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第十八話「格闘戦(ドッグファイト)だ!」

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 ドランカード号は巡航速度より遅い〇・一光速で、レポス星系の中心部に向かう針路を取っている。いや、取らされていた。
 リコ・ファミリーの生き残り、スループ艦の改造船マリブ号に巧みに追い回され、仕方なく、その進路を取っているに過ぎない。

 マリブの船長ソール・クバーノは旧連邦の武装商船を相手に、多くの戦果を上げた指揮官で、その巧みな指揮に逃げ出すことも逆に反撃することもできない。
 今も後方〇・五光秒の位置にピッタリとつけ、的確な砲撃を繰り返している。回避機動を行うことで何とか直撃は免れているが、徐々に至近弾が増えてきている。
 直撃するのは時間の問題だろう。

 俺も無策でいたわけじゃない。
 ベクトルを頻繁に変え、時にはUターンするような極端な機動でミスを誘ってみた。
 しかし、奴は俺の努力をあざ笑うかのように軽く船首を振るだけで、ミスどころか動揺すら見せなかった。

「反転して雌雄を決する」と宣言するように心の中で呟く。

 今は神経を操縦系に接続しているため、ドランカード号の人工知能AIドリーにクルーたちに指示を出すよう命じた。

「三十秒後に百八十度回頭し最大加速で敵に向かう。主砲は敵との距離がゼロになるまで撃つな。すれ違う瞬間に船首を向けるから、そのタイミングで放つよう伝えてくれ」

了解しました、船長アイ・アイ・サー。ヘネシーには対消滅炉リアクターの調整を、シェリーにはダメージコントロールに対応するよう伝えておきます』

 それに答えることなく、視角の端に映る時計に目をやる。
 実際には脳内に直接投影されているから視線を向けているわけじゃない。まあ、気分の問題だ。

 カウントダウンゼロで船の向きをグルリと変えた。
 俺の目である船のセンサーに星々の光が細い線となって映る。

 〇・五光秒先に俺たちを追い掛けるマリブの姿があった。
 十五万キロメートル先にある百五十メートル級のスループであり、実際には見えないのだが、センサー類でははっきりと認識できる。

『擦過弾! 防御スクリーン能力低下! 八十、九十、百、回復しました。船に損傷なし!』

 ドリーの緊迫した報告が脳に響く。普通のAIならこんなことはないのだが、人間味のあるドリーらしい反応だ。

 更に敵の砲撃が続く。
 標準型スループであるため、五秒に一度しか撃てないはずだが、マリブは三秒に一回のペースで砲撃を加えてくる。
 熟練の掌砲手と機関士が乗り組んでいる軍艦なら別だが、海賊船ごときにそれだけのことができることに驚きを禁じえない。

 反転したため急速に距離が縮まるが、相対速度はさして大きくならない。
 そのため、敵の攻撃も正確さを増していった。

 五十秒後、遂に直撃を食らった。
 強い衝撃が襲い、脳内に警報アラートが鳴り響く。

『左舷に直撃! スラスター能力二十パーセント低下。主兵装冷却系MACS系統トレン停止……』

 ざっと見回すが、大きな影響を受けるほどの損傷はない。

「シェリーに乗客の様子を確認させろ! ヘネシーには主兵装冷却系の再起動より、スラスターの調整を急がせろ!」

了解しました、船長アイ・アイ・サー!』

 完全にすれ違うまであと三十秒。十回程度の砲撃を受ける可能性がある。

 そんなことを考えている間にもドランカード号俺の身体を、光速近くまで加速され質量が数千倍になっている電子の束が掠めていく。

 しかし、ドランカード号からは一切反撃していない。
 理由は発射時の防御スクリーン開放のリスクを無くすことと、撃っても効果がないと分かっているためだ。

 ドランカード号の主砲は二百ギガワット級粒子加速砲だ。敵の五分の一の出力しかなく、正面から直撃しても防御スクリーンで防がれてしまう。

 デルタ型の船体を真横に傾けるようにして砲撃を回避し、更に螺旋を描くような軌道をとって切り込むように近づいていく。

『あと十秒で最接近です』

「すれ違うタイミングで敵の横っ腹に主砲を撃ち込んでくれ」

了解しました、船長アイ・アイ・サー。カウントダウン開始、五、四、三、二、一、反転……』

 再び視界が大きく回る。

『攻撃失敗! 敵、反転しました』

 敵も同じように反転した。
 これで位置は逆転し、こちらが追撃側になる。反転と同時にドランカード号は既に最大加速度で追撃に入った。

「砲撃を続けろ!」

『しかし、この速度では敵にダメージを与えられません』

 双方が減速した関係で、速度は〇・〇八光速にまで落ちている。ここまで低速になると進行方向に船尾を向け、後方に防御スクリーンを展開しても充分な防御力がある。

「構わん。撃ち続けるんだ」

了解しました、船長アイ・アイ・サー

 反転したマリブも最大加速度で減速し、相対距離は急速に縮まっていく。

『まるでドッグファイトのようですね』

 ドリーの言葉に答える余裕はないが、言いたいことは分かっている。
 俺はスループという船を使って、気圏戦闘機が行うような“格闘戦《ドッグファイト》”を挑んでいるのだ。

 このような戦い方は非常識極まりないものだ。
 空間との相対速度は光速の十パーセント、つまり秒速三万キロメートルの速度が出ている。マリブとの相対速度はそれほど大きくないが、それでも光速の一パーセント以上、秒速三千キロメートル以上あるのだ。

 この状態で僅か百五十メートルの長さの船が格闘戦を行っても、人間の感覚ではついていけない。しかし、AIなら正確な砲撃ができる。
 但し、それには条件がある。
 それは人間が操作を加えない場合に限るという条件だ。

 操舵士が手動回避を加えている状況ではAIによる予測が狂い、当てることは非常に難しいのだ。
 だからと言って手動回避をやめれば、敵の餌食になる。AIの能力に期待して続けるしかない。

 再び、距離が縮まり、ゼロ距離となる。
 二隻の船が同時に荷電粒子を放出し、交錯する。
 股間がギュッと縮こまるような感じを受け、反射的に身体をひねる。その直後、大きな衝撃がドランカード号を襲った。

『船底部に直撃! 重要設備に損傷なし! 敵も同じことを考えていたようですね』

「こっちの攻撃はどうなった?」

『見事に回避されました。悔しいですが、クバーノ船長の方が一枚上手のようです』

 報告を聞きながら、船の損害を確認していく。
 幸いなことに貨物室カーゴルームのある船底部であったため、機関NSDリアクターに被害はない。

 クバーノはこちらが攻撃してくることを見越して、主砲の集束率を極端に下げていたらしい。散弾銃ショットガンのような砲撃のせいで命中したものの、致命傷となるような損傷を受けることもなかった。

「もう一度同じことをやるぞ」

『よろしいのですか? ヘネシーが逃げた方がいいと提案していますが』

「一応考えはある。それに今逃げ出しても結果は同じだ。次で勝負を決める」

了解しました、船長アイ・アイ・サー。船長のお考えに従います』

 ドリーにそう言ったものの、それほどいい考えが浮かんでいたわけではなかった。昔いた戦闘艇部隊でやったことを試してみるだけだ。

■■■

 マリブの船長ソール・クバーノはこの奇妙な戦闘に困惑しつつも満足していた。

(まさかスループで格闘戦ドッグファイトをやるとはな……これだけ激しい接近戦をやったのは私でも初めてだ……だが、面白い!)

 部下たちは二度の命中で士気が上がっていた。

「これでお宝は俺たちのものだ!」

「降伏勧告をしちゃどうですか? 奴らも諦めるんじゃないですかね」

 などという言葉が飛び交っている。
 軍艦ならこのような私語は厳禁なのだが、所詮辺境のならず者に過ぎず、クバーノが叩きこんだ規律も安っぽいメッキのようにはがれ落ちていた。

「無駄口を叩くな! まだ、敵は諦めておらん! 任務に集中しろ!」

 そう言って締め直すが、数十億クレジットの財宝を前にした部下たちは緊張感を取り戻すことができない。

 クバーノ自身、ドランカード号の攻撃能力を見切っており、この戦闘を続ける限り、マリブが損傷する可能性は極めて低いと思っている。
 ただ、自分が楽しむだけに部下たちに規律を求めている状況だった。

「まだ、財宝を手に入れたわけではない! 命令を守れぬ奴には分け前はなしだ!」

 その言葉で部下たちもまだ財宝を手にしたわけではないと表情を引き締め直す。
 部下たちの状況に満足したクバーノはドランカード号に視線を向ける。

 左舷と底部に損傷はあるものの、未だに踊るような機動は健在で、勇敢なことに闘志むき出しでこちらに向かってくる。
 しかし、その闘志とは裏腹に主砲による攻撃の間隔は徐々に長くなり、精度も落ちていた。

「すれ違いざまに攻撃する。次の一撃で敵は行動不能に陥るはずだ。気合を入れて狙え!」

 真正面から迫るドランカード号のひし形のシルエットがメインスクリーンに大きく映し出される。
 望遠映像だからだが、まっすぐ向かってくる姿に部下たちは恐れのようなものを感じていた。

「正面でもこれだけ近けりゃ沈められる!」

 そう言って掌砲長が砲撃を続ける。しかし、スクリーンに大きく映されている割にはその砲撃はすべて回避されていた。

「何で当たらねぇんだ!」と掌砲長が悪態を吐くが、それを聞いたクバーノが「落ち着け!」と一喝する。

「スクリーンに映っているのはAIの補正処理後の映像だ! 敵は高速で移動しているのだ。すれ違うタイミングで仕留めればいい!」

 距離が急速に近づく。

「砲撃用意! 集束率十パーセント! 照準はAIに任せろ! 撃てぇ!」

 クバーノの命令で掌砲長が発射ボタンを押すが、実際にはAIがタイミングを調整している。

 一瞬遅れてメインスクリーンに主砲の放った電子と星間物質が衝突して発する散乱光が映し出される。
 しかし、ドランカード号の姿はそこになかった。

「何!」とクバーノが叫んだのと同時に大きな衝撃が戦闘指揮所CICを襲った。

『Dデッキ減圧。隔壁閉鎖開始……A系統トレン対消滅炉リアクター出力三十二パーセント。機関室に火災発生。消火システム作動……』

 AIの抑揚の無い報告とけたたましい警報音がCICに響く。

「敵の位置は!」と叫びながら、指揮官用コンソールに目を走らす。

 ドランカード号はマリブの後方を上に抜けるように突き進みながらも、更に反転して攻撃の意志を見せている。

「右舷百六十度回頭! 仰角上方十度! 敵に船首を向けろ! 急げ!」

 クバーノは彼にしては珍しく、混乱していた。

(何が起きた? 奴はすれ違いざまに後方に抜けていくだけだったはずだ。いや、それ以前にドランカード号の主砲でマリブの防御スクリーンは貫けないはず……)

 何が起きたのか理解できないが、今はそれを究明する時間がない。

「まぐれ当たりだ! 次で決めるぞ! お宝は目の前だ!」

 部下たちを鼓舞すると、単純な彼らはすぐに混乱から立ち直った。

 三度みたびドランカード号が接近する。
 クバーノはその姿に急降下する猛禽の姿を重ねた。しかし、それについて深く考える時間はなかった。

「さっきと同じだ。集束率を下げて敵を包み込め! 発射のタイミングはすれ違う直前だ! 撃てぇ!」

 マリブの放った電子線が虚空を貫き、ドランカード号にまっすぐ向かう。だが、ドランカード号は目の錯覚かと思うほど一瞬にしてその姿を消した。

 直後、強い衝撃が再びマリブを襲う。

『主兵装制御系B系統トレン故障。バックアップ系に自動切り替え成功……兵員区画損傷。兵員区画線量率異常高。当該区画の乗員は直ちに退避せよ……』

 激しい警報音が鳴り響き、CIC要員たちが喚きだした。

「どうしたらいいんだ、船長!」

「警報が止まらないんです! 空調系が……」

「敵の砲撃が! 防御スクリーンが過負荷になった! 不味いぞ!」

「減圧が! 隔壁が閉まらない! どうしたらいいんだ!」

 まともな訓練を受けていない弊害が一気に噴き出した。

「落ち着け! 防御スクリーンは二系統生きている。放っておいても過負荷は解消する! 隔壁は自動で外側が閉まるはずだ! それを確認しろ! 非常用空調系の運転状態を確認して報告するんだ!……」

 クバーノは自ら確認しながらも部下たちに的確な指示を出していく。
 しかし、それは自らを落ち着かせるためでもあった。

(何が起きているというのだ? 敵の動きが異常すぎる……それになぜ防御スクリーンが効かない!……ここは一旦、距離を取って確認した方がいいのではないか……)

 そう考えたがすぐに自分の考えを否定する。

(……いや、駄目だ。ここで逃げたら部下たちは完全にやる気を失ってしまう……まともな副長か戦術士がいてくれれば戦いようもあるのだが……)

 クバーノは指揮を執りながら、部下たちのフォローを行っているため、戦況を冷静に分析することができない。
 もし、その時間が与えられたならば、敵が何をしているのか理解できただろう。

 しかし、その時間は与えられなかった。
 ドランカード号との相対速度差は光速の一パーセントを大きく割り込み、距離も衛星軌道上かと思えるほど近く、加減速や砲撃の指示が頻繁に必要となっていた。

 更に不幸なことに動揺した部下たちはまともに考えることができず、クバーノ一人が航法と戦闘の指揮を執らざるを得ない状況に陥っていた。そんな彼に戦況分析を行う余裕など全くなかった。


 クバーノには何が起きているか理解できなかったが、マリブ号のAIはドランカード号の動きを完全に捉えていた。

 ドランカード号はスラスターによる軌道変更に加え、船首を振ることにより通常空間航行機関NSDによる軌道変更も行っていた。
 これは通常の機動と何ら変わりないのだが、相対速度が小さいことと距離が近いことから機関による加速力の効果が相対的に大きくなり、ベクトルの変化としては通常より大きなものになる。
 冷静に観測できればトリックというほどのことはなく、常識的なベクトルを描いていることは容易に理解できただろう。

 もう一点クバーノを混乱させた理由がある。それは自らも大きく船首を振っていることだ。
 戦闘用モニターの表示は自船を基準に表示される。これは船首方向に対してしか主砲が撃てないためだ。

 通常なら速度差が大きく、あっという間に距離が開くため、船首を振っても自らの位置を見失うような混乱は起きない。
 実際、二回目の交差の時まではクバーノだけでなく、未熟なクルーたちですら混乱していない。

 しかし、接近した状態で船首の方向を頻繁に変えるようになると、モニターに映し出される表示が目まぐるしく変化する。
 それによって敵が激しく動いているように錯覚してしまうのだ。

 もし、マリブ号のAIがドリー並の性能を持っているか、仲間の船がいれば客観的な情報をクバーノに伝えることができ、彼も混乱から立ち直ることは容易にできただっただろう。
 しかし、マリブに搭載されている標準型AIでは一定の条件下での助言は可能なものの、今回のような異常な状況で助言できるだけの能力はなく、マフィアの海賊船は彼の船一隻しかいなかった。

 もう一つのクバーノの疑問、本来効かないはずのドランカード号の攻撃により、船が損傷したことだが、これはジャックが小型戦闘艇の戦術を取り入れたためだ。

 小型戦闘艇は船体の大きさの制限から、ドランカード号より更に貧弱な百ギガワット級の粒子加速砲しか持たない。通常の砲撃戦では商船ですら破壊できないほど貧弱な攻撃力しかないが、小型戦闘艇部隊は重防御である旧連邦の仮装巡航艦を何隻も沈めている。

 そのトリックだが、比較的単純なことだった。
 極端に接近すると、主砲から発射される粒子線は広がることなく目標に命中する。このため局所的には射程ギリギリの距離から放たれた砲撃に比べ、数倍のエネルギー密度となり、命中した部分だけ防御スクリーンは過負荷になる。

 過負荷になるといっても小出力の主砲では局所的なものだ。そのため、百分の一秒という僅かな時間で回復することが可能で、通常なら次の砲撃が来るまでの時間に防御スクリーンは充分に回復できる。
 しかし、その百分の一秒の間に同じ箇所に砲撃が当たれば、防御スクリーンは能力を発揮することができず、貫通してしまう。

 ドランカード号にはミサイル迎撃用の十ギガワット級対宙レーザーが十基あり、デルタ型の船体ということですべてのレーザーが前方を狙える。
 このレーザーでダメージを与えたのだ。
 十ギガワット級とはいえ、十本のレーザーが集中的に命中すれば、防御スクリーンがない無防備な状態なら、戦艦の側面装甲すら貫通させることが可能だ。

 今回のジャックの戦い方がまさにそれだった。
 主砲の粒子加速砲を発射し、タイミングを合わせて十本のレーザーを同じ箇所に撃ち込むという攻撃を行っていたのだ。

 このような砲撃は人間の反応速度では到底不可能だ。
 そのため、攻撃のタイミングで手動回避をごく短時間停止し、船の制御系をAIに譲り渡す必要がある。
 但し、その時間はコンマ数秒というごく短時間であり、操縦系統に神経を接続できれば、ほぼタイムラグなしに引き継ぎができるため、大きなリスクにはならない。

 今回の砲撃でも攻撃の直前にドリーが操縦を引き継いでおり、完璧に同調させている。そのため、主砲が狙った場所に一万分の一秒以下という僅かな時間差を付けてレーザーを撃ち込むことができたのだ。

 更にクバーノの油断を誘うため、最初は側面攻撃を狙っているように見せた。そして、相対速度差が小さくなったところで、小型戦闘艇の攻撃パターンに切り替える。
 これによってクバーノはドランカード号があり得ない機動を行っていると混乱し、主砲と対宙レーザーの複合攻撃ということを気づくことができなかった。

 このように小型戦闘艇による攻撃は奇襲効果が高く、大型艦にすら通用する画期的な戦術だった。しかし、現在では開発した帝国軍ですら実験部隊を解散し、完全に放棄している。
 克服できない大きな欠点があったためだ。

 この戦法を成功させるためには相対速度差を極めて小さくする必要がある。
 更に一光秒以下という近距離まで接近しなければならなかった。
 これは相対速度差や距離が大きければ、いかにAIによる制御を行ったとしても、主砲と対宙レーザーの命中箇所がずれる可能性が高く、防御スクリーンに容易に阻まれてしまうためだ。

 相対速度差と距離を同時に小さくするためには相手にもその意思がなければならない。鈍足の輸送船でも一kG以上の加速力を持つため、ジグザグに逃げれば、ベクトル的な速度差をゼロ近くに持っていくことは難しい。仮に一瞬だけ距離を縮めることができても、ベクトルを合わせることが難しく、すぐに速度差と距離が開いてしまう。

 唯一の可能性は相手も速度を落とす惑星付近での待ち伏せだが、その場合、速度を可能な限り落して見つからないようにする必要がある。
 息を潜めて隠れているということは、標的に接近するまでに時間が掛かるということだ。更に悪いことに高速をもって回避するという防御方針も捨てなければならない。

 運良く見つからずに接近できればいいが、近づけば近づくほど索敵の精度は上がり、発見される可能性は大きくなる。
 そして発見されれば、そこで終わりだ。小型戦闘艇の貧弱な防御スクリーンではスループ艦程度の主砲にも耐えきれないためだ。

 このように小型戦闘艇の戦法は特殊な条件下でしか使えなかった。
 帝国軍もその弱点を克服しようと研究を重ねたが、抜本的な対策法が見つからず、結局小型戦闘艇というアイデアは実証試験まで行ったものの破棄された。


 クバーノが部下たちを鼓舞していると、三度みたび激しい衝撃が襲った。

『Aデッキ減圧。エリア一斉隔離信号AIS作動。最終隔壁閉鎖中。移動中の乗員は現在位置で待機。主砲加速コイル電圧異常。掌砲手ガナーズメイトによる現地での再調整を推奨。再調整完了までの砲撃は主砲を破損させる恐れあり。二十パーセント以上の出力で砲撃した場合の損傷確率は九十五パーセント以上……』

 クバーノはこの状況に恐慌に陥りそうになる。

(船が蜂の巣にされている……機関だけはやられていないが、防御スクリーンはズタズタ、主砲は一度しか撃てない……ここは撤退しかないのか……いや、一つだけ手はある……)

 クバーノは動揺する部下たちに命令を出すことなく、AIにドランカード号の攻撃パターンを分析させる。

 AIからの回答を見た彼はにやりと笑った。

「次で決めるぞ!」

 部下たちはパニックに陥り、「奴は化け物だ!」と怖気づく。

「ここで逃げ出せば財宝は手に入らんぞ! それに無一文で逃げてどうする! 私の指揮で軍の哨戒艦隊すら撃ち破ったのだ。それを思い出せ!」

 彼の鼓舞にも部下たちは怯んだままだった。

 掌砲長ガナーは「主砲がもうもたねぇんだ! 無理だ!」と泣き言をいい、他の部下もAIの報告を聞いていたことから「もう無理だ」としか言わなかった。

 その時、ブラスターが空気を焼くシュッという音が響いた。そして、泣き言を言っていた掌砲長の頭が吹き飛ぶ。

「命令に従わぬ者はこいつと同じ運命になるぞ! 奴は手負いだ! 今なら勝てる! 私の命令に従え!」

 目を充血させて叫ぶクバーノに恐れを感じ、部下たちは目の前のコンソールに向かうことしかできなかった。
 その状況にクバーノは満足する。

(さて、生き残るのはどっちだ……いや、俺が生き残る可能性はほとんどないな……だが、刺し違えてでも決着は付けてやる……)

 そこでもう一度笑みが零れる。

(奴にとっちゃ迷惑な話なんだろうが、俺の最後を飾らせてもらうぞ……)

 クバーノは部下たちに聞こえないよう、AIに文字入力で命令を出す。
 その命令は以下のようなものだ。
 主砲に関する情報は船長用のモニターにのみテキストデータとして表示すること、主砲に関する安全装置は船長権限ですべて無効にすること、主砲発射時に慣性制御装置を切ることだった。

(唯一人、主砲のことが分かる掌砲長は処分した。これで私が何をしようとしているか分かる部下はいない。つまり、誰にも邪魔されないということだ……)

 命令を入力し終えた後、オープンの通信回線を開くよう命じた。
 マイクを手にしたクバーノはジャックに向かった話し始めた。

「次で決めてやる! だから、先に言っておくぞ。私の最後の戦闘が貴官・・とのものであったことを神に感謝している。貴官の航路が明るいものであらんことを……」

 部下たちはクバーノが死ぬつもりなのかと思い、不安そうな顔をする。

 通信回線を閉じた後、クバーノは部下たちの不安を解消しようと考え、できる限り残忍な顔を作る。

「私の最後の戦闘というのは財宝を手に入れたら引退するからだ。奴の航路は地獄への航路しかないのだ。せめて明るい方がいいだろう。そういうことだ。ハハハ!」

 その威勢のいい言葉に部下たちは安堵の息を吐き出し、再びコンソールに向かった。
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