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第二十七話 暴露の手紙
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第二十七話 暴露の手紙
王都に、妙な噂が流れ始めた。
最初は、ほんの小さな囁きだった。
「王太子殿下と義妹様は、婚約前から親しかったらしいわ」 「ええ? でも、あの方はまだ正式に婚約中だったはず……」
社交界は噂が好きだ。 けれど、今回のそれは、ただの嫉妬混じりの憶測ではなかった。
“証拠があるらしい”。
その一文が、空気を変えた。
同じ頃、ルヴァリエ公爵邸の一室で、セリシアは静かに封筒を見つめていた。
白い封蝋。 王太子の紋章。
それを、彼女は何度も読み返している。
『今夜は東庭園で待っている。父上にはまだ言うな。君の笑顔を見ると、決意が固まる』
宛名は――ミレイナ。
日付は、セリシアとの婚約がまだ有効だった時期。
さらにもう一通。
『あの氷の令嬢との形式的な関係も、もう終わる。君が私の隣に立つ』
氷の令嬢。
それは、セリシアのことだった。
指先がわずかに動く。 怒りではない。
もう、とっくに過ぎた感情だ。
代わりにあるのは、冷えきった確信。
「……裏切りは、隠せば隠すほど醜いものですわね」
彼女の前には、もう一つの証拠があった。
使用人の証言書。
“東庭園での密会を複数回目撃”
日付も、時間も一致している。
さらに――
継母エルヴィラの侍女が密かに書き残した覚書。
『噂は少しずつ流すこと。殿下が心を移されたと印象づければ十分』
噂操作。
婚約破棄の前から、計画されていた。
セリシアはゆっくりと立ち上がった。
決意の表情はない。 悲壮感もない。
ただ、終わらせるだけ。
その日の午後。
王宮の小広間に、関係者が集められた。
王太子レオンハルト。 義妹ミレイナ。 継母エルヴィラ。 そして父、アルドリック。
「急な呼び出しとは、どういうことだ」
レオンハルトが苛立たしげに言う。
「わたくしから、皆様にお見せしたいものがございますの」
セリシアの声は穏やかだった。
差し出されたのは、例の手紙。
レオンハルトの顔色が変わる。
「……これは」
「殿下の筆跡ですわね?」
否定は、できない。
封蝋も、印章も、本物。
「これは誤解だ!」
ミレイナが声を上げる。
「まだ何も決まっていない時期の――」
「日付をご覧くださいませ」
セリシアが静かに指摘する。
そこに記された日付は、正式な婚約期間中。
室内が、凍る。
「さらに、こちらも」
使用人の証言書が広げられる。
「東庭園での密会。複数回」
「証言など、いくらでも作れる!」
継母が叫ぶ。
「では、こちらは?」
侍女の覚書。
継母の顔が引きつる。
「噂操作の指示。婚約破棄前からの準備」
父が蒼白になる。
「エルヴィラ……これは」
「わ、私は知らないわ!」
必死の否定。
だが、筆跡は侍女本人のもの。
裏付けも取れている。
レオンハルトは、ようやく言葉を失った。
彼は、恋をした。
だがそれは、誠実な選択ではなかった。
婚約中に密会し、 婚約者を貶める噂を流し、 舞踏会で一方的に破棄。
それが、今、すべて一枚の紙の上に並べられている。
「殿下」
セリシアがまっすぐに見つめる。
「わたくしを選ばなかったことを、責めるつもりはございません」
静かな声。
「ですが、裏切りを正当化なさるおつもりなら、それは許されませんわ」
ミレイナの目に涙が溜まる。
「違うの……私は、本当に殿下を――」
「愛?」
セリシアの視線が冷たくなる。
「愛とは、他者を踏み台にして成り立つものでしたかしら」
言葉が、刺さる。
父が、震える声で言った。
「セリシア、これは家の問題だ。外に出す必要は――」
「外に出ておりますわ」
静かな一言。
「すでに写しは、複数の貴族家へ」
全員の顔色が変わった。
「な……!」
「噂は操作されましたもの。ならば、事実も広がりますわね」
継母が崩れ落ちる。
ミレイナは立っていられない。
レオンハルトは、何も言えない。
これが、第一段階。
まだ断罪ではない。
だが、社交界は動く。
裏切りは、証拠付きで広まる。
婚約破棄は、恋物語ではなく、不誠実の証へ変わる。
セリシアは一礼した。
「本日は以上でございますわ」
振り返らない。
涙もない。
怒鳴り声もない。
ただ――
包囲が始まった。
今度は、彼らの番だった。
王都に、妙な噂が流れ始めた。
最初は、ほんの小さな囁きだった。
「王太子殿下と義妹様は、婚約前から親しかったらしいわ」 「ええ? でも、あの方はまだ正式に婚約中だったはず……」
社交界は噂が好きだ。 けれど、今回のそれは、ただの嫉妬混じりの憶測ではなかった。
“証拠があるらしい”。
その一文が、空気を変えた。
同じ頃、ルヴァリエ公爵邸の一室で、セリシアは静かに封筒を見つめていた。
白い封蝋。 王太子の紋章。
それを、彼女は何度も読み返している。
『今夜は東庭園で待っている。父上にはまだ言うな。君の笑顔を見ると、決意が固まる』
宛名は――ミレイナ。
日付は、セリシアとの婚約がまだ有効だった時期。
さらにもう一通。
『あの氷の令嬢との形式的な関係も、もう終わる。君が私の隣に立つ』
氷の令嬢。
それは、セリシアのことだった。
指先がわずかに動く。 怒りではない。
もう、とっくに過ぎた感情だ。
代わりにあるのは、冷えきった確信。
「……裏切りは、隠せば隠すほど醜いものですわね」
彼女の前には、もう一つの証拠があった。
使用人の証言書。
“東庭園での密会を複数回目撃”
日付も、時間も一致している。
さらに――
継母エルヴィラの侍女が密かに書き残した覚書。
『噂は少しずつ流すこと。殿下が心を移されたと印象づければ十分』
噂操作。
婚約破棄の前から、計画されていた。
セリシアはゆっくりと立ち上がった。
決意の表情はない。 悲壮感もない。
ただ、終わらせるだけ。
その日の午後。
王宮の小広間に、関係者が集められた。
王太子レオンハルト。 義妹ミレイナ。 継母エルヴィラ。 そして父、アルドリック。
「急な呼び出しとは、どういうことだ」
レオンハルトが苛立たしげに言う。
「わたくしから、皆様にお見せしたいものがございますの」
セリシアの声は穏やかだった。
差し出されたのは、例の手紙。
レオンハルトの顔色が変わる。
「……これは」
「殿下の筆跡ですわね?」
否定は、できない。
封蝋も、印章も、本物。
「これは誤解だ!」
ミレイナが声を上げる。
「まだ何も決まっていない時期の――」
「日付をご覧くださいませ」
セリシアが静かに指摘する。
そこに記された日付は、正式な婚約期間中。
室内が、凍る。
「さらに、こちらも」
使用人の証言書が広げられる。
「東庭園での密会。複数回」
「証言など、いくらでも作れる!」
継母が叫ぶ。
「では、こちらは?」
侍女の覚書。
継母の顔が引きつる。
「噂操作の指示。婚約破棄前からの準備」
父が蒼白になる。
「エルヴィラ……これは」
「わ、私は知らないわ!」
必死の否定。
だが、筆跡は侍女本人のもの。
裏付けも取れている。
レオンハルトは、ようやく言葉を失った。
彼は、恋をした。
だがそれは、誠実な選択ではなかった。
婚約中に密会し、 婚約者を貶める噂を流し、 舞踏会で一方的に破棄。
それが、今、すべて一枚の紙の上に並べられている。
「殿下」
セリシアがまっすぐに見つめる。
「わたくしを選ばなかったことを、責めるつもりはございません」
静かな声。
「ですが、裏切りを正当化なさるおつもりなら、それは許されませんわ」
ミレイナの目に涙が溜まる。
「違うの……私は、本当に殿下を――」
「愛?」
セリシアの視線が冷たくなる。
「愛とは、他者を踏み台にして成り立つものでしたかしら」
言葉が、刺さる。
父が、震える声で言った。
「セリシア、これは家の問題だ。外に出す必要は――」
「外に出ておりますわ」
静かな一言。
「すでに写しは、複数の貴族家へ」
全員の顔色が変わった。
「な……!」
「噂は操作されましたもの。ならば、事実も広がりますわね」
継母が崩れ落ちる。
ミレイナは立っていられない。
レオンハルトは、何も言えない。
これが、第一段階。
まだ断罪ではない。
だが、社交界は動く。
裏切りは、証拠付きで広まる。
婚約破棄は、恋物語ではなく、不誠実の証へ変わる。
セリシアは一礼した。
「本日は以上でございますわ」
振り返らない。
涙もない。
怒鳴り声もない。
ただ――
包囲が始まった。
今度は、彼らの番だった。
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