ショートショート短編SS 置き場

ゆうきぼし/優輝星

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ショート4作 全年齢向け

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【甘夏と餡ドーナツ】

 「みゃあ。みぃっ」

 思わず、そんな声が喉から漏れた。俺の意思とは関係なく、身体が猫の形に変異する。指先が毛に覆われ、足が短くなり、背中には丸みが帯びる。視界が低くなり、嗅覚が鋭敏になる。もう何度も経験していることなのに、この急激な変化にはいまだに慣れない。
「ははは。なんだ相棒。お前またニャンコっちまったのか?」

 大輔の声が、頭上から聞こえる。買い物から帰って来たのか。大輔とはルームシェアをしている。彼は慣れた手つきで俺の喉のあたりを撫で始めた。その力加減が絶妙で、ゴロゴロと自然に喉が鳴る。猫になった俺は、大輔の指の動きに合わせて体をよじる。ああ、気持ちいい。このまま溶けてしまいそうだ。

――ボワン!――

 突然、身体が熱を帯び、膨張するような感覚に襲われる。次の瞬間、俺の身体は人型に戻っていた。猫の体毛が消え、再び指先が伸び、足が長くなる。目の高さも元に戻り、見慣れた景色が広がる。
「サンキュー。すまない、ちょっと仕事が忙しくて疲れてたみたいだ」

 俺は照れくさそうに頭をかいた。俺はストレスや疲労が溜まると猫になってしまう体質だった。世間ではニャンガバースと呼ぶらしい。この体質は、適度に遊んで適度に放っておいてもらうと人型に戻るのだが、なにせ戻るタイミングが気まぐれで、社会に馴染むのが難しい。そんな俺を、大輔は嫌な顔一つせず、いつも支えてくれた。そして、不思議なことに、大輔に触れられると、俺は安心してすぐに元の姿に戻れるのだ。彼の掌から伝わる温もりは、まるで魔法のようだ。

「今度の小説、行き詰ってるのか?」

 大輔の言葉に、俺の髪の毛が逆立つ。図星だった。在宅で仕事ができるという理由で、俺は今物書きとして生計を立てている。猫になってしまう体質を隠しながら生活するには、これしかないと思ったのだ。しかし小説の締め切りは迫っているのに、物語の展開が全く思いつかない。その焦燥感が、再び俺を猫に変えてしまう原因になっているのかもしれない。

「ぐぅ……!」
 俺は唸り声を上げた。大輔は俺の表情を見て、すぐに察したようだ。
「おっと。悪い、失言した。それより最新ゲームのVOL.7を手に入れたぞ。一緒にやろうぜ」
 大輔はそう言ってにやりと笑った。僕の気を紛らわせるために、わざとらしく明るい声を出しているのがわかる。こういうさりげない気遣いが、本当にありがたい。

「ええ!本当か?やるやる!」
 俺は先ほどのイライラが嘘のように消え去り、目を輝かせた。最新のゲームは、俺が今一番熱中しているシリーズだ。新しい物語に没頭することで、きっと気分転換になるだろう。大輔の優しい心遣いに、改めて感謝の気持ちが湧き上がった。

◇◆◇

 俺の相棒は、ツンデレだ。

 こいつは気まぐれで、プライドが高い。そう、相棒のことだ。普段はぶっきらぼうで、素直じゃない。だけど、一度心を許した相手には、とことん甘えてくる。そのギャップが、堪らなく魅力的なのだ。はじめて俺の前でクロ猫になっちまった時は驚いたが納得もした。猫になったこいつが、俺の膝の上でゴロゴロと喉を鳴らし嬉しそうにする。その表情を見るたびに、俺は確信する。こいつは、俺が飼うべき存在だと。もちろん、「飼う」という言葉には、単なるペットとしての意味合いは含まれていない。俺は彼にとってのご主人様になるつもりはない。ただ人生の相棒として、共に生きていきたいのだ。彼の人生を、彼の全てを俺が支え守りたいと思う。

「何?顔が怖いぞ。ほれ、食えよ」

 相棒の声に、俺はハッと我に返った。どうやら、考え事をしている間に、険しい顔になっていたらしい。目の前に差し出されたのは、冷やされた甘なつ蜜柑。透明感のある黄色い果肉が、みずみずしさを主張している。

「美味そうだな」

 俺がそう言うと、相棒は得意げに笑った。

「編集者からの差し入れだ」

 そう言いながら、彼は餡ドーナツを頬張っていた。見るからに甘そうな餡ドーナツを、彼は幸せそうに咀嚼している。そう、こいつは甘党なのだ。

「俺、柑橘系は無理」

 相棒は、そう言って顔をしかめた。俺は苦笑する。柑橘系の爽やかな香りとは裏腹に、口にすると独特の苦みがあって酸っぱい。でも、その奥にほのかな甘さが広がる。それって、お前そのものなんだけどな。

~~~~~~~~~


【視線の先にはあなたがいる】

 久しぶりに顔を合わせた彼は相変わらずイケメンで体格が良い。黙っていればクールで隙がない。しかし彼が笑うとその少年のようなあどけなさが見る者を魅了させてしまう。何もかも以前のままだ。彼は年を取るという事がないのだろうかとさえ疑ってしまうほどに。

「お久しぶりです」
「ああ。君か。最近よく売れてるようだね?今回一緒だったけ?」

 何気なく問いかけられた言葉に一瞬凍り付いた。だがここで胸の内の動揺を見せるわけにはいかない。咄嗟に笑顔を張り付ける様に演技をした。

「ええ。またご一緒させていただきます。よろしくお願いします」
「そっか!わかったよ!よろしく頼むね!」

 にこにこと笑顔でスタッフに挨拶をしながら楽屋入りする彼の後姿を見送るとその場に僕はずるずると座り込んでしまった。

「は、はは。共演する俳優の名前も目にしてないのか……」
 わかってはいた。彼は売れっ子俳優で次々と仕事をこなしていく。その中の一作品で過去に僕とたまたま一緒になっただけだったってことは……。
「今のって、いつも通りだったよな?ちゃんと僕は挨拶できてたよな?」


「よーい!スタート!」
 モニターに映し出される彼は役その者になっていた。いわゆる憑依型と呼ばれる俳優で、ドラマが始まるとその役に身も心も成りきってしまうらしい。

 彼は僕のデビュー作のパートナー役だった。悪の犯罪組織を社会から抹殺するために共に闘うドラマだった。死闘の中ではぐくまれる厚い信頼と友情。どんどんと親密になっていく仲。彼は撮影中だけでなく撮影がない合間もずっと役のままだった。誰よりも僕を優先してくれ優しく笑いかけてくれて頼もしかった。徹夜明けで二人で寄り添って一つのベットで寝落ちした事もある。気分が高まりあって抱き合ってそういう感じになったことさえある。

 撮影後半で僕が毒を飲まされた時に彼が口移しで解毒剤を飲ませるというシーンがあった。世論は仲が良い主人公二人を好感していたため、一種のお茶の間受けを狙った演出だった。僕は躊躇したが彼は当たり前のように僕に口づけをし、熱く抱擁までして本気で涙を流した。その時の彼は役に徹していた。親愛する自分の唯一のパートナーを助けるために身を犠牲にしてもかまわないとそう思い込んでいた。

 だが、僕は僕自身だったのだ。パートナーという役に成りきれず彼自身に恋をしてしまった。

 ドラマが終わり、番宣もすべて終わると彼は急に人が変わってしまった。僕に対してこれまでの親密度はなくなり、他のスタッフと同じような扱いとなってしまった。聞けば次のドラマの役づくりを始めたという。そうなのだ。彼は憑依型の俳優。その役に入り込むために今までの人格や風貌まですべてその役に成りきってしまう。もう、僕が今まで対峙してきたパートナーと言う役ではなくなってしまったのだ。当然の事だった。相手は俳優。そして僕も新人とはいえ俳優なのだ。これからは互いにライバルとして舞台や撮影に挑まないといけない。

 頭の中ではわかってはいた。わかってはいたが心はずっと悲鳴をあげている。
「会いたい。僕を求めてくれていた時のパートナーの彼に会いたい」と。
 例え役であったとしてもいい。もう一度僕をあの時のように見つめて欲しい。彼にもう一度会いたい。

 数年がたち、僕は再び彼と共に肩を並べるようになる。僕は脇役だが彼とのドラマの共演が決まり、天にも昇る気持ちでこの日をずっと待ち望んできた。
 だけど、やはり彼と僕では想いが違う事を身にしみて感じてしまった。僕はきっと過去のドラマで相対した彼が演じた役に恋をしただけだったのだろう。

「はい!次っ。シーン2に入ります!」

 スタッフの掛け声と共に僕は彼の前にたつとセリフを言った。

『会いたかったよ』

◇◆◇

 数年ぶりに会った「彼」はもう新人ではなくなっていた。俺はホッとしたと同時に会えた嬉しさと懐かしさを同時に噛みしめた。会えた照れ隠しに共演と決まったことも知らない素振りをしてしまったほどだ。
 世間では俺の事を憑依型俳優などと言ってくれるが、何のことはないただその作品に身を置きたいだけだ。俳優なのだから役に成りきって当たり前だと思っている。

 だが、「彼」はあまりにも人懐こくて可愛かった。これは仕事だと言いつつ彼と共に居れることに感謝した。だが、撮影が終わると俺の手から離してやらないといけない。新人の彼を俺ごときが汚してはいけないのだと。そう思ってわざと自分から距離を置いた。

 目の前で彼のシーンが始まった。俺の目をまっすぐに見て彼がセリフを言う。

『会いたかったよ』

――――俺の心が再び震えた。


~~~~~~~~

【夕暮れのチャイムと置き去りの想い】

 夕闇が忍び寄る空に、学校のチャイムが響き渡る。まるで僕らの時間稼ぎを許さないかのように、それは下校を告げる無情な音だった。もう少しだけ、ほんの少しだけでいいから、このままでいたかった。君の隣で、この取るに足らない会話を続けていたかった。

「なんかまだ明日も部活に出ないといけない気持ちになっちまうんだよな」
 君がそう言って、あははと笑う。その無邪気な笑顔が、僕の胸を締め付けた。当たり前のように毎日通っていたグラウンド、汗を流した部室、そして何より、そこで共に過ごした君との時間が、まるでつい昨日のことのように鮮やかに蘇る。もう僕らは、そこに立つことはない。

「そうだね。俺達もう部活はやらないのにな」
 僕がそう返すと、君は意外そうな顔をして目を丸くする。

「なんだ。お前もそうだったのか!俺達相性いいよな!」
 君はそう言って、僕の肩をポンと叩く。相性か。そんな言葉でも君と接点がもてるならそれでいい。この気持ちは僕だけが知っている秘密の領域だ。君が思っているよりもずっと深く、僕は君の事を想っている。

「おう。今頃気が付いたのかよ」
 わざとぶっきらぼうにそう言うと、君は「あはは。悪い、悪い」と頭をかく。その仕草すら、愛おしい。

「……たまには帰ってくるのか?」

 衝動的にそんな言葉が口をついて出た。進学の進路が別れてしまった時は絶望した。卑怯な僕は君が受からない事を望みながらも、共に図書館に通い続けた。ひたむきに勉学に勤しむ君の姿はまぶしく見え、結果無事に合格通知が届いた。君は遠くの大学へ行く。僕はこの街に残る。僕らの未来は、まるで別の線路を走る列車のように、もう二度と交わることはないのだろうか。そんな不安が、胸の奥で渦巻いている。

「ん~。しばらくは無理かな」
 君の言葉は、僕の胸にすとんと落ちた。やっぱり、そうだよな。新しい環境、新しい生活。君はきっと、あっという間に僕のことなんて忘れてしまうだろう。それでも、僕の気持ちはこのまま君に寄り添っていたいと願っている。

「俺、大学行ったら髪伸ばすんだ」

 君はそう言って、スポーツ刈りの自分の頭をなでる。その手つきは、まるで未来の自分を想像しているかのようで、希望に満ち溢れていた。君は新しい自分になる。僕は、取り残される。そんな漠然とした寂しさが、僕の心を覆った。

 この街で君と過ごせるのも、あと少し。卒業までの、本当に短い時間だ。あとどれだけの思い出を作れるだろう。あとどれだけ、君の隣にいられるだろう。焦燥感にも似た感情が、僕を駆り立てる。
 君は僕の気持ちも知らないで、僕の隣で笑っている。それが、今の僕にとって、何よりも幸せで、そして何よりも苦しいことだった。このまま、君の隣でずっと笑っていたい。君の隣で、くだらない話をしていたい。だけど、僕の願いは、このチャイムの音と共に、夕闇に溶けていくしかないのだろうか。

 僕がどれほど君を大切に思っているか、どれほど君の存在が僕にとって大きいか、君はきっと気づいていない。あるいは、気づいていても、あえて気づかないふりをしているのかもしれない。どちらにしても、僕のこの片想いは、叶うことのない、切ない願望として、僕の胸の奥底に秘められていくのだろう。

 僕らの日々は、あとわずかで終わりを告げる。制服を着て、この校舎に通い、そして放課後、こうして君と時間を過ごす。そんな当たり前だった毎日が、もうすぐ過去になる。僕は、その事実を受け止めきれずにいる。
 君が遠くに行ってしまう前に、僕は何かを伝えたい。この胸の奥に秘めた想いを、言葉にして君に届けたい。だけど、僕にはその勇気がない。君との関係を壊してしまうのが怖い。このままの友情でさえも、失ってしまうのが怖いのだ。臆病な自分が、僕の足をすくませる。

 夕暮れの空は僕らの気持ちを映すかのように、どこか切なくてそして美しい。茜色に染まる雲が、ゆっくりと形を変えていく。時間だけが無情にも過ぎ去っていく。
 僕らはそれぞれの未来へと歩き出す。君は希望に満ちた新しい世界へ。僕は君のいない日常へと。それでも、僕はきっと君との思い出を胸に、この先も生きていくのだろう。

 チャイムの音が、遠くでまた一つ鳴り響く。それは、僕らに別れを促す最後の合図だった。


~~~~~~~~~

【夏の終わりの甘い予感】オメガバース作品

 毎年お盆が来ると、僕は両親に連れられて祖母の家へと帰省した。都会のコンクリートジャングルで育った僕にとって、祖母の家がある田舎は、まさに宝島のような場所だった。そこには、都会では決して味わえない、ワクワクするような冒険がいつも僕を待っていた。

 その中でも、僕にとって一番の楽しみは、従兄弟とあえることだった。僕とは5歳違いで、一人っ子の僕にとって、最高の遊び相手だった。僕らはいつも、二人で連れ立って林や神社へと探検に出かけた。都会では見ることのできない木々が生い茂り、聞いたことのない鳥の声が響くその場所は、僕らにとって秘密基地そのものだった。

 その日も、僕らは林の奥深くへと足を踏み入れた。生い茂る草木をかき分け、土の匂いを胸いっぱいに吸い込む。都会の排気ガスとは違う、清々しい空気だった。

「わあ、カブトムシがいっぱいいる!」
 僕が思わず声を上げると、目の前の木には、いくつもの黒光りする塊が蠢いていた。ツノを誇らしげに掲げたカブトムシたちが、まさにそこにいたのだ。僕は目を輝かせ、その光景に夢中になった。

「前の晩に蜜をぬっておいたんだ。去年の夏は取れなかったからね」
 従兄弟がそう言うと、僕は驚いて顔を見上げた。
「準備してくれてたんだね?ありがとう」
 僕の感謝の言葉に、従兄弟は少し照れたように笑った。

「うん。甘い蜜の香りに惹かれてたくさんのカブトムシが寄ってくるんだよ」
 従兄弟の言葉に、僕はさらに興奮した。

「僕の家の近所の木ではセミはよく鳴いてるけど、カブトムシはスーパーにしか売ってないんだ。だからこんなに沢山みれてすごい嬉しい!」
 都会では、カブトムシはお金を出して買うものだった。それが、こんなにも自然の中に存在していることが、僕にとっては信じられないほど感動的だった。

「ふふ。俺はお前の笑顔が沢山見れて嬉しいよ」
 従兄弟の言葉が、僕の胸にじんわりと染み渡る。僕の笑顔のために、こんなに準備してくれていたんだ。
「えへへへ。いつもありがとう」
 僕の素直な感謝に、従兄弟は再び優しい笑顔を見せた。この瞬間が、僕にとって何よりも大切だった。

 その日の晩は、神社の境内で盆踊りがあるというので、僕らは連れ立って出かけた。色とりどりの提灯が飾られ、やぐらの上からは楽しげな歌と太鼓の音が響き渡る。屋台からは焼きそばやたこ焼きの香ばしい匂いが漂い、僕はすっかり屋台に夢中になっていた。従兄弟に手を引かれながら、金魚すくいや射的の屋台を次々と見て回る。

 夢中になっていた僕に、不意に数人の男子が間合いを詰めてきた。彼らは僕よりも少し年上に見えた。
「なあなあ、お前がこいつの従兄弟なんか?」
 一人の男子が、にやにやしながら僕に尋ねた。僕は少し戸惑いながらも、きちんと挨拶をした

「こ、こんにちは」
 僕が挨拶をすると、それまで静かだった男子たちが、急に騒がしくなった。

「か、かわいいっ」
「うわあ。声もいいけど可愛い顔してんなぁ」
「それになんか良い匂いがするぜ」
 彼らの言葉に、僕はどう反応していいかわからず、ただ困惑した。きっとよそから来た僕が物珍しかったのだろう。男子たちはさらに間合いを詰め、僕の周りを囲むようにしてきた。僕は思わず一歩後ずさる。

 その時だった。

「触るな!こいつは俺の……だ!」

 従兄弟の声が、僕の横から響いた。その声は、普段の優しい従兄弟の声とは違い、低く少し威圧的だった。男子たちは従兄弟のただならぬ雰囲気に気圧されたのか、顔を見合わせ、やがて何も言わずにその場を離れていった。僕はほっと息をついた。

「えっと。助けてくれてありがとう」

 少し緊張しながら、僕は従兄弟に礼を言った。従兄弟は僕の顔をじっと見つめ、何かを考えるような表情をしていた。
「やっぱり、甘い香りに誘われて寄ってくるんだな……」
 従兄弟がぽつりと呟いた言葉に、僕は首を傾げた。

「え?なあに?」
 僕が聞き返すと、従兄弟は僕の目を見据え、真剣な口調で言った。
「いいか。知らない奴に声をかけられてもヘラヘラ笑ってるんじゃないぞ」

 僕は思わずムッとした。ヘラヘラ笑っていたつもりなんて全くなかったからだ。
「なんだよそれ。僕ヘラヘラしてないよ」

 僕は軽く睨んで見せた。だが、従兄弟は僕の表情を見て、なぜかため息をついた。
「だめだ。それは逆効果だ。可愛すぎる」
「もぉ。僕は可愛いじゃなくてカッコいいって言われたいんだよ」
 僕が不満そうに言うと、従兄弟はまたもやため息をついた。

「そうか。でもその顔は危険だ。俺以外にしちゃいけないぞ」
 従兄弟の言葉に、僕はまたもやムッとした。
「いつまでも子供扱いしないでよ!」

 僕が少し語気を強めると、従兄弟はハッとしたように目を見開いた。
「……それもそうだな。悪かった。ごめんね」

 従兄弟の謝罪に、僕も少し反省した。せっかくの盆休みだというのに、喧嘩なんてしたくなかった。
「うん。僕こそケンカしてごめん。もうじき帰らなきゃいけないのに」

 僕がそう言うと、従兄弟の顔に寂しそうな色が浮かんだ。
「俺と離れるのが嫌なのか?」
 従兄弟の問いに、僕は素直に答えた。
「うん。一緒にいると楽しいし、帰るときはいつも寂しくなるんだ」

 僕の言葉に、従兄弟はパッと顔を輝かせた。
「俺もだよ!俺も一緒にいると楽しいし離れたくないんだ」

 従兄弟の言葉が、僕の胸を温かくした。僕と同じ気持ちでいてくれる人がいる。それだけで僕は十分幸せだった。
「ふふ。ありがとう!僕ら一緒の気持ちなんだね」

 僕が笑顔で言うと、従兄弟は優しく僕の頭を撫でた。
「ああ。なあ、おまじないをしてもいいか?」
 従兄弟の提案に、僕の目はきらきらと輝いた。
「おまじない?わあ、なになに?していいよ!」
 僕はわくわくしながら、従兄弟の次の言葉を待った。

「ずっと一緒にいれるおまじないだよ」
 そう言って、従兄弟は僕の首の後ろに顔を近づけた。生ぬるい感触が、僕の肌を掠める。

「うひゃ。なにこれ?」
 僕は思わず声を上げた。くすぐったさと、少しの驚きが混じった感覚だった。従兄弟はそのまま僕の首を甘噛みする。
「……マーキング」

 従兄弟のその一言に、僕の心臓はドキンと音を立てた。まだ幼い僕には、その言葉の本当の意味を理解することはできなかった。ただ、僕の知らない甘く、熱い感情が、僕の胸の奥で静かに芽生え始めたのを感じていた。二人だけの夜の、甘くそしてどこか危険な予感に満ちた出来事だった。




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