幻妖写鑑定局

かめりここ

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不思議な写真

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「良かったねー、良い人で」
「うん、本当に。森さんは優しいの」
 気持ちよく晴れ渡った空の元、軽い足取りに足を取られないよう気を付けながら言った。家事にお見舞いにお店の手伝い、それが終わる頃にはもう夜になってしまっている。だからこんな真昼にお出かけなんて久しぶりで、それだけで胸がわくわく躍りだすのだ。
「あ、ここー」
 やがて二十分位歩いてから、優里は新しそうなアパートを指さした。学生等一人暮らし向けの、全国展開している安い賃貸物件だ。優里は二階の二〇六号室へと案内してくれた。
「お邪魔しまーす……わぁ、結構広め!」
 入って直ぐに小さなキッチンがあり、その奥に六畳一間とロフト。ロフトの下は小さな物置になっている。一人なら十分過ぎるくらいのスペースがあるぞ、うんうん。
「こういう家って隣の音が聞こえるって一時期話題だったけど、やっぱりそうなの?」
「ううん、ここは新しく出来た鉄筋だから平気ー。木造の方は良く聞こえるらしくて、壁は紙一枚とか言われてるよー。呼吸音が聞こえるとか」
「それはもう同棲と言って良いレベルでは……」
 どんな建築したらそんなに聞こえるようになるのよ。
 優里は私に座っててと言って、キッチンで玉ねぎを刻み始めた。室内は彼女の好きなドット柄で統一されている。カーテンは水色に白の水玉、敷いてある絨毯はピンクのドット、クッションは赤のドット。見事過ぎるくらいドット。
 そのクッションに腰掛けて、何気なく机上にある本を手に取った。物理学や生物学、数学と、どれも普通の大学生では理解出来ない程専門向けに作られた内容だった。のんびりとゆったりしているくせに、こう見えて物理は教授よりも詳しい。国語と歴史が壊滅的に駄目だけど。
 程なくしてドットの器に彼女の大好物のナポリタンをたっぷりと乗せてやってきた。
「流石毎日作ってるだけあって手際が良いね。美味しそう!」
「どうぞー。燈のお口に合うか分からないけど」
 ナポリタン独特の赤みと素朴な材料、それから茹で過ぎた麺。これこそ優里の好きな、ザ・ナポリタンなのだ。水分をたっぷりと吸った麺はフォークで巻くのも苦労するくらいだ。
「頂きます……ん! 美味しいよー、ナポリタンだ」
 味? もちろんケチャップ。でも優里の愛情籠ってるから美味しいんだ。
 優里は得意気に鼻を擦り、自分もいつものように感動しながら食べ進めていった。優里と学校以外でゆっくり話したのは初めてだ。教授の話や友達の事、タレントの話もしていたら時間はあっという間に過ぎて行ってしまった。
「あ……そろそろ帰らないと。森さんに悪いかな」
「うん、じゃあ、また行くー」
 食器を水が張られた桶に突っ込み、二人で外へ出た時だった。丁度お隣さんと鉢合わせてしまった。なんかこういう時気まずいのって私だけなのかなぁ……どう接したら良いか分からなくなっちゃうんだよなぁ……。でも目が合っちゃったから無視も出来ないし……
「あ、雅紀兄ぃだー」
 どうしようか悩んでいたら、後ろから人見知りしない優里の声がした。
「あぁ、足立さんのお友達か」
「ど、どうも……」
 雅紀兄と呼ばれた彼は、ふんわりと笑っていった。身長がかなり高くて、多分一九〇くらいあると思うんだけど、全く威圧的な雰囲気はない。むしろ優しいオーラの方が勝っている。
「雅紀兄ぃはね、民俗学の研究してるんだよー。優里も偶にお話聞くけど、面白いの」
「へぇ、民俗学の研究者なんですか。凄いですね!」
 彼は照れながら後頭部を掻いている。それから私達に
「もし興味があるなら、上がって見て行くかい?」
「良いんですか? 是非!」
 誰にも言ってないけど、実は地域の風習とか調べるの好きなんだよね。雅紀さんは鍵を開けて、どうぞと私達を招き入れてくれた。優里の部屋と同じ構造のはずだけど、壁という壁は全て本棚で埋まっていて、入りきらない本は上に積まれたりしている。ほとんどが民俗学に関する物や古地図のようだ。
「いつ来ても雅紀兄ぃの本は凄いなー。あ、これ新しいやつだよね?」
「そう、よく分かったね。昨日届いたばっかりだよ」
 優里は机の上に重ねられていた本の塔から、一番分厚い物を取り出して読み始める。彼女本が大好きなのだが、とにかく読む速度が速い。一ページ丸々字で埋まっている物でも、物の三秒で読んでしまうのだ。本人が言うには三行同時に読むから早いと言うけど、それをやったら逆に混乱して時間がかかった。やっぱり根本的に天才の脳みそは違うんだなって実感した。
「さぁ、何か聞きたい事はある?」
 彼はビニール袋の中身を冷蔵庫にしまい終わった所で言った。どうしようかな。風習の話とか好きだけど、せっかく研究者なんだから難しい話を聞きたいし。今研究してる物とか聞いても平気なのかな?
 悩んでいると、外からチャイムの音が聞こえてくる。この部屋ではない、隣の……優里の部屋のチャイムだ。
「優里? 誰か来たみたいだけど……?」
 話しかけるも、優里は本から視線を逸らさず世話しなくページを捲り、情報を脳に焼き付けている。あーぁ……これは駄目だ、こっちの声はもう届いていない。さっきの優里の本の読み方は早い代わりに集中を伴う、だからこうして読み始めたら耳から入ってくる音は一切遮断してしまうのだ。どんな大声を出しても、体を揺すっても気付かない。完全に彼女のシェルターの中に閉じこもってしまう。こうなったら読み終わるのを待つしかないのだ。
「仕方が無い、私が出るか。すみません、ちょっと見てきますね」
 雅紀さんに一言断ってから玄関へ向かった。その間にもう一度チャイムが鳴る。
「はい、すみません優里は今……」
「何してるんだ」
「え、捺こそ……なんで此処に……?」
 優里の部屋の前に立っていた捺は、かなり機嫌が悪いようだ。両手をポケットに突っ込んで、小さい癖に私を威嚇するように睨んでいる。
「仕事サボって何してたんだ。森さん一人に店を押し付けて」
「そ、それは捺だって同じでしょ! ご飯食べに行って」
「そんな事は聞いちゃいない、お前は何故仕事をサボったのか聞いてるんだ」
 こいつ……自分の事は棚に上げて好き勝手言いやがって!
「私だって、たまには息抜きしたいもん! 捺はどうせ美味しい物奢ってもらって、チヤホヤされてきたんでしょ。良いねー楽しそうで!」
 頭に血が上って、ちょっと怒鳴り気味に言ってしまった。自分でも言い過ぎかなって思ったけど、でも私だって自由が欲しいもん。
 捺は何も言い返してこないで、ただ私を睨みつけていた。
「どうしたんだい? 大声で……」
「あ、雅紀さん……すみません、お騒がせして」
 雅紀さんは私と捺を見比べて、それから何があったのかと尋ねて来た。
「私が仕事サボっちゃったので……それで捺は……彼は怒ってるんです。すみません、私帰りますね。優里が現実に戻ったら、私は帰ったって伝えてください」
「あぁ、分かったよ。またゆっくりおいで」
「はい、ありがとうございます!」
 靴を履き、もう一度深くお辞儀をした。雅紀さんはまたねと言って扉を閉める。
 さぁ、ここからが問題だなー……うちの我が儘坊やはどうやったら許してくれるのだろうか。また多々の嫌味小言を並べられるんだろうなー……。
 そう思って振り向くも、捺の視線は締められている扉の、丁度雅紀さんの顔があった位置に注がれていた。さっきよりももっと目付きが悪くなって、今日一番機嫌が悪い事は、放たれている雰囲気で理解できた。
「捺……?」
 私の言葉に一瞬こちらに視線を向けるも、すぐに私の横をすり抜けて階段の方へ向かう。
「捺! えっと……ごめん」
「……」
 速足で行ってしまった捺を追いかけて、顔を覗き込んで謝る。が、無視。
「あの、次からちゃんと許可は取るから。気を付けるから……」
「……」
まるでさっきの優里の様に、完全に私の声をシャットアウトしている。嫌味すら言わないとは……もう手の施し用がないな、この怒りようは。
「はぁ……機嫌が治るのを待つしかないか……」
 捺に聞こえないように、後ろの方でこっそりとため息をつく。空は未だに雲一つなく晴れ渡っていて、太陽が元気に燃えている。こんな時は深呼吸……とやってみたけど、流石に今の自分の心を軽くしてくれるほど、お天気は万能ではないらしかった。
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