完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました

鷹 綾

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第6話 隣国への道

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第6話 隣国への道

 王都を離れる朝は、驚くほど静かだった。

 まだ人通りの少ない通りを、荷を積んだ馬車がゆっくりと進む。
 見送りは最小限。必要以上に目立つ理由はなかった。

「……本当に、よろしいのですか?」

 向かいの席で、マリアが不安そうに問いかける。

「ええ」

 私は窓の外に目を向けたまま、静かに答えた。

「この国に、私の居場所はもうありませんもの」

 それは悲嘆ではなく、事実だった。

 王都の屋根が次第に遠ざかっていく。
 幼い頃から見慣れた景色なのに、不思議と胸は痛まなかった。

(未練は……ないわね)

 やるべきことは、すべてやった。
 尽くすべき役目も、とうに終えている。

 ――ならば、次へ進むだけだ。

 馬車は街道を南へ向かい、やがて国境へと近づいていった。
 周囲の景色は次第に変わり、整えられた王国の道から、実用本位の舗装へと移り変わる。

「……空気が、違いますね」

 マリアがそう呟いた。

「ええ」

 私も頷く。

 同じ大陸でも、国が変われば気配が変わる。
 装飾よりも機能を重んじる雰囲気。
 人々の歩き方も、どこか目的意識がはっきりしている。

 ――グラーツ公国。

 冷徹で合理的、感情よりも成果を重んじる国。
 噂では、人情味に欠けるとも言われている。

(……でも)

 私には、その方が都合がよかった。

 期待されない。
 干渉されない。
 必要とされるなら、能力で応えればいい。

 国境の検問所で、書類を差し出す。

「エリーカ・フォルティス伯爵令嬢……?」

 役人は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに事務的な表情に戻った。

「目的は?」

「滞在と、職探しです」

 嘘は言っていない。

 彼は少しだけ考え、頷いた。

「問題ありません。どうぞ」

 簡潔なやり取り。
 余計な詮索は、ない。

 馬車が国境を越えた瞬間、私は小さく息を吐いた。

「……着きましたね」

 マリアが微笑む。

「ええ」

 私は背筋を伸ばした。

 ここからは、誰の婚約者でもない。
 誰かの期待を背負う立場でもない。

(エリーカ・フォルティスとしての人生)

 それを、ここから始める。

 そのときは、まだ知らなかった。

 この国で――
 冷徹と名高い一人の公爵と出会い、
 私の人生が再び大きく動き出すことを。

 それでも。

 不思議と、心は穏やかだった。

 ――きっと、大丈夫。

 根拠のない確信を胸に、
 私は新しい国の空を見上げた。
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