナルトにはある。
理解してしまったのだ。
ここに“味方”など誰もいないことを。
◆
「エミーラ……帰るぞ」
急に弱々しい声で呼びかける。
だがエミーラは首を横に振った。
「……私、殿下とは帰れません。
私を守ってくれない人と……一緒には……」
「なっ……!? お前まで私を見捨てるのか!」
「見捨てたのは殿下です。
私の人生を勝手に巻き込み……噂に晒し……
挙句には盾にして……!」
エミーラの涙が、石畳に落ちた。
ユリウスは後ずさりした。
「な、なんなんだ……
どうして皆……私を責める……?」
アイシスの声が静かに落ちる。
「殿下。
あなたは“自分の行動の責任”から逃げ続けてきたのですわ」
「逃げ……?」
「ええ。今日もまた、逃げようとしていません?」
ユリウスの呼吸が乱れる。
図星だった。
◆
「もう……いやだ……もう……!」
王太子は突然、馬車のほうへ駆け出した。
「殿下!? どちらへ――」
「王都に帰る!!
こんな場所、いたくない!!
誰も……誰も私を認めてくれない……!」
御者を押しのけ、馬車に飛び乗る。
「すぐに出せ!!
ここは……私の居場所じゃない!!」
兵たちは混乱しながらも、急いで馬を走らせた。
砂煙をあげ、王太子の馬車は勢いよく去っていく。
背中は小さく、惨めで、哀れですらあった。
エミーラが嗚咽を漏らす。
「……殿下……ごめんなさい……
でも、もう……あのままじゃ……」
アイシスはそっと背中に手を置いた。
「あなたが謝る必要はありません。
殿下は、自分の弱さと向き合う日が来ただけですわ」
ライナルトがアイシスを見つめ、静かに言う。
「……君の言葉は、容赦がないが……
だからこそ、本質を突いている」
「お褒めいただいて光栄ですわ。
殿下の“現実逃避癖”には、以前から気づいておりましたもの」
二人は小さく笑い合った。
その横で、エミーラは涙を拭きながらぽつりと呟く。
「……アイシス様って……やっぱりすごい方です……」
「いいえ。
わたくしはただ、“責任の取れない人”が嫌いなだけですわ」
辺境に、静けさが戻る。
だが――
王太子が王都に“逃げ帰った”ことで、王家と辺境伯家の対立が一気に表面化し始めるのであった。
---
10
あなたにおすすめの小説
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さくら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
さようなら、わたくしの騎士様
夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。
その時を待っていたのだ。
クリスは知っていた。
騎士ローウェルは裏切ると。
だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。
婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!
ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。
ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~
小説家になろうにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる