婚約破棄? では、その誠実さはどちらに置いていらしたのですか?

鷹 綾

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第二十八話 舞踏会の公開処刑

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第二十八話 舞踏会の公開処刑

 王宮の大広間は、これまでにないほどの熱気に包まれていた。

 名目は、春の祝賀舞踏会。

 だが、誰もが知っている。

 昨夜から王都を駆け巡っている“あの手紙”の件だ。

「本物らしいわ」 「王太子殿下の筆跡だとか……」 「婚約中に密会なんて……」

 扇子の陰で、囁きが飛び交う。

 主役は、まだ姿を見せていない。

 王太子レオンハルトと、その隣に立つはずのミレイナ。

 やがて、扉が開く。

 華やかな衣装に身を包み、レオンハルトが入場する。  隣には、緊張した面持ちのミレイナ。

 だが、いつものような歓声はない。

 拍手は、まばらだった。

 空気が、重い。

「……気にするな」

 レオンハルトが小声で言う。

「ええ」

 ミレイナは必死に微笑む。

 そのとき――

 再び大扉が開いた。

 場内の視線が、一斉にそちらへ向く。

 静かな足取りで入場したのは、セリシア。

 淡い銀のドレス。  凛とした立ち姿。

 その姿に、ざわめきが広がる。

「氷の令嬢……」 「来るの?」 「まさか……」

 彼女は、中央へ進み出た。

 王と王妃が見守る壇上の前で、優雅に一礼する。

「陛下。本日は、皆様の前で確認させていただきたいことがございます」

 王が頷く。

「許可する」

 場内の空気が張り詰める。

 セリシアは、ゆっくりと封筒を取り出した。

「こちらは、婚約期間中に交わされた手紙でございます」

 その言葉だけで、ざわめきが爆発する。

「……やめろ」

 レオンハルトが低く言う。

 だが、止まらない。

「殿下の筆跡、封蝋、日付。すべて確認済みでございます」

 侍従が、証拠を受け取り、王へ渡す。

 王の顔が険しくなる。

 場内に、読み上げの声が響いた。

『あの氷の令嬢との関係も、もう終わる』

 静寂。

 そして、どよめき。

「これは誤解だ!」

 レオンハルトが叫ぶ。

「まだ正式な婚約破棄の前で――」

「ええ、前でございます」

 セリシアの声は冷たい。

「婚約中でございますわ」

 視線が、一斉にレオンハルトへ向けられる。

 逃げ場はない。

「私は……本気だった!」

 ミレイナが泣き声を上げる。

「殿下は私を愛して――」

「愛?」

 セリシアが微笑む。

「愛とは、婚約者を貶める噂を流しながら育むものなのですか?」

 継母エルヴィラが立ち上がる。

「そんな証拠、いくらでも作れるわ!」

「では、こちらは?」

 セリシアが差し出したのは、侍女の覚書。

『噂は少しずつ流すこと』

 継母の顔が、真っ青になる。

「嘘よ……!」

「筆跡鑑定済みでございます」

 淡々と告げる。

 父アルドリックが、震える声で言った。

「セリシア、ここは控えよ……!」

「控える理由がございません」

 きっぱり。

「婚約破棄は殿下の自由。しかし、不誠実は別でございます」

 王が、低く言う。

「レオンハルト。事実か」

 沈黙。

 言い訳は、もう尽きている。

「……否定は、できません」

 その一言で、場内が爆発した。

 ざわめき。  失望。  嘲笑。

「婚約中に密会なんて」 「王太子が」 「義妹と……」

 ミレイナは崩れ落ちる。

「違うの、私は――!」

 継母が叫ぶ。

「全部あの女の――」

「責任転嫁はおやめくださいませ」

 セリシアの声が、はっきりと響く。

「わたくしは、ただ事実をお示ししただけ」

 王が立ち上がる。

「本件、後日正式に裁定する」

 重い宣言。

 舞踏会は、祝賀ではなく、断罪の場へと変わった。

 レオンハルトは、周囲の視線に耐えられず、拳を握り締める。

 ミレイナは泣き崩れ、  継母は立っていられない。

 父は、顔を覆った。

 そして、セリシア。

 彼女は、もう何も言わない。

 ゆっくりと一礼し、踵を返す。

 ざわめきの中を、静かに歩く。

 誰も、彼女を止めない。

 背後で崩れていく音が、はっきりと聞こえた。

 これで終わりではない。

 だが――

 彼らの転落は、もう始まっている。
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