婚約破棄? では、その誠実さはどちらに置いていらしたのですか?

鷹 綾

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第二十一話 広がる疑念

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第二十一話 広がる疑念

 再契約の締結から数日。

 北港には再び船が入り、商会の荷車が動き始めた。

 市場の値も、ゆるやかに落ち着きを取り戻している。

 表向きは、事態は収束した。

 だが――

 王宮の空気は、以前とは明らかに違っていた。

「殿下、こちらが今月の報告でございます」

 側近が差し出した書類を、レオンハルトは無言で受け取る。

 港は回復傾向。

 商会も復帰。

 数字だけを見れば、問題はない。

 だが、別の項目が目に入る。

「……支持率が落ちている?」

「社交界での評価でございます」

「評価など気にする必要はない」

「ですが、王家の威信は数値化されております」

 冷静な言葉。

 感情は挟まない。

 それがかえって重い。

「公爵家が優位との見方が広がっております」

「優位?」

「再契約条件が公になりましたゆえ」

 長期固定契約。

 関税優遇。

 王家の譲歩。

 それは事実だ。

 だが、事実は時に刃になる。

 一方、社交界。

「公爵家は静かに勝ったわね」

「王太子殿下、少し焦っておられるとか」

「次期王妃は大丈夫なのかしら」

 茶会の席で、噂が交わされる。

 直接名指しはしない。

 だが、視線は向けられている。

 ミレイナは、その視線を感じながら笑顔を保つ。

「最近、港が落ち着いたそうですね」

「ええ、殿下のお力ですわ」

 そう答えながらも、胸の奥はざわつく。

 殿下の力。

 本当にそうなのだろうか。

 王宮へ戻る馬車の中。

 ミレイナは窓の外を見つめる。

「わたくし、努力しているのに」

 勉強も始めた。

 帳簿も読もうとしている。

 だが、追いつかない。

 王宮に戻ると、レオンハルトが待っていた。

「社交界はどうだ」

「穏やか、ではありません」

「……そうか」

 短い返事。

「殿下」

「何だ」

「わたくしが、足を引っ張っているのでは」

 その問いに、レオンハルトは一瞬、言葉を失う。

「違う」

 即答。

 だが、その目は揺れた。

 嘘ではない。

 だが、完全な真実でもない。

 足を引っ張っているのは、彼自身の選択。

 婚約破棄という決断。

 それが信用を揺らした。

「お前は関係ない」

 繰り返す。

 だが、噂は止まらない。

 王宮の若手貴族たちの間では、ささやきが広がる。

「次期王妃としての資質は?」

「氷の令嬢の方が適任だったのでは」

「感情で選ぶからだ」

 その言葉は、静かに積み重なる。

 公爵邸。

 アルドリックは報告を受けていた。

「王宮内で疑念が広がっております」

「放置せよ」

「介入は」

「不要」

 淡々とした答え。

「我々は何もしていない」

 事実だ。

 契約通りに動いた。

 それだけ。

 だが、その“だけ”が最も効く。

 夜。

 王宮の廊下を、レオンハルトは一人歩いていた。

 視線が避けられるのを感じる。

 尊敬ではなく、測る視線。

 王太子としての威厳は保っている。

 だが、以前の絶対的な空気は薄れている。

「……疑念か」

 自嘲気味に呟く。

 愛を選んだ。

 間違っていない。

 だが、国は結果を見る。

 窓の外、王都の灯りは静かに揺れる。

 港は回り、商会は戻った。

 だが、王宮の中心にある二人を包む空気は変わらない。

 四面楚歌は、目に見える包囲ではない。

 静かな疑念。

 それが最も逃げ場をなくす。

 そして、その疑念は、ゆっくりと広がっていた。
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