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7 様変わりした娘を見守った結果
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ドロテアが単位を取得するための試験を受けに学園に向かった後、庭ではある工事が行われていた。夏に向けて東屋を建設することになったのだ。今までジューン家の庭には夏になると天涯が張られていた。日除けの大きな布だ。ジューン家の夫人やドロテアはそこにテーブル等を運ばせ、読書や午後のお茶を楽しんだりしていた。しかし布のせいで景観がもう少しだった。それを改善したのだ。大きな屋根を四本の支柱で支える、四方が見渡せる東屋に。改善したのはブラッドリーだ。
「クワイス様はドロテアにご執心ねぇ」
そわそわと落ち着きなく焦茶色の髪に手櫛をいれながら、薄ピンク色の瞳を潤ませ、カミラ・ジューン伯爵夫人がほう、と息を漏らした。
東屋といっても、お茶や読書、歓談を楽しむちょっとした空間が庭に造られるのだとカミラは予想していた。そして喜んでいた。しかし思っていたものより遥かに大きい東屋だった。これでは庭で大規模なお茶会が開けてしまう。
カミラがそわそわと工事の様子を眺めていると、背後から夫のヴァルキンがカミラを労るように肩を抱いた。
「いいんじゃないか。ドロテアが子供を生んで里帰りした際は、ここで自由に遊ばせることが出来る」
「旦那様……あの子は以前より、こう、なんというか、大人になった? ように見えますが、心境の変化でもあったのでしょうか?」
「ふむ……多感な時期だからな」
性格、容姿、纏う空気。
一個人が印象を引っくり返した、それだけでは表現し難い、まるで年月を経て街並みが変わったように、娘は様変わりした。
ブラッドリーとの婚約が娘を変えたのではないとヴァルキンは知っている。それより少し前からだ。
ドロテアは臆病で内向的な子だった。
だから旧友リチャードの息子なのもありよかれと思って活発なネイサンと交流させた。ドロテアは戸惑いつつも、ネイサンに手を引かれれば外で遊ぶようになった。関係が良好なら、将来は縁を結ばせようと思った。ネイサンには継ぐ爵位もない。ジューン家に婿入りさせても良いと感じた。ドロテアはどう見てもネイサンを好いているように見えたから。
ただいつからか、ドロテアは活発なネイサンと交流させているにも関わらず、より内向的な性格になった。まるで世界の中心がネイサンになったかのように。必要とされれば甲斐甲斐しく世話をやき、ネイサンの言葉には何の抵抗も考えることもせず従っているように見えた。
これでは交流させた意味がない。娘に貴族として確立した地位を築かせることは無理だとヴァルキンは感じた。
ならばせめて淑女としてソツさえなければ……以前はそう思っていたが、15歳になり学園に入学した途端、ドロテアは変わった。
『側にいると喧しいから会いたくなかったのです』
『その場限りの誠意がこもった謝罪は聞けても、どうせすぐ忘れますからね。彼はそういう人間です』
『今年のネイサンの誕生日? 一度も祝って貰った事のない相手に何故贈り物をしなければなりませんの? お母様、今年からそういうのは省略していきましょう』
医師の報告から察するに、ネイサンの強引な行動によりはじめて傷を負ったドロテアの目が覚めたのだと思った。
だが今思えば……学園に入りネイサン以外の同世代の人間を間近にして変わったのかもしれない。すぐに自宅学習に切り替えたので、その可能性は頭から消えていたのだ。
それにドロテアは学園の女医を部屋でもてなすなど、去年までのドロテアでは考えられない行動をしてみせた。
ジューン家に訪れた客人への挨拶すら怯えて出来なかった子がだ。自分よりふたまわりは年上の、それも医師という強い立場の人間を。
屋敷で働く侍女達の報告によると、とても親しげで親密そうな仲にみえたとのこと。まさかネイサンから女医に世界の中心が変わったのかと危惧したが、その後のドロテアを見ていればそういうわけでも無いとわかった。
「……くっ、ククク」
「旦那様?」
突如見えた希望に期待。
今のドロテアならと、勘を頼りにクワイス家からの打診を独断で了承したのは正解だった。
開口一番に嫌がると思いきや、会ってみなければわからない、そうあの子は言ったのだ。
幼少期から家庭教師をつけていたのもあり、元々成績はよかった。自宅学習に切り替えて自習するようになってから更に優秀になったが、クワイス家嫡男の異例の経歴を聞いても臆する様子はなく、格上の侯爵家に気が引けている様子も感じられなかった。
本当に、あの子は変わったのだ。
『ブラッドリー様は当初の予想とは違いましたがとても素敵な殿方であることに変わりはありませんわ。これから交流を続けて仲を深めていこうと話し合いましたの。なのでお父様、週末は客室やお庭を使わせて下さいましね?』
ネイサンの時のように盲目な感じとはまた違った、熱に浮かされたようにどろっとした湿度のある娘の目。執着の色が強く出てはいたが、総合的にみて恋する少女の顔だ。婚約者を気に入ったのだとすぐにわかった。
また内向的で自身の考えを持たない子に戻ってしまう可能性もあったが、それは杞憂だった。
「クワイス様、東屋もよいですがついでにドロテアへの贈り物を保管する部屋も増築してくれないかしら? もうドロテアのドレスがわたくしの部屋まで浸食する勢いで量産されていて、そのうち寝る空間も無くなってわたくしドレスの上で寝なければならなくなってしまうのではないかしら……はぁ」
まさかこんなにも婚約者を夢中にさせるとは思ってもみなかったが……まあ、相性がよかったのだろう。婚姻する上でそれは重要なことだ。……それよりも、当家の後継者をどうしようか。
「それは大変だ。大きめのベットを運ばせておくから、今夜から私の部屋で寝なさい」
「…………は、はい旦那様」
「クワイス様はドロテアにご執心ねぇ」
そわそわと落ち着きなく焦茶色の髪に手櫛をいれながら、薄ピンク色の瞳を潤ませ、カミラ・ジューン伯爵夫人がほう、と息を漏らした。
東屋といっても、お茶や読書、歓談を楽しむちょっとした空間が庭に造られるのだとカミラは予想していた。そして喜んでいた。しかし思っていたものより遥かに大きい東屋だった。これでは庭で大規模なお茶会が開けてしまう。
カミラがそわそわと工事の様子を眺めていると、背後から夫のヴァルキンがカミラを労るように肩を抱いた。
「いいんじゃないか。ドロテアが子供を生んで里帰りした際は、ここで自由に遊ばせることが出来る」
「旦那様……あの子は以前より、こう、なんというか、大人になった? ように見えますが、心境の変化でもあったのでしょうか?」
「ふむ……多感な時期だからな」
性格、容姿、纏う空気。
一個人が印象を引っくり返した、それだけでは表現し難い、まるで年月を経て街並みが変わったように、娘は様変わりした。
ブラッドリーとの婚約が娘を変えたのではないとヴァルキンは知っている。それより少し前からだ。
ドロテアは臆病で内向的な子だった。
だから旧友リチャードの息子なのもありよかれと思って活発なネイサンと交流させた。ドロテアは戸惑いつつも、ネイサンに手を引かれれば外で遊ぶようになった。関係が良好なら、将来は縁を結ばせようと思った。ネイサンには継ぐ爵位もない。ジューン家に婿入りさせても良いと感じた。ドロテアはどう見てもネイサンを好いているように見えたから。
ただいつからか、ドロテアは活発なネイサンと交流させているにも関わらず、より内向的な性格になった。まるで世界の中心がネイサンになったかのように。必要とされれば甲斐甲斐しく世話をやき、ネイサンの言葉には何の抵抗も考えることもせず従っているように見えた。
これでは交流させた意味がない。娘に貴族として確立した地位を築かせることは無理だとヴァルキンは感じた。
ならばせめて淑女としてソツさえなければ……以前はそう思っていたが、15歳になり学園に入学した途端、ドロテアは変わった。
『側にいると喧しいから会いたくなかったのです』
『その場限りの誠意がこもった謝罪は聞けても、どうせすぐ忘れますからね。彼はそういう人間です』
『今年のネイサンの誕生日? 一度も祝って貰った事のない相手に何故贈り物をしなければなりませんの? お母様、今年からそういうのは省略していきましょう』
医師の報告から察するに、ネイサンの強引な行動によりはじめて傷を負ったドロテアの目が覚めたのだと思った。
だが今思えば……学園に入りネイサン以外の同世代の人間を間近にして変わったのかもしれない。すぐに自宅学習に切り替えたので、その可能性は頭から消えていたのだ。
それにドロテアは学園の女医を部屋でもてなすなど、去年までのドロテアでは考えられない行動をしてみせた。
ジューン家に訪れた客人への挨拶すら怯えて出来なかった子がだ。自分よりふたまわりは年上の、それも医師という強い立場の人間を。
屋敷で働く侍女達の報告によると、とても親しげで親密そうな仲にみえたとのこと。まさかネイサンから女医に世界の中心が変わったのかと危惧したが、その後のドロテアを見ていればそういうわけでも無いとわかった。
「……くっ、ククク」
「旦那様?」
突如見えた希望に期待。
今のドロテアならと、勘を頼りにクワイス家からの打診を独断で了承したのは正解だった。
開口一番に嫌がると思いきや、会ってみなければわからない、そうあの子は言ったのだ。
幼少期から家庭教師をつけていたのもあり、元々成績はよかった。自宅学習に切り替えて自習するようになってから更に優秀になったが、クワイス家嫡男の異例の経歴を聞いても臆する様子はなく、格上の侯爵家に気が引けている様子も感じられなかった。
本当に、あの子は変わったのだ。
『ブラッドリー様は当初の予想とは違いましたがとても素敵な殿方であることに変わりはありませんわ。これから交流を続けて仲を深めていこうと話し合いましたの。なのでお父様、週末は客室やお庭を使わせて下さいましね?』
ネイサンの時のように盲目な感じとはまた違った、熱に浮かされたようにどろっとした湿度のある娘の目。執着の色が強く出てはいたが、総合的にみて恋する少女の顔だ。婚約者を気に入ったのだとすぐにわかった。
また内向的で自身の考えを持たない子に戻ってしまう可能性もあったが、それは杞憂だった。
「クワイス様、東屋もよいですがついでにドロテアへの贈り物を保管する部屋も増築してくれないかしら? もうドロテアのドレスがわたくしの部屋まで浸食する勢いで量産されていて、そのうち寝る空間も無くなってわたくしドレスの上で寝なければならなくなってしまうのではないかしら……はぁ」
まさかこんなにも婚約者を夢中にさせるとは思ってもみなかったが……まあ、相性がよかったのだろう。婚姻する上でそれは重要なことだ。……それよりも、当家の後継者をどうしようか。
「それは大変だ。大きめのベットを運ばせておくから、今夜から私の部屋で寝なさい」
「…………は、はい旦那様」
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