6 / 7
1曲目⑤
しおりを挟む
休憩時間を利用してスタジオに籠ろうと思っていたけど、急遽店内でベースを弾くことになった。
何の曲がいいんだろう?
そう考えた時、すぐに浮かんだ曲があった。
そうだ、彼女もあのアマチュアバンドが好きだった。グッズをカバンに付けているぐらいだからな。
じゃあ、あのアマチュアバンドの曲がいいだろう。
俺が好きなアマチュアバンドは、まだメジャーデビューはしていないが、自分たちのライブ映像を動画サイトに上げている。俺はこの動画サイトを見ながら一緒に演奏している。
やっぱりベースソロがある曲がいいよな。
よし、これにしよう。
俺はスマホで演奏したい曲の動画を映し出し、彼女に見せた。
「この曲、知っていますよね?」
そう言うと、彼女は驚いて顔を見せ、そしてすぐに俺の顔を見た。
見上げてくる彼女の顔を見て俺はドキッとした。
え? めちゃくちゃ可愛い子じゃん。
それに俺が好きな舞台女優にも似ている…気がする。
アマチュアバンド以外にも、小さな劇団にも興味がある俺。
友達に誘われて見に行ったその舞台は、人気アイドルグループのメンバーが主役を務める舞台だった。観客のほとんどは主役の子を応援していたが、俺はその主役をサポートする脇役の子に一目惚れした。
主役と比べ物にならないほど演技が上手かった。
それだけじゃない。舞台のどこにいても目を引く。というよりも、俺は知らず知らずのうちにその子を目で追っていた。
その子に彼女が似ていた。
いやいやいや、そんな有名人がここにいるわけないじゃん!
他人の空似! 他人の空似!!
そう自分に言い聞かせてチューニングと進めた。
ギター売り場からエレキギターを持ってきた店長のチューニングも終わり、俺は店長を顔を見合わせて大きく頷いた。
ベースを接続しているアンプは、スマホの音源をそのまま流せる機能が付いている。
アンプから流れたアマチュアバンドのヴォーカルの声に、彼女の表情は何とも言えない輝きを放っていた。
今演奏している曲は、俺の一番のお気に入り。
この曲の中盤にはベースソロがある。そのベースソロに憧れて俺はベースを弾きたい!と思った。
かなり激しいロック調の曲で、速さもそれなりにある。
初心者では難しい旋律だ。
でも、俺はどうしてもこのソロを弾きたかった。
所属していたバンド仲間からは「無理だ」って言われた。
それでも練習した。
何回も何回も練習して、店長のアドバイスを受けて、そして弾けるようになった!
だけどバンド仲間からは「お前の音はいらない」と言われた。
ベースは主役にはなれない。
主役はヴォーカルとギター。
そう言われた。
主役より目立つ音はいらない。
俺がバンドを追い出された理由、やっと思い出したよ。
そっか。目立っちゃいけないのか。
それがきっかけで音楽から離れようとしていたけど、それを引き留めてくれたのが店長。
今は生活の為に楽器屋でバイトしているけど、俺がベースを弾きたかったのはお金の為じゃない。あいつらみたいに女子にモテる為でもない。
俺は音楽が好きで、ベースを弾くことが好きで、この曲が好きで、このアマチュアバンドが好きなんだってことを実感するためにベースを弾いているんだ。
中盤のベースソロからギターソロへと移る時、いつの間にか多くの観客が集まっていた。
その最前列にいる女性はキラキラと輝いた笑顔を見せている。
「誰かの為に」弾くベースも悪くないな。
演奏が終わる頃には沢山の観客が集まり、大きな拍手が沸き起こった。
集まった観客はこの曲を知らないだろう。
それなのに大きな歓声と拍手をしてくれている。
曲が有名とか関係ない。
その曲に惹きつけられる魅力があれば、誰にでも受け入れられる。
だからあのアマチュアバンドは自分たちの楽曲を動画サイトに上げて、沢山の人に見てもらっているんだな。
その後、女性は安いベースを買った。
本体だけでは何もできないので、初心者入門セットを薦めた。アンプやスタンド、シールド、教本なんかがセットになっていて、安い物でも本体と合せて3万ぐらいで買えるやつだ。
女性は「頑張ってみます!」と嬉しそうに笑顔を見せた。
それから女性-鈴音(すずね)と言うらしい-は毎週水曜日にはお店に来るようになった。
水曜日が休みらしく、俺の休憩時間に合わせて来店するようになり、一緒にご飯を食べたり、スタジオで彼女の練習を手伝ったりしていた。
彼女は呑み込みがよく、なんと始めて1ヶ月で簡単にアレンジされたJ-POPを完璧に弾いてしまった。
俺ですらまだ弾けないフレーズもあるのに、彼女はもう楽譜を見なくても弾けるようになった。
すげー……世の中にはこんな天才もいるんだな……。
今度はこの曲を弾いてみたい!と提案されたのは、大人気アニメの主題歌。
まだゆっくりな曲しか練習したことがない彼女だったが、すぐに弾けるようになるだろう。
真剣にベース練習に取り込む彼女に、俺はどんどん惹かれていった。
彼女の為に何かしてあげたい。
そんな気持ちも生まれた。
でも、してあげる事は練習に付き合う事だけ。
もっと彼女が喜ぶ事をしたい。
そう思っていた時、店長からある情報が入った。
「探していた白いベースなんだけど、もしかしたら手に入るかもしれないよ」
彼女が探している白いベースが、系列店のオンラインショップ部門の倉庫から見つかったという情報が入った。
すぐに出荷できる状況ではなく、ちゃんと点検して、販売可能かを確認する作業をしなくてはいけないらしく、点検後はオンラインショップの方で販売するらしい。
俺は店長に頼んで店に取り寄せられないか訊ねた。
返事は「微妙」らしい。
点検次第では販売できないかもしれないとの答えだ。
せっかくのチャンスだったのにな。
気長に販売できるようになることを願うか。
いつか入荷するだろうと淡い期待を抱きながら、鈴音と出会ってもうすぐ3ヶ月が経つ。
店長からは「最近、明るくなったね」と言われた。
俺自身は気づかなかったけど、接客する時の声のトーンが少しだけ高くなったらしい。
この店でベースを買ってくれたお客様にも「表情が明るくなったよ」と言われた。
「何かいいことあったの?」と質問されたが、特に思い当たることはなく適当に返事をした。
まあ、俺でも少しは気づいていたんだよね。
鈴音と出会ってから世界の色が変わったことに。
俺、彼女に恋しているのかな?
いやいやいやいや、彼女はただのお客様だ。
客と店員と言う関係だ。
でも、彼女と一緒にいると楽しいっていうか、今までと違う時間が流れているっていうか……。
これが恋ってものなのかな…?
<つづく>
何の曲がいいんだろう?
そう考えた時、すぐに浮かんだ曲があった。
そうだ、彼女もあのアマチュアバンドが好きだった。グッズをカバンに付けているぐらいだからな。
じゃあ、あのアマチュアバンドの曲がいいだろう。
俺が好きなアマチュアバンドは、まだメジャーデビューはしていないが、自分たちのライブ映像を動画サイトに上げている。俺はこの動画サイトを見ながら一緒に演奏している。
やっぱりベースソロがある曲がいいよな。
よし、これにしよう。
俺はスマホで演奏したい曲の動画を映し出し、彼女に見せた。
「この曲、知っていますよね?」
そう言うと、彼女は驚いて顔を見せ、そしてすぐに俺の顔を見た。
見上げてくる彼女の顔を見て俺はドキッとした。
え? めちゃくちゃ可愛い子じゃん。
それに俺が好きな舞台女優にも似ている…気がする。
アマチュアバンド以外にも、小さな劇団にも興味がある俺。
友達に誘われて見に行ったその舞台は、人気アイドルグループのメンバーが主役を務める舞台だった。観客のほとんどは主役の子を応援していたが、俺はその主役をサポートする脇役の子に一目惚れした。
主役と比べ物にならないほど演技が上手かった。
それだけじゃない。舞台のどこにいても目を引く。というよりも、俺は知らず知らずのうちにその子を目で追っていた。
その子に彼女が似ていた。
いやいやいや、そんな有名人がここにいるわけないじゃん!
他人の空似! 他人の空似!!
そう自分に言い聞かせてチューニングと進めた。
ギター売り場からエレキギターを持ってきた店長のチューニングも終わり、俺は店長を顔を見合わせて大きく頷いた。
ベースを接続しているアンプは、スマホの音源をそのまま流せる機能が付いている。
アンプから流れたアマチュアバンドのヴォーカルの声に、彼女の表情は何とも言えない輝きを放っていた。
今演奏している曲は、俺の一番のお気に入り。
この曲の中盤にはベースソロがある。そのベースソロに憧れて俺はベースを弾きたい!と思った。
かなり激しいロック調の曲で、速さもそれなりにある。
初心者では難しい旋律だ。
でも、俺はどうしてもこのソロを弾きたかった。
所属していたバンド仲間からは「無理だ」って言われた。
それでも練習した。
何回も何回も練習して、店長のアドバイスを受けて、そして弾けるようになった!
だけどバンド仲間からは「お前の音はいらない」と言われた。
ベースは主役にはなれない。
主役はヴォーカルとギター。
そう言われた。
主役より目立つ音はいらない。
俺がバンドを追い出された理由、やっと思い出したよ。
そっか。目立っちゃいけないのか。
それがきっかけで音楽から離れようとしていたけど、それを引き留めてくれたのが店長。
今は生活の為に楽器屋でバイトしているけど、俺がベースを弾きたかったのはお金の為じゃない。あいつらみたいに女子にモテる為でもない。
俺は音楽が好きで、ベースを弾くことが好きで、この曲が好きで、このアマチュアバンドが好きなんだってことを実感するためにベースを弾いているんだ。
中盤のベースソロからギターソロへと移る時、いつの間にか多くの観客が集まっていた。
その最前列にいる女性はキラキラと輝いた笑顔を見せている。
「誰かの為に」弾くベースも悪くないな。
演奏が終わる頃には沢山の観客が集まり、大きな拍手が沸き起こった。
集まった観客はこの曲を知らないだろう。
それなのに大きな歓声と拍手をしてくれている。
曲が有名とか関係ない。
その曲に惹きつけられる魅力があれば、誰にでも受け入れられる。
だからあのアマチュアバンドは自分たちの楽曲を動画サイトに上げて、沢山の人に見てもらっているんだな。
その後、女性は安いベースを買った。
本体だけでは何もできないので、初心者入門セットを薦めた。アンプやスタンド、シールド、教本なんかがセットになっていて、安い物でも本体と合せて3万ぐらいで買えるやつだ。
女性は「頑張ってみます!」と嬉しそうに笑顔を見せた。
それから女性-鈴音(すずね)と言うらしい-は毎週水曜日にはお店に来るようになった。
水曜日が休みらしく、俺の休憩時間に合わせて来店するようになり、一緒にご飯を食べたり、スタジオで彼女の練習を手伝ったりしていた。
彼女は呑み込みがよく、なんと始めて1ヶ月で簡単にアレンジされたJ-POPを完璧に弾いてしまった。
俺ですらまだ弾けないフレーズもあるのに、彼女はもう楽譜を見なくても弾けるようになった。
すげー……世の中にはこんな天才もいるんだな……。
今度はこの曲を弾いてみたい!と提案されたのは、大人気アニメの主題歌。
まだゆっくりな曲しか練習したことがない彼女だったが、すぐに弾けるようになるだろう。
真剣にベース練習に取り込む彼女に、俺はどんどん惹かれていった。
彼女の為に何かしてあげたい。
そんな気持ちも生まれた。
でも、してあげる事は練習に付き合う事だけ。
もっと彼女が喜ぶ事をしたい。
そう思っていた時、店長からある情報が入った。
「探していた白いベースなんだけど、もしかしたら手に入るかもしれないよ」
彼女が探している白いベースが、系列店のオンラインショップ部門の倉庫から見つかったという情報が入った。
すぐに出荷できる状況ではなく、ちゃんと点検して、販売可能かを確認する作業をしなくてはいけないらしく、点検後はオンラインショップの方で販売するらしい。
俺は店長に頼んで店に取り寄せられないか訊ねた。
返事は「微妙」らしい。
点検次第では販売できないかもしれないとの答えだ。
せっかくのチャンスだったのにな。
気長に販売できるようになることを願うか。
いつか入荷するだろうと淡い期待を抱きながら、鈴音と出会ってもうすぐ3ヶ月が経つ。
店長からは「最近、明るくなったね」と言われた。
俺自身は気づかなかったけど、接客する時の声のトーンが少しだけ高くなったらしい。
この店でベースを買ってくれたお客様にも「表情が明るくなったよ」と言われた。
「何かいいことあったの?」と質問されたが、特に思い当たることはなく適当に返事をした。
まあ、俺でも少しは気づいていたんだよね。
鈴音と出会ってから世界の色が変わったことに。
俺、彼女に恋しているのかな?
いやいやいやいや、彼女はただのお客様だ。
客と店員と言う関係だ。
でも、彼女と一緒にいると楽しいっていうか、今までと違う時間が流れているっていうか……。
これが恋ってものなのかな…?
<つづく>
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる