スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら

文字の大きさ
28 / 197

私の気持ち

しおりを挟む
 要さんは、職場の先輩であり、しっかり成果も上げているしょーちゃんの話を、真意やその本質も捉え切ろうと、その言葉に真剣に耳を傾けていた。

 要さんの素の対応や反応にマッチしない相手でも、キャストが自分にだけうっかり普段の姿を見せてしまうなんていう「失敗」はかわいく映るものだし、すぐにキャラを戻して謝ったりするのでそこまで無礼にもならない。
 その仕掛けの中で、そのやり方にマッチするかどうかが見えてくる。対象となる相手には、折を見て仕掛けを続けていくのだ。
 素を出せるということは、より自然であるということ。自然体に近い方がのびのびと仕事ができることも、高パフォーマンスの発揮や、長く続けられるという点でも寄与しそうだ。
 
 そういうしょーちゃんも、ほぼ素で接客しているらしい。
 しょーちゃんの場合は『気を使わなくていい幼馴染』キャラだ。昔のラブコメなんかでよく見かける、だけど現実には存在しない、ある一定の世代の男性にとってのある意味の理想。遠い日に思い描いた憧れの青春。
 そんな甘酸っぱくほろ苦い追体験を与えることがしょーちゃんのテーマらしい。

 それを聞いた要さんは、「なにを御大層な。要は自然に、なんなら雑に、対応しているだけでしょ」と言いながらも、その実時にぞんざいに扱われ、時にぐっと距離を詰められ、だけど友だち同士のような色気の感じない馬鹿な話題で盛り上がる。そんな関係性を好ましく思っている客が多いことを知っていた。

 
 だからこそ、理屈でも納得のできたしょーちゃんの見立てには説得力を感じていたし、素直に実践してみようと思えた。
 要さんにはとにかく勤勉且つ心理的感情的なブロックが少ない。良いと思ったことはなんでも素直に取り組む傾向があった。

 
 結果として、要さんはしょーちゃんと並んで『Three ducks』では高い人気を誇るキャストとなっていた。
 
 
「まあ誉のことは、祥子が言うならそうなのかもね」
 
 しょーちゃんの人物評の正確さは自らの体験で証明済みだ。要さんはしょーちゃんが言っていた私への評価を肯定的に受け止め始めていた。

 
「でも肝心なのは誉の考えよ。誉はどう思う?」
 

 前向きな気持ちがあるなら、体験入店の手配をママに取り付けてくれるという。

 やれるかどうか。やってみたいかどうか。続けられるかどうか。
 ただバイト先に面接に行くのとは違う。
 要さんやしょーちゃんの紹介を受けるのだ。ルートが最短になる分責任がある。ふたりに迷惑をかけるわけにはいかない。

 
 自分の気持ち、責任の重さ。
 よく考えたうえで、私は「やってみたいです」と答えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スルドの声(嚶鳴2) terceira homenagem

桜のはなびら
現代文学
何かを諦めて。 代わりに得たもの。 色部誉にとってそれは、『サンバ』という音楽で使用する打楽器、『スルド』だった。 大学進学を機に入ったサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』で、入会早々に大きな企画を成功させた誉。 かつて、心血を注ぎ、寝食を忘れて取り組んでいたバレエの世界では、一度たりとも届くことのなかった栄光。 どれだけの人に支えられていても。 コンクールの舞台上ではひとり。 ひとりで戦い、他者を押し退け、限られた席に座る。 そのような世界には適性のなかった誉は、サンバの世界で知ることになる。 誉は多くの人に支えられていることを。 多くの人が、誉のやろうとしている企画を助けに来てくれた。 成功を収めた企画の発起人という栄誉を手に入れた誉。 誉の周りには、新たに人が集まってくる。 それは、誉の世界を広げるはずだ。 広がる世界が、良いか悪いかはともかくとして。

スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら
現代文学
 日々を楽しく生きる。  望にとって、それはなによりも大切なこと。  大げさな夢も、大それた目標も、無くたって人生の価値が下がるわけではない。  それでも、心の奥に燻る思いには気が付いていた。  向かうべき場所。  到着したい場所。  そこに向かって懸命に突き進んでいる者。  得るべきもの。  手に入れたいもの。  それに向かって必死に手を伸ばしている者。  全部自分の都合じゃん。  全部自分の欲得じゃん。  などと嘯いてはみても、やっぱりそういうひとたちの努力は美しかった。  そういう対象がある者が羨ましかった。  望みを持たない望が、望みを得ていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スルドの声(共鳴2) terceira esperança

桜のはなびら
現代文学
何も持っていなかった。 夢も、目標も、目的も、志も。 柳沢望はそれで良いと思っていた。 人生は楽しむもの。 それは、何も持っていなくても、充分に得られるものだと思っていたし、事実楽しく生きてこられていた。 でも、熱中するものに出会ってしまった。 サンバで使う打楽器。 スルド。 重く低い音を打ち鳴らすその楽器が、望の日々に新たな彩りを与えた。 望は、かつて無かった、今は手元にある、やりたいことと、なんとなく見つけたなりたい自分。 それは、望みが持った初めての夢。 まだまだ小さな夢だけど、望はスルドと一緒に、その夢に向かってゆっくり歩き始めた。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

千紫万紅のパシスタ 累なる色編

桜のはなびら
キャラ文芸
 文樹瑠衣(あやきるい)は、サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の立ち上げメンバーのひとりを祖父に持ち、母の茉瑠(マル、サンバネームは「マルガ」)とともに、ダンサーとして幼い頃から活躍していた。  周囲からもてはやされていたこともあり、レベルの高いダンサーとしての自覚と自負と自信を持っていた瑠衣。  しかし成長するに従い、「子どもなのに上手」と言うその付加価値が薄れていくことを自覚し始め、大人になってしまえば単なる歴の長いダンサーのひとりとなってしまいそうな未来予想に焦りを覚えていた。  そこで、名実ともに特別な存在である、各チームに一人しか存在が許されていないトップダンサーの称号、「ハイーニャ・ダ・バテリア」を目指す。  二十歳になるまで残り六年を、ハイーニャになるための六年とし、ロードマップを計画した瑠衣。  いざ、その道を進み始めた瑠衣だったが......。 ※表紙はaiで作成しています

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...