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本章

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 涙を堪えよう、きちんと話そう、とすればするほど、生体反応のように現れようとする嗚咽が邪魔をする。


 重いはずの防音扉が勢いよく開かれた。


「がんちゃん! がんばれぇっ!」

 柊が衣装を身につけた状態で入ってきて、叫んだ。

「ちょっと⁉︎ ひぃちゃん⁉︎
出るのまだでしょっ」

 穂積さんが慌てて止めに来る。穂積さんはカンガで身体を隠している。
 カンガは多彩な柄がおしゃれな大判の布だ。もともとはアフリカ文化で巻き布として使われていたものだが、パシスタが控え室とパフォーマンス会場を行き来する際に肌を隠す目的で使用される。

 サンバの衣装はサンバの文化の象徴のひとつでありパシスタにとって誇らしいものであるが、パシスタが露出が好きと言う印象は誤解でしかない。舞台衣装はあくまでも、舞台で映えるための衣装なのだ。演技以外の時間のオンオフは切り替えるべきと言う考え方のひとも多い。


 そう、本来は合図を送って準備してもらい、演奏が始まってからふたりが登場する予定だった。
 颯爽と現れたふたりが、立ち位置でカンガを格好良く脱ぎ捨ててパフォーマンスに入る演出だったのに、もう台無しじゃない。


 柊のある意味安定の猪突猛進っぷりと、普段穏やかで冷静な穂積さんが慌てているのが可笑しくて、少し笑ってしまった。



 柊、ありがとう。
 少し落ち着いた。



「お姉ちゃんとわたしの演奏を。
それを、お父さんとお母さんにも見て、もらいたいんです!」


 この企画が実現したら、開催場所は徳島だ。
 忙しい父が来れるかはわからなかったが、父の紹介で繋がった企画だし、日曜なのだから都合はなんとかなるような気がした。
 母にしても、自身が誇っている姫田グループが幹事のイベントを創業の地で行うのだ。そこにふたりの娘が出演するとなれば、見にきてくれるのではないかと思えた。


 わたしの中の、わだかまる想いが消えてなくなったわけではない。

 それでも、わたしの方から一方的に切り離していくのはやめようと思った。

 関係性には良しも悪しも濃いも薄いもあるだろうけど、「関わる」と言うことで起こり得る可能性を諦めない。勝手に手放さないと決めたのだ。


 見てもらって何が良くなると言うことを期待するわけでもない。
 もしかしたらまた、母によって望まない結果を強いられるかもしれない。

 それでも、関わると決めたのだ。


「そんな、恩あるみんな、大事なみんな、観てもらいたいみんな、に観せるパフォーマンスは、きっと多くのひとにも届くと思っています!」

 安達さんの顔がよく見えた。
 少し柔らかい表情は相変わらずで、その真意も相変わらず窺い知れないけれど、どちらかと言えば好意的に受け止めてくれているように見えた。

 その印象に、少し後押しされた気持ちのまま、言葉を繋いだ。

「これから、わたしたちでそんなサンバを実演させていただきます。
少人数編成ですが、その楽しさの一端でも伝わったら幸いです。
ぜひ楽しんでくださいっ!」



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