最弱魔術師の魔銃無双(旧題:魔銃無双〜魔導学院の落ちこぼれでも戦える“魔力式レールガン戦闘術”〜(仮))

愛山雄町

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第五十八話「マーカス脱出」

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 時は4月22日の夕方に遡る。
 マーカス・エクレストンはいつも周りにいる取り巻きすら排除し、迷宮管理事務所の一室で頭を抱えていた。

魔物暴走スタンピードが起きるなんて……よりにもよって俺が隊長の時に……どうしたらいいんだ……)

 どうしたらいいのかと自問しているが、スタンピードの指揮を執るしかない。そのことは頭では分かっているものの、部下たちの前に立つことができなかった。

 守備隊の中でも優秀な兵士たちはマーカスのことを隊長とは認めておらず、小隊長のルーサー・リンゼイに指示を仰ぎ、彼を完全に無視していた。
 マーカスに従いライルに暴行を加えていた素行の悪い者たちも、自分が生き残るために必死で、彼に注意を払う者は皆無だ。

 彼が何もできずにいる間に状況はどんどん悪化していた。もちろん、マーカスが指揮を執っていたら更に悪化させたのだろうが。

(プラチナランクの連中が出ていった。そろそろ限界だということか……撤退の命令を出したいが、俺にその権限はない……)

 前線の指揮権は守備隊長であるマーカスにあるが、全体の指揮権は迷宮管理事務所の所長ハワード・カーンズにある。
 実際には前線の判断をカーンズが承認する形になるが、管理事務所とのコミュニケーションを取ってこなかったマーカスはそんなことすら理解していなかった。

 陽が落ちた頃、オークの上位種との戦いで守備側が苦戦し始めているという情報が管理事務所内を駆け巡った。
 マーカスにも取り巻きからその情報が入ったが、彼は真っ暗な部屋から出ることはなかった。

(このままでは俺はここで死ぬ。それは嫌だ……)

 その時、オークの咆哮が聞こえてきた。

(どうせ、みんな死ぬんだ。俺が逃げ出してもばれやしない。俺はこんなところで死んでいい人間じゃないんだ……)

 逃げることを決めると、彼の行動は速かった。
 部屋の外で手持ち無沙汰で座り込む5人の取り巻きたちに「脱出する」と言って部屋を出ると、守備隊本部の近くにある自分の宿舎に走った。

 取り巻きたちはどうしていいのか分からなかったが、このままここにいても魔物に殺されるだけだと気づき、彼と一緒になって走り出す。

 マーカスたちはなりふり構わず走っていたが、その頃には兵士やシーカーたちが対応に追われており、目立つことはなかった。

 宿舎に入るとすぐに目立たない服に着替え、必要なものを収納袋マジックバッグに放り込むと、管理事務所にある転送室に向かった。マーカスは転移魔法陣を使って逃げようと考えたのだ。

 転送室には普段いるはずの守衛の姿はなく、厳重に施錠されている扉も開け放たれている。
 不思議に思いながら中に入ると、床に描かれていた魔法陣は無茶苦茶に削られ、更に特殊な塗料が撒き散らされ、一目で使えないことが分かった。

「くそっ! 誰がこんなことを!」

 マーカスが忘れているだけで、これは迷宮管理事務所のマニュアルに書かれている正規の手続きだ。
 溢れ出た魔物が転移魔法陣を使って王都や他の都市に向かわせないための処置だった。

 悪態を吐いた後、倉庫に向かった。
 倉庫にあるゴーレム馬で逃げるためだ。しかし、そこには何もなかった。

「くそっ! どこにいったんだ!」

「町の者の脱出に使ったはずです……」と取り巻きの一人がいうと、

「そんなことは許可していないぞ!」と罵声を浴びせる。

「カーンズ所長の命令です。報告されていたはずですが……」と取り巻きは弱々しく反論するが、マーカスに睨まれて尻すぼみになる。

「まだ、商業地区に馬車が残っているはずです。それを徴発しましょう」

 別の取り巻きの言葉に、マーカスも僅かに冷静さを取り戻し、「そうだな」と言って、商業地区に向かった。

 グリステートの北にある商業地区に入るが、商業ギルドの近くで声がしたため、様子を見る。

 そこには傷ついたゴールドランクやプラチナランクのシーカーたちがおり、馬車に載せられ脱出していた。
 その指揮をハワード・カーンズ所長が執っており、乗る者たちを1人ずつ確認している。

(怪我人しか乗せないつもりか。奪うことは難しいか……そうなると、歩いて逃げるしかないのか。魔導伯家の嫡男である俺が……)

 10人ほどの兵士と傷ついているとはいえ30人ほどのシーカーを相手に、馬車を奪うことはできないと諦める。

「どうするんですか?」

「歩いて逃げるしかないだろう!」と吐き捨て、1人で進み始めた。

 取り巻きたちも付いていくしかなく、彼らは街道を徒歩で逃げ始めた。

 魔物から逃げるために当初は走っていたが、既に夜の帳は完全に下り、持っていた灯りの魔導具の頼りない光では何度も躓き、まともに走れない。更に疲労で足がもつれ、よろめくように歩くことしかできなくなる。

 後ろから何度か馬車が来たが、彼らの持つ小さな灯りの魔導具に気づかなかったのか、道の脇の草むらに身を潜めると気づくことなく、通り過ぎていく。

 町から逃げ出して4時間、彼らの体感では10時間以上が経ち、日付が変わった。
 まだ10キロほどしか進めていないが、疲労のため、近くにあった大木の根元に背を預けて休憩する。

(くそっ! どうしたらいいんだ! このままじゃ、魔物に殺されてしまう……)

 そう考えるが、身体は言うことを聞かない。

「交替で見張りをしろ! だが、火は使うな」

 それだけ命じたところで睡魔に襲われ、無防備な状態なまま、意識を手放した。
 取り巻きたちは見張りの順番を決めるが、結局誰一人まともに不寝番をすることなく、眠りこけてしまった。

 危険な森で一夜を過ごしたのも関わらず、奇跡的に魔物に襲われなかった。これは野生の魔物もスタンピードが発生した迷宮から逃げようと移動していたためだ。

 目を覚ましたのはまばゆい朝日が差し込んできたからだ。

「朝か……逃げなければ……」

 朝食を摂ることなく、街道をよろよろと北に向かう。
 1時間ほど経った頃、複数のゴーレム馬車が近づく音が聞こえてきた。マーカスたちは街道の脇に身を潜めて、3輌の馬車をやり過ごす。馬車には傷ついた兵士や疲れ切った魔術師が乗っていた。

(最後まで戦っていた奴らが脱出してきたのか……だとすれば、この後に魔物が来る! 不味いぞ……)

 焦りを覚えるが、訓練を怠けていた身体はトボトボと歩くことしかできず、太陽が中天に上ってもグリステートから20キロほど進めただけだった。

「魔物です!」と取り巻きの一人が後ろを指さした。

 その先にはコウモリのような皮膜の翼を持つデーモンが悠然と飛んでいた。

「隠れろ!」と命じ、一斉に森の中に駆け込む。

(絶対に勝てない……見逃してくれ……)

 彼の祈りが通じたのか、デーモンはそのまま北に向かって飛んでいった。

「助かった」と喜ぶ部下たちを一瞥すると、黙って歩き始める。

 午後3時頃、ゴーレム馬車が止まっているのが目に入った。
 よく見ると、午前中に追い抜いていった馬車だった。

「さっきのデーモンに襲われたみたいですね。どうしますか?」

 その言葉にマーカスは「お前が見てこい」と命じる。

「お、俺がですか!」と驚くが、マーカスの強い視線と仲間たちの諦めろという雰囲気に仕方なく様子を見に行く。

 おっかなびっくり近づいていったが、5分ほどで戻ってきた。

「全滅してます。カーンズ所長を含め、全員が首をひねられて殺されていました」

 真っ青な顔でそう報告するが、マーカスは「馬車は使えそうか」と冷酷に確認する。

「だ、大丈夫だと思います」と答えると、

「あれを使って逃げるぞ。死体はその辺りに捨てておけ。戦って死んだように見せるんだ」

 マーカスはそう命じるとにんまりと笑った。

(やっぱり俺は神に愛されている。これで最後まで戦って何とか脱出したと言える。俺たちが唯一の生き残りだろうからな。後は迷宮から出てくる魔物に襲われないかだ……)

 マーカスたちは馬車を使って北に向かった。
 心配した後続の魔物は現れず、2日後の4月25日の夕方、スタウセンバーグを出発した王国軍に合流した。

(やはり俺はついている! これで何とかなる!)

 マーカスは心の中で叫んでいた。
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