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第二十四話「因縁の相手」

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 ハーパルがこの町を去ってから1ヶ月ほど経った8月12日。
 今日もいつも通り、朝から山に行き、魔物を狩って昼前に戻ってきた。
 狩り自体は順調なのだが、最近レベルアップが遅いことが気になっている。

 この1ヶ月間で上がったレベルは僅か8で、現在のレベルは138。
 大物に遭遇しなかったことも原因の1つだが、それ以上に僕自身のレベルが上がり、レベルアップしにくくなっているようだ。

 アーヴィングさんやラングレーさんに聞くと、レベル150くらいからレベルアップのペースは一気に落ちるらしい。

 理由は理解している。
 レベルが上がれば今まで戦っていた敵とのレベル差は小さくなる。そうなると、得られる魔力量は少なくなる。逆にレベルアップに必要な魔力はどんどん増えるため、それまでと同じ魔物を多く倒すか、よりレベルの高い魔物を倒す必要がある。

 魔物のレベルが上がると防御力と耐久力がそれに従って上がるが、こちらの攻撃力の上昇が付いていけず、魔物を倒す時間が掛かるようになる。攻撃力の上がりが少ないのは武器の性能が上げられないからだ。

 レベルに見合った武器を買えればいいが、値段が高く、おいそれとは買い替えられない。また、金が用意できたとしてもいい武器を作ることができる職人の数が少なく、なかなか手に入れられないそうだ。

 弱い魔物を相手にしても、強い魔物を相手にしても戦闘時間が長くなることに変わりはない。いずれにしてもレベルアップしにくくなるということだ。
 その境が大体レベル150近辺らしい。

 アーヴィングさん曰く、

「オークがいい例だね。ゴブリンなら一撃で倒せるけど、オークは無駄に体力HPがあるから、急所にでも当たらない限り、5、6回攻撃を当てないと死なない。まあ、君のように圧倒的な攻撃力があれば、迷宮ならもう少し上のレベルまで順調に上がるかもしれないけど、山や森だと距離を縮める以外に方法はなさそうだと思う」

 僕も距離を縮めるという方法を考えた。
 今の狙撃は大体150メートルから200メートルくらいの距離から行っている。これを100メートルくらいにしたら、入ってくる魔力の量は多くなるからレベルアップの速度も維持できるはずだ。

 しかし、近づくということはそれだけ敵に見つかりやすくなるということだ。
 特にソロで戦っている僕にとっては文字通り死活問題で、今の安全マージンを減らしてまで接近するつもりはない。

 一応、来年の4月になったらローザが迷宮に入る許可を得られるので、それまでにレベル200近くにまで上げられればいいから、今はそれほど焦ってはいない。

 午後の鍛錬を行うため、いつもの広場に向かった。
 既にローザとメイドのアメリアさんが模擬戦を繰り広げていた。

 日本刀の形の木剣を構えたローザに対し、アメリアさんは短剣を模した木剣を2本使い、激しく攻撃を加えている。その動きは変幻自在で、2本の短剣が5本にも10本にも見える。僕では目で追うのがやっとだ。

 その攻撃に対し、ローザは冷静に打ち払い、更に刀を繰り出すことで素早い動きのアメリアさんの動きを牽制している。
 相変わらずハイレベルな訓練だと溜息しか出ない。

 ただ、いつも思うのだが、“着物”を着たローザはまだいいとして、アメリアさんはどうしてロングスカートのメイド服を着て戦っているのだろうか。

 一度アメリアさんに聞いたが、「メイドの嗜みですので」と答えるだけで、未だに意味が分かっていない。
 ローザに聞いても納得できる答えはもらえなかった。

「メイドの美学なのだろう。モーゼス殿のタブレットで見た動画にもそのようなことを言うメイドがいた気がする」

 アメリアさんも日本のアニメの影響を受けているのかもしれない。

 2人の模擬戦を見ながら柔軟体操を行い、M4カービンを持ってランニングに向かう。いつも通りの町を一周するコースだ。
 さすがに2年近く同じように走っているので、顔見知りも多く、時々手を振ってくれる人もいる。

 町の南側にある王国軍の駐屯地近くを通った時、珍しく声が掛かった。

「ライルじゃないか! 久しぶりだな」

 視線を向けると、そこには王国軍の制服を身に纏った若い士官の姿があった。

「俺のことを忘れたのか? マーカス・エクレストンだ。元同級生の」

 最初から気づいていたが、無視したかったので気づかない振りをしていたのだ。
 マーカスはいつも通りの勝ち誇った顔で僕を見ている。その襟には中隊長を表す階級章があった。

「久しぶり。王国軍に入ったのか。宮廷魔術師になると思っていたよ」

「それも考えなかったわけじゃないが、実際に戦う軍の方が王国のためになると思ったからな。分かっているようだが、ここの駐屯部隊の責任者になった。これからよろしく頼むぜ」

「学院を卒業したばかりじゃないのか? それで迷宮の暴走を防ぐ守備隊の責任者……」

 その事実に驚くより呆れる。
 ここグリステートにあるパーガトリー迷宮は4大迷宮ほどではないが、それでも1階層の大きさから4大迷宮に次ぐ規模であることは想像できる。

 この迷宮で魔物暴走スタンピードが発生したら、王国の中部域は全滅してもおかしくない。そのスタンピードに対応するのが守備隊だ。

 隣国との関係が良好な現在、王国軍の最大の使命はスタンピード対応だ。その責任者に学院を卒業して1ヶ月ちょっとの新人を当てたことになる。

「お前は首席で入学したが、俺は首席で卒業した。その実力を王国も認めたということだ」

 僕が何も言わないでいると、

「まだ迷宮にも入っていないそうじゃないか。今の俺のレベルは180を超えている。お前とは違うんだよ」

 そう言って僕の胸を拳で押した。
 僕のことを調べているらしい。

「用がないなら行かせもらう」と言って立ち去ろうとすると、

「ハンターとして多少活躍しているようだが、いい気になるな! 必ず潰してやるからな!」

 面倒な奴がやってきたと思い、気が重くなった。

 翌日からマーカスの嫌がらせが始まった。
 狩人組合ハンターギルドなどで、僕が魔導学院で落ちこぼれであったことやブラッドレイ魔導伯家から追い出されたことを吹聴していく。

 そのため、僕に対して好奇の目が向けられるようになるが、この町の人たちと割といい関係を築けているので、特に何か言ってくる人はいなかった。

 ある日、取り巻きの若い騎士たちを引き連れ、ローザと模擬戦をやっているところにやってきた。

「こいつがどれほど無能か知っているのか?」と小馬鹿にしたような顔で言い放つ。

 ローザは目を合わせることなく、「何のことを言っておるのだ?」と言った。

「やっぱり知らないのか」と侮蔑の表情を浮かべ、

「こいつはどれだけ努力しても、まともに攻撃魔術が使えなかった。あまりの情けなさに下級生にも馬鹿にされるほどだったんだ。その挙句の果てに親にまで捨てられた。ブラッドレイ魔導伯家としては優秀な弟がいたからよかったが、こいつしかいなかったら、爵位を取り上げられていただろうな」

 ローザは汚物を見るような目をマーカスに向ける。

「貴殿も武人もののふであろう。それが過去のことをグダグダと……恥ずかしくないのか」

「な、何!」

「第一、それが今のライル殿の価値に何の関係がある」

「気にならないのか! こいつは無能なんだぞ! そんな奴と一緒にいて恥ずかしくないのか!」

 ローザの反応が想像と違ったため、焦っている感じだ。

「ライル殿はそれがしの父、最上級ブラックランク探索者シーカーであるラングレー・ウイングフィールドが認めているのだ。貴殿のような口だけの男に、我が父を認めさせることなどできぬ。そう考えれば、どちらが優れているのか考えずとも分かる」

「な、何! 俺がこの無能に劣ると言いたいのか!」

 真っ赤な顔で叫んでいる。

「ライル殿より優れていると言いたいのか? 実力でそれを示したらどうだ?」と言い、僕に向かって、

「ライル殿、今日の午前中に狩った魔物は何だったか、この愚かな男に教えてやってくれまいか」

 意図はよく分からないが、それに頷き、

「今日は調子が悪かったから、オーガと鉄サソリアイアンスコーピオンが1体ずつと、風狼ウインドウルフが4頭だけだったけど……」

 僕がそう答えると、マーカスに視線を向け、

「貴殿は1人でオーガを狩れるのか? ライル殿より優れているなら実績で示したらどうだ?」

「き、貴様!」と激昂し、持っていた魔術師の杖を振り上げる。

 取り巻きの騎士たちも一斉に剣を引き抜いた。

「ここで魔術を放つつもりか? ならば相手になってやる」とローザは言い、目にも止まらぬ速さで木剣をマーカスの喉元に突き付けた。

「うっ!」と唸り、尻餅をく。

 取り巻きたちも反応できず、いつの間にか回り込んだアメリアさんの姿に驚いている。

「お嬢様に危害を加えようとするおつもりですか? ならばわたくしが相手になりますわ」

 その言葉に取り巻きたちは困惑した表情で固まっていた。

「守備隊の長がこのようなところで油を売っておってよいのか? 魔物に対処するために鍛錬に励むべきであろう」

 そう言いながら木剣を引く。

「貴様! エクレストン魔導伯家の次期当主たるこの俺を馬鹿にしたこと、必ず後悔させてやる!」

 その日はそれで引き上げたが、次の日には以前と同じように暴力を振るってきた。
 しかし、超一流のシーカーと訓練をしていることから、素人同然のマーカスたちの攻撃が当たることはない。

 それに業を煮やしたのか、陰湿な嫌がらせに切り替えてきた。
 ハンターギルドに対して、僕の狩ってきた魔物を引き取らないように圧力を掛けたり、僕が行く店に物を売らないよう命じたりと、権力者に対して逆らえない人たちを使ってきたのだ。

 多くの人たちは僕に同情的だったが、一部の人はトラブルになることを恐れ、僕が近寄ることを嫌がるようになる。
 今まで自由にできていた分、この仕打ちは結構堪えた。
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