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8章 八日目 はじめての場所へ
8-3 いつもと少し違う土曜の午前
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「おはようございまーす」
「お、来たね」
玄関から、見知らぬ声が聞こえてきた。
「え? 誰? お客さん?」
俺的には予定のなかった来客に、ほんの少しだけ戸惑う。
なぜならその声は若い女の子の声で、なんとなく俺が相手をさせられそうに思えたからだ。
「咲、聞いてるか?」
「うん。聞いてるよ」
「は?」
幼馴染の裏切りに、俺は呆気にとられてしまう。
だがまあよく考えてみれば、そんなことは日常茶飯事だった。
「新しい練習生候補だって。ただ、まだ学生さんだから見習いみたいな感じになるかもって」
「あー。美沙さんの後輩になるのか」
「で、寮のみなさんの食事の支度の仕方とか教えて欲しいって」
「そういうことな」
つまりそれは、我が家への来客というよりは咲への来客だった。
場所がうちなのは謎だが。
「じゃあ咲ちゃん、あの子のことは頼むね」
「はい」
そうしてかーちゃんと美沙さんは寮の方に言ってしまう。
「あのー」
「あ、ごめんなさい」
玄関に1人残されていた練習生候補(予定)の女の子が、リビングに向かって声を掛けてくる。
先はパタパタとスリッパの音を響かせながら、その子を迎えに行った。
* * *
「はじめまして、鈴木すずめです」
「黒柳悦郎です」
咲が玄関から連れてきた女の子は、俺の想像とはまったく違っていた。
練習生候補なんて言うから、てっきり美沙さんとかかーちゃんみたいなマッスルな感じの子を想像していた。
そうじゃなくても、洋子先輩みたいな戦い向きの体型をしているんだと思っていた。
(っていっても洋子先輩ケンカ嫌いだけどな。したら強いけど)
「あの……私の顔になにかついてます?」
「あ、いや。あんまりレスラーっぽくない子だなって意外に思ってさ」
「ですよね。だからなんですっ」
「え!?」
唐突にその子……鈴木すずめさんは、俺にズイッと近づいてきた。
どうやらなにかのスイッチが入ってしまったらしく、彼女が女子プロレスにハマった経緯を俺に熱く語ってきた。
なんでももともと身体が弱くて、頻繁に病院に通うような生活をしていたらしい。
そしてその待合室で見た、かーちゃんが一度は陥落した王座を奪還したときのドキュメンタリー。
そのテレビ番組に感動して、入門を希望してきたらしい。
かーちゃんのように、強い女性になりたいんだとか。
(うーん、あれは強いとかそういうのじゃないと思うんだよなあ。確かに腕っぷしは強いけど、それ以外の何かが欠落してるというか……まあ、限りなく善良な人間だとは思うけどね)
「じゃあ鈴木さん、早速お昼のメニューをどうするか一緒に考えましょうか」
「え? もうですか?」
「仕込みの量が多いから、早くはじめないと間に合わないの」
「ちょっとでも遅れるとあの腹ペコたちがぶーぶー文句言いだすからな」
「なるほど、勉強になります。でも……」
「ん?」
「私本当は、トレーニングの見学がしたいんです。だって私、なりたいのは食事当番じゃなくてチャンピオンなんですから」
フンスと鼻息荒くそう語る鈴木さん。
見た目はややファンシー寄りな彼女がそう語ると、違和感しか感じられない。
しかしながらその表情は真剣そのもの。
もちろん、その決意がずっと続くかどうかはわからないが。
「まあそれはまたあとでってことで。私もあなたに食事当番としてのイロハを仕込んでって頼まれちゃってるから」
「そうですね。何事も一足飛びにはいきませんよね。まずは食事当番から。それに、そんなにたくさんのお料理をすれば腕っぷしも少しは鍛えられるかもしれませんしね」
そう言って鈴木さんは細い腕で力こぶを作る。
(おっ……)
思ったよりも盛り上がった上腕二頭筋に、もしかしたらこれは口だけじゃないのかもしれないなと彼女の認識を改めた。
かーちゃんのところへの入門希望者は、年に何人か現れる。
それでも残るのはほとんどいない。
ここ何年かでは、美沙さんが唯一と言っていいくらいだ。
久しぶりに、美沙さんの後輩ができるのかもしれない。
「お、来たね」
玄関から、見知らぬ声が聞こえてきた。
「え? 誰? お客さん?」
俺的には予定のなかった来客に、ほんの少しだけ戸惑う。
なぜならその声は若い女の子の声で、なんとなく俺が相手をさせられそうに思えたからだ。
「咲、聞いてるか?」
「うん。聞いてるよ」
「は?」
幼馴染の裏切りに、俺は呆気にとられてしまう。
だがまあよく考えてみれば、そんなことは日常茶飯事だった。
「新しい練習生候補だって。ただ、まだ学生さんだから見習いみたいな感じになるかもって」
「あー。美沙さんの後輩になるのか」
「で、寮のみなさんの食事の支度の仕方とか教えて欲しいって」
「そういうことな」
つまりそれは、我が家への来客というよりは咲への来客だった。
場所がうちなのは謎だが。
「じゃあ咲ちゃん、あの子のことは頼むね」
「はい」
そうしてかーちゃんと美沙さんは寮の方に言ってしまう。
「あのー」
「あ、ごめんなさい」
玄関に1人残されていた練習生候補(予定)の女の子が、リビングに向かって声を掛けてくる。
先はパタパタとスリッパの音を響かせながら、その子を迎えに行った。
* * *
「はじめまして、鈴木すずめです」
「黒柳悦郎です」
咲が玄関から連れてきた女の子は、俺の想像とはまったく違っていた。
練習生候補なんて言うから、てっきり美沙さんとかかーちゃんみたいなマッスルな感じの子を想像していた。
そうじゃなくても、洋子先輩みたいな戦い向きの体型をしているんだと思っていた。
(っていっても洋子先輩ケンカ嫌いだけどな。したら強いけど)
「あの……私の顔になにかついてます?」
「あ、いや。あんまりレスラーっぽくない子だなって意外に思ってさ」
「ですよね。だからなんですっ」
「え!?」
唐突にその子……鈴木すずめさんは、俺にズイッと近づいてきた。
どうやらなにかのスイッチが入ってしまったらしく、彼女が女子プロレスにハマった経緯を俺に熱く語ってきた。
なんでももともと身体が弱くて、頻繁に病院に通うような生活をしていたらしい。
そしてその待合室で見た、かーちゃんが一度は陥落した王座を奪還したときのドキュメンタリー。
そのテレビ番組に感動して、入門を希望してきたらしい。
かーちゃんのように、強い女性になりたいんだとか。
(うーん、あれは強いとかそういうのじゃないと思うんだよなあ。確かに腕っぷしは強いけど、それ以外の何かが欠落してるというか……まあ、限りなく善良な人間だとは思うけどね)
「じゃあ鈴木さん、早速お昼のメニューをどうするか一緒に考えましょうか」
「え? もうですか?」
「仕込みの量が多いから、早くはじめないと間に合わないの」
「ちょっとでも遅れるとあの腹ペコたちがぶーぶー文句言いだすからな」
「なるほど、勉強になります。でも……」
「ん?」
「私本当は、トレーニングの見学がしたいんです。だって私、なりたいのは食事当番じゃなくてチャンピオンなんですから」
フンスと鼻息荒くそう語る鈴木さん。
見た目はややファンシー寄りな彼女がそう語ると、違和感しか感じられない。
しかしながらその表情は真剣そのもの。
もちろん、その決意がずっと続くかどうかはわからないが。
「まあそれはまたあとでってことで。私もあなたに食事当番としてのイロハを仕込んでって頼まれちゃってるから」
「そうですね。何事も一足飛びにはいきませんよね。まずは食事当番から。それに、そんなにたくさんのお料理をすれば腕っぷしも少しは鍛えられるかもしれませんしね」
そう言って鈴木さんは細い腕で力こぶを作る。
(おっ……)
思ったよりも盛り上がった上腕二頭筋に、もしかしたらこれは口だけじゃないのかもしれないなと彼女の認識を改めた。
かーちゃんのところへの入門希望者は、年に何人か現れる。
それでも残るのはほとんどいない。
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久しぶりに、美沙さんの後輩ができるのかもしれない。
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