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思い出のあの日。思い出となるこれからの日々。
しおりを挟む(上杉 要)
イベントのことを思い出すようにして言葉を紡ぐ要さん。受け応える私の脳裏にも、過ぎたその日の場面場面が思い出された。
マレと一緒に踊った。
バレエをやっていた時も、発表会で同じステージになったことはあった。でも、多数の中のいちダンサーとして、その舞台を構成しただけ。
一緒にパドドゥはやったことないし、二人だけのダンスステージというのも初めてだった。
まして、今の私はもうダンサーではない。
そんな私が得た機会。マレはあの頃、舞台袖や客席で見ていた時と同じく本意気で、あの頃以上に仕上がっているダンスを私にぶつけてくれた。私も負けずに応えたつもりだった。
届いていれば良いな。
要さんが言ってくれた、「二人だけの世界が出来上がっていたよ」との感想が、私の願いが叶っていることの証だと思えた。
長時間に亘って音響を調整しながら、裏方スタッフのディレクションも任されてくれたしょーちゃんは、隙をついて控え室や舞台裏をかなり忙しく行ったり来たりしていた。その最中にそっと、楽屋にいたわたしたちに季節限定のキットカットの大袋を差し入れとして置いて行ってくれた。
フロアでは要さんと少し話し、音楽に合わせて一緒に踊った。
普段は落ち着きのある要さんが、スピード感のあるリズムに合わせてぴょんぴょん跳ねていて。
折目正しく、少々キツめの要さんは、理不尽に対しては当たりが強いことも多いけれど、大抵は冷静だ。たまーに荒ぶってることもあるが、ちょっと大きな声をあげるくらい。そんな要さんが聞いたこともないような大声で奇声を上げていた。
とても楽しそうで、嬉しくって。
私も一緒になって騒いだ。
記憶なんて秒で薄れていくというけれど、色褪せない思い出を語り合った。
明瞭な映像としての記憶は劣化していっても、あの時の感動と感情は瑞々しいまま残っている。
「楽しかった。うん、楽しかったよ。そればっか言ってるね、私」
クールな要さんにしては珍しく、上気したような表情でその時を思い出すようにしながら、語ってくれていた。
「私も踊ってみたくなったよ」と、要さんは改めて呟いた。
(お?)
要さんの心の移ろいを私は見逃さない。
「えー、じゃあ一緒にやりましょーよぉ」
何の策も無くストレートに誘ってみたが、「んー、私リズム感ないからさー」と、少々後ろ向きな回答だ。
でも、完全拒絶ではない感じ? これは、いつか可能性はあるのではないだろうか?
あまりしつこくしては、獲物は逃げてしまうものだ。
狩場に迷い込んだ子ネコちゃんは、ゆっくり少しずつ追い詰めることにしましょうか。
そう、サンバは独特で特異だとは思う。
でも、魅力にあふれる文化だとも。
知ってもらいさえすれば、その世界に身を浸そうと思ってくれる人は、きっとたくさん居る。
むしろ、実態があまり知られていないと言うことは、潜在的なサンビスタがたくさん居ると言うことでもある。
先日のイベントを通して、私は確かに、何らかの何かは掴めた。のだと思う。
掴んだ何かは、掴んだまま持っているだけではもったいない。
私は「サンバ」にたくさんのものを与えられた。
私のような人を増やせたら良い。
「サンバ」という文化に、私が何かを与えられたら良い。
その身の裡に生じた想いを抱えて、私はこれからも「サンバ」を楽しもう。
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