『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第32話 出立の理由

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第32話 出立の理由

 返事を書いたのは、翌朝だった。

 夜のうちに決めたわけではない。
 朝の光を浴びてなお、その気持ちが変わらなかった――それだけだ。

 シルフィーネは、机に向かい、静かにペンを走らせた。

> エドワルド殿下

ご書簡、確かに拝受いたしました。

私は、自らの意思でノルディアを訪れることを選びます。
それは、逃げでも、保身 ուսումնでもありません。

私自身が、どこで、どのように生きるのかを確かめるためです。



 言葉は、飾らない。
 誓いでも、約束でもない。

> 対話の続きを、
対等な立場で行えることを願っております。



 署名を終え、封を閉じる。

 その動作に、迷いはなかった。



 出立の準備は、最小限だった。

 華美な衣装は持たない。
 象徴としての装いも、必要ない。

「……本当に、それだけで?」

 侍女が、控えめに問いかける。

「十分です」

 シルフィーネは微笑んだ。

「私は、“見せに行く”のではありませんから」

 評価されるためでも、
 選ばれるためでもない。

 自分で立つために行く。



 父と母には、出立の前にきちんと伝えた。

「短期の訪問になると思います」

 そう前置きしてから、言う。

「ですが、結果がどうであれ、
 私は納得して戻ってきます」

 母は、少しだけ目を潤ませたが、笑った。

「……それなら、安心ね」

 父は、いつものように短く頷く。

「帰る場所は、ここだ」

 それだけで、十分だった。



 馬車に乗り込む直前、シルフィーネは一度だけ邸を振り返った。

 ここは、過去を縛る場所ではない。
 選択を支えてくれる場所だ。

「……行ってきます」

 小さく告げて、前を向く。



 国境を越えるとき、不思議と胸は静かだった。

 緊張はある。
 だが、恐怖ではない。

 自分の足で、歩いている感覚。

 誰かに押し出された道ではなく、
 自分で選んだ道。

「……これでいい」

 馬車の揺れに身を任せながら、
 シルフィーネは確信していた。

 この旅は、
 誰かの期待に応えるためのものではない。

 ――自分自身に、
 答えを出すための旅だ。

 そしてその先に、
 どんな未来が待っていようとも。

 彼女はもう、
 自分の選択から目を逸らさない。

 そう心に決めて、
 シルフィーネは、再びノルディアへ向かって進み始めた。
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