婚約破棄されましたが、辺境で最強の旦那様に溺愛されています

鷹 綾

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第40話 辺境の空に、未来を誓う

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第40話 辺境の空に、未来を誓う

 王太子ユリウスが逃げ帰った翌日。
 辺境伯領には、嘘のように静かな朝が訪れた。

 澄んだ空気。遠くで聞こえる騎士たちの訓練の音。
 すべてが、昨日の騒動が夢であったかのように穏やかだった。

 しかしアイシスには分かっていた。

 ――これは“嵐の終わり”ではなく、“新しい日常の始まり”だと。



 王都からの正式な報せは、その日の午後に届いた。

『王太子ユリウス殿下の継承権は停止。
 今後の政治への関与も凍結する。
 辺境伯ライナルトに対し、先日の無礼について王家は謝罪する。』

 ライナルトが書状を読み終えると、アイシスへ向き直った。

「……これで、すべて終わった」

「ええ。ようやく、落ち着きますわね」

「アイシス。
 本当に、君のおかげだ」

「わたくしは何もしておりませんわ。
 ただ“言いたいことを言った”だけですもの」

「それができる人は、そう多くない」

 ライナルトはふっと微笑む。

 その笑顔は、いつもの冷たさを帯びたものではなく――
 どこか、温度を持っていて。

 アイシスの胸が、ぽっと熱くなった。



「アイシス」

「なんでしょう?」

 彼が立ち上がり、歩み寄る。
 夕陽が差し込み、彼の銀髪が赤く染まる。

「君と出会ってから……私は何度も救われた。
 自分の弱さも、孤独も、君は当然のように受け止めてくれた」

「ライナルト様?」

 彼は胸元から、小さな箱を取り出した。

 アイシスが息を呑む。

「これは……?」

「本来なら、契約結婚ではなく、
 “本物の夫婦”になる日に渡すはずだった」

 箱の蓋が開く。

 中には、辺境の宝石で作られた銀色の指輪――
 冷たく、美しい光。

 アイシスの視界が揺れる。

「アイシス。
 もし君が……この地を、
 そして私を嫌っていないのなら」

 ゆっくりと、彼はひざまずいた。

「――改めて。
 私の妻になってくれないか?」

 胸がくすぐったくなるような、甘い痛みが広がる。

 アイシスはそっと微笑んだ。

「そんなの……ずっと前から、決まっていましたのに」

 右手を差し出す。
 ライナルトの指が、震えながら指輪をはめる。

 触れた瞬間――
 綺麗に光が弾けたように感じた。

「アイシス……」

「はい、ライナルト様。
 これからは、正式に“本物の夫婦”ですわね」

 その言葉に、彼は彼女を抱きしめる。

 強く、しかし優しく。
 守るという想いがその腕に込められていた。



 穏やかな風が吹く。

 外では、使用人たちがさりげなく遠巻きに見守っている。
 辺境伯領に仕える全員が、この瞬間を祝福していた。

 アイシスはライナルトの胸元に顔を寄せ、小さく言った。

「――わたくし、この地が好きですわ。
 あなたと過ごす毎日が、何よりも愛おしくて」

「私もだ。
 君がいてくれるなら、辺境はどこよりも尊い場所だ」

 二人はゆっくりと唇を重ねた。

 契約ではなく、政略でも義務でもない。
 ただひとりの人を想う、静かで深い口づけだった。



 日が落ち、空が紫に染まる頃。

 アイシスはふっと笑った。

「……わたくし、自由を求めて辺境に来たはずでしたのに。
 気づけばあなたに捕まってしまいましたわね」

「捕まえたつもりはないが……
 君が逃げる気がないのなら、永遠に離さない」

「まぁ……強引ですわ」

「君が好きだ、アイシス」

 その告白は、どこまでもまっすぐで。

 アイシスはそっと彼の手を握り返した。

「……わたくしも、ですわ」

 辺境の空は、二人の未来を祝福するように澄み渡っていた。

――こうして、“婚約破棄”から始まった二人の物語は
 本当の夫婦としての第一歩を踏み出したのであった。


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