『婚約破棄はお好きにどうぞ。――真実の愛に酔った王太子の末路と、私は隣国で王妃になります』

鷹 綾

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第二十三話 揺さぶりの晩餐

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第二十三話 揺さぶりの晩餐

 北方小国の正式参加が決まり、ヴァルディア城内は一時の静けさを取り戻しておりました。

 けれど私は、静かすぎる時ほど油断しないことにしております。

 水面が凪いでいるときほど、その下では何かが動いているもの。

 

「今夜は、内々の晩餐会がございます」

 教育係が淡々と告げました。

「王族縁戚と、古参貴族のみ」

 

 あら。

 いよいよ“身内の試験”でございますわね。

 

 晩餐会は華やかでしたが、空気は張り詰めておりました。

 杯は軽やかに交わされるものの、言葉は慎重。

 

「公爵令嬢殿は、橋を広げすぎておられるのでは?」

 最初の揺さぶりは、穏やかな声で放たれました。

 

「広がりは、不安を呼びます」

 

 私は穏やかに答えます。

「閉じれば、停滞いたします」

 

 相手は笑みを崩さぬまま続ける。

「停滞は安定とも申します」

 

「安定は、動きを止めることではございません」

 

 視線が集まる。

 

「止まった水は濁ります」

 

 わずかな沈黙。

 陛下は何も言わない。

 ただ、聞いている。

 

「では、万が一、王国が再び揺らいだ場合は?」

 

 核心。

 

 私は杯を置きました。

「橋は、片側が揺れても崩れぬ構造にいたしました」

 

「ほう?」

 

「基金は、三国共同監査。王国の一存では動かぬ仕組みでございます」

 

 陛下の目が、ほんのわずかに光る。

 

「つまり、王国が動揺しても、ヴァルディアは損をしない」

 

「その通りでございます」

 

 晩餐は、そこで空気を変えました。

 揺さぶりは止まり、評価へ。

 

 

 夜半。

 陛下が回廊で私に声をかける。

 

「あなたは、私を信用しているか」

 

 直截。

 

「陛下は、約束を破らぬ方でございます」

 

「答えになっていない」

 

 私は少しだけ微笑む。

 

「信用は、積み重ねでございます」

 

 陛下は低く笑った。

「育てる、か」

 

「ええ」

 

 沈黙の中、彼は続けた。

「あなたが来てから、城の空気が変わった」

 

「良い方向でございますか」

 

「まだ判断は早い」

 

 正直で結構。

 

 

 翌朝。

 王国から急報。

 

 ――王太子、議会にて外交方針を再確認。
 ――基金支持を公式表明。

 

 私は書簡を胸元に押さえました。

 

 守ると言った人は、今度は“支える”と言った。

 

 感情で始まった物語が、理で繋がる。

 

 

 午後。

 北方小国の第一便が到着。

 交易品は質素だが、確かなもの。

 

 橋は、機能し始めている。

 

 

 私は自室でひとり、窓を開けました。

 

 ヴァルディアの風は乾いている。

 王国の湿り気とは違う。

 

 恋は、まだ芽吹かぬ。

 けれど。

 信頼は、確実に根を張り始めた。

 

 陛下は合理で動き、

 王太子は覚悟で立つ。

 

 私は、均衡を編む者。

 

 ロマンスは小説だけで充分。

 

 けれど。

 現実の物語は、ようやく面白くなってきた。

 

 橋は広がり、揺さぶりにも耐えた。

 

 次に試されるのは――

 内か、外か。

 

 風は、まだ止まらないのです。
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