幻妖写鑑定局

かめりここ

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序章

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 野花が咲き、虫が目覚め始めた三月下旬。窓の外では早春の風が、まだ少し冷たくゆったりと吹いていた。風は桜の花びらを舞い上げ、踊るように空から落ちてくる。その様子に子供達だけでなく、大人も一緒になって燥いでいる。公園内は桜の雨と花びらの絨毯と、それから人々の歓声で劇場のように鮮やかだった。
 やはりいつ見ても、桜という花は日本人の心をわくわくさせるのだ。桜が咲く季節は卒業という一つの節目であり、そして新学期という始まりの季節でもあるから。
 その桜が見て来た別れと出会いは数えきれない程で、その様子を見守りながら何百年も花を咲かせてきたのだろう。
 なんて、どうしてこんな風に冷静に詩のような思考を巡らせているのか、自分でも分からない。私が今考えるべきはこんな事ではないんだ。窓の外から視線を外し、廊下の奥の扉を見つめた。
扉の上では、未だに『使用中』のランプが点いている。さっきまでの外の光景と変わって、周りの世界の色が一気に無くなった。元々壁も床も白だし、色の付いている物と言ったら廊下の壁に沿うように配置されている椅子ぐらいだが、今はそれさえもモノクロに見えた。
涙で潤んだ眼では色の無い世界だった。ただその中でも手術室の上のランプだけは明々として見えるのだった。でも実はもうランプは消えているのかな、この光っているように見えるのも私のモノクロ世界の幻覚なのだろうか?
そう思い、もっと間近で見ようと近付いてみる。けれどやはりランプは点いたまま、がっくりと肩を落として、再び落ち着かない心を紛らわす為に窓へと近づいて外を眺める。今度は外の世界もモノクロだった。桜の舞う公園も、色が無ければ有り難くも嬉しくも感じないものなんだなと妙に冷静に思うのだった。
そんな事を何度か繰り返して、どれくらいか経った頃。椅子に腰かけていた人物が溜息気味に私に言うのだった。
ともり、ゾンビみたいに徘徊していないで大人しく座って居ろ。気が散る」
 声の主は明らかに迷惑そうな表情で言った。その態度と物言いに、頭に一気に血が上る。
「どうしてなつは平気なの? 悟伯父さんが倒れたんだよ?」
「だから病院に連れて来た。今は処置をしている。その間俺達に何か出来る事があるとでも言うのか?」
 捺はあくまで冷静に言葉を並べた。この男は悟伯父さんが倒れた時から変わらない表情だ。古木寒巌、自分の育て親に対してこんな態度なんだから相当に冷たい奴なんだ。
 そんな捺を見ていたら更に腹立たしくなった。怒りや呆れや悲しみから、上手に息が出来なくて苦しい。酸素が十分に頭に行かなくて、余計に怒りは収まらない。
「……だけど、もしかしたら死んじゃうかもしれないんだよ……? 最後かもしれないのに、そんな態度ってあるの? 今まで育ててくれたお礼も愛情も、何もないの?」
 再び手元の本に視線を戻した捺の前に立ち、震える声で怒鳴らないように言った。ここは病院だ、騒いでは迷惑になる。だけど声は震えて、息を一定に吐き出す事が出来なくて、結果自分でも半分聞き取れないような発言になっていた。
 だけども捺は本から視線を上げないままに、やはり氷のような冷たい言い方をしたのだった。
「憶測で物を言うんじゃない。日本の医療技術と爺さんを信じろ。倒れてすぐに救急車を呼んだ、そしてすぐに受け入れ病院が見つかって処置してもらっている。今は待つしかないだろう? 分かったら大人しくしていろ」
 薄情者! 今までの恩も忘れて、罰当たりな奴!
 だけど言っている事も分かっている。此処で二人して慌てても病院に迷惑になるし、何か事が好転するわけでもない。周りでは看護師さんが忙しそうに動いている、その邪魔になるわけにもいかない。だから大人しく座って居なければという彼の言葉は正しいものなのだ。
 ブスっとした表情で捺の隣に腰かけた。彼は変わらずに本に視線を落としている。こんな状況で本が読めるとか、どんな思考の持ち主なんだよって言ってやりたい。
これからコイツとの生活が始まると思うと、嫌でたまらなくなった。

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