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第三十一話 縋りつく手
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第三十一話 縋りつく手
雨が降っていた。
王都の石畳を濡らす、冷たい春の雨。
その中を、一台の質素な馬車がルヴァリエ公爵邸の前に止まる。
扉が開き、降り立ったのは――レオンハルト。
かつて王太子と呼ばれた男。
だが今は、王族籍を剥奪され、爵位もない。
ただの“レオンハルト”。
門番が一瞬、躊躇する。
「どなたにご用件を」
「……セリシアに会いたい」
その声に、かつての威圧感はない。
しばらくして、応接室に通された。
豪奢ではあるが、どこか静謐な空間。
そこに、セリシアが現れる。
淡い青のドレス。
落ち着いた表情。
変わらない。
いや――以前よりも、凛としている。
「お久しぶりでございますわ」
穏やかな声。
その一言で、レオンハルトの胸が締め付けられる。
「……私は」
言葉が出ない。
誇りも、威勢も、もうない。
「謝罪に参りました」
やっと絞り出す。
「謝罪?」
「私は、愚かだった」
目を伏せる。
「君を傷つけ、名誉を奪い……すべてを壊した」
沈黙。
雨音だけが響く。
「……やり直せないだろうか」
その言葉が落ちた瞬間、空気が変わる。
セリシアは、静かに首を傾げた。
「やり直す?」
「私は今、何も持っていない。だが……君がいてくれれば」
縋る声。
かつての王太子の姿は、そこにはない。
「レオンハルト様」
名前を呼ぶ。
それだけで、彼はわずかに希望を抱く。
「わたくしは、選ばれなかった側ではございません」
静かだが、はっきりとした声。
「あなたが、誠実さを選ばなかったのです」
言葉が、突き刺さる。
「私は……」
「恋をなさるのは自由でございます」
淡々と続ける。
「ですが、婚約中に密会し、噂を流し、舞踏会で一方的に断罪なさった」
事実の列挙。
感情はない。
「それは、王太子である以前に、人としての問題ですわ」
レオンハルトの拳が震える。
「私は本気だった……!」
「本気なら、正面から破棄なさるべきでした」
一瞬、視線が交わる。
「わたくしを踏み台にする必要はございません」
沈黙。
完全に、言い返せない。
「……セリシア」
「わたくしは、もうあなたを必要としておりません」
決定的な一言。
雨音が、やけに大きく聞こえる。
「お帰りくださいませ」
それだけ。
立ち上がる。
振り返らない。
レオンハルトは、椅子に座ったまま動けない。
縋った。 拒絶された。
完全に。
屋敷を出ると、雨は強くなっていた。
外套もなく、濡れるまま立ち尽くす。
王太子ではない。 婚約者でもない。 誇りも、地位も、未来もない。
ただの男。
一方、邸内。
ミレイナは別室で、同じ知らせを聞いていた。
「殿下が……来ていた?」
「はい。すでにお帰りに」
顔が歪む。
「お姉様のところへ……?」
理解した瞬間、膝から崩れ落ちる。
「どうして……どうして私じゃないの……!」
叫びは虚しい。
継母エルヴィラは、資産凍結に追い込まれ、実家からも冷たく扱われている。
父アルドリックは、爵位返上を条件に責任を問われている。
すべてが、崩壊。
その夜。
セリシアは窓辺に立つ。
雨は止み、雲が割れ、月が顔を出す。
「終わりですわね」
小さく呟く。
怒りは、もうない。
ただ、清算が済んだだけ。
縋りつく手は、払われた。
もう、戻る道はない。
そして――
彼女には、次の未来が待っている。
雨が降っていた。
王都の石畳を濡らす、冷たい春の雨。
その中を、一台の質素な馬車がルヴァリエ公爵邸の前に止まる。
扉が開き、降り立ったのは――レオンハルト。
かつて王太子と呼ばれた男。
だが今は、王族籍を剥奪され、爵位もない。
ただの“レオンハルト”。
門番が一瞬、躊躇する。
「どなたにご用件を」
「……セリシアに会いたい」
その声に、かつての威圧感はない。
しばらくして、応接室に通された。
豪奢ではあるが、どこか静謐な空間。
そこに、セリシアが現れる。
淡い青のドレス。
落ち着いた表情。
変わらない。
いや――以前よりも、凛としている。
「お久しぶりでございますわ」
穏やかな声。
その一言で、レオンハルトの胸が締め付けられる。
「……私は」
言葉が出ない。
誇りも、威勢も、もうない。
「謝罪に参りました」
やっと絞り出す。
「謝罪?」
「私は、愚かだった」
目を伏せる。
「君を傷つけ、名誉を奪い……すべてを壊した」
沈黙。
雨音だけが響く。
「……やり直せないだろうか」
その言葉が落ちた瞬間、空気が変わる。
セリシアは、静かに首を傾げた。
「やり直す?」
「私は今、何も持っていない。だが……君がいてくれれば」
縋る声。
かつての王太子の姿は、そこにはない。
「レオンハルト様」
名前を呼ぶ。
それだけで、彼はわずかに希望を抱く。
「わたくしは、選ばれなかった側ではございません」
静かだが、はっきりとした声。
「あなたが、誠実さを選ばなかったのです」
言葉が、突き刺さる。
「私は……」
「恋をなさるのは自由でございます」
淡々と続ける。
「ですが、婚約中に密会し、噂を流し、舞踏会で一方的に断罪なさった」
事実の列挙。
感情はない。
「それは、王太子である以前に、人としての問題ですわ」
レオンハルトの拳が震える。
「私は本気だった……!」
「本気なら、正面から破棄なさるべきでした」
一瞬、視線が交わる。
「わたくしを踏み台にする必要はございません」
沈黙。
完全に、言い返せない。
「……セリシア」
「わたくしは、もうあなたを必要としておりません」
決定的な一言。
雨音が、やけに大きく聞こえる。
「お帰りくださいませ」
それだけ。
立ち上がる。
振り返らない。
レオンハルトは、椅子に座ったまま動けない。
縋った。 拒絶された。
完全に。
屋敷を出ると、雨は強くなっていた。
外套もなく、濡れるまま立ち尽くす。
王太子ではない。 婚約者でもない。 誇りも、地位も、未来もない。
ただの男。
一方、邸内。
ミレイナは別室で、同じ知らせを聞いていた。
「殿下が……来ていた?」
「はい。すでにお帰りに」
顔が歪む。
「お姉様のところへ……?」
理解した瞬間、膝から崩れ落ちる。
「どうして……どうして私じゃないの……!」
叫びは虚しい。
継母エルヴィラは、資産凍結に追い込まれ、実家からも冷たく扱われている。
父アルドリックは、爵位返上を条件に責任を問われている。
すべてが、崩壊。
その夜。
セリシアは窓辺に立つ。
雨は止み、雲が割れ、月が顔を出す。
「終わりですわね」
小さく呟く。
怒りは、もうない。
ただ、清算が済んだだけ。
縋りつく手は、払われた。
もう、戻る道はない。
そして――
彼女には、次の未来が待っている。
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