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第十三話 止まった優遇措置
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第十三話 止まった優遇措置
王都の北港。
大型船が並ぶはずの岸壁は、どこか落ち着かない空気に包まれていた。
「本日の入港予定、三隻取りやめです」
港湾管理官が報告書を握りしめる。
「理由は?」
「ルヴァリエ商会より、“条件再確認が済むまで一時停止”との通達が」
その言葉に、周囲の商人たちがざわめいた。
ルヴァリエ家は、公爵家の名門商会。
王都の流通の三割を担う存在だ。
その動きが止まるということは、ただの商売の問題ではない。
王宮でも、同じ報告が上がっていた。
「優遇措置の停止?」
レオンハルトは報告書を睨む。
「はい。北港の使用料減免措置が、婚約に紐づく特例だったとのことです」
「そんなはずはない」
「条文に明記されております」
側近が差し出した書類には、確かに条項がある。
王太子妃候補家との婚姻関係を前提とした港湾優遇。
婚約が解消された場合、再協議とする。
「……細かすぎる」
レオンハルトは舌打ちした。
だが、それは細かいのではない。
最初から明記されていた。
理解し、調整していた者がいたというだけだ。
「殿下、再協議を申し入れますか?」
「当然だ」
即答。
「王家の港だぞ」
「ですが、契約上は対等です」
「対等だと?」
声が低くなる。
「王家に条件をつけるつもりか」
側近は慎重に言葉を選ぶ。
「ルヴァリエ家は、あくまで契約通りの処理を主張しております」
契約通り。
その言葉が重い。
そこへ、ミレイナが姿を現した。
「殿下、お時間よろしい?」
「今は忙しい」
「少しだけ」
躊躇いながら近づく。
「港の件、わたくしの家で何かできることはあるかしら?」
思い切った申し出。
レオンハルトは顔を上げた。
「お前の家で?」
「ええ。父に頼めば……」
「規模が違う」
即座に切り捨てる。
「北港の流通量を埋められる商会は限られている」
ミレイナの表情がわずかに曇る。
「……そう」
「気にするな。私が何とかする」
だが、その声に自信はない。
王宮からの再協議の使者は、公爵邸を訪れた。
応対に出たのは、アルドリック公爵。
落ち着いた表情で書面を受け取る。
「再協議のご要望とのことですが」
「殿下は、継続を望んでおられます」
使者が言う。
「優遇措置は、王都の安定にも寄与しております」
「もちろん承知しております」
アルドリックは静かに頷く。
「ですが、契約は契約。婚約が解消された以上、前提条件は消滅しております」
「王家との関係を、再構築するおつもりは」
「再構築には、対価が必要です」
穏やかな声。
だが、揺るがない。
「それが清算でございます」
使者は言葉を失った。
同じ頃、王宮では焦りが広がっていた。
「北港の使用料が通常水準に戻れば、輸入価格が上がります」
「商人たちが不満を漏らしております」
「民の間にも、物価上昇の兆しが……」
報告が積み上がる。
レオンハルトは歯を食いしばった。
「たった一つの婚約破棄で、ここまで動くはずがない」
だが、事実として動いている。
優遇措置は、婚約という“信用”の上に築かれていた。
その信用を、彼自身が切り捨てた。
夜。
ミレイナは王宮のバルコニーに立っていた。
遠くに見える港の灯り。
「どうして……」
小さく呟く。
愛を選んだ。
間違っていないはず。
なのに、なぜ空気が重いのか。
背後で足音がする。
レオンハルトだ。
「寒いぞ」
「少し、考えていただけ」
「何を」
「わたくし、本当にお役に立てているのかしら」
正面を向いたままの問い。
レオンハルトは答えに詰まる。
「……時間が必要だ」
ようやく出た言葉。
「いずれ慣れる」
だが、その“いずれ”がどれほど遠いか。
港では、今日も入港予定が一隻減った。
優遇措置は止まったまま。
王都の歯車が、静かに軋み始めている。
それはまだ、小さな音。
だが確実に、広がりつつあった。
王都の北港。
大型船が並ぶはずの岸壁は、どこか落ち着かない空気に包まれていた。
「本日の入港予定、三隻取りやめです」
港湾管理官が報告書を握りしめる。
「理由は?」
「ルヴァリエ商会より、“条件再確認が済むまで一時停止”との通達が」
その言葉に、周囲の商人たちがざわめいた。
ルヴァリエ家は、公爵家の名門商会。
王都の流通の三割を担う存在だ。
その動きが止まるということは、ただの商売の問題ではない。
王宮でも、同じ報告が上がっていた。
「優遇措置の停止?」
レオンハルトは報告書を睨む。
「はい。北港の使用料減免措置が、婚約に紐づく特例だったとのことです」
「そんなはずはない」
「条文に明記されております」
側近が差し出した書類には、確かに条項がある。
王太子妃候補家との婚姻関係を前提とした港湾優遇。
婚約が解消された場合、再協議とする。
「……細かすぎる」
レオンハルトは舌打ちした。
だが、それは細かいのではない。
最初から明記されていた。
理解し、調整していた者がいたというだけだ。
「殿下、再協議を申し入れますか?」
「当然だ」
即答。
「王家の港だぞ」
「ですが、契約上は対等です」
「対等だと?」
声が低くなる。
「王家に条件をつけるつもりか」
側近は慎重に言葉を選ぶ。
「ルヴァリエ家は、あくまで契約通りの処理を主張しております」
契約通り。
その言葉が重い。
そこへ、ミレイナが姿を現した。
「殿下、お時間よろしい?」
「今は忙しい」
「少しだけ」
躊躇いながら近づく。
「港の件、わたくしの家で何かできることはあるかしら?」
思い切った申し出。
レオンハルトは顔を上げた。
「お前の家で?」
「ええ。父に頼めば……」
「規模が違う」
即座に切り捨てる。
「北港の流通量を埋められる商会は限られている」
ミレイナの表情がわずかに曇る。
「……そう」
「気にするな。私が何とかする」
だが、その声に自信はない。
王宮からの再協議の使者は、公爵邸を訪れた。
応対に出たのは、アルドリック公爵。
落ち着いた表情で書面を受け取る。
「再協議のご要望とのことですが」
「殿下は、継続を望んでおられます」
使者が言う。
「優遇措置は、王都の安定にも寄与しております」
「もちろん承知しております」
アルドリックは静かに頷く。
「ですが、契約は契約。婚約が解消された以上、前提条件は消滅しております」
「王家との関係を、再構築するおつもりは」
「再構築には、対価が必要です」
穏やかな声。
だが、揺るがない。
「それが清算でございます」
使者は言葉を失った。
同じ頃、王宮では焦りが広がっていた。
「北港の使用料が通常水準に戻れば、輸入価格が上がります」
「商人たちが不満を漏らしております」
「民の間にも、物価上昇の兆しが……」
報告が積み上がる。
レオンハルトは歯を食いしばった。
「たった一つの婚約破棄で、ここまで動くはずがない」
だが、事実として動いている。
優遇措置は、婚約という“信用”の上に築かれていた。
その信用を、彼自身が切り捨てた。
夜。
ミレイナは王宮のバルコニーに立っていた。
遠くに見える港の灯り。
「どうして……」
小さく呟く。
愛を選んだ。
間違っていないはず。
なのに、なぜ空気が重いのか。
背後で足音がする。
レオンハルトだ。
「寒いぞ」
「少し、考えていただけ」
「何を」
「わたくし、本当にお役に立てているのかしら」
正面を向いたままの問い。
レオンハルトは答えに詰まる。
「……時間が必要だ」
ようやく出た言葉。
「いずれ慣れる」
だが、その“いずれ”がどれほど遠いか。
港では、今日も入港予定が一隻減った。
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王都の歯車が、静かに軋み始めている。
それはまだ、小さな音。
だが確実に、広がりつつあった。
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