魔帝戦記

愛山雄町

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第二章「王国侵攻編」

第二十四話「公開裁判」

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 五月七日の朝。
 昨日の雨は止んだが、まだどんよりと重い雲が広がる空の下、ラントは領主の館前の広場にいた。
 ここでロセス神兵隊の生き残りに対する公開裁判を行うためだ。

 このことは前日に各所で通知されており、多くのナイダハレル市民が訪れている。彼らの顔には魔帝であるラントに対する恐れと共に、無差別テロを行った王国軍に対する怒りが混じり、複雑な表情を浮かべていた。

 ラントは聴衆たちを気にすることなく、神兵隊の兵士たちに向けて話し始めた。

「我がグラント帝国では、犯罪者は法による厳格な裁きを行っている。もっとも我が国には私自身が裁かねばならぬような不埒者はいないがな」

 彼の言葉に警護に立つ帝国軍戦士たちが「その通り!」と言って、大きく頷いている。

「今回は罪のない我が臣民を無差別に殺害するという前代未聞の犯罪に対し、この場で裁きを行いたい。被告人たちのほとんどは捕縛時の戦闘で死亡しているが、十八名を捕らえることに成功した……」

 そう言いながら、厳重に縛り上げられ、猿ぐつわをされて跪かされているロセス神兵隊の兵士たちを指し示す。

「彼らは自分たちの所属を含め、一切を口にしていない。但し、我が国の優秀な鑑定士により、聖堂騎士団テンプルナイツのロセス神兵隊という部隊に属していることが判明している……」

 市民たちにとっても予想通りであり驚きの声が上がることはなかった。

「彼らは情報を口にしようとすると、命を絶つ呪いを掛けられている。我が国の誇る知者、魔導王オードと天魔女王アギーによれば、人族の神の力を悪用していることが判明した。そのため、裁きの途中で死ぬ可能性もあるが、それでも私は皆の前で彼らに弁明の機会を与えようと思っている……」

 神の呪いを使っていると聞き、市民たちから驚きの声が上がる。

「これが公正な裁判かは私自身疑問に思っている。しかし、秘密裏に尋問し、全員が死亡すれば、私が約束した公正な裁判を行うという約束を反故にしたように見えてしまう。よって私はこの場で彼らが口にできる範囲ではあるが、弁明の機会を与えることにした」

 ラントの言葉に市民たちはあまり反応しなかった。彼らにとって裁判とは権力者の都合によって行われるものであり、公正さは皆無だと思っているからだ。

「では、猿ぐつわを外してやれ!」と命じるが、すぐに「我が国の優秀な魔術師たちが魔力障壁を張っている。魔法を使おうとしても無駄だぞ」と神兵隊の兵士に忠告する。

 猿ぐつわが外されたところで、ラントは厳しい表情で命じた。

「ここにいる者たちに問う! 乳飲み子を含め、無抵抗の市民を無差別に殺したことに対し、申し開くことはあるか!」

 彼の言葉にそばかすが残る十代後半の兵士が声を上げた。

「王国を裏切り、魔族に膝を屈した者はすべて背教者だ! 神の敵を殺すことに何の不都合がある! 我ら人族を虐殺しようとする貴様には必ず神の裁きが与えられるだろう!」

 最後の言葉に帝国軍戦士たちの表情が強張る。
 しかし、ラントは冷静に反論した。

「百歩譲って貴様の主張が正しいとして、乳飲み子には神に逆らう意思はなかったはずだ。それでも殺したのはなぜだ? まだ言葉も話せぬ幼子が神の敵になるのか?」

「神に逆らった一族に属していることが罪なのだ!」

「その理屈では家族が一人でも我が帝国に降伏したら、全員殺すということになるが?」

 その問いかけに兵士は苦々しい表情を浮かべるが、それでも反論はやめなかった。

「それは違う! 背教者がいたとしても自らの意志で神と共にあろうとするなら、その者は敬虔な信徒だ。そのような者を我々は殺していない!」

「おかしいではないか。乳飲み子は自らの意志を主張できない。それなのに背教者として殺された。そもそもナイダハレルの町はともかく、周辺の農村は止む無く残った者が多い。貴様たち王国軍が農村の者たちを保護することなく逃げ出したからだ」

「それは貴様がすぐに出ていけと命じたからだろう!」

「その通りだが、それならば王国軍はそのことを主張すべきだ。命に代えても神に忠実な者を守るべきではなかったのか?」

「それは詭弁だ!」

「どこが詭弁なのだ? そのことはいい。逃げ出した王国軍よりお前たちの方が罪深い。止む無く残った者を救うことなく、弁明の機会すら与えずに虐殺したのだから。この点について何か言うことはないのか?」

「……この悪魔め!」と憎々しげな表情でラントを睨み付ける。

「反論できないのか? なぜここに残らざるを得なかった者たちを助けなかった? 最初から助ける気などなかったからではないのか?」

 何か言いたげだが、十代の少年の語彙では反論できないのか、睨み付けるだけだった。

「彼に反論する気はないようだ。他の者でもいい。彼に代わって私の問いに答えてくれないか」

 それでも誰一人口を開かない。

「まあいい。君たちが狙ったのは罪のない人々を殺すことで、我が軍の戦士たちを分散させることだ。そのような命令を受けていたのだろうが、それを口にすれば死んでしまう。だから誰一人、私に説明できないのだ」

 ラントはそう断言すると、神兵隊の兵士から視線を外し、聴衆たちの最前列にいる若い女性に目を向けた。

 彼女の横にはエンシェントエルフが立っており、ラントが視線を向けると小さく頷き、その女性に前に行くよう促した。
 女性が聴衆の列から離れたところで、ラントは話し始める。

「ここで関係者に発言を許したいと思う。彼女は四月二十七日にナイダハレルの中心街で亡くなった男性の妻だ。いや、未亡人だ。先月初めに結婚したばかりだそうだ。では、発言を許す」

 女性は最初どうしていいのか分からないという感じで周囲を見ていたが、すぐに感情が高ぶったのか声を上げた。

「どうしてあの人は殺されたの! 教会の司祭様は私たちを祝福してくださったわ! なのにどうして……あの人を返して!」

 その叫びは聴衆たちの涙を呼んだ。

「何か言うことはないのか? 君たちが殺したのだ。せめて言葉を掛けてやってはどうだ?」

「どうして町に残った! 軍と共に撤退すればよかっただけじゃないか!」

 その言葉に女性の怒りが爆発する。

「うちの母は足が悪いの! だから司祭様に馬車に乗せてくださいってお願いしたわ! でも、法外な金額を要求されて……それだけじゃない! 私の身体まで……そんな人たちと一緒に逃げられるわけないじゃない!」

 怒りを爆発させた後、膝を突いて号泣し始めた。
 女性の怒りと悲しみに兵士たちは困惑する。

「嘘に決まっている! 教会の司祭がそんな要求をするはずがない! 魔族に言わされているに決まっている!」

 兵士がそう叫ぶが、聴衆の中から「俺はその話を知っているぞ!」という声が上がり、他の者たちも冷ややかな目で見ている。
 兵士はその視線に耐えられず、思わず目を背ける。

「君たちはそんな聖職者たちを粛清すべきだったのではないか。力を持たない市民を殺害するのではなく」

 ラントの言葉に聴衆たちは小さく頷く。

「では、もう一組の被害者を呼ぼう」

 そう言ってラントは再び最前列に目配せをした。
 前に出てきたのは幼い兄弟だった。兄も十歳にも満たず、弟は五歳にもなっていない。
 彼らの横には付き添うように立つローズがいた。

「彼らはここの隣の地区で酒場を営んでいた夫婦の子供たちだ。この中にも見知った者はいるはずだ」

 聴衆の中から「知っているぞ」という声が上がる。

「四月三十日の夜、その酒場は君たちに襲われ、片づけをしていた夫婦が惨殺された。二人は奥にいる子供たちに逃げるように言って、そこに向かう扉を守るようにして殺されていたそうだ」

 ラントはローズに目配せすると、彼女は二人の肩に手を置いた。
 それが合図となり、兄弟は神兵隊の兵士たちに泣きながら糾弾する。

「父ちゃんと母ちゃんを返せ!」

「父ちゃんたちが何をしたっていうんだ! 僕は絶対にお前たちを許さない!」

 兵士たちはその甲高い声を聞くまいと頭を振る。

「しっかり聞け! 自分たちの罪の深さから目を背けるな!」

 ラントはそう叱責するが、兵士たちは頭を振り続けていた。

 兄妹たちが泣き疲れて下がったところで、ラントは兵士たちに声を掛けた。

「自らの弁護したい者は発言を許す」

 そこで一人の兵士が顔を上げた。

「俺たちは悪くない! 聖王陛下の勇者様の手伝いをしろっていう、ご命令通りにしただけなんだ! 隊長がこうすれば魔族が……ウッ!……ゲホ!……」

 そこまで言ったところで息が詰まり、白目を剥いて倒れる。

「市民諸君。これがトファース教のやり方だ。ここにいる兵士たちは加害者だが、同時に被害者でもある。真に裁かなければならないのは、これを命じた者ではないのか? 我々は人族から魔族と呼ばれ蔑まれているが、私はこのようなむごいやり方を決して認めない!」

 感情が高ぶってきたため、ラントはそこで一度言葉を切る。

「ロセス神兵隊の兵士に対する判決を言い渡す。非戦闘員への無差別殺人の罪により、全員極刑に処す。処刑は明日の朝。この判決に不服がある者は証拠もしくは証人と共に、本日の日没までに領主の館まで申し出ること。では、被告人を地下牢へ」

 それだけ言うと、ラントは館の中に入っていった。その顔に達成感はなく、このような茶番を行った自分に対し自己嫌悪を抱いていた。


 ラントの思いとは裏腹に聴衆たちは王国や教会を悪しざまに言いながら広場から立ち去っていく。それまでの鬱屈した思いをラントが晴らしてくれたと称賛する声すらあった。

 聴衆の中には神兵隊の隊長、ウイリアム・アデルフィがいた。

(見事なものだ。私の策はすべて裏目に出た。この町のトファース教の評価は地に落ち、魔帝の評価は逆にうなぎのぼりだ。魔族に対して一枚岩になったが、この話が各地に伝われば、戦う前に不信感で敗れるかもしれない……)

 アデルフィはまだ諦めていなかった。

(噂では公開処刑の後に論功行賞がある。その後に領主の館とこの広場で祝宴が行われると聞いた。そこで魔帝ラントを倒せば、まだチャンスはある……しかし、それが本当にいいことなのだろうか? 教会の連中より魔帝の方がマシではないのか……いや、こんなことを考えてはいけない。今は奴を倒すことだけに専念しなければ……)

 一度浮かんだ疑問は簡単には消えなかった。それを振り払いながら、隠れ家に向かった。
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