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21 こんな筈じゃなかったと奮えた結果④
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それから年月は経ち、老朽化により騎士宿舎が新しく建て直されることが決まり、高位騎士以外は一時的に帰宅することになった。
騎士として淡々と仕事に励み、一度も出世しなかったネイサンは下位騎士だ。宿舎から追い出され、しばらくは安宿にいたがやはり食事が口に合わず、仕方なく屋敷に戻った。
「あれ、母さんは?」
先月から母親に会えていなかったのもあり、加えて給金で新しい剣を買ったばかりのネイサンは金欠だった。さっそく金を融通してもらおうと思ったのに、母親の専属侍女も見当たらない。
使用人の顔触れもかわっていた。
執務室には兄のイーサンとその側近達がいた。母の所在を聞くとイーサンは書類にペンを走らせたまま言った。
「母上は領地に戻った」
「なんで?」
「私が爵位を継ぎ、自由に使える金が無くなったからだ。暫くは領地で静かに暮らしてもらう」
「ふぅん。まあいいや。それより、今月分をくれよ」
ネイサンはどかっとソファーに座り、紅茶を持ってこいとイーサンの側にいる女性に言った。
「彼女は私の妻だ」
「……え!? 結婚したの?」
「サラだ。今年籍をいれた」
「ごきげんよう」
サラと紹介された女性を見ると、思わずネイサンが侍女だと勘違いしてしまうのも無理はない地味な服装だった。
「サラ、先に昼食を摂ってきなさい。その間に終わらせておくから。いつもすまないね」
「はい、旦那様の分も作っておきますね」
「ありがとう。後で頂くよ」
サラが出ていった後、ネイサンは執務室を見渡した。リチャードがいた時は、異国から取り寄せた珍しい品々が代わる代わる飾られていたのだが、元々あった絵画等も今は見当たらない。
「なんか地味な部屋になったな。あ、それより今月分を」
「仕事はどうだ? そろそろ任期を終えるだろう。継続は取れたか?」
「……え? 継続?」
「そうだ。騎士団を追い出されたら、お前は来月には平民になる。その手続きも終わった」
「はあ!?」
「何を驚く? 長男が爵位を継けば、次男は貴族籍から抜けて平民になる。世の常だ」
「……んなこと、知ってるよ! それより今月分は!?」
ネイサンは喉の渇きを感じて腰を上げた。
テーブルにあった水差しから直接飲むが、腹も空いているので胃は満たされなかった。
「今月分? なんのことだ?」
「なんのって、金に決まってるだろ! 母さんから預かってないのか!?」
「あの無駄遣いか……騎士として毎月給金が入ってくるだろ? いい加減集るのはよせ」
「はあ!? なんで兄貴にそんなこと言われなきゃいけないんだよ!」
「今は私が当主だ」
「……俺はアトス家の息子だろ!」
ため息をついたイーサンはペンを置き、顔を上げた。
「騎士に昇格し、家を出た時点でお前はただのネイサンになる筈だった」
「…………」
「だがよい婿入り先が見つかればと、父上はお前を貴族籍から抜かずに、ただ朗報を待った」
「…………」
「だがそれが間違いだったのだな。家を出た時点で平民となっていれば、もう後がない他の騎士達のようにがむしゃらに努力したか?」
イーサンは元騎士である側近を経由してこれまでのネイサンのていたらくを知っていた。幼少期から騎士になると言っていた、その為の努力を惜しまなかったあの弟が、訓練をサボり、木刀を壁に叩き付けて折っていた、それを知った辺りからイーサンはネイサンの退任の時期に重ねて妻を迎え、当主となり、ネイサンを切り捨てる準備を着々と進めていた。
「婚約の打診はおろか、この数年、お前はなんの功績も上げていないだろう?」
「仕事はちゃんとこなしてる! 婚約だって、今はティアラが忙しいからっ、話が進んでないだけだ!」
「……お前が付きまとっていたドーンズ嬢か。彼女はもう卒業した。そしてジュー……いや、今はクワイス騎士団の貴婦人か。大物になったな……私は彼女の噂を耳にするたびお前を絞め殺したくなったよ」
「はあ!? やってみろよ!」
ネイサンが腰の剣を引き抜くも、イーサンは微動だにせず穏やかな顔で口角を上げただけだった。
「ああ、だから今こうして待っている。貴族の血縁殺しは醜聞となるが、騎士団を追い出され平民となったお前を貴族である私が処分したとしても、噂にもならんだろうからな」
「……っ、」
イーサンの斜め背後にいる側近が外套を翻し、腰の剣を見せた。殺気を向けられたネイサンが怯むと、ノック音のあとにドアが開き、サラが顔を見せた。
「旦那様、やっぱり一緒に頂きましょう。昨夜仕込んだ牛ローストの出来がとてもよくて。それでサンドイッチを拵えたから」
「ああ。一緒に食べよう」
ネイサンは執務室から追い出され、廊下で途方に暮れた。
「……ネイサン? ここで何をしている?」
横から声がかかった。
父親のリチャードだ。
「あ、父さん……金くれよ。いま手持ちがなくて、」
「……ドロテアとは会ったのか?」
「はあ?」
「どうなんだ? 取り入れと何度も手紙を送っただろう?」
リチャードはネイサンの肩を強く掴んできた。隈や無精髭、それに目ヤニまでついている。こんな荒れた父親の姿を見たのは初めてで、ネイサンは言い様のない不安を感じた。
「……あ、あいつは幼馴染だし、しょっちゅう会ってるよ」
「本当か? なら何故アトス家の招待に応じない! イーサンへの祝い金も寄越さなかったんだぞ! こちらは何度も手紙や結婚祝儀として花を送ったのに!」
「い、忙しいんだろ」
「……チッ。お前が言ってたドーンズ嬢とはどうなんだ? いつ向こうに婿入りする?」
「ティアラは卒業したそうだし、そろそろ婚約の話を進めてくるよ。だからさあ、金をくれよ」
騎士として淡々と仕事に励み、一度も出世しなかったネイサンは下位騎士だ。宿舎から追い出され、しばらくは安宿にいたがやはり食事が口に合わず、仕方なく屋敷に戻った。
「あれ、母さんは?」
先月から母親に会えていなかったのもあり、加えて給金で新しい剣を買ったばかりのネイサンは金欠だった。さっそく金を融通してもらおうと思ったのに、母親の専属侍女も見当たらない。
使用人の顔触れもかわっていた。
執務室には兄のイーサンとその側近達がいた。母の所在を聞くとイーサンは書類にペンを走らせたまま言った。
「母上は領地に戻った」
「なんで?」
「私が爵位を継ぎ、自由に使える金が無くなったからだ。暫くは領地で静かに暮らしてもらう」
「ふぅん。まあいいや。それより、今月分をくれよ」
ネイサンはどかっとソファーに座り、紅茶を持ってこいとイーサンの側にいる女性に言った。
「彼女は私の妻だ」
「……え!? 結婚したの?」
「サラだ。今年籍をいれた」
「ごきげんよう」
サラと紹介された女性を見ると、思わずネイサンが侍女だと勘違いしてしまうのも無理はない地味な服装だった。
「サラ、先に昼食を摂ってきなさい。その間に終わらせておくから。いつもすまないね」
「はい、旦那様の分も作っておきますね」
「ありがとう。後で頂くよ」
サラが出ていった後、ネイサンは執務室を見渡した。リチャードがいた時は、異国から取り寄せた珍しい品々が代わる代わる飾られていたのだが、元々あった絵画等も今は見当たらない。
「なんか地味な部屋になったな。あ、それより今月分を」
「仕事はどうだ? そろそろ任期を終えるだろう。継続は取れたか?」
「……え? 継続?」
「そうだ。騎士団を追い出されたら、お前は来月には平民になる。その手続きも終わった」
「はあ!?」
「何を驚く? 長男が爵位を継けば、次男は貴族籍から抜けて平民になる。世の常だ」
「……んなこと、知ってるよ! それより今月分は!?」
ネイサンは喉の渇きを感じて腰を上げた。
テーブルにあった水差しから直接飲むが、腹も空いているので胃は満たされなかった。
「今月分? なんのことだ?」
「なんのって、金に決まってるだろ! 母さんから預かってないのか!?」
「あの無駄遣いか……騎士として毎月給金が入ってくるだろ? いい加減集るのはよせ」
「はあ!? なんで兄貴にそんなこと言われなきゃいけないんだよ!」
「今は私が当主だ」
「……俺はアトス家の息子だろ!」
ため息をついたイーサンはペンを置き、顔を上げた。
「騎士に昇格し、家を出た時点でお前はただのネイサンになる筈だった」
「…………」
「だがよい婿入り先が見つかればと、父上はお前を貴族籍から抜かずに、ただ朗報を待った」
「…………」
「だがそれが間違いだったのだな。家を出た時点で平民となっていれば、もう後がない他の騎士達のようにがむしゃらに努力したか?」
イーサンは元騎士である側近を経由してこれまでのネイサンのていたらくを知っていた。幼少期から騎士になると言っていた、その為の努力を惜しまなかったあの弟が、訓練をサボり、木刀を壁に叩き付けて折っていた、それを知った辺りからイーサンはネイサンの退任の時期に重ねて妻を迎え、当主となり、ネイサンを切り捨てる準備を着々と進めていた。
「婚約の打診はおろか、この数年、お前はなんの功績も上げていないだろう?」
「仕事はちゃんとこなしてる! 婚約だって、今はティアラが忙しいからっ、話が進んでないだけだ!」
「……お前が付きまとっていたドーンズ嬢か。彼女はもう卒業した。そしてジュー……いや、今はクワイス騎士団の貴婦人か。大物になったな……私は彼女の噂を耳にするたびお前を絞め殺したくなったよ」
「はあ!? やってみろよ!」
ネイサンが腰の剣を引き抜くも、イーサンは微動だにせず穏やかな顔で口角を上げただけだった。
「ああ、だから今こうして待っている。貴族の血縁殺しは醜聞となるが、騎士団を追い出され平民となったお前を貴族である私が処分したとしても、噂にもならんだろうからな」
「……っ、」
イーサンの斜め背後にいる側近が外套を翻し、腰の剣を見せた。殺気を向けられたネイサンが怯むと、ノック音のあとにドアが開き、サラが顔を見せた。
「旦那様、やっぱり一緒に頂きましょう。昨夜仕込んだ牛ローストの出来がとてもよくて。それでサンドイッチを拵えたから」
「ああ。一緒に食べよう」
ネイサンは執務室から追い出され、廊下で途方に暮れた。
「……ネイサン? ここで何をしている?」
横から声がかかった。
父親のリチャードだ。
「あ、父さん……金くれよ。いま手持ちがなくて、」
「……ドロテアとは会ったのか?」
「はあ?」
「どうなんだ? 取り入れと何度も手紙を送っただろう?」
リチャードはネイサンの肩を強く掴んできた。隈や無精髭、それに目ヤニまでついている。こんな荒れた父親の姿を見たのは初めてで、ネイサンは言い様のない不安を感じた。
「……あ、あいつは幼馴染だし、しょっちゅう会ってるよ」
「本当か? なら何故アトス家の招待に応じない! イーサンへの祝い金も寄越さなかったんだぞ! こちらは何度も手紙や結婚祝儀として花を送ったのに!」
「い、忙しいんだろ」
「……チッ。お前が言ってたドーンズ嬢とはどうなんだ? いつ向こうに婿入りする?」
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