スルドの声(嚶鳴2) terceira homenagem

桜のはなびら

文字の大きさ
181 / 221

向かうその先は

しおりを挟む
 小国さんの自虐的な笑みは変わらない。
 ただ、目に宿った険が僅かに濃くなった気がした。

「その後の動きは、先ほどご披露いただいた調査報告ほぼその通り。積極的に隠そうとはしていなかったとはいえ、見事なものだ。ディレクター二人の悪事の証拠は、まあ同じ社内にいたということもあるが、簡単につかめたよ。先ほども言ったが彼らにとっちゃ連綿と続いてきた慣習に過ぎず、隠すようなことでも、悪いことだとすらも、思っていなかったんだろう」

 天気予報では今日は真夏日になると言っていた。今の時間なら外気は最高気温に近い温度だろう。
 室内は外界とは隔絶されているかのように、乾いた空気が一同を冷やしている。
 冷えた空気を懸命に吐き出す空調の駆動音が、小国さんが次の句を継ぐまでのごく僅かな瞬間を、妙に長く感じさせた。
 
「外注の於木プロデューサーは……彼もまた、足跡をみつけるのも尻尾をつかむのもたいして難しくはなかった。しかし、フリーの立場だ。会社の判断で馘になんてなりようがなく、会社の後ろ盾で生きているような人間でもなかった。人間性はともかく、実力と、実績によって形作られたブランドがあった。実力は……実のところ、若き新鋭が台頭してきている中で、いつまでも感性の古い、過去の栄光が忘れられない昔のテレビマン的な評価もなくはなかった。それでも、『面白さ』の原理原則は大きくは変わらない。多少古くさくても、使い古されたスキームでも、よほどの成果さえ望まなければ、予定調和の及第点は見込める。番組制作は水物だ。やっつけで作ったような企画が跳ねることもなくはないが、鼻息荒く斬新なアイデアと万全のキャスト陣で臨んだものの、大ゴケしてしまうなんてことも珍しくない、ギャンブルみたいな世界だ。そんな不透明な仕事で、ある程度の評価獲得は固いとするなら、彼の名前に価値があるうちは、使いたいと思う者は多かった。もとより清廉潔白とは程遠い。どちらかと言えば破天荒で売ってきた人だ。多少のスキャンダルなら、むしろ血肉にして貪欲に仕事に変えていっただろう」
 
 それもまた、この業界が〝それ゛を許してきた要因のひとつなのだろう。
 
「決定的で、致命的な一撃が必要だった。もしくは、再生は追いつかせず、倒しきるために練りこまれた戦術と波状攻撃が」
 
 そこで、小国さんが選んだのは、過去の細かい悪事のひとつひとつが共鳴しあい、時間の経過に比例して増幅しやがて破滅へと導かせるシナリオだった。
 現実的で実現がイメージできる結果と手法を、付き合いのある記者に聴かせ、週刊誌を抱き込んだ。過去の被害者と連絡を取り、何人かからは追加の暴露者を請け負う快諾を得た。むろん、謝礼はしたらしい。

 被害者の情報も、於木プロデューサーと組むことの多かった『divine finger』内であれば、比較的探ることは容易かった。
 中には小国さんも加害者側と一緒くたにして、手ひどく罵られたりもしたようだが、それさえもむしろ望ましかったのだそうだ。

 週刊誌への情報提供は、週刊誌を利用する立場でもあることから、情報料はほとんどとらず、その分意向に沿う記事にしてもらえるよう交渉したというのだから、情報提供者への謝礼は手出しだ。

 この犠牲的な動きは、やっぱり「義憤」よりも、「破滅願望」の言葉の方が似合うように思えた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら
現代文学
 大学生となった誉。  慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。  想像もできなかったこともあったりして。  周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。  誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。  スルド。  それはサンバで使用する打楽器のひとつ。  嘗て。  何も。その手には何も無いと思い知った時。  何もかもを諦め。  無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。  唯一でも随一でなくても。  主役なんかでなくても。  多数の中の一人に過ぎなかったとしても。  それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。  気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。    スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。  配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。  過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。  自分には必要ないと思っていた。  それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。  誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。  もう一度。  今度はこの世界でもう一度。  誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。  果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。

スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら
現代文学
 日々を楽しく生きる。  望にとって、それはなによりも大切なこと。  大げさな夢も、大それた目標も、無くたって人生の価値が下がるわけではない。  それでも、心の奥に燻る思いには気が付いていた。  向かうべき場所。  到着したい場所。  そこに向かって懸命に突き進んでいる者。  得るべきもの。  手に入れたいもの。  それに向かって必死に手を伸ばしている者。  全部自分の都合じゃん。  全部自分の欲得じゃん。  などと嘯いてはみても、やっぱりそういうひとたちの努力は美しかった。  そういう対象がある者が羨ましかった。  望みを持たない望が、望みを得ていく物語。

スルドの声(共鳴2) terceira esperança

桜のはなびら
現代文学
何も持っていなかった。 夢も、目標も、目的も、志も。 柳沢望はそれで良いと思っていた。 人生は楽しむもの。 それは、何も持っていなくても、充分に得られるものだと思っていたし、事実楽しく生きてこられていた。 でも、熱中するものに出会ってしまった。 サンバで使う打楽器。 スルド。 重く低い音を打ち鳴らすその楽器が、望の日々に新たな彩りを与えた。 望は、かつて無かった、今は手元にある、やりたいことと、なんとなく見つけたなりたい自分。 それは、望みが持った初めての夢。 まだまだ小さな夢だけど、望はスルドと一緒に、その夢に向かってゆっくり歩き始めた。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...