スルドの声(嚶鳴2) terceira homenagem

桜のはなびら

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『音は、雲霓をこえて』

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「お疲れ様です。五分休憩だそうですが、色部さんは次まで少し時間がありそうです。控室に戻りましょう」

 小国さんがドリンクを手渡し、私を誘導してくれた。これは撮影費で支払ったものではないだろう。
 戻りすがら、「大丈夫ですか?」と、穏やかながら心配そうに尋ねられた。
 要さんもついでにドリンクをもらい、私たちについてくる。今日の予定に要さんの撮影シーンは無かったが、私の保護者的立ち位置で現場に立ち会っていた。要さん的にはかなり我慢したようだ。表情には不機嫌さと疲労の色が浮かんでいた。
 
 

 キックオフミーティングの日からほとんど日をまたがずに、撮影のスケジュールはスタートした。

『音は、雲霓うんげいをこえて』

 この作品のタイトルだ。仮題らしいが、ほぼこれでいくということだった。

 タイトルも決まるか決まらないかといった時点で既に組まれ始めていたスケジュール。
 こんなにすぐに製作に入れるものなのかと驚いた。これが当たり前なのではなく、製作期間が短いことがわかっているこのプロジェクトならではなのかもしれないが。
 短期での制作が前提だからか、予定の組み方は過密だ。
 今日は既に学校の外観前でのシーンを撮影するためのロケを済ませてきている。これに関しては校門前を歩くだけのシーンで、ほぼリテイクは発生せずスムーズな進行だった。実際に作品に使われるのは数秒あるか無いかという話だった。
 学校内の撮影はスタジオ内にある程度汎用性の高いシーンは撮影できる環境が揃っているため、私は基本的にはスタジオに出勤することが多くなる見込みだった。

 
 何もかもが初めての経験だ。
 学芸会や学園祭なんかでも、これまで演技というものをした経験はほとんどなく、その記憶を探るには小学生の高学年ごろまで遡らなくてはならない。
 遡ったとして、出てくる記憶と経験は良くて怪物に攫われる娘役のひとり。それ以外で覚えているのはセリフの無いカバの王様の役と、セリフはあっても動きは無く顔も色を塗られていてよくわからないおしゃべりな木の役、セリフも動きもあるが一瞬、一言で役割を終えてしまう村人C。物の役に立つ演技経験など皆無だ。
 
 
 短期間ながら、紆余曲折を経た企画は、主人公の設定年齢は当初の大学生相当から高校生に引き下げられた。
 自ずと、私も高校生の役となる。
 去年まで現役だったのだから、感覚は残っているし、見た目もさほど変わっていない。
 一方、私よりも四歳年上で、見た目も大人びている高梨さん。更に若くしてプロの世界に身を浸し続けてきた人物ならではの熟達した雰囲気も相俟って、普段の彼女はとても高校生には見えない。
 素人考えで、私が二歳年上、高梨さんが二歳年下をそれぞれ演じた方が不自然さは減るんじゃないかなんて思っていた。

 が、そこはやはりプロだった。

 先ほど、私の目の前に居た女の子は、ちょっと自信を失っていて、少し臆病になっている女子高生だった。

 
 一方の私は……。

 
「失礼な言い方ですが、いきなりうまくやれるなんて思っていませんよ。監督もね。むしろ、演技初めてですよね? それであれだけ演じられれば上等です。監督も内心驚いてるのでは?」
 
 フォローとお世辞の詰め合わせみたいなお言葉。
 
「監督の言い方は、いつものあれなので、情報から差し引いてください。その言わんとしていること、意味だけ捉えてもらえれば」
 
 たった数秒のシーンを、私のNGで十回はやり直した。それが多いか少ないかわからないが、素人感覚では多いのでは? と思った。しょーちゃんは全然普通。なにと比較するものでもないけど、少ないとさえ言えるかも、なんて言ってくれていたけど、これもフォローだと思う。
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