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2 病弱だと装った結果
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「おいドロテア!」
入学の翌日。
ドロテアが中庭のテーブルで昼食を摂っていると、ネイサンが声を荒げながら近付いてきた。後ろにはティアラもいる。
「こんなとこにいたのかよ!」
ネイサンの金貨を溶かしたように輝く金髪。
爽やかな空色を切り取ったような碧眼。
まだ幼さの残る顔立ちは男主人公に相応しい整った造形をしていた。
ドロテアは挿絵そのもののネイサンに一瞬見惚れ、思わず立ち上がりかけた。しかしこの先ネイサンとは距離を置くのが妥当だと、パンをかじりながら素っ気なく声を出した。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃねーよ! 昨日補佐に指名したのになんで居なかった! 学長から失笑されて俺だけ恥かいたじゃねーか!」
ネイサンの声は耳に心地好いイケメン声だった。前世で推しだった声優の声にも似ている。だがドロテアはその物言いにイラッとした。イラッとする言葉をかけてきた相手を逆にイラッとさせるには、相手の言葉をスルーして話題を変えることだ。ドロテアはそれを実行した。
「あらそうなの。そちらのご令嬢は?」
「……は?」
少し苛立たせることに成功したネイサンを尻目にドロテアは隣にいる苦笑いしたティアラを見上げた。
「はじめまして。魔法実技科のティアラ・ドーンズです。そちらは研究科ですよね? 科は違いますが同じ校舎なので……これからお見掛けすることもあるかと。よろしくお願いします」
美しいカーテシーに思わずドロテアは腰をあげて自分もスカートの裾を摘まんだ。
「私はドロテア・ジューンです。こちらこそよろしくお願いします」
「あー、もうそういう形式的なのいいよ。見てるだけでだるいから」
「もう、ネイサンったら。騎士科の生徒ってみんなこうなの?」
「知らねーよ。まだ全員と話してないし」
ドロテアは二人を見て思った。
流石は男主人公と女主人公。
まるで金髪と銀髪が対のように見える。
そこに混じる茶髪で薄ピンク色の瞳をした自分。地味にも程がある。キラキラとした硬貨の中に、錆びた銅貨が皮肉にも混じっている、小説のドロテアはそう描写された、地味な令嬢だった。
「それよりなんで昨日は居なかった! 生徒会長からもさっさと補佐を見つけてこいって睨まれたんだぞ!」
ネイサンの剣幕にドロテアはスンとした。
ここが日本ならパワハラで訴えているところだ。それに小説のネイサンより言葉遣いが荒い気がする。
「まあまあ、ネイサン落ち着いて。それでね、ジューン嬢がいないからってことで、補佐はつけずに私達だけで会計をすることになったのだけど……ねえ?」
「いやドロテア指名したし。研究科なんて訓練もないし暇だろ? だから後で生徒会に来いよっ」
待ってるからな、とグッと拳を握りしめてウインクするネイサン。そしてドロテアの返答も聞かず用は済んだとばかりに踵を返す。それを引き留めたのはティアラだった。
「ジューン嬢はお体が弱いのよ」
「は? 誰が? こいつが?」
「そうよ。補佐をお願いしたいと、そのことで伝言を頼もうと今朝研究科の先生に問い合わせたから事実よ。しばらくは学業以外の活動は控えるよう、診断書も出されていたの」
「はあ? 意味がわからん。ドロテア、お前が体弱いとか、誰がそう言ったんだ?」
「医師だけど」
「学園の医師か? ……おい、ちょっと来い。今からそいつのとこ行くぞ」
「……嫌よ」
「何言ってんだ! 誤診にも程がある。お前は健康だって、俺がちゃんと言ってやるから!」
有無を言わさぬ力でネイサンに腕を引かれ、ぐっと痛みに顔をしかめた時、ドロテアの視界の端に見覚えのある教師が映りこんだ。咄嗟に体の力を抜くと膝が地面に直撃して、そのまま引き摺られて地味な痛みが走った。
「……え。ドロテア?」
急に重くなったドロテアに驚いたネイサンが振り返った直後、ドロテアは気を失うふりをして倒れこんだ。
「おい、そこ! 女生徒に何をしている!」
「あっ……いや、こいつが急に倒れて」
ネイサンがドロテアの腕を離した。
聞こえてきた教師の声に苦し気に顔を上げる。
「君っ……! 昨日の子じゃないか。どうした、何があっ……怪我をしたのか!?」
「うっ……ぅぅ」
「ちょっとネイサン! 貴方が強引に引っ張るから! なんてこと、膝から血が出ているわっ」
「そ、……そんなつもりじゃ……!」
急いで教師に抱えられ医務室に入ったドロテア。昨日の今日で教師に抱えられぐったりとするドロテアに驚いたアンナが駆け寄った。
そして膝の怪我を見て、汚れた靴下を脱がせて調べたところ、膝から下に20cmほど擦れた傷を発見した。
「な、なんなのこれは……傷の範囲がひろいわ」
実際は薄皮が切れただけの擦り傷なのだが、その範囲がひろいこと、その全てから地味に血が出ていること、そして平民のように滅多に傷を負うことが無い筈の貴族令嬢の姿にアンナは驚異した。
適切な消毒と処置のもと、両足は包帯でぐるぐる巻きにされ、見た目はほぼ重症患者だった。
膝に酷い内出血が浮き出ていたことから、骨にヒビなどが入っている可能性も考えてドロテアには片手杖が渡された。
「歩けそう?」
「……………………っ、はい」
「……これはしばらく自宅療養かもね」
「そんっ、なに酷いのですか?」
アンナの診断に震えた声を出したのはティアラだった。ティアラは治療の間、心配してずっとドロテアの手を握っていた。流石女主人公、優しい子だなっとドロテアは思った。
ちなみにネイサンは女生徒専用のこの医務室に入ってこようとしたが、教師が停学処分になると注意して止めた。
「ジューン嬢は昨日倒れかけたのよ。まだ体調も万全ではないわ」
「……はい。そうお聞きしています」
「教師によると……今日は男子生徒から暴力を受けたとか?」
「ち、違います! わざとではないのですが、ネイサンが力を込めすぎたのです!」
「……力を込めすぎた? ならそれを暴力というのよ」
「……っ、」
アンナの言葉に喉が詰まったように黙りこんだティアラに、ドロテアは呟くように声を出した。
「……ネイサンは、私の幼馴染みで……幼少期からよく遊んでいたんです。気のいい、優しい子ですよ」
「そ、そうですよね。さっきのも……わざとではなかったし」
そう、ただの勢いで故意ではなかった。それを感じとってネイサンを庇うとは、やはりティアラは優しい子だなっとドロテアは思った。
「はい。ちょっとやんちゃですが、困ってる人を見たら自ら手を差し出す人で……ネイサンはいい子……だと、思います」
最後は含みを持たせたせいで、ティアラはまたもや黙ってしまった。
「こんな事する子がいい子かしらねぇ……ジューン嬢にとっては?」
アンナがドロテアに問い掛けた。
「…………しんどい、です」
「…………」
「昔からどこへいくにも一緒でした。いつもネイサンが私を引っ張って外に連れ出して……でも……成長するにつれどうしても体格差が出てきて……いつもみたいに冗談で叩かれた時、痛みを感じるようになって……あと、怖いなって」
「…………解るわ。ほんと男の子って加減の知らない馬鹿よね」
「う……うぅ……もう……ついていけません。私は男じゃない。それにもう子供じゃない。毎月の腹痛で一日中寝込みたくなる時だってあるんです。幼馴染みだからって……ネイサンと私では……もう、昔みたいに過ごせないんです」
ドロテア渾身の同情を誘う芝居だった。
効果は抜群だった。
本当はティアラはドロテアに補佐を頼みたかった。だが病弱という事実を知り、それならたまに補佐についてくれないかと、条件を出すつもりだった。だから昼間にドロテアの元へ向かったネイサンを止めなかった。だがそれが間違いだったと、早々にドロテアの原状をネイサンへ伝え、止めるべきだったと、いまティアラは激しい後悔の念に苛まれている。
このまま寮に帰したら精神的苦痛による体調不良がでるかもしれない、そう判断したアンナは自宅療養が必要であると診断書を書いた。その日の内にドロテアは学園から一時帰宅許可証が出され、しめしめと荷造りをした。
入学の翌日。
ドロテアが中庭のテーブルで昼食を摂っていると、ネイサンが声を荒げながら近付いてきた。後ろにはティアラもいる。
「こんなとこにいたのかよ!」
ネイサンの金貨を溶かしたように輝く金髪。
爽やかな空色を切り取ったような碧眼。
まだ幼さの残る顔立ちは男主人公に相応しい整った造形をしていた。
ドロテアは挿絵そのもののネイサンに一瞬見惚れ、思わず立ち上がりかけた。しかしこの先ネイサンとは距離を置くのが妥当だと、パンをかじりながら素っ気なく声を出した。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃねーよ! 昨日補佐に指名したのになんで居なかった! 学長から失笑されて俺だけ恥かいたじゃねーか!」
ネイサンの声は耳に心地好いイケメン声だった。前世で推しだった声優の声にも似ている。だがドロテアはその物言いにイラッとした。イラッとする言葉をかけてきた相手を逆にイラッとさせるには、相手の言葉をスルーして話題を変えることだ。ドロテアはそれを実行した。
「あらそうなの。そちらのご令嬢は?」
「……は?」
少し苛立たせることに成功したネイサンを尻目にドロテアは隣にいる苦笑いしたティアラを見上げた。
「はじめまして。魔法実技科のティアラ・ドーンズです。そちらは研究科ですよね? 科は違いますが同じ校舎なので……これからお見掛けすることもあるかと。よろしくお願いします」
美しいカーテシーに思わずドロテアは腰をあげて自分もスカートの裾を摘まんだ。
「私はドロテア・ジューンです。こちらこそよろしくお願いします」
「あー、もうそういう形式的なのいいよ。見てるだけでだるいから」
「もう、ネイサンったら。騎士科の生徒ってみんなこうなの?」
「知らねーよ。まだ全員と話してないし」
ドロテアは二人を見て思った。
流石は男主人公と女主人公。
まるで金髪と銀髪が対のように見える。
そこに混じる茶髪で薄ピンク色の瞳をした自分。地味にも程がある。キラキラとした硬貨の中に、錆びた銅貨が皮肉にも混じっている、小説のドロテアはそう描写された、地味な令嬢だった。
「それよりなんで昨日は居なかった! 生徒会長からもさっさと補佐を見つけてこいって睨まれたんだぞ!」
ネイサンの剣幕にドロテアはスンとした。
ここが日本ならパワハラで訴えているところだ。それに小説のネイサンより言葉遣いが荒い気がする。
「まあまあ、ネイサン落ち着いて。それでね、ジューン嬢がいないからってことで、補佐はつけずに私達だけで会計をすることになったのだけど……ねえ?」
「いやドロテア指名したし。研究科なんて訓練もないし暇だろ? だから後で生徒会に来いよっ」
待ってるからな、とグッと拳を握りしめてウインクするネイサン。そしてドロテアの返答も聞かず用は済んだとばかりに踵を返す。それを引き留めたのはティアラだった。
「ジューン嬢はお体が弱いのよ」
「は? 誰が? こいつが?」
「そうよ。補佐をお願いしたいと、そのことで伝言を頼もうと今朝研究科の先生に問い合わせたから事実よ。しばらくは学業以外の活動は控えるよう、診断書も出されていたの」
「はあ? 意味がわからん。ドロテア、お前が体弱いとか、誰がそう言ったんだ?」
「医師だけど」
「学園の医師か? ……おい、ちょっと来い。今からそいつのとこ行くぞ」
「……嫌よ」
「何言ってんだ! 誤診にも程がある。お前は健康だって、俺がちゃんと言ってやるから!」
有無を言わさぬ力でネイサンに腕を引かれ、ぐっと痛みに顔をしかめた時、ドロテアの視界の端に見覚えのある教師が映りこんだ。咄嗟に体の力を抜くと膝が地面に直撃して、そのまま引き摺られて地味な痛みが走った。
「……え。ドロテア?」
急に重くなったドロテアに驚いたネイサンが振り返った直後、ドロテアは気を失うふりをして倒れこんだ。
「おい、そこ! 女生徒に何をしている!」
「あっ……いや、こいつが急に倒れて」
ネイサンがドロテアの腕を離した。
聞こえてきた教師の声に苦し気に顔を上げる。
「君っ……! 昨日の子じゃないか。どうした、何があっ……怪我をしたのか!?」
「うっ……ぅぅ」
「ちょっとネイサン! 貴方が強引に引っ張るから! なんてこと、膝から血が出ているわっ」
「そ、……そんなつもりじゃ……!」
急いで教師に抱えられ医務室に入ったドロテア。昨日の今日で教師に抱えられぐったりとするドロテアに驚いたアンナが駆け寄った。
そして膝の怪我を見て、汚れた靴下を脱がせて調べたところ、膝から下に20cmほど擦れた傷を発見した。
「な、なんなのこれは……傷の範囲がひろいわ」
実際は薄皮が切れただけの擦り傷なのだが、その範囲がひろいこと、その全てから地味に血が出ていること、そして平民のように滅多に傷を負うことが無い筈の貴族令嬢の姿にアンナは驚異した。
適切な消毒と処置のもと、両足は包帯でぐるぐる巻きにされ、見た目はほぼ重症患者だった。
膝に酷い内出血が浮き出ていたことから、骨にヒビなどが入っている可能性も考えてドロテアには片手杖が渡された。
「歩けそう?」
「……………………っ、はい」
「……これはしばらく自宅療養かもね」
「そんっ、なに酷いのですか?」
アンナの診断に震えた声を出したのはティアラだった。ティアラは治療の間、心配してずっとドロテアの手を握っていた。流石女主人公、優しい子だなっとドロテアは思った。
ちなみにネイサンは女生徒専用のこの医務室に入ってこようとしたが、教師が停学処分になると注意して止めた。
「ジューン嬢は昨日倒れかけたのよ。まだ体調も万全ではないわ」
「……はい。そうお聞きしています」
「教師によると……今日は男子生徒から暴力を受けたとか?」
「ち、違います! わざとではないのですが、ネイサンが力を込めすぎたのです!」
「……力を込めすぎた? ならそれを暴力というのよ」
「……っ、」
アンナの言葉に喉が詰まったように黙りこんだティアラに、ドロテアは呟くように声を出した。
「……ネイサンは、私の幼馴染みで……幼少期からよく遊んでいたんです。気のいい、優しい子ですよ」
「そ、そうですよね。さっきのも……わざとではなかったし」
そう、ただの勢いで故意ではなかった。それを感じとってネイサンを庇うとは、やはりティアラは優しい子だなっとドロテアは思った。
「はい。ちょっとやんちゃですが、困ってる人を見たら自ら手を差し出す人で……ネイサンはいい子……だと、思います」
最後は含みを持たせたせいで、ティアラはまたもや黙ってしまった。
「こんな事する子がいい子かしらねぇ……ジューン嬢にとっては?」
アンナがドロテアに問い掛けた。
「…………しんどい、です」
「…………」
「昔からどこへいくにも一緒でした。いつもネイサンが私を引っ張って外に連れ出して……でも……成長するにつれどうしても体格差が出てきて……いつもみたいに冗談で叩かれた時、痛みを感じるようになって……あと、怖いなって」
「…………解るわ。ほんと男の子って加減の知らない馬鹿よね」
「う……うぅ……もう……ついていけません。私は男じゃない。それにもう子供じゃない。毎月の腹痛で一日中寝込みたくなる時だってあるんです。幼馴染みだからって……ネイサンと私では……もう、昔みたいに過ごせないんです」
ドロテア渾身の同情を誘う芝居だった。
効果は抜群だった。
本当はティアラはドロテアに補佐を頼みたかった。だが病弱という事実を知り、それならたまに補佐についてくれないかと、条件を出すつもりだった。だから昼間にドロテアの元へ向かったネイサンを止めなかった。だがそれが間違いだったと、早々にドロテアの原状をネイサンへ伝え、止めるべきだったと、いまティアラは激しい後悔の念に苛まれている。
このまま寮に帰したら精神的苦痛による体調不良がでるかもしれない、そう判断したアンナは自宅療養が必要であると診断書を書いた。その日の内にドロテアは学園から一時帰宅許可証が出され、しめしめと荷造りをした。
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