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32 学生寮

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「お世話になりました!」
 宿に別れを告げる。

 そう、今日は待ちに待った、入寮の日だ。



 メアリーと待ち合わせをし、第2学園へと向かう。
 2人は期待に胸を弾ませていた。

「ねぇルリちゃん、お部屋一緒だといいねぇ」

「そうだね、メアリーちゃんと一緒なら心強いわ!」



 学園の前に着き、門衛に挨拶する。
 3日前から入寮する人は少ないのか、他に人影はない。

 生徒の多数が貴族や商人だ。王都に屋敷を持つ。
 宿屋暮らしのルリと違い、前々から入寮しておく必要はない。


 門をくぐり、校舎の右手奥、学生寮へと進む。
 4階建ての大きな建物が見えてきた。
 最大200人が暮らせる学生寮。ちょっとしたマンションのような大きさだ。


 入り口には寮監の女性が待っていた。
「あら、早いわね。あなた方が最初の入寮よ!」

 スーツのような黒いワンピース。
 口調は優しいが、見るからに規則に厳しそうな寮監だ。


「では、入寮の手続きを行うわね。
 まずは学生証と制服を渡すわ。
 学生証が部屋の鍵にもなっているから、無くさないのよ。
 それと、制服の買い替えは有料だから大切にするように。
 あと、部屋の番号はここね」

 寮監から渡されたのは、学生証のカードと制服や運動服、それから「寮の規則」と書かれた紙だった。


「女子の部屋は4階。女性のお手洗いや浴室も同じ階。いつでも使っていいわ。
 あと食堂は1階ね。学生は無料で利用できるけど、時間は守りなさいね」

 寮監による一通りの説明が終わり、2人は部屋の番号を確かめる。


「ルリちゃん、何号室?」
「えと、私は401号室」
「え~、やったぁ! 同じ部屋だよ、私達!!」
「ほんと! やったぁ!!」

 2人は同じ部屋になったようだ。
 さっそく部屋へ向かう。
 食堂の手前に階段があった。


「2階と3階は男子って言ってたね。
 男の子のほうが多いのかなぁ」
 メアリーがふとした疑問を呟く。


 そう、ここは第2学園。
 出世の王道から外れた貴族や商人の跡取りが通う学園だ。

 貴族で入学するのは、絶対に跡を継ぐことがないであろう四男や五男である。長男や次男は第1学園に進むし、女子は少しでも箔を付けようと第1学園に通わせるのが通常。

 商人の跡取りにおいては、当然男子が優先となり、わざわざ女子を学園に通わせるのは珍しい。
 その結果、圧倒的に男子の方が多いのであった。



 4階まで階段をあがる。
(ちょっと遠いわねぇ……。まぁエレベーターとかあるはずないし仕方ないか……)
 毎日この階段を上り下りすることを考えると、憂鬱な気分になる。


 4階にあがると、長い廊下の左右にドアが並んでいる。
 右側が、最も数が多い2人部屋。
 左側は、手前に4人部屋で奥に1人部屋だ。

 401号室は左側の一番手前だった。

「ってことは、4人部屋だね」

「平民はこうなんじゃない? 奥が貴族様の部屋になるんだろうから気を付けなきゃだね」

 もともと、平民である2人が4人部屋に詰め込まれることは想定内。
 さっそく、ドアの前に立った。



 学生証が、ドアの鍵になっている。
 ドアにつけられた魔石が学生証の魔力に反応して開く仕組みだ。
(よく分からない所は高機能よね。魔法って不思議だわ……)

 学生証をドアに近づけると、鍵が開いた。
 ガチャ
 2人でドアを開く。
「「うわぁ!!」」


 目の前に現れた部屋の光景は、豪華すぎた。
 宿屋で言えばスイートルームのような部屋だった。

「すごいね、学生寮ってもっと簡素な部屋だと思ってた……」
「……」
 黙ってうなずくメアリー。

 30畳くらいありそうな空間。
 右手にクローゼットがあり、正面には丸いテーブルと椅子が4つ。

 簡単な炊事場もあり、お茶程度は準備できそうだ。
 部屋の奥には、左右に2台ずつのベッドが置いてある。
 フカフカな高級ベッドだ。


「いいのかな、私達、こんな部屋で暮らして……」
 メアリーが感動して動けなくなっている。

「401号室で間違いないし。貴族様も入る学生寮だから、こういう所はお金かけてるのじゃない?」
 勝手に納得したルリは、すぐに現状を受け入れた。


 ルリは左側手前のベッドに荷物を下ろす。
 オドオドしながらも、メアリーはルリの隣、つまり左手奥のベッドに決めたようだ。
(日本人の精神よね。下座に一直線に向かうのって……)



「とりあえず、着替えてみようか、制服!」
 思い出したかのようにルリが言うと、メアリーも賛同した。
 真新しい制服に袖を通す。

(学生の制服って同じような作りになるのかしらね。
 日本の高校と、ほとんど色違いって感じだわ……)

 白いシャツ。ブレザーは淡いえんじ色。
 紺にえんじのストライプがあり、プリーツが浅めのスカート。
 胸元には大きめのリボンを結ぶ。


 2人で見せ合いながら、おかしなところが無いかチェックした。
「「可愛い!!」」

(メアリーちゃんが可愛すぎる! そうだ!)

 ルリはメアリーに近づいて髪形をいじり始めた。
 後ろにまとめただけのメアリーの長く透き通るようなオレンジ色の髪の毛を、軽く捻ってサイドにまとめる。
 ちょっと高めの場所で結えば、サイドアップの完成。

「どう? 可愛いでしょ!」
「えへへ、少し大人っぽくなったかも……」
 はにかむメアリーに、ルリは悶絶した……。


「……ねぇ、食堂行ってみない?」
「いいね、もうすぐお昼だしね」
 メアリーの提案に頷く。

 ドアから出ると、カチャリと自動で鍵がしまった。
(オートロックなのね、ドアだけホント高機能だわ……)


 1階まで降り、食堂へ進む。
 昼時、上級生なのか数名の生徒が食事していた。

 メニューは、この世界基準での普通。
 焼いたり炒めたりした料理が中心だった。

「メルン亭で食べなれてると物足りないね……」
 メアリーが少し残念そう。

 長くお世話になる食堂だ。
 少しでも美味しい食事を作ってもらえるように、レシピ作りを頑張ろうと心に決めるルリだった。
 美味しい食事のためなら努力は惜しまない、それがルリのモットーだ。



 食後は学園内を見て回ることにした。
「探検出発!」
「おー!」
 2人は元気に寮を出る。


 まずは校舎へ。
 3階建ての建物で、1階は右側に職員室や学園長室。左側には保健室や図書室、多目的ホールのような場所がある。
 2階が教室、3階が研究室だそうだ。


 門から見て校舎の左側には、講堂のような場所がある。
「ここで入学式をするのでしょうね!」
 そう広くはないが、各種行事を行う場所なのであろう。

 講堂の奥には体育館。
 と言うか、屋内訓練場があった。
 さすが、剣と魔法の世界である。


 校舎を中心に、学生寮と体育館が「コ」の字に並ぶ学園。
 真ん中は中庭になっていて、芝生の広場の周りには花が咲いていた。

「いい場所ね!」
「私、一日中ここにいれるかも!」
 メアリーが天使のように芝生と一体化している。


 奥に見えるのは、グラウンドというか屋外の訓練場。
 実技試験を行った場所だ。

 芝生でのんびりと過ごした2人は、いつの間にか夕方になっていることに気付き、寮の部屋へと戻った。

「同部屋の生徒さん、来ないね?」
「まだ時間あるしね。いい人達だといいな……」
 4人部屋に2人。残りの2人がどんな人かなんて話しながら、眠りについた。




 翌日。
 今日は周囲も騒がしくなっており、続々と生徒が入寮しているようだ。

「同居人もそろそろ来るかな?」
 話していると、ドアをノックする音がした。

 コンコン
 はーい、ルリがドアを開ける。

「ルリ姉さまぁぁぁぁ!!!!」
「ぎゃぁぁぁぁ!!」

 ドアを開けた途端に抱きつかれて悲鳴を上げるルリ。
 気付くと第三王女ミリアーヌが抱きついている。


「ちょ、ちょ、ちょ、ミリアーヌ様ぁぁぁぁ???
 なんで、……ここ第2学園ですよ……!?」
 ミリアーヌがしたり顔でルリを見ている。


「ほらほら、驚かれるから静かに入りましょうってあれほど言いましたのに……」
 もう一人の声にドアの方を見ると、メイド姿の少女がいた。

「セイラと申します」
 少女は黒い長めのボブを揺らしながら、可憐にカーテシーで挨拶する。
 まるで時間が止まったかのように、ルリとメアリーは見惚れてしまった。


「いい部屋ね、言った通りだわ!」
 ミリアーヌが部屋を見ながらつぶやいた。

「まったく。ミリアーヌ様が突然第2学園に入学とか言い出したことで、どれだけの人が動いたと思ってるのですか?
 部屋の内装だって変えるの大変だったんですよ。間に合ったから良いものの……」

 セイラは少しお怒りのようだ。顔は笑っているが、目が笑っていない。
 ミリアーヌに反省の色はない。
 ルリとメアリーは、話の展開について行けず、ボケっとしていた。


「……あの、ミリアーヌ様、セイラ様、よろしくお願いします。
 それで……」
 ルリが何とか起動し、説明を求める顔で2人を見た。

「私から説明しますね。
 あちらはご存知の通り、第三王女ミリアーヌ様です。
 今年第2学園に入学しますので、こちらの寮に来ました」

「「えぇぇ?」」

 セイラは驚くルリとメアリーに構わず話を続ける。

「私はセイラ、ミリアーヌ様の側仕えとして参りましたが、一応私も学生になります。
 皆さんと同級生で同部屋です。仲良くしてくださいね」

「「……はい……」」



「とりあえず、落ち着いてお茶でもいかがですか? すぐ準備しますので」
 2人が何とか再起動する頃、セイラはテーブルでお茶の準備を始めていた。

「あの、セイラ様はお座りにならないのでしょうか……」
 ルリは恐る恐る問いかけた。

「はい、私はメイドですから!」
 セイラは当然のように、ミリアーヌ、ルリ、メアリーのコップに紅茶を注いでいる。
 座る気配はない。


 ミリアーヌとセイラが部屋に来てから、まだ10分も経っていない。
 ルリもメアリーも、状況について行けないままだった……。


「皆様、まずは自己紹介などなさってはいかがでしょうか。
 お二人とは私、初対面でもございますし……」
 セイラの言葉に、全員が頷く。

「わたくしは第三王女ミリアーヌ。
 でも学園ではミリア。王女ではなく、ただのミリアとして扱ってね!」

 セイラがため息をついている。
「ミリアーヌ様はどういう設定で、ここで過ごすおつもりですか?
 貴族もたくさんいる学園で、王女を隠せるともお考えで……?」

「ぅぅぅ、せめて、この部屋の皆だけでも、友達としてミリアと呼んではくれませんか……?」
 ミリアーヌが泣きそうになってしまい、3人、仕方ないように頷いた。


「では、ミリア様ね。それ以上は無理ですわ……」
 ミリアーヌの呼び名はミリア様で決定した。


「私はセイラ。公爵家の三女ですが、ミリア様の付き添いですのでお気になさらずに」

(公爵家って……王族よね……。
 王族でメイド? もう意味が解らないわ・・・。気にするなとか無理でしょ・・・)

 混乱していても仕方ないので、何とか自己紹介を行う。
「ルリ、冒険者です」
「メアリーです。家は商人をしております」


 先の思いやられる4人ではあるが、何とか挨拶までは終われたようだ。

「あの、セイラ様? せめてお座りになっていただけませんか……」
 ルリは勇気を出して話しかける。

「そうですわね。4人の中では敬語も禁止! セイラもお座りになって!」
 しばらく黙り込むセイラであったが、あきらめたようだ。


「……仕方ありませんね。
 学園内では身分は関係ないと言われてますし……。
 せめてお菓子だけは準備させてくださいね」

 セイラがそう言うと、空中から数々のお菓子が現れる。

「「収納っ??」」

 驚くルリとメアリーに一言。

「メイドのたしなみですわ!」
 そう言ってお菓子を並べ終えると、セイラも椅子に座った。

 個性的すぎる4人の学園生活は、こうして始まる。
 偶然にも出会った4人が、今後数々の伝説を残していくことを、本人たちはまだ知らない。

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