魔帝戦記

愛山雄町

文字の大きさ
81 / 134
第三章「聖都攻略編」

第八話「王国軍帰還」

しおりを挟む
 五月十七日。
 聖堂騎士団テンプルナイツの中隊長であり、元ロセス神兵隊の指揮官、ウイリアム・アデルフィは撤退する神聖ロセス王国軍と共に、テスジャーザと聖都ストウロセスの間にある町、カイラングロースに到着した。

 この時、王国軍の主力である聖トマーティン兵団三万、テスジャーザとナイダハレルの守備隊約一万、カダム連合からの援軍一万の計五万の兵は、テスジャーザから強制的に避難させられた市民たちとは別行動を取っていた。

 これは一刻も早く聖都ストウロセスに戻ることを考えていたためと、市民たちが王国軍に対し批判的であったためだ。

(またしても魔帝ラントにしてやられたな。ロセス神兵隊の悪評を使って軍と民の間にこれほどまでに大きなくさびを打ち込んでくるとは……)

 アデルフィは苦々しい思いをしながらも王国軍の行動に対しては何のアクションも起こしていない。

 これは彼に指揮権がないことが一番の理由だが、それ以上にテスジャーザに残った聖堂騎士団テンプルナイツの副団長、ペルノ・シーバスのことが気になっており、その余裕がなかったためだ。

(閣下が無為に敗れるとは思わないが、今頃どうされているのだろうか……私が残っても結果は変わらないだろうが、それでも……)

 シーバスに諭され、テスジャーザを後にしたものの、後悔の念は日に日に強くなっていた。

 アデルフィら王国軍はカイラングロースで一泊した後、翌日には出発した。
 その際にカイラングロースの市民たちにも避難するよう呼びかけたが、ほとんどの市民はその呼びかけに応じず、町に残る選択をしている。

 また、カイラングロースの守備隊も王国軍と行動を共にせず、町に残ると通告していた。これは司令官であるシーバスであれば、各地の守備隊への命令権があったが、次席指揮官にその権限はないためだ。

 守備隊を含めカイラングロースの住民は、ラント率いるグラント帝国軍が抵抗しない者には寛容であること、逆に自国の軍隊である王国軍は一般兵や市民に犠牲を強いると考えていた。つまり、王国政府に対する不信感が魔族と蔑むグラント帝国軍より強かったのだ。

 しかし、不信感はあるものの、実害があったわけではないため、王国軍が要求する食料の供出などには協力している。

 ただ、その二日後に聖者と呼ばれ、市民から高い評価を受けているクラガン司教が投獄されたという情報が入り、多くの市民が王国政府に対し怒りを覚えた。もし、この情報が先に入っていたなら、王国軍に対する協力は更に消極的になっただろう。

 アデルフィ自身、その情報を耳にした時、ラントの関与を疑った。

(恐らく偶然ではあるまい。既に聖都にまで手を伸ばしていると考えた方がよさそうだな……)

 カイラングロースから聖都までは五十マイル(約八十キロメートル)ほどで、二日後の五月二十日に聖都に無事到着した。

 その道中でも街道沿いの宿場や村の住民から王国軍は冷ややかな目で見られていた。
 そのことは義勇兵である聖トマーティン兵団の兵士たちも強く感じており、士気は最悪の状態になっている。

 アデルフィはロセス神兵隊と勇者を使った魔帝暗殺作戦の失敗の責任を取るため、聖堂騎士団本部に向かった。
 しかし普段落ち着いた雰囲気の騎士団本部は、蜂の巣を突いたような状態だった。

 見知った騎士を捕まえ何が起きたかを聞いた。

「テスジャーザが陥落したそうです。先ほどカイラングロースから伝令の天馬騎士ペガサスナイトが到着しました……」

 詳しく聞くと、アデルフィにも混乱の原因が分かってきた。

 シーバスが最後に送った伝令は前日の五月十九日の夕方にカイラングロースに到着していた。魔族軍に大打撃を与えたという報告書はその日のうちに天馬騎士によって聖都に届けられ、昨日は勝利の報に沸いた。

 そして、本日テスジャーザに残った聖トマーティン兵団の兵士のうち、実際に魔族軍と戦い生き残った者が、カイラングロースの近くまで辿り着き、守備隊の斥候と接触した。

 逃げてきた兵士から戦いの結果を聞いた守備隊は急ぎ天馬騎士を伝令として聖都に送った。その天馬騎士が到着し、テスジャーザ陥落の報を届けたことから、混乱が生じたのだ。

「戦いはどうなったのだ?」

「一万人以上が戦死し、七千人以上が捕虜となっているらしいです。詳しくは聞いておりませんが、魔族にも大きな損害を与え、巨人をも倒したと聞いています」

 誇らしげに騎士は言うが、アデルフィの興味は別にあった。

「司令官のシーバス卿はどうなった?」

「先日報告が送られてきていましたが、その後については聞いていませんね。ただ、今日の報告でも捕虜になったという話はなかったと思います」

「そうか……」

 アデルフィはその話を聞き、落胆する。

(陥落したということは、閣下はご自害なされたか……それにしても私では手も足も出なかった、あの巨人まで倒すとは。さすがは閣下だ。しかし、我が国は本当に惜しい方を失ってしまった……)

 シーバスの消息は分かっていないが、敗戦後は情報を与えないために自刃すると最後の別れの時に言っていたことを鮮明に思い出していた。

(閣下には次を託されたが、無理な話だ。私は敗軍の将にして、民を意味もなく殺めた極悪人。今の軍と民の間に亀裂を作った張本人なのだ。私が団長閣下なら、責任の所在を明らかにした上で処刑する)

 そんなことを考えながら、騎士団長の部屋に向かった。

 団長室には留守番役の騎士が一人いるだけだった。
 話をするべき騎士団長は聖王への報告のために大聖堂に向かっており、いつ戻るか分からないと聞かされる。

(急いで報告すべきこともない。明日の朝に出直そう……)

 アデルフィはそのことを伝え、一ヶ月ぶりに我が家に帰っていった。

 翌日、アデルフィは再び団長室を訪問した。

 騎士団長ダン・ファイフは五十代半ばで、騎士団長とは思えないような肥満体だ。
 その彼が笑顔でアデルフィを出迎える。

「よく戻ってきた。アデルフィ卿」

 握手しながら親しげに肩を軽くポンポンと叩く。
 アデルフィはその行為に面食らっていた。

 ファイフは聖王に取り入って騎士団長になった人物で、高潔なシーバスとは対極にある俗物という印象を持っている。

 また、ファイフの後を狙うシーバスの一派と見られており、これまでアデルフィが声を掛けられたことはなかった。

 アデルフィは面食らいながらも、謝罪と報告を行おうとした。

「魔帝暗殺の失敗はすべて私の責任です。どのような処分も甘んじてお受けいたします」

「あれは仕方なかろう。それよりもシーバス卿が送ってきた報告によると、君の献策が非常に役に立ったそうだ。巨人十体を含む、数百の魔族を倒しているらしいぞ」

 アデルフィはその数字に目を見開く。

「儂も最初は信じがたいと思ったよ。だが、シーバス卿ならば希望的観測の数字は報告せぬだろう」

「おっしゃる通りです」とアデルフィは答える。

(素晴らしい戦果だ。五百名の精鋭と勇者を擁しながら、巨人一体倒せなかった私とは違う……)

 尊敬する上司を誇らしげに思ったが、それでも違和感があった。

(だとしても、私が叱責されない理由にはならない。なぜだ?)

 アデルフィはその答えが思いつかず、困惑していた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―

酒の飲めない飲んだくれ
ファンタジー
俺は一度、終わりを迎えた。 でも――もう一度だけ、生きてみようと思った。 女神に導かれ、空の海を旅する青年。 特別な船と、「影」の船員たちと共に、無限の空を渡る。 絶望の果てに与えられた“過剰な恩恵”。 それは、ひとりの女神の「願い」から生まれたものだった。 彼の旅路はやがて、女神の望みそのものを問い直す。 ――絶望の果て、その先から始まる、再生のハイファンタジー戦記。 その歩みが世界を、そして自分自身を変えていく。 これは、ただの俺の旅の物語。 『祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―』

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...