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被検体
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* 本作はオメガバースものです。「 男性 / 女性 」の他に、「 アルファ / ベータ / オメガ 」という第二の性がある世界観。最も多いのがベータの一般人。最も少数派であるオメガは男女問わず妊娠可能な身体を持ち、定期的な発情(ヒート)により無自覚にアルファとベータを誘惑してしまうことから社会的弱者となる傾向の強い性。次にアルファはオメガに次いで少数派で、オメガのフェロモンに反応し急性的に発情(ラット)を起こすが、優秀な遺伝子を持っており、社会的地位の高い人物が多い性別です。
またアルファとオメガは発情時の交わりにおいて「番(つがい)」関係になることができ、そうなるとオメガは番のアルファにしか発情しなくなります。オメガのフェロモンも番のアルファにしかわからなくなります。しかしアルファは多数の番を持つことができます。さらに、出会っただけで本能的に強烈に惹かれ合う「運命の番」も存在します。以上が自己設定です。あくまでもファンタジーです。ご了承ください。
~~~~~
「智明さん。久しぶり」
「元気そうだな一哉」
「うん。智明さんがくれたお薬が効いているみたい」
「そうかよかったな」
「しばらくはこっちにいられるの?」
「ああ。今日はお前の顔を見に来たんだ」
「えへへ」
智明さんは俺より七歳年上で、羽衣智明という。大手製薬会社の羽衣製薬の御曹司だ。仕事柄海外に出かける事も多い。出会いは、俺の実家の食堂に、手伝いに来てくれたのがきっかけだった。うちの食堂は、週に何度か子ども食堂を開催している。智明さんは大学在学時に、ボランティア活動をしていて、食堂の運営に参加してくれていたのだ。そこからうちの食堂の味を気に入ってくれて、ときどき食べたくなるんだと立ち寄ってくれる。生まれつき身体が弱い僕の体質改善のためにいろいろ薬のアドバイスなんかもしてくれるんだ。身分違いの叶わぬ恋だとわかっていたが、こうして会えるのを楽しみにしてしまう。
「……智明さん。婚約が決まったんだってね」
「どうしてそれを?」
俺の言葉に智明さんが瞳をさまよわせる。動揺するなんて珍しい。いつも冷静な対応をする人なのに。俺が知っているって思わなかったのかな。
「ネットニュースでやってたんだよ」
大手製薬会社の御曹司が婚約したと記事に書かれていた。実名は出ていなかったが、背景に移っていたのは羽衣製薬のロゴだった。それだけで誰が婚約したのかはわかってしまう。
「ニュース?そういえば婚約披露の時に記者がきていたか…」
智明さんは、ふうと一息吐くと俺を見て苦笑した。
「運命の番(つがい)に出会ったんだ」
「ええ?そうなの? ……そっか。凄いね」
お伽話のように聞いたことがある。「運命の番」とは、出会った瞬間に本能的に惹かれ合うらしい。アルファである智明さんにふさわしいオメガの相手が現れたということなのだろう。
「ああ。一生に一度出会えるかわからない相手らしい」
そんなにすごい相手なら、俺の思いが届くはずがない。虚しいけど仕方がない。いよいよ玉砕か。これでやっとあきらめがつくだろう。
「そうなんだ。いい出会いだったんだね」
「それまで僕としては素朴な一哉みたいな人がいいと思っていたんだけどな」
「ま、また、そういって俺をからかうんだから!」
顔が熱い。たとえ冗談でもそういってくれるだけで気持ちが弾んでしまう。もうその言葉だけで充分だ。運命の番だなんて。そんなの俺なんかじゃどう転んだってライバルにもなりゃあしない。俺の失恋はこれで決定だな。やっぱり胸が痛いや。
「からかってなんかいないさ。本当のことだよ」
優しすぎる言葉に、縋り付きたくなる気持ちをおさえて、話題を変えていく。
「……それよりさ、俺就職先を決めたんだ。四月からは近くの出版会社に就職する」
「本当に大学に進学しなくてもいいのかい?奨学金制度もあるんだぞ」
「そうだけど、俺はこれ以上親に苦労をかけたくないんだ」
俺はこの貧乏食堂の三男だ。面倒見の良い両親は地域ボランティアで週に二日ほど子供食堂として開放している。その分は寄付として賄っているが、それでも経済的にはいっぱいいっぱいなのはわかっている。それに俺は……。
「自分がオメガだということを卑屈に感じているんじゃないだろうな?」
「まあね。それは。ないわけじゃないよ。社会的に仕方がないでしょ」
「しかし、以前よりも地位は上がっているぞ」
「それでも発情期が来たら仕事を休まないといけなくなるのだろうし」
「発情期はまだなのかい?」
「うん。早い子は高校入学前に発情期を迎えるらしいんだけど。俺は卒業式が終わってもまだなんだ。本当にオメガなのかなって思っちゃうよ」
「一哉は身体が弱かったからね。少し人より遅いのかも。なっても不定期なのかもしれないね。大丈夫だよ。僕は医師免許も持っているから。何かあったらすぐに相談してよ」
「智明さんって若いのに、薬学だけでなく医学の知識も凄いんだ」
「飛び級したからね。アルファならこのくらいなんのことはないよ」
「……そうなんだね。やっぱりアルファは違うんだね」
この世界で頂点に君臨しているといわれるアルファたちは、皆容姿端麗で頭脳明晰だ。智明さんは気軽に俺にも話しかけてくれるが、学生生活を送るうちにそうでないことに気付き始めた。そこには目に見えない格差があるのだ。どうしてもオメガの自分やべータの両親や友人たちと比べてしまう。
「あ~、ごめん。今の発言はなし。僕の周りではそれが当たり前だっただけだ」
俺の表情に気付いたのか気まずそうに智明さんが詫びる。
「ふふ。智明さんの周りってアルファばかりでしょ?あんまりかわんないじゃん」
「すまない。僕自身が差別的な発言になってしまった」
「そんなことないよ。智明さんはいつもバース性に関係なく分け隔てなく対応してくれているじゃない?本当に感謝しているんだ」
「ははは。そう言ってくれると嬉しいよ。じゃあさ、今度僕のうちにおいでよ。卒業祝いで渡したいものもあるしさ」
「え? 本当? 行っても良いの?」
「ああ。実はさ、結婚前に単身で借りているマンションを処分しろと言われててさ。片付けるのを手伝って欲しいんだ」
「なあんだ。わかったよ。俺、片付けは上手なんだ」
「よかった。じゃあ週末迎えに来るからね」
そうか、結婚しちゃうと今までみたいに会えなくなるんだろうな。なんだか寂しい。でも俺も社会人になるんだ。これを最後にこの恋心からも卒業しないと。
週末はあいにくの雨で少し肌寒かった。初めて行った智明さんのマンションは最上階だった。リビングが広すぎる。だがすでに運び出されている家具も多いのか段ボールも山積みになっていた。
「ごめんよ。窓を閉めたんだけど、今日は寒いね。大き目の家具はほとんど運んでしまっているんだ。ここには最低限のものしかおいてなくてね。ソファーがないんだ」
「いえ、こんなに広いと思ってなくてちょっと驚いてるだけ……」
この広さ。うちの食堂くらいあるんじゃないのかな? ここでお店だせそうじゃないか!
「そうかい? フローリングに直にすわるのはお尻が痛いだろ?ベッドの上に腰かけてくれよ。今お茶をいれるからさ。飲んで落ち着いてから片付けよう」
言われるままベットに腰をおろすと身体が沈み込む。
「わわわ。ふかふかのベッド! めちゃくちゃ弾力がある!」
「あははは。一哉の反応は面白いなあ」
智明さんがトレイに二人分のカップを運んできてくれた。甘酸っぱい香りがするお茶だ。
「これはなに?」
「ん? ハーブティーだよ。普通のお茶はもう段ボールに入れてしまったみたいで、これしかなかったんだ。飲みづらいかな?我慢してくれる?」
一口飲むとふわりと甘い香りが鼻から抜ける。暖かい液体が喉元から体の中にしみ込んでいくようだ。
「いえ。初めて飲んだからちょっと驚いただけ。良い香りがする」
「そう? 香りもいいけど、ハーブって薬草なんだ。だから身体にもいいんだよ」
「そっかぁ」
ちょっと甘ったるいような苦みが残るのはそのせいなのかな?薬草に詳しい智明さんは、自分の分を飲む間もなく、俺に効能をいろいろと教えてくれる。俺を気遣ってだろうが、難しい用語が多くて俺にはほとんど理解ができない。わかってるふりでうなずきながら、ごまかすようにお茶を飲み続けた。
「おや? もう飲みほしたのかい?おかわりもあるよ。もう一杯飲む?」
「え? ええっと。俺も淹れるのを手伝うよ」
「いいよ。これくらいさせてよ。それよりさ、高校卒業しちゃったけど、一哉はつきあってた子とかいないの?」
ポットからカップに注ぐ手つきがカッコよくて見惚れていたらドキッとする事を言われる。動揺して視線が彷徨ってしまう。
「恋人とか好きな人とかいないの?」
「へ? こ、恋人? 好きな人って?」
「今だから言うけど僕はさ、ずっと一哉の事が可愛いって思っていたんだよ」
「なっ、何を。からかわないでよ」
カップを載せたトレイを持ってきた智明さんの顔がまともに見られなくてうつむいてしまう。なんてこと聞くんだよ。絶対俺をからかっている。
「はい、おかわりどうぞ」
手渡された時に指が触れ合って意識してしまう。
「あっあち!」
あわてて飲もうとして舌をやけどした。
「大丈夫かい? ごめん。さっきより熱かったかな? 舌を出してごらん」
「んっ」
「赤くなっているね」
か、顔が近いっ。ドキドキが止まらなくなりそうで近づいて来る智明さんを押し返した。
「もう。智明さんが変な事言うからだよ」
「ごめんごめん。でもハーブティーは気に入ってくれたみたいでよかったよ」
「うん。いい香りだね。甘くて……」
あれ? なんだか身体が熱い。どうしたんだろう?
「本当だね。でもいつもよりも甘い香りがする? こんなに強い香りだったかな?」
智明さんもカップに口をつけて味を確かめるように飲んでいる。下唇を舌で舐めるしぐさに視線がくぎ付けになる。なんだか鼓動が速くなってきた。
「はぁ。智明さんなんか……俺ちょっと変かも?」
やけに智明さんの視線が気になる。俺のことを観察しているような気がする。この目は俺が体調を壊したときによく見る目だ。俺、やっぱり体調悪いのかな?
「一哉? どうしたんだ? 顔が赤いぞ?」
智明さんに肩を掴まれ、ぞくりとした。触られたところがびりびりとする。
「ひっ……智明さんっ」
「まさか……これって」
「はっ……なに? なんか身体がむずむずする。ぁっ」
「……発情期だ……」
「え?ひ、発情期? これが?」
そんなまさかと思った瞬間、ぶわっと俺の体中から香りが放たれたのがわかった。どうして? 今まで前兆すらなかったのに。
「くっ。しまった。抑制剤は段ボールの中に詰めてしまってすぐには出せない」
ヨクセイザイ? そうだ。智明さんはアルファだった。俺はオメガだ。今俺から出てるこの香りってオメガのフェロモンなのか? 確かアルファを惑わすって習った。抑制剤ってフェロモンを抑える薬だよな?
「え? ……そんな……どうなるの?」
窓もしまっている為、香りが部屋に充満しだした。
「くそっ。一哉……抑制剤をもっているか?」
「そんなの……持ってない」
自分には発情期など起こらないのではないかとさえ思っていたほどだ。発情期自体がどうなるのかさえわからないし、友人は皆ベータだったから、抑制剤なんて持ち歩いてなんかいなかった。智明さんには気を付ける様にと言われていたのに!
「ふうっ、ふぅ……凄い匂いだ」
智明さんの息が荒くなっていく。ギラギラした目に見つめられると身体の内部がぞくぞくする。何これ?身体から力が抜けていく。
「くそっ。こんなに間近でフェロモンを浴びてしまうと……僕も理性を保てない」
俺の香りに反応するように智明さんの身体からムスクの様な濃厚な香りがしてくる。脳内を侵されるような香りだ。息をするたびにフェロモンが体中を回る。
「ぅあっ……智明さん……」
どうしよう。こんなに間近に智明さんが居る。悩まし気に髪をかきあげる仕草がカッコ良すぎる。何かに耐える様に眉間に皺を寄せる表情に心臓が早まる。触れたい。抱きつきたい。俺が思うよりも身体の方が早く動いた。智明さんの首に腕を絡めて自分から口づけをする。
「ぁっ。ご、ごめんなさい。つい……」
智明さんの目が獣になる。荒々しく口づけされると口内を蹂躙された。
「んふっ……っ……ぁあ」
「一哉っ。くっ」
気づけば二人とも裸でベッドの上で睦み合っていた。
「ぁっ! ぁあっ。気持ちイイっ! もっと……智明さん触って!」
智明さんに触れられる箇所すべてが快感へと変わる。自分が今どうなっているのかさえわからない。わかることは只ひたすらに智明というアルファを求めている事実だけだった。
「ぁっ。好きっ……とも……あきっ。好きっ……すきっ」
俺のアルファ。後ろからじわりじわりと蜜があふれてくるのがわかる。ああ。アルファの子種を受け入れる準備ができている。早く挿れて。早く。
「い、挿れて……ぅああっ。欲しいっ。欲しいよぉ」
ギラギラとした 智明の目がカッと見開いた。
「一哉っ!」
ズン! と一気に突き入れられて身体がしなる。のけぞったままで一哉は絶頂を迎えた。
「――――あああああ!」
「っ。挿れただけで。今のでイッたのか? くくく……可愛い」
「ひゃっ! うぁああっ! ぁんぁあ」
次々と与えられる快感でビクビクと身体は痙攣し一哉は喘ぎ声しかあげられなくなる。何度も突き上げられ、快感でおかしくなりそうだった。
「一哉っ噛みたい……噛みつきたい」
体勢を変えられ後ろから犯されながら首すじをべろりべろりと舐められると堪らなくなる。アルファに噛まれることが幸せのように思えてくる。
「……か……噛んで。噛んで。もっと突いて。もっとぉ」
智明の動きが一層早くなり、体全体で揺さぶられる。
「ぁっぁっあああああ!」
ガブリッ。痛烈な痛みが首の後ろに走る。熱湯をかけられたように熱く、それ以上の快感が体中を駆け巡って行った。
◇◆◇
「一哉くんと事故番となってしまいました。すべては僕の責任です」
発情期のオメガのフェロモンはアルファを無条件で誘惑する。適切なタイミングで抑制剤を打たなければラット状態に入り、理性を飛ばしてしまうのだ。そうして番ってしまった事を事故番と呼んだ。
「いや、これは、その、なんだな。運が悪かったんだ……と」
「私たちもまだ気持ちの整理ができていないんです」
一哉の両親は複雑な様子だった。やっと学校を卒業し、社会人となるはずだった息子がいきなりアルファに襲われ番にさせられたのだから困惑して当然だった。一哉はオメガと言っても見た目はベータと変わらぬ容姿だったし、ベータの両親や兄達からすれば思ってもない出来事だったのだろう。
「一哉は兄の俺からみてもどんくさい奴でして。でもその分、真面目でまっすぐな性格をしているんです。だからあいつを許してやってください」
「そ、そうだな。ご結婚を控えているってのに。こんなことになっちまって」
「許すなんてとんでもない。僕の方こそ片付けの最中で抑制剤を手元に置いてなかったのがいけないのです。申し訳ございません」
「あ、頭をあげてください。智明さんには以前から良くしてもらってましたし、私共も恨んではいません。」
「そうだよ。つい先日も老朽化したこの食堂を立て直そうとクラウドファンディングを立ち上げてくれたのが智明さんじゃないか。すでにかなりの寄付金が集まっているし。なあ、母さん」
「そうね。一哉が納得しているのなら……」
「ありがとうございます。一哉くんの将来は僕が責任をもちます。すでに新居にも一哉くんの部屋を用意しました」
「まあ。こちらこそありがとうございます」
「では今後一哉くんのことはすべて僕に任せていただきます」
慰謝料がわりの多額の結納金を一哉の両親に渡し僕はその場を後にした。
◇◆◇
目が覚めると見知らぬベッドの上で寝ていた。腕には点滴が刺さっている。
「ここは病院?」
だがふかふかとした弾力のあるベッドは智明さんのベッドに似ていた。周りを見渡すと家具や調度品は値段が高そうな感じがする。
「目が覚めましたか? 今日から一哉様のお世話をさせていただくことになりました青山と申します」
青山と名乗った白衣を着た年配の女性から挨拶をされ俺は目を白黒させた。何がどうなっているのかがわからない。
「俺のお世話?」
「はい。では智明様をお呼びしてきます」
ということはこの部屋は智明さんの自宅なのか?確か結婚するためにあのマンションを引き払うって言っていたはずだ。まるで高級ホテルのような一室。それだけで格の違いの様なものを感じた。しばらくして智明さんがやってきた。
「一哉。目が覚めたかい?」
「智明さん。ここはどこ? 俺はどうしたの?」
「一哉は突然発情期を起こして、僕らは事故番になってしまったんだよ」
「事故……番?うそっ……」
あわてて首の後ろに手をやるとそこには包帯が巻かれていた。だが、包帯の上からでも触るとじくじくと痛むのがわかる。
「まだ体調もすぐれないだろう?一哉にはここに住んでもらうからね」
「……こ、ここは?」
「僕の自宅の離れ。別邸だよ。この隣には僕の研究施設がもうすぐ完成するんだ」
「お、俺は……どうして」
「あれから2日がたっているんだ。覚えてる事はないか?あの時はお互い、発情状態で理性が飛んでいたんだ。だが僕は一哉に噛んでくれと言われて噛んだんだよ?」
「俺が? ……」
少しずつ意識が覚醒してきた。確かに朦朧とした中で噛んでと言っていた気がする。
「アルファとオメガの番契約はわかっているよね?」
「……番契約をすると番のアルファのフェロモンしかわからなくなる?」
「そうだ。だがオメガには三~四か月に一度発情期が来てしまう。それを収める事が出来るのは番だけだ。つまり、僕以外とは発情を押さえることができなくなってしまった。この責任はとるよ」
「責任……? それって結婚してくれるってこと?」
「一哉様。智明様には結婚相手が決まっております」
青山が横から口を挟んできた。智明さんも黙って青山の発言を聞いている。それは知っている。ネットニュースでも流れていたんだから。
「じゃあ……お、俺は?」
身体が震えてくる。どうなってしまうんだ。答えを聞くのが怖い。
「一哉の事は昔から可愛いと思っていたよ。僕のことを好いていてくれていることもわかっていた」
「ぁ……。本当に……?」
「ああ。一生大事にするよ」
「俺。俺、智明さんの事が好きです。でも、俺……」
「大丈夫だよ。何も心配しなくてもいいから。ここでの事や世話は青山がしてくれるからね」
ここでのって?どういうことなのだろう。当たり前のように俺にここに住めと智明さんが言う。俺が聞きたいのはそんな言葉じゃなくて。戸惑う俺を制するように青山が間に割って入ってきた。
「智明様。そろそろ学会に出かけられるお時間です」
「ああ、もうそんな時間なのか。ごめんよ。僕はこれから仕事なんだ。また来るからね」
智明さんはいつものように優しい口調で笑顔で部屋を出て行った。なんで笑っていられるんだ?行かないで欲しい。傍に居て欲しいのに。
「あの……まっ……て」
「一哉様。まだ体調が戻っていないようですし、少し睡眠をとられた方がいいですよ」
「いつ、智明さんは帰ってくるんですか?」
「春先は年度が替わる時期で、人事や新規事業の取引が多いですから、お時間まではわかりかねます。特に新薬の開発やお時間を見つけては、海外にも飛び回るほど精力的にお仕事をされる方ですので、そこはご理解くださいませ」
「仕事ですか? ……お、俺も就職したんです。四月から会社に行く予定で……」
「諦めてくださいませ。あなたは羽衣財閥の跡取りの番の一人となったのですから。智明様は今大事な時なのです。醜聞を嗅ぎまわる記者のターゲットにされてしまうでしょう。そうなると智明様だけでなく、一哉様のご家族やお店の評判にもかかわってきます」
俺の家族という言葉に心臓がひゅっと縮みあがった。そうだ、あんな小さな店。潰すことなんてアルファにしたら容易だろう。
「お、俺の家族にはなんて…」
「一哉様のご家族には了解を得ていますよ。それに店の改装資金の一部を智明様が提供されたようですし、すでに結納金も渡されておられます。今更破談にはできないでしょう」
「そ、そんな。俺はどうしたらいい? どうしたら……」
「一度にいろんな情報が入ってきて混乱しているのですね?とりあえずお薬を飲んで落ち着きましょう」
青山さんは常に冷静な口調で俺と話をしてくれた。薬が効いてきたのか、不安だった心が徐々に落ち着いてくる。点滴を抜いてくれるところを見ると看護師なんだろうか?
「青山さんは病院の人?」
「以前はそうでした。今は違います。一哉様の世話係のような役目です」
「俺は……何ができるんだろう。智明さんの邪魔にはなりたくないけど、何にもしないでじっとしているの嫌だ」
「それでは、その旨を智明様にご相談してみたらいかがですか?」
「そうか。うん、そうする」
「ええ。さあ、次はこれをお飲みください」
青山さんは悪い人ではないのだろう。その日は言われるままに薬を飲んで眠りについた。
◇◆◇
羽衣家は代々薬学に通じた家系だ。必ず一代ごとに新薬を開発している。つまりそれが跡取りとなる大切な条件のひとつなのだ。そのため幼い頃から僕は早期教育を受けさせられていた。物心ついた時から留学させられ、飛び級というものを知った。試験に合格をし、知能が高ければいくらでも学年を跳び越すことができた。しかし、その分、同じ歳の子と遊ぶことが出来なかったため、誰かと共感したり、計画なく行動することができない。そのせいか僕の情緒はどこか欠けているらしい。
一哉には僕が作ったバース性を変換させる薬を常用させている。純粋に僕だけを見つめて信じきっている可愛いおろかな被検体だ。
元々一哉はベータだったのだ。遺伝学上、ベータしか産まれない。そう言う家系を調べ上げて一哉に近づいた。一哉は素直で人を信じやすく、僕の言うとおり、自分は身体が弱いと思い込んでいた。体質改善のためと偽って、僕がアドバイスしたことはすべて信じて実行していた。成長期の段階で僕が薬を与え続けていたせいか、バース診断の時はオメガと判定されたらしい。あのときはまだ、開発途中の薬で成功するかは未知数だったから結果に僕は喜んだ。だがその後一哉には副作用が出たのか、発熱や虚脱感がよくおこり学校を休みがちになってしまった。
人体に与える影響について、僕は事細かく記録するために研究の合間をぬっては、一哉に勉強を教えたり精神的状態を安定させるために、話し相手になったりしていた。そのうち一哉の視線や言動に僕への好意が現れてきた。
可愛いと思った。僕の言葉を疑いもせずひたすらに信じて見つめてくる瞳。手に入れたいと思っていた。
運命の番に出会った時、ひとめ見た瞬間に体中の血が沸騰した。目を離すことさえできなかった。これもまた生命の神秘。生涯研究のひとつにしていくつもりだ。時間も忘れて抱き合い、うなじに噛みつき幸福感に浸った。ヒトに対して愛おしいという感情を持ったのは初めてだった。これでもう二人は何があっても離れることはできないと……。
ふと、一哉の事を思い出した。彼は僕の薬の大事な成功例だ。出来ればずっと閉じ込めて研究対象としていきたい。しかし彼は試験管の中にいるのではない。家族もいれば、今後、社会に進出しようとしている人間だ。
それを社会的にも問題なく、家族の同意を得られるようにするには。一番都合が良いのは番になることだと悟った。
だがこんなにうまく行くとは思わなかった。
久しぶりに一哉に会いに行った時。彼の身体から香るほのかな甘い匂いに、発情期が近いとアルファの僕はいち早く気づいていた。家族や周りの者が皆ベータだったので本人すら気づいてはいなかっただろう。
もちろん逃げ道も作っていたさ。選択肢もいくつか広げておいた。
一哉がマンションに来なければ。媚薬入りのハーブティーを飲まなければ。自分がオメガとして自覚をもって抑制剤を持っていれば。噛みつかないでくれと言ってくれれば。……僕は無理強いはしなかっただろう。
結局選んだのは一哉自身なのだ。これでもう僕の手の内だ。逃がすことはない。
あれから学会が長引いて帰宅したのは数日後だった。本宅に戻り、一息ついてから一哉の様子を見に行った。
青山研究員からの日々の報告では体調は落ち着いているが精神的なダメージがかなりマイナス要因となっているようだ。カウンセラー要員を増やすべきか?それと精神安定剤と睡眠薬も追加だな。
「智明さん!」
ドアを開けるとすぐに僕にしがみついてきた。ずっと玄関で待っていたというのか?
泣きはらした目で縋るように僕をみる。絶望と不安とわずかな期待に満ちた顔だ。ああ。可愛いな。この上もなく可哀想で可愛い僕の番がそこにいた。
おわり
またアルファとオメガは発情時の交わりにおいて「番(つがい)」関係になることができ、そうなるとオメガは番のアルファにしか発情しなくなります。オメガのフェロモンも番のアルファにしかわからなくなります。しかしアルファは多数の番を持つことができます。さらに、出会っただけで本能的に強烈に惹かれ合う「運命の番」も存在します。以上が自己設定です。あくまでもファンタジーです。ご了承ください。
~~~~~
「智明さん。久しぶり」
「元気そうだな一哉」
「うん。智明さんがくれたお薬が効いているみたい」
「そうかよかったな」
「しばらくはこっちにいられるの?」
「ああ。今日はお前の顔を見に来たんだ」
「えへへ」
智明さんは俺より七歳年上で、羽衣智明という。大手製薬会社の羽衣製薬の御曹司だ。仕事柄海外に出かける事も多い。出会いは、俺の実家の食堂に、手伝いに来てくれたのがきっかけだった。うちの食堂は、週に何度か子ども食堂を開催している。智明さんは大学在学時に、ボランティア活動をしていて、食堂の運営に参加してくれていたのだ。そこからうちの食堂の味を気に入ってくれて、ときどき食べたくなるんだと立ち寄ってくれる。生まれつき身体が弱い僕の体質改善のためにいろいろ薬のアドバイスなんかもしてくれるんだ。身分違いの叶わぬ恋だとわかっていたが、こうして会えるのを楽しみにしてしまう。
「……智明さん。婚約が決まったんだってね」
「どうしてそれを?」
俺の言葉に智明さんが瞳をさまよわせる。動揺するなんて珍しい。いつも冷静な対応をする人なのに。俺が知っているって思わなかったのかな。
「ネットニュースでやってたんだよ」
大手製薬会社の御曹司が婚約したと記事に書かれていた。実名は出ていなかったが、背景に移っていたのは羽衣製薬のロゴだった。それだけで誰が婚約したのかはわかってしまう。
「ニュース?そういえば婚約披露の時に記者がきていたか…」
智明さんは、ふうと一息吐くと俺を見て苦笑した。
「運命の番(つがい)に出会ったんだ」
「ええ?そうなの? ……そっか。凄いね」
お伽話のように聞いたことがある。「運命の番」とは、出会った瞬間に本能的に惹かれ合うらしい。アルファである智明さんにふさわしいオメガの相手が現れたということなのだろう。
「ああ。一生に一度出会えるかわからない相手らしい」
そんなにすごい相手なら、俺の思いが届くはずがない。虚しいけど仕方がない。いよいよ玉砕か。これでやっとあきらめがつくだろう。
「そうなんだ。いい出会いだったんだね」
「それまで僕としては素朴な一哉みたいな人がいいと思っていたんだけどな」
「ま、また、そういって俺をからかうんだから!」
顔が熱い。たとえ冗談でもそういってくれるだけで気持ちが弾んでしまう。もうその言葉だけで充分だ。運命の番だなんて。そんなの俺なんかじゃどう転んだってライバルにもなりゃあしない。俺の失恋はこれで決定だな。やっぱり胸が痛いや。
「からかってなんかいないさ。本当のことだよ」
優しすぎる言葉に、縋り付きたくなる気持ちをおさえて、話題を変えていく。
「……それよりさ、俺就職先を決めたんだ。四月からは近くの出版会社に就職する」
「本当に大学に進学しなくてもいいのかい?奨学金制度もあるんだぞ」
「そうだけど、俺はこれ以上親に苦労をかけたくないんだ」
俺はこの貧乏食堂の三男だ。面倒見の良い両親は地域ボランティアで週に二日ほど子供食堂として開放している。その分は寄付として賄っているが、それでも経済的にはいっぱいいっぱいなのはわかっている。それに俺は……。
「自分がオメガだということを卑屈に感じているんじゃないだろうな?」
「まあね。それは。ないわけじゃないよ。社会的に仕方がないでしょ」
「しかし、以前よりも地位は上がっているぞ」
「それでも発情期が来たら仕事を休まないといけなくなるのだろうし」
「発情期はまだなのかい?」
「うん。早い子は高校入学前に発情期を迎えるらしいんだけど。俺は卒業式が終わってもまだなんだ。本当にオメガなのかなって思っちゃうよ」
「一哉は身体が弱かったからね。少し人より遅いのかも。なっても不定期なのかもしれないね。大丈夫だよ。僕は医師免許も持っているから。何かあったらすぐに相談してよ」
「智明さんって若いのに、薬学だけでなく医学の知識も凄いんだ」
「飛び級したからね。アルファならこのくらいなんのことはないよ」
「……そうなんだね。やっぱりアルファは違うんだね」
この世界で頂点に君臨しているといわれるアルファたちは、皆容姿端麗で頭脳明晰だ。智明さんは気軽に俺にも話しかけてくれるが、学生生活を送るうちにそうでないことに気付き始めた。そこには目に見えない格差があるのだ。どうしてもオメガの自分やべータの両親や友人たちと比べてしまう。
「あ~、ごめん。今の発言はなし。僕の周りではそれが当たり前だっただけだ」
俺の表情に気付いたのか気まずそうに智明さんが詫びる。
「ふふ。智明さんの周りってアルファばかりでしょ?あんまりかわんないじゃん」
「すまない。僕自身が差別的な発言になってしまった」
「そんなことないよ。智明さんはいつもバース性に関係なく分け隔てなく対応してくれているじゃない?本当に感謝しているんだ」
「ははは。そう言ってくれると嬉しいよ。じゃあさ、今度僕のうちにおいでよ。卒業祝いで渡したいものもあるしさ」
「え? 本当? 行っても良いの?」
「ああ。実はさ、結婚前に単身で借りているマンションを処分しろと言われててさ。片付けるのを手伝って欲しいんだ」
「なあんだ。わかったよ。俺、片付けは上手なんだ」
「よかった。じゃあ週末迎えに来るからね」
そうか、結婚しちゃうと今までみたいに会えなくなるんだろうな。なんだか寂しい。でも俺も社会人になるんだ。これを最後にこの恋心からも卒業しないと。
週末はあいにくの雨で少し肌寒かった。初めて行った智明さんのマンションは最上階だった。リビングが広すぎる。だがすでに運び出されている家具も多いのか段ボールも山積みになっていた。
「ごめんよ。窓を閉めたんだけど、今日は寒いね。大き目の家具はほとんど運んでしまっているんだ。ここには最低限のものしかおいてなくてね。ソファーがないんだ」
「いえ、こんなに広いと思ってなくてちょっと驚いてるだけ……」
この広さ。うちの食堂くらいあるんじゃないのかな? ここでお店だせそうじゃないか!
「そうかい? フローリングに直にすわるのはお尻が痛いだろ?ベッドの上に腰かけてくれよ。今お茶をいれるからさ。飲んで落ち着いてから片付けよう」
言われるままベットに腰をおろすと身体が沈み込む。
「わわわ。ふかふかのベッド! めちゃくちゃ弾力がある!」
「あははは。一哉の反応は面白いなあ」
智明さんがトレイに二人分のカップを運んできてくれた。甘酸っぱい香りがするお茶だ。
「これはなに?」
「ん? ハーブティーだよ。普通のお茶はもう段ボールに入れてしまったみたいで、これしかなかったんだ。飲みづらいかな?我慢してくれる?」
一口飲むとふわりと甘い香りが鼻から抜ける。暖かい液体が喉元から体の中にしみ込んでいくようだ。
「いえ。初めて飲んだからちょっと驚いただけ。良い香りがする」
「そう? 香りもいいけど、ハーブって薬草なんだ。だから身体にもいいんだよ」
「そっかぁ」
ちょっと甘ったるいような苦みが残るのはそのせいなのかな?薬草に詳しい智明さんは、自分の分を飲む間もなく、俺に効能をいろいろと教えてくれる。俺を気遣ってだろうが、難しい用語が多くて俺にはほとんど理解ができない。わかってるふりでうなずきながら、ごまかすようにお茶を飲み続けた。
「おや? もう飲みほしたのかい?おかわりもあるよ。もう一杯飲む?」
「え? ええっと。俺も淹れるのを手伝うよ」
「いいよ。これくらいさせてよ。それよりさ、高校卒業しちゃったけど、一哉はつきあってた子とかいないの?」
ポットからカップに注ぐ手つきがカッコよくて見惚れていたらドキッとする事を言われる。動揺して視線が彷徨ってしまう。
「恋人とか好きな人とかいないの?」
「へ? こ、恋人? 好きな人って?」
「今だから言うけど僕はさ、ずっと一哉の事が可愛いって思っていたんだよ」
「なっ、何を。からかわないでよ」
カップを載せたトレイを持ってきた智明さんの顔がまともに見られなくてうつむいてしまう。なんてこと聞くんだよ。絶対俺をからかっている。
「はい、おかわりどうぞ」
手渡された時に指が触れ合って意識してしまう。
「あっあち!」
あわてて飲もうとして舌をやけどした。
「大丈夫かい? ごめん。さっきより熱かったかな? 舌を出してごらん」
「んっ」
「赤くなっているね」
か、顔が近いっ。ドキドキが止まらなくなりそうで近づいて来る智明さんを押し返した。
「もう。智明さんが変な事言うからだよ」
「ごめんごめん。でもハーブティーは気に入ってくれたみたいでよかったよ」
「うん。いい香りだね。甘くて……」
あれ? なんだか身体が熱い。どうしたんだろう?
「本当だね。でもいつもよりも甘い香りがする? こんなに強い香りだったかな?」
智明さんもカップに口をつけて味を確かめるように飲んでいる。下唇を舌で舐めるしぐさに視線がくぎ付けになる。なんだか鼓動が速くなってきた。
「はぁ。智明さんなんか……俺ちょっと変かも?」
やけに智明さんの視線が気になる。俺のことを観察しているような気がする。この目は俺が体調を壊したときによく見る目だ。俺、やっぱり体調悪いのかな?
「一哉? どうしたんだ? 顔が赤いぞ?」
智明さんに肩を掴まれ、ぞくりとした。触られたところがびりびりとする。
「ひっ……智明さんっ」
「まさか……これって」
「はっ……なに? なんか身体がむずむずする。ぁっ」
「……発情期だ……」
「え?ひ、発情期? これが?」
そんなまさかと思った瞬間、ぶわっと俺の体中から香りが放たれたのがわかった。どうして? 今まで前兆すらなかったのに。
「くっ。しまった。抑制剤は段ボールの中に詰めてしまってすぐには出せない」
ヨクセイザイ? そうだ。智明さんはアルファだった。俺はオメガだ。今俺から出てるこの香りってオメガのフェロモンなのか? 確かアルファを惑わすって習った。抑制剤ってフェロモンを抑える薬だよな?
「え? ……そんな……どうなるの?」
窓もしまっている為、香りが部屋に充満しだした。
「くそっ。一哉……抑制剤をもっているか?」
「そんなの……持ってない」
自分には発情期など起こらないのではないかとさえ思っていたほどだ。発情期自体がどうなるのかさえわからないし、友人は皆ベータだったから、抑制剤なんて持ち歩いてなんかいなかった。智明さんには気を付ける様にと言われていたのに!
「ふうっ、ふぅ……凄い匂いだ」
智明さんの息が荒くなっていく。ギラギラした目に見つめられると身体の内部がぞくぞくする。何これ?身体から力が抜けていく。
「くそっ。こんなに間近でフェロモンを浴びてしまうと……僕も理性を保てない」
俺の香りに反応するように智明さんの身体からムスクの様な濃厚な香りがしてくる。脳内を侵されるような香りだ。息をするたびにフェロモンが体中を回る。
「ぅあっ……智明さん……」
どうしよう。こんなに間近に智明さんが居る。悩まし気に髪をかきあげる仕草がカッコ良すぎる。何かに耐える様に眉間に皺を寄せる表情に心臓が早まる。触れたい。抱きつきたい。俺が思うよりも身体の方が早く動いた。智明さんの首に腕を絡めて自分から口づけをする。
「ぁっ。ご、ごめんなさい。つい……」
智明さんの目が獣になる。荒々しく口づけされると口内を蹂躙された。
「んふっ……っ……ぁあ」
「一哉っ。くっ」
気づけば二人とも裸でベッドの上で睦み合っていた。
「ぁっ! ぁあっ。気持ちイイっ! もっと……智明さん触って!」
智明さんに触れられる箇所すべてが快感へと変わる。自分が今どうなっているのかさえわからない。わかることは只ひたすらに智明というアルファを求めている事実だけだった。
「ぁっ。好きっ……とも……あきっ。好きっ……すきっ」
俺のアルファ。後ろからじわりじわりと蜜があふれてくるのがわかる。ああ。アルファの子種を受け入れる準備ができている。早く挿れて。早く。
「い、挿れて……ぅああっ。欲しいっ。欲しいよぉ」
ギラギラとした 智明の目がカッと見開いた。
「一哉っ!」
ズン! と一気に突き入れられて身体がしなる。のけぞったままで一哉は絶頂を迎えた。
「――――あああああ!」
「っ。挿れただけで。今のでイッたのか? くくく……可愛い」
「ひゃっ! うぁああっ! ぁんぁあ」
次々と与えられる快感でビクビクと身体は痙攣し一哉は喘ぎ声しかあげられなくなる。何度も突き上げられ、快感でおかしくなりそうだった。
「一哉っ噛みたい……噛みつきたい」
体勢を変えられ後ろから犯されながら首すじをべろりべろりと舐められると堪らなくなる。アルファに噛まれることが幸せのように思えてくる。
「……か……噛んで。噛んで。もっと突いて。もっとぉ」
智明の動きが一層早くなり、体全体で揺さぶられる。
「ぁっぁっあああああ!」
ガブリッ。痛烈な痛みが首の後ろに走る。熱湯をかけられたように熱く、それ以上の快感が体中を駆け巡って行った。
◇◆◇
「一哉くんと事故番となってしまいました。すべては僕の責任です」
発情期のオメガのフェロモンはアルファを無条件で誘惑する。適切なタイミングで抑制剤を打たなければラット状態に入り、理性を飛ばしてしまうのだ。そうして番ってしまった事を事故番と呼んだ。
「いや、これは、その、なんだな。運が悪かったんだ……と」
「私たちもまだ気持ちの整理ができていないんです」
一哉の両親は複雑な様子だった。やっと学校を卒業し、社会人となるはずだった息子がいきなりアルファに襲われ番にさせられたのだから困惑して当然だった。一哉はオメガと言っても見た目はベータと変わらぬ容姿だったし、ベータの両親や兄達からすれば思ってもない出来事だったのだろう。
「一哉は兄の俺からみてもどんくさい奴でして。でもその分、真面目でまっすぐな性格をしているんです。だからあいつを許してやってください」
「そ、そうだな。ご結婚を控えているってのに。こんなことになっちまって」
「許すなんてとんでもない。僕の方こそ片付けの最中で抑制剤を手元に置いてなかったのがいけないのです。申し訳ございません」
「あ、頭をあげてください。智明さんには以前から良くしてもらってましたし、私共も恨んではいません。」
「そうだよ。つい先日も老朽化したこの食堂を立て直そうとクラウドファンディングを立ち上げてくれたのが智明さんじゃないか。すでにかなりの寄付金が集まっているし。なあ、母さん」
「そうね。一哉が納得しているのなら……」
「ありがとうございます。一哉くんの将来は僕が責任をもちます。すでに新居にも一哉くんの部屋を用意しました」
「まあ。こちらこそありがとうございます」
「では今後一哉くんのことはすべて僕に任せていただきます」
慰謝料がわりの多額の結納金を一哉の両親に渡し僕はその場を後にした。
◇◆◇
目が覚めると見知らぬベッドの上で寝ていた。腕には点滴が刺さっている。
「ここは病院?」
だがふかふかとした弾力のあるベッドは智明さんのベッドに似ていた。周りを見渡すと家具や調度品は値段が高そうな感じがする。
「目が覚めましたか? 今日から一哉様のお世話をさせていただくことになりました青山と申します」
青山と名乗った白衣を着た年配の女性から挨拶をされ俺は目を白黒させた。何がどうなっているのかがわからない。
「俺のお世話?」
「はい。では智明様をお呼びしてきます」
ということはこの部屋は智明さんの自宅なのか?確か結婚するためにあのマンションを引き払うって言っていたはずだ。まるで高級ホテルのような一室。それだけで格の違いの様なものを感じた。しばらくして智明さんがやってきた。
「一哉。目が覚めたかい?」
「智明さん。ここはどこ? 俺はどうしたの?」
「一哉は突然発情期を起こして、僕らは事故番になってしまったんだよ」
「事故……番?うそっ……」
あわてて首の後ろに手をやるとそこには包帯が巻かれていた。だが、包帯の上からでも触るとじくじくと痛むのがわかる。
「まだ体調もすぐれないだろう?一哉にはここに住んでもらうからね」
「……こ、ここは?」
「僕の自宅の離れ。別邸だよ。この隣には僕の研究施設がもうすぐ完成するんだ」
「お、俺は……どうして」
「あれから2日がたっているんだ。覚えてる事はないか?あの時はお互い、発情状態で理性が飛んでいたんだ。だが僕は一哉に噛んでくれと言われて噛んだんだよ?」
「俺が? ……」
少しずつ意識が覚醒してきた。確かに朦朧とした中で噛んでと言っていた気がする。
「アルファとオメガの番契約はわかっているよね?」
「……番契約をすると番のアルファのフェロモンしかわからなくなる?」
「そうだ。だがオメガには三~四か月に一度発情期が来てしまう。それを収める事が出来るのは番だけだ。つまり、僕以外とは発情を押さえることができなくなってしまった。この責任はとるよ」
「責任……? それって結婚してくれるってこと?」
「一哉様。智明様には結婚相手が決まっております」
青山が横から口を挟んできた。智明さんも黙って青山の発言を聞いている。それは知っている。ネットニュースでも流れていたんだから。
「じゃあ……お、俺は?」
身体が震えてくる。どうなってしまうんだ。答えを聞くのが怖い。
「一哉の事は昔から可愛いと思っていたよ。僕のことを好いていてくれていることもわかっていた」
「ぁ……。本当に……?」
「ああ。一生大事にするよ」
「俺。俺、智明さんの事が好きです。でも、俺……」
「大丈夫だよ。何も心配しなくてもいいから。ここでの事や世話は青山がしてくれるからね」
ここでのって?どういうことなのだろう。当たり前のように俺にここに住めと智明さんが言う。俺が聞きたいのはそんな言葉じゃなくて。戸惑う俺を制するように青山が間に割って入ってきた。
「智明様。そろそろ学会に出かけられるお時間です」
「ああ、もうそんな時間なのか。ごめんよ。僕はこれから仕事なんだ。また来るからね」
智明さんはいつものように優しい口調で笑顔で部屋を出て行った。なんで笑っていられるんだ?行かないで欲しい。傍に居て欲しいのに。
「あの……まっ……て」
「一哉様。まだ体調が戻っていないようですし、少し睡眠をとられた方がいいですよ」
「いつ、智明さんは帰ってくるんですか?」
「春先は年度が替わる時期で、人事や新規事業の取引が多いですから、お時間まではわかりかねます。特に新薬の開発やお時間を見つけては、海外にも飛び回るほど精力的にお仕事をされる方ですので、そこはご理解くださいませ」
「仕事ですか? ……お、俺も就職したんです。四月から会社に行く予定で……」
「諦めてくださいませ。あなたは羽衣財閥の跡取りの番の一人となったのですから。智明様は今大事な時なのです。醜聞を嗅ぎまわる記者のターゲットにされてしまうでしょう。そうなると智明様だけでなく、一哉様のご家族やお店の評判にもかかわってきます」
俺の家族という言葉に心臓がひゅっと縮みあがった。そうだ、あんな小さな店。潰すことなんてアルファにしたら容易だろう。
「お、俺の家族にはなんて…」
「一哉様のご家族には了解を得ていますよ。それに店の改装資金の一部を智明様が提供されたようですし、すでに結納金も渡されておられます。今更破談にはできないでしょう」
「そ、そんな。俺はどうしたらいい? どうしたら……」
「一度にいろんな情報が入ってきて混乱しているのですね?とりあえずお薬を飲んで落ち着きましょう」
青山さんは常に冷静な口調で俺と話をしてくれた。薬が効いてきたのか、不安だった心が徐々に落ち着いてくる。点滴を抜いてくれるところを見ると看護師なんだろうか?
「青山さんは病院の人?」
「以前はそうでした。今は違います。一哉様の世話係のような役目です」
「俺は……何ができるんだろう。智明さんの邪魔にはなりたくないけど、何にもしないでじっとしているの嫌だ」
「それでは、その旨を智明様にご相談してみたらいかがですか?」
「そうか。うん、そうする」
「ええ。さあ、次はこれをお飲みください」
青山さんは悪い人ではないのだろう。その日は言われるままに薬を飲んで眠りについた。
◇◆◇
羽衣家は代々薬学に通じた家系だ。必ず一代ごとに新薬を開発している。つまりそれが跡取りとなる大切な条件のひとつなのだ。そのため幼い頃から僕は早期教育を受けさせられていた。物心ついた時から留学させられ、飛び級というものを知った。試験に合格をし、知能が高ければいくらでも学年を跳び越すことができた。しかし、その分、同じ歳の子と遊ぶことが出来なかったため、誰かと共感したり、計画なく行動することができない。そのせいか僕の情緒はどこか欠けているらしい。
一哉には僕が作ったバース性を変換させる薬を常用させている。純粋に僕だけを見つめて信じきっている可愛いおろかな被検体だ。
元々一哉はベータだったのだ。遺伝学上、ベータしか産まれない。そう言う家系を調べ上げて一哉に近づいた。一哉は素直で人を信じやすく、僕の言うとおり、自分は身体が弱いと思い込んでいた。体質改善のためと偽って、僕がアドバイスしたことはすべて信じて実行していた。成長期の段階で僕が薬を与え続けていたせいか、バース診断の時はオメガと判定されたらしい。あのときはまだ、開発途中の薬で成功するかは未知数だったから結果に僕は喜んだ。だがその後一哉には副作用が出たのか、発熱や虚脱感がよくおこり学校を休みがちになってしまった。
人体に与える影響について、僕は事細かく記録するために研究の合間をぬっては、一哉に勉強を教えたり精神的状態を安定させるために、話し相手になったりしていた。そのうち一哉の視線や言動に僕への好意が現れてきた。
可愛いと思った。僕の言葉を疑いもせずひたすらに信じて見つめてくる瞳。手に入れたいと思っていた。
運命の番に出会った時、ひとめ見た瞬間に体中の血が沸騰した。目を離すことさえできなかった。これもまた生命の神秘。生涯研究のひとつにしていくつもりだ。時間も忘れて抱き合い、うなじに噛みつき幸福感に浸った。ヒトに対して愛おしいという感情を持ったのは初めてだった。これでもう二人は何があっても離れることはできないと……。
ふと、一哉の事を思い出した。彼は僕の薬の大事な成功例だ。出来ればずっと閉じ込めて研究対象としていきたい。しかし彼は試験管の中にいるのではない。家族もいれば、今後、社会に進出しようとしている人間だ。
それを社会的にも問題なく、家族の同意を得られるようにするには。一番都合が良いのは番になることだと悟った。
だがこんなにうまく行くとは思わなかった。
久しぶりに一哉に会いに行った時。彼の身体から香るほのかな甘い匂いに、発情期が近いとアルファの僕はいち早く気づいていた。家族や周りの者が皆ベータだったので本人すら気づいてはいなかっただろう。
もちろん逃げ道も作っていたさ。選択肢もいくつか広げておいた。
一哉がマンションに来なければ。媚薬入りのハーブティーを飲まなければ。自分がオメガとして自覚をもって抑制剤を持っていれば。噛みつかないでくれと言ってくれれば。……僕は無理強いはしなかっただろう。
結局選んだのは一哉自身なのだ。これでもう僕の手の内だ。逃がすことはない。
あれから学会が長引いて帰宅したのは数日後だった。本宅に戻り、一息ついてから一哉の様子を見に行った。
青山研究員からの日々の報告では体調は落ち着いているが精神的なダメージがかなりマイナス要因となっているようだ。カウンセラー要員を増やすべきか?それと精神安定剤と睡眠薬も追加だな。
「智明さん!」
ドアを開けるとすぐに僕にしがみついてきた。ずっと玄関で待っていたというのか?
泣きはらした目で縋るように僕をみる。絶望と不安とわずかな期待に満ちた顔だ。ああ。可愛いな。この上もなく可哀想で可愛い僕の番がそこにいた。
おわり
10
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