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白き悪魔の誘惑-1
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【満月の夜は外に出てはいけないよ。甘い香りに誘われて見知らぬ扉が開くから。白い悪魔に見染められたら心も身体も捕らわれてしまうのだから】
寝る前に乳母によくお伽話を聞かされていた。
「この子さえいなければ」
誰かが言っていた。義母の声に似ている気がする。どうして僕がいたらいけないの?
月の輝く夜に僕は森の奥に居た。誰かに連れてこられ置き去りにされたのだ。帰り道もわからないままさまよい、小さな白い花が咲き乱れる場所にたどり着く。濃厚な芳醇な香りに誘われるまま歩みを進めると美しい人がいた。僕を見つけると駆け寄ってくる。
「おや、珍しい。人の子だね」
美しい人は銀髪を揺らし近づいてきた。
「あの、ここはどこなのですか?」
「ここは私の住む世界。どこからか紛れ込んだのかい?いや、ここに来れるのは選ばれた者だけのはず。もしやお前」
美しい人は綺麗な指先で僕の頬を撫でる。
「そうか。お前が私の……なのか? ああ、やっと見つけた。永い時を経てやっと会えた」
どういうことだろうと僕が首をかしげると美しい人が目を細める。
「可愛いなぁ。歳はいくつなのだ?」
「ぼくは今年で五歳になります」
「五歳か。どうりで小さいと思った。どれ、良く見せてくれないか?」
僕は触られる度にくすぐったくて笑い声をあげた。
「ふふ。可愛い。可愛すぎる。だがまだ成長途中のようだな」
「せいちょうとちゅう? ぼくはもっと大きくなりたい。大きくなったら父上のような騎士になるんだ」
「そうか。騎士になりたいのか? でもお前は――――だろう?」
「え? なあに?」
僕が聞き返すように見上げると、またぎゅうっと抱きしめられた。
「ああ。つぶらな瞳が本当に綺麗だ」
「あの、あなたのほうがきれいだよ?」
「ふふふ。私の事を気に入ってくれた?」
「はい……」
見つめられて僕はもじもじしてしまう。
「ありがとう。時が来たら迎えに行くよ。私が行くまで待っていてくれるか?」
「うん。いいよ」
「ふふ。では、印をつけておこう。もうお前は私のものだよ」
その人は僕の首すじにキスをひとつ落とした。
「おまじないだよ。君の事を陥れようとしてる者が側近にいるようだからね。その命が守られるように」
――――次に気がつくと僕はベットの上だった。周囲は僕が目を覚ましたと喜んでいる。どうやら僕は二週間も行方不明だったらしい。とても綺麗な人と一緒にいたはずだが、それも夢なのかもしれない。ただ、僕の首筋には花のようなアザができていた。
「おい。ジェイ。起きているか?そろそろ閉館時間だぞ」
「ふぁあ。……って? やばい!」
クラスメイトに揺さぶられて目が覚める。僕は居眠りをしていたのか? せっかく図書室の閲覧許可が出たと言うのに。持ち出し不可の資料確認が出来なかった。このままでは課題研究が仕上がらない。週末のテスト用だったのに。
「なんで起こしてくれなかったんだよ」
「ばあか。今度のテストはみんな必死なんだよ。自分の体調管理も出来ない奴はついていけないってのもわかってるだろ?お前にかまってやる暇がないんだよ」
そうなのだ。週末のテストは来季の寮のリーダーを決める判断基準にもなる大事なテストだった。
僕の名前はジェイ・リー・ラッセル。ここは全寮制の学園だ。伝統と格式のある学園で人格と社交性や魔法学や品格等を学ぶ。通ってるのは貴族や富裕層の子息だ。貴族の血統には魔力を持つ者が多い。ラッセル家は代々王家に仕える貴族だ。実の母は僕を産んだ後に亡くなり、父は後妻を娶り弟が産まれた。その二歳年下の異母弟の方が僕よりも体格が良く魔力量も多い。貴族は長子が家系を継ぐものと決まってはいるが、父と義母は弟を推したいのだろう。今の僕に出来ることは名家ラッセルの名に恥じないようにここを卒業する事だけだ。正直に言えば僕は家系や権力にまみれた貴族階級には興味がない。長男だからと押し付けられたことを淡々とこなしているだけだ。本当は自由に生きてみたい。
「あ~もう! どうしよう」
「ジェイ。図書室では大声で騒いではいけないよ」
僕に声をかけてきたのは魔法科の教師のライルだった。銀髪碧眼で容姿端麗だ。黙っていると同じ学生に見える。僕とほとんど背丈も変わらない。年齢不詳の魔法使いとあだ名されている。
「すみません。つい、うたた寝をしてしまったようで課題に必要な資料確認が充分にできなっかたんです」
「ん~、どれどれ? あぁ、これなら私も持っているよ」
「へ? だってこの本は持ち出し不可のはず」
ライルは口元に人差し指をあててにっこりとほほ笑むと、小声で囁いた。
「だから私物で持っているのさ」
「ほ、本当ですか?」
「内緒だよ。あとで私の部屋においで」
「はいっ」
ひらひらと手を振りながらライルが離れる。
「よし! 気合い入れてまとめないと」
食堂で夕食を済ますとすぐさま部屋に戻りノートとペンを片手に飛び出した。
「……っと。あれ? ライル先生の部屋ってどこだっけ?」
確か魔法科の教師棟は北側の門の近くだったはず。そこまで行って誰かに聞けばいいかと夕暮れの中庭に出た。中央には大きな噴水がある。
「ジェイ! ここだよ。遅いから迎えに行こうかと思ってたんだ」
声のする方を見るとライルが噴水の反対側に居た。
「すみません。先生の部屋が分からなくて」
「ははは。そうだったのか。悪い。私もうっかりしてたね。それに教師棟に生徒を呼ぶのは校則違反だったらしい。どうも堅苦しい規則は苦手でね。なかなか覚えられないんだ。落ち着ける場所に移動しよう」
「はい。すみません。ですが……そのぉ」
ついつい手元を見てしまう。ライルは手ぶらだった。
「大丈夫。資料はわたしの頭の中に全部入っているから」
「ええ? 本当ですか? すごいっ」
「ふふふ。伊達に永い間魔法を扱ってるわけじゃないからね」
ライルが屈託なく笑う。その笑顔に見惚れながら黙って後をついて行く。辺りは薄暗くなっていたがライルの綺麗な髪が辺りをほんのりと照らしてるようだった。月明かりの中、銀髪だった髪が光の加減か今は真っ白に輝いて見える。綺麗だなあ。
「この先に小さな温室があるんだ」
「へえ。この先に温室があるなんて知りませんでした」
「うん。わたしの秘密基地なんだよ」
ライルが片目をつぶって微笑む。そんな仕草が余計に色男ぶりをあげた。
「先生ってモテるでしょ? 男の僕でさえ、こんなにドキドキするんだから」
「おや。ときめいてくれたのかい? 嬉しいねえ」
ライルがからかい混じりにくくくと笑う。
中庭から通じる林道を抜けると小さな温室が現れる。温室の中は甘い香りが漂っていた。
「わぁ、良い匂いだ」
「ジャスミンだよ。この種類は夜になると花が開くんだ」
白く小さな花をつけたジャスミンが温室いっぱいに広がっていた。
「これでもまだ五分咲きくらいなんだ。満開になるとすごく綺麗だよ」
「可愛い花だなあ。それにとってもいい香りだ。なんだか懐かしいような」
なんだろう? 以前嗅いだような気がする。
「じゃあ、どこかで嗅いだことがあるのかもしれないね。思い出せない?」
「そうなのかな? どこだろうか? 思い出せないな」
「そうか。まだ早いか……」
「先生? なにか言った?」
「いや。それより課題をはじめようか。おいで」
温室の片隅に丸いテーブルと重厚な大きめのソファーが置かれていた。
「何これ? このソファー。すごいふかふかで座り心地がいい!」
「ははは。ここで昼寝してるのがバレちゃうな」
「昼寝って。そうか。ここは先生のサボり部屋なんですね? だから秘密基地か!」
ここなら中庭や校舎からも人目に付きにくい。数時間籠っていても誰にも見つからないだろう。
「ふふふ。居心地いいだろう? だからあまり人には教えたくないんだ。二人だけの秘密にしておいてくれないか?」
「二人だけ? じゃあ僕もここに来ていいんですか?」
「もちろん。でも見つかったら私は退職させられてしまうかもしれない。皆に言っちゃだめだよ」
ライルが茶目っ気たっぷりに笑うと僕はなんだかそわそわして落ち着かなくなる。
「わかりました」
「じゃあ、始めようか」
「個人レッスンみたいですね」
「ふふふ。デートって思ってくれてもいいよ」
「か、からかわないで下さいよ」
「本気なんだけどなぁ」
「教師が生徒を誘惑したらダメじゃないですか」
「ふふふ」
その後いくつかの高等魔法の定義を教えてもらった。ライルの教え方は丁寧でわかりやすく、難しい内容も理解できた。
「ありがとうございました。先生のおかげでなんとかなりそうです。きっと一人だと理解出来なかったと思います。」
「ははは。魔力がある子は頭で考えずとも感覚で受け継いだり、気づいたら出来てたって事が多いからね。でもそうでない子もいるからこうして文言で理解できるように定義があるんだよ」
「今回の筆記試験ですもんね」
「だが今回の試験だけで寮のリーダーが決まるわけじゃないだろ?」
「そう言われてはいますが……出来るだけ上位に居ないと」
ここは小さな社会だ。この学園の各寮のリーダーになるということは社会に出てのリーダー性も認められる意味合いになる。ある程度の順位に居れば周りからうるさく言われない。
「僕は魔力は高くないのですが火と水魔法が使えるんです。魔法実技はなんとかいけるんですが、筆記が苦手で」
「私は君は騎士になりたいんだと思っていたが?」
ライルの言葉に驚く。誰にも胸の内を語ったことはなかったからだ。
「なんで知って……?」
「だって、君の父であるラッセル卿は騎士団長だろう? だから君も騎士を目指してたのかなって」
「あぁ、それで……。確かに。小さい頃はそうでした。ですが僕はいくら鍛えても筋肉がつかなくて。学園に入るときの適性も騎士より魔法使いとでましたし」
そうなのだ。身近で見ていた父親の姿にあこがれを持ち、ずっと騎士になりたかった。だが騎士になるための腕力も、適正も弾かれてしまっていた。
「弟の方が僕よりも騎士にむいてるんです」
「そんな寂しそうな顔をするんじゃないよ。君は常に頑張ってるじゃないか」
「慰めてくれてるんですね? ありがとうございます」
「そうじゃない! あ~、いやそうなのかな?」
ライルは分が悪そうにポリポリと頭を搔いた。綺麗な顔立ちに反して筋肉質な腕に自分とは違う体格を意識してしまう。楽しい時間に話が弾み、かなり時間がたってしまった。
「もうこんな時間? ヤバいっ。就寝時間の点呼までに戻らないといけないから、今日はこの辺で帰ります」
「すまない。楽しくて気づかなかった」
慌てて僕は寮に戻る。ライルは僕の姿がみえなくなるまで手を振ってくれていた。
この学園は成績上位者には個室が与えられている。幸いにも僕は上位五番以内で個室が与えられていた為、誰にも気づかれなかったようだ。
「同室者がいなくてよかった。先生との個人授業は友人にもしばらく言わないほうがいいだろうな」
先生にしたら居残り課外授業ぐらいな感覚だろうが、他の生徒にしたら特別扱いとみられるかもしれない。
「あの人。教師って感じじゃないんだよなぁ。だからついつい甘えてしまう」
週末のテストはなんとか及第点をとれた。首位とまではいかなかったが3位に入れたのだ。2位とは僅差だったため、内申次第ではまだ期待が出来るかもしれない。
卒業までに良い成績を残すこと。これが僕に課された父からの無言の圧力だ。
「なんで僕は貴族になぞに産まれたのだろうな」
とにかく今回魔法士の点数が良かったのはライルのおかげだと思う。
「なにかお礼はしないと」
そういえば温室で昼寝をするって言っていたな。
「先週執事から良い茶葉が送られてきたはず。それをもっていこう」
昼食を早めに終えると足早に中庭を抜けて秘密の温室へと向かう。
「やあ。迷わず来れたんだね? エライエライ」
ライルはソファーに寝転がってニコニコとしている。本当に昼寝をしていたようだ。
「なんですか? その馬鹿にしたような言い方」
「ふふふ。いやいや。君って怒ると可愛いよね」
「はあ? か、からかわないでくださいよ!」
「おや? 紅茶かい?」
ライルが僕の手に持っている袋を目にとめた。
「ええ。こないだのお返しにと思って」
「そうかい。いやあ、ありがとう」
ささっと手際よく僕から紅茶の袋を取るといつの間にか茶器を片手にしていた。
「君。湯を沸かせる?」
「それくらいなら」
ティーポットに手をかざし呪文を唱えながら、目の前を忙し気に横切るライルの姿を追う。ライルは紅茶の封を切って一杯分だけポットにいれると、袋の中にジャスミンの蕾を大量に詰め込んでいる。
「ジャスミンティーを作ろう。一晩おいて香りづけが終わったら花はとるんだ。明日には飲めるよ」
そう言いながら白い小さな花をポイっと自分の口に放り込む。
「その花って食べれるんですか?」
「いずれね。君はまだ紅茶にしておいた方がいい」
ライルは妖艶な流し目を繰り出しながら鼻歌混じりにカップに茶を注いでくれた。一口飲むとほっとする。
「ジャスミンティーが楽しみです。僕お茶が好きなんですよ」
「ふふふ。ジェイは本当に可愛いね。食べちゃいたいくらいだ」
「またぁ、そういって……からか……ん」
ふいに腰を引き寄せられ唇を奪われた。突然の事で僕の心臓が跳ね上がる。
「ふふ。ごちそうさま」
ライルは悪びれることなく笑顔でいる。ふんわりとジャスミンの香りがした。ライルが口に含んでいたからだ。
「な、な、何をするんですかっ!」
「キスだよ? ふふふ。真っ赤だね。これくらい隣国じゃあ挨拶の程度だよ」
「あ、あいさつだって? でも、でもっファーストキスだったんだ!」
「それって私がはじめてってこと? 」
嬉しそうにライルが覗き込んでくる。からかわれてるに違いない!
「帰ります!」
僕はそのままソファーから立ち上がると逃げるように寮へと駆け出した。
「あっ待って! ジェイ! ごめんよ。ジェイっ明日も来て! お願いだから……」
なんだよ。なんだよ! 突然キスなんて。恥ずかしいじゃないか! ライル先生のバカっ。もっとロマンチックにしてほしかったのに。いやいいや。えっと。そうじゃなくて……違う。確か前にもこんなことがあったような?
「あれ? 僕は何かを忘れている?」
ぼんやりと浮かびかけた記憶が掴めそうで掴めない。
寝る前に乳母によくお伽話を聞かされていた。
「この子さえいなければ」
誰かが言っていた。義母の声に似ている気がする。どうして僕がいたらいけないの?
月の輝く夜に僕は森の奥に居た。誰かに連れてこられ置き去りにされたのだ。帰り道もわからないままさまよい、小さな白い花が咲き乱れる場所にたどり着く。濃厚な芳醇な香りに誘われるまま歩みを進めると美しい人がいた。僕を見つけると駆け寄ってくる。
「おや、珍しい。人の子だね」
美しい人は銀髪を揺らし近づいてきた。
「あの、ここはどこなのですか?」
「ここは私の住む世界。どこからか紛れ込んだのかい?いや、ここに来れるのは選ばれた者だけのはず。もしやお前」
美しい人は綺麗な指先で僕の頬を撫でる。
「そうか。お前が私の……なのか? ああ、やっと見つけた。永い時を経てやっと会えた」
どういうことだろうと僕が首をかしげると美しい人が目を細める。
「可愛いなぁ。歳はいくつなのだ?」
「ぼくは今年で五歳になります」
「五歳か。どうりで小さいと思った。どれ、良く見せてくれないか?」
僕は触られる度にくすぐったくて笑い声をあげた。
「ふふ。可愛い。可愛すぎる。だがまだ成長途中のようだな」
「せいちょうとちゅう? ぼくはもっと大きくなりたい。大きくなったら父上のような騎士になるんだ」
「そうか。騎士になりたいのか? でもお前は――――だろう?」
「え? なあに?」
僕が聞き返すように見上げると、またぎゅうっと抱きしめられた。
「ああ。つぶらな瞳が本当に綺麗だ」
「あの、あなたのほうがきれいだよ?」
「ふふふ。私の事を気に入ってくれた?」
「はい……」
見つめられて僕はもじもじしてしまう。
「ありがとう。時が来たら迎えに行くよ。私が行くまで待っていてくれるか?」
「うん。いいよ」
「ふふ。では、印をつけておこう。もうお前は私のものだよ」
その人は僕の首すじにキスをひとつ落とした。
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「おい。ジェイ。起きているか?そろそろ閉館時間だぞ」
「ふぁあ。……って? やばい!」
クラスメイトに揺さぶられて目が覚める。僕は居眠りをしていたのか? せっかく図書室の閲覧許可が出たと言うのに。持ち出し不可の資料確認が出来なかった。このままでは課題研究が仕上がらない。週末のテスト用だったのに。
「なんで起こしてくれなかったんだよ」
「ばあか。今度のテストはみんな必死なんだよ。自分の体調管理も出来ない奴はついていけないってのもわかってるだろ?お前にかまってやる暇がないんだよ」
そうなのだ。週末のテストは来季の寮のリーダーを決める判断基準にもなる大事なテストだった。
僕の名前はジェイ・リー・ラッセル。ここは全寮制の学園だ。伝統と格式のある学園で人格と社交性や魔法学や品格等を学ぶ。通ってるのは貴族や富裕層の子息だ。貴族の血統には魔力を持つ者が多い。ラッセル家は代々王家に仕える貴族だ。実の母は僕を産んだ後に亡くなり、父は後妻を娶り弟が産まれた。その二歳年下の異母弟の方が僕よりも体格が良く魔力量も多い。貴族は長子が家系を継ぐものと決まってはいるが、父と義母は弟を推したいのだろう。今の僕に出来ることは名家ラッセルの名に恥じないようにここを卒業する事だけだ。正直に言えば僕は家系や権力にまみれた貴族階級には興味がない。長男だからと押し付けられたことを淡々とこなしているだけだ。本当は自由に生きてみたい。
「あ~もう! どうしよう」
「ジェイ。図書室では大声で騒いではいけないよ」
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「すみません。つい、うたた寝をしてしまったようで課題に必要な資料確認が充分にできなっかたんです」
「ん~、どれどれ? あぁ、これなら私も持っているよ」
「へ? だってこの本は持ち出し不可のはず」
ライルは口元に人差し指をあててにっこりとほほ笑むと、小声で囁いた。
「だから私物で持っているのさ」
「ほ、本当ですか?」
「内緒だよ。あとで私の部屋においで」
「はいっ」
ひらひらと手を振りながらライルが離れる。
「よし! 気合い入れてまとめないと」
食堂で夕食を済ますとすぐさま部屋に戻りノートとペンを片手に飛び出した。
「……っと。あれ? ライル先生の部屋ってどこだっけ?」
確か魔法科の教師棟は北側の門の近くだったはず。そこまで行って誰かに聞けばいいかと夕暮れの中庭に出た。中央には大きな噴水がある。
「ジェイ! ここだよ。遅いから迎えに行こうかと思ってたんだ」
声のする方を見るとライルが噴水の反対側に居た。
「すみません。先生の部屋が分からなくて」
「ははは。そうだったのか。悪い。私もうっかりしてたね。それに教師棟に生徒を呼ぶのは校則違反だったらしい。どうも堅苦しい規則は苦手でね。なかなか覚えられないんだ。落ち着ける場所に移動しよう」
「はい。すみません。ですが……そのぉ」
ついつい手元を見てしまう。ライルは手ぶらだった。
「大丈夫。資料はわたしの頭の中に全部入っているから」
「ええ? 本当ですか? すごいっ」
「ふふふ。伊達に永い間魔法を扱ってるわけじゃないからね」
ライルが屈託なく笑う。その笑顔に見惚れながら黙って後をついて行く。辺りは薄暗くなっていたがライルの綺麗な髪が辺りをほんのりと照らしてるようだった。月明かりの中、銀髪だった髪が光の加減か今は真っ白に輝いて見える。綺麗だなあ。
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「へえ。この先に温室があるなんて知りませんでした」
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「先生ってモテるでしょ? 男の僕でさえ、こんなにドキドキするんだから」
「おや。ときめいてくれたのかい? 嬉しいねえ」
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なんだろう? 以前嗅いだような気がする。
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「先生? なにか言った?」
「いや。それより課題をはじめようか。おいで」
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「何これ? このソファー。すごいふかふかで座り心地がいい!」
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「二人だけ? じゃあ僕もここに来ていいんですか?」
「もちろん。でも見つかったら私は退職させられてしまうかもしれない。皆に言っちゃだめだよ」
ライルが茶目っ気たっぷりに笑うと僕はなんだかそわそわして落ち着かなくなる。
「わかりました」
「じゃあ、始めようか」
「個人レッスンみたいですね」
「ふふふ。デートって思ってくれてもいいよ」
「か、からかわないで下さいよ」
「本気なんだけどなぁ」
「教師が生徒を誘惑したらダメじゃないですか」
「ふふふ」
その後いくつかの高等魔法の定義を教えてもらった。ライルの教え方は丁寧でわかりやすく、難しい内容も理解できた。
「ありがとうございました。先生のおかげでなんとかなりそうです。きっと一人だと理解出来なかったと思います。」
「ははは。魔力がある子は頭で考えずとも感覚で受け継いだり、気づいたら出来てたって事が多いからね。でもそうでない子もいるからこうして文言で理解できるように定義があるんだよ」
「今回の筆記試験ですもんね」
「だが今回の試験だけで寮のリーダーが決まるわけじゃないだろ?」
「そう言われてはいますが……出来るだけ上位に居ないと」
ここは小さな社会だ。この学園の各寮のリーダーになるということは社会に出てのリーダー性も認められる意味合いになる。ある程度の順位に居れば周りからうるさく言われない。
「僕は魔力は高くないのですが火と水魔法が使えるんです。魔法実技はなんとかいけるんですが、筆記が苦手で」
「私は君は騎士になりたいんだと思っていたが?」
ライルの言葉に驚く。誰にも胸の内を語ったことはなかったからだ。
「なんで知って……?」
「だって、君の父であるラッセル卿は騎士団長だろう? だから君も騎士を目指してたのかなって」
「あぁ、それで……。確かに。小さい頃はそうでした。ですが僕はいくら鍛えても筋肉がつかなくて。学園に入るときの適性も騎士より魔法使いとでましたし」
そうなのだ。身近で見ていた父親の姿にあこがれを持ち、ずっと騎士になりたかった。だが騎士になるための腕力も、適正も弾かれてしまっていた。
「弟の方が僕よりも騎士にむいてるんです」
「そんな寂しそうな顔をするんじゃないよ。君は常に頑張ってるじゃないか」
「慰めてくれてるんですね? ありがとうございます」
「そうじゃない! あ~、いやそうなのかな?」
ライルは分が悪そうにポリポリと頭を搔いた。綺麗な顔立ちに反して筋肉質な腕に自分とは違う体格を意識してしまう。楽しい時間に話が弾み、かなり時間がたってしまった。
「もうこんな時間? ヤバいっ。就寝時間の点呼までに戻らないといけないから、今日はこの辺で帰ります」
「すまない。楽しくて気づかなかった」
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先生にしたら居残り課外授業ぐらいな感覚だろうが、他の生徒にしたら特別扱いとみられるかもしれない。
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週末のテストはなんとか及第点をとれた。首位とまではいかなかったが3位に入れたのだ。2位とは僅差だったため、内申次第ではまだ期待が出来るかもしれない。
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「おや? 紅茶かい?」
ライルが僕の手に持っている袋を目にとめた。
「ええ。こないだのお返しにと思って」
「そうかい。いやあ、ありがとう」
ささっと手際よく僕から紅茶の袋を取るといつの間にか茶器を片手にしていた。
「君。湯を沸かせる?」
「それくらいなら」
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「ジャスミンティーを作ろう。一晩おいて香りづけが終わったら花はとるんだ。明日には飲めるよ」
そう言いながら白い小さな花をポイっと自分の口に放り込む。
「その花って食べれるんですか?」
「いずれね。君はまだ紅茶にしておいた方がいい」
ライルは妖艶な流し目を繰り出しながら鼻歌混じりにカップに茶を注いでくれた。一口飲むとほっとする。
「ジャスミンティーが楽しみです。僕お茶が好きなんですよ」
「ふふふ。ジェイは本当に可愛いね。食べちゃいたいくらいだ」
「またぁ、そういって……からか……ん」
ふいに腰を引き寄せられ唇を奪われた。突然の事で僕の心臓が跳ね上がる。
「ふふ。ごちそうさま」
ライルは悪びれることなく笑顔でいる。ふんわりとジャスミンの香りがした。ライルが口に含んでいたからだ。
「な、な、何をするんですかっ!」
「キスだよ? ふふふ。真っ赤だね。これくらい隣国じゃあ挨拶の程度だよ」
「あ、あいさつだって? でも、でもっファーストキスだったんだ!」
「それって私がはじめてってこと? 」
嬉しそうにライルが覗き込んでくる。からかわれてるに違いない!
「帰ります!」
僕はそのままソファーから立ち上がると逃げるように寮へと駆け出した。
「あっ待って! ジェイ! ごめんよ。ジェイっ明日も来て! お願いだから……」
なんだよ。なんだよ! 突然キスなんて。恥ずかしいじゃないか! ライル先生のバカっ。もっとロマンチックにしてほしかったのに。いやいいや。えっと。そうじゃなくて……違う。確か前にもこんなことがあったような?
「あれ? 僕は何かを忘れている?」
ぼんやりと浮かびかけた記憶が掴めそうで掴めない。
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獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
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