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第十四話 笑えない社交界
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第十四話 笑えない社交界
王都の大広間。
きらびやかなシャンデリアの下で、貴族たちが集う夜会が開かれていた。
王太子の新たな婚約者候補――ミレイナのお披露目を兼ねた場でもある。
音楽が流れ、グラスが鳴り、華やかな笑い声が響く。
だが、その奥には別のざわめきがあった。
「港の優遇が止まったらしいわね」
「北の商会も動いたとか」
「婚約破棄の影響ですって?」
ひそひそと交わされる声。
視線が、会場中央の二人に集まる。
レオンハルトとミレイナ。
腕を組み、完璧な笑顔を浮かべている。
「堂々としていればいい」
レオンハルトが小声で言う。
「ええ」
ミレイナは微笑みを崩さない。
だが、背筋は固い。
前に立つ伯爵夫人が扇子で口元を隠しながら言った。
「ミレイナ様、王宮の政務もお手伝いなさっているとか?」
「……ええ、少しだけ」
「まあ、頼もしいこと」
笑顔。
だが、その目は探るようだ。
「帳簿はお得意?」
何気ない問い。
だが、周囲の耳が一斉に向く。
「ええと……これから勉強中でございます」
正直な答え。
空気が、わずかに変わる。
「そうですの」
伯爵夫人は、にこやかに頷いた。
「氷の令嬢は、ああ見えて数字に強かったとか」
その名は出さない。
だが、誰のことかは明らかだ。
レオンハルトの表情が硬くなる。
「過去の話だ」
低い声。
「いまは関係ない」
「もちろんでございます」
夫人はすぐに引き下がる。
だが、さざ波は広がった。
別の一角では、若い貴族たちが囁く。
「優遇措置が消えたのは事実らしい」
「婚約破棄の代償だな」
「公爵家は黙っていないだろう」
噂は噂を呼ぶ。
レオンハルトは笑顔を保ちながら、内心で苛立っていた。
愛を選んだ。
それだけだ。
なぜ、ここまで言われなければならない。
「殿下」
ミレイナが袖を引く。
「少し、外の空気を」
頷き、二人はバルコニーへ出た。
冷たい夜風が頬を撫でる。
「大丈夫か」
「ええ」
微笑む。
だが、その笑みは少し疲れている。
「わたくし、嫌われているのかしら」
「気にするな」
「でも……」
視線を落とす。
「わたくし、まだ何もできていないのに」
その言葉に、レオンハルトは言葉を失う。
社交界は結果を見る。
立場ではなく、実績を見る。
氷の令嬢は冷たいと言われながらも、結果を出していた。
いま、その結果が止まり始めている。
「殿下」
側近がバルコニーに近づく。
「至急のご報告が」
「今か」
「北港の使用料引き上げに伴い、南商会も条件再検討を申し入れております」
「……ここでか」
「はい」
夜会の最中。
祝福の場。
だが、現実は待たない。
「後で詳しく聞く」
「承知いたしました」
側近は下がる。
ミレイナが不安そうに見る。
「また、港?」
「ああ」
短い返事。
音楽が遠くから流れてくる。
だが、二人の間に流れるのは別の空気。
会場に戻ると、視線が一斉に集まる。
祝福と、好奇と、疑念。
笑顔を作る。
それがいまの役目。
だが、社交界は甘くない。
数字が動けば、空気も動く。
夜会が終わる頃には、噂はさらに広がっていた。
「王太子殿下、少し焦っておられるようね」
「公爵家を敵に回した代償かしら」
「愛だけでは、国は回らないわ」
誰も公然とは言わない。
だが、皆が感じている。
氷の令嬢がいなくなった穴。
その大きさが、社交界でも見え始めていた。
馬車に乗り込むミレイナは、窓の外を見つめた。
笑顔は保った。
だが、胸の奥に重い石が落ちる。
四面楚歌。
それは追い出された側だけの言葉ではない。
王宮の中心に立つ二人もまた、静かに囲まれ始めていた。
王都の大広間。
きらびやかなシャンデリアの下で、貴族たちが集う夜会が開かれていた。
王太子の新たな婚約者候補――ミレイナのお披露目を兼ねた場でもある。
音楽が流れ、グラスが鳴り、華やかな笑い声が響く。
だが、その奥には別のざわめきがあった。
「港の優遇が止まったらしいわね」
「北の商会も動いたとか」
「婚約破棄の影響ですって?」
ひそひそと交わされる声。
視線が、会場中央の二人に集まる。
レオンハルトとミレイナ。
腕を組み、完璧な笑顔を浮かべている。
「堂々としていればいい」
レオンハルトが小声で言う。
「ええ」
ミレイナは微笑みを崩さない。
だが、背筋は固い。
前に立つ伯爵夫人が扇子で口元を隠しながら言った。
「ミレイナ様、王宮の政務もお手伝いなさっているとか?」
「……ええ、少しだけ」
「まあ、頼もしいこと」
笑顔。
だが、その目は探るようだ。
「帳簿はお得意?」
何気ない問い。
だが、周囲の耳が一斉に向く。
「ええと……これから勉強中でございます」
正直な答え。
空気が、わずかに変わる。
「そうですの」
伯爵夫人は、にこやかに頷いた。
「氷の令嬢は、ああ見えて数字に強かったとか」
その名は出さない。
だが、誰のことかは明らかだ。
レオンハルトの表情が硬くなる。
「過去の話だ」
低い声。
「いまは関係ない」
「もちろんでございます」
夫人はすぐに引き下がる。
だが、さざ波は広がった。
別の一角では、若い貴族たちが囁く。
「優遇措置が消えたのは事実らしい」
「婚約破棄の代償だな」
「公爵家は黙っていないだろう」
噂は噂を呼ぶ。
レオンハルトは笑顔を保ちながら、内心で苛立っていた。
愛を選んだ。
それだけだ。
なぜ、ここまで言われなければならない。
「殿下」
ミレイナが袖を引く。
「少し、外の空気を」
頷き、二人はバルコニーへ出た。
冷たい夜風が頬を撫でる。
「大丈夫か」
「ええ」
微笑む。
だが、その笑みは少し疲れている。
「わたくし、嫌われているのかしら」
「気にするな」
「でも……」
視線を落とす。
「わたくし、まだ何もできていないのに」
その言葉に、レオンハルトは言葉を失う。
社交界は結果を見る。
立場ではなく、実績を見る。
氷の令嬢は冷たいと言われながらも、結果を出していた。
いま、その結果が止まり始めている。
「殿下」
側近がバルコニーに近づく。
「至急のご報告が」
「今か」
「北港の使用料引き上げに伴い、南商会も条件再検討を申し入れております」
「……ここでか」
「はい」
夜会の最中。
祝福の場。
だが、現実は待たない。
「後で詳しく聞く」
「承知いたしました」
側近は下がる。
ミレイナが不安そうに見る。
「また、港?」
「ああ」
短い返事。
音楽が遠くから流れてくる。
だが、二人の間に流れるのは別の空気。
会場に戻ると、視線が一斉に集まる。
祝福と、好奇と、疑念。
笑顔を作る。
それがいまの役目。
だが、社交界は甘くない。
数字が動けば、空気も動く。
夜会が終わる頃には、噂はさらに広がっていた。
「王太子殿下、少し焦っておられるようね」
「公爵家を敵に回した代償かしら」
「愛だけでは、国は回らないわ」
誰も公然とは言わない。
だが、皆が感じている。
氷の令嬢がいなくなった穴。
その大きさが、社交界でも見え始めていた。
馬車に乗り込むミレイナは、窓の外を見つめた。
笑顔は保った。
だが、胸の奥に重い石が落ちる。
四面楚歌。
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王宮の中心に立つ二人もまた、静かに囲まれ始めていた。
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