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9章 九日目 雨の日
9-6 いつの間にかいつもどおりだった放課後
しおりを挟む放課後、雨はいつの間にか止んでいた。
「じゃあね咲」
「またね陽ちゃん」
帰りのHRのあと、俺と咲と緑青はオカルト研究部の部室へと向かった。
ちなみに麗美は、アイドル研究部の方に顔を出している。
「で、なんだっけ? 生徒会が警察に来るんだっけ?」
「惜しい、査察です」
「ははは、そうそう。査察な」
部室では洋子先輩が英文法のレポートをやりながら俺たちが来るのを待っていた。
なんでも、それを出さないと赤点になるらしい。
「部がなくなると困るよな。こんなに便利な部室なのに」
「まあ生徒会としては、そういう本来の用途以外の便利な使い方をやめさせないんでしょうけど」
「はあ? なんでだよ」
「そりゃ部室も無限じゃないですからね。ちゃんと実績出してるのにうちより不便なとこ使ってる部とかもありますから」
「どこだよそれ」
「ダンス部とか。できてまだ3年目ですけど、全国行ったらしいですよ、今年」
「ダンス部? そんなのあったのか?」
「あったんですよ。俺も最近知ったんですけど」
「そうか……思ったよりも恵まれてるのかもな、うちの部は」
「まあ歴史だけはそこそこありますからね」
「昭和から生き抜いてるからな。オカルト研究部は」
「そのころは同好会ですけどね」
雑談している間にどんどん話がズレていく。
そうこうしているうちに麗美が戻ってきた。
「ただいま戻りました~」
「おかえり麗美」
「あれ、麗美ちゃんどこか行ってたのか?」
「アイドル部に顔出してきました」
「アイドル? そんな部もあったのか?」
「そこは新設らしいです。なんか、アニメかなんかで学生がアイドルやるのが流行って真似したくなったとかなんだとか」
「ふーん。そういえば、大学生のアイドルとかもあるらしいからな。先輩から聞いた」
「え? 洋子先輩にそんな方面の先輩いるんですか?」
「男だ。カメラオタクの」
「あー、納得」
「なんで納得なんだよ」
「いやなんとなく」
「あのなあ……」
相変わらずの取り留めのない会話をしながら、そろそろ本題に入らねばと思いつつ、本題ってなんだっけと思ったりもする。
「で、ですね悦郎さん。香染さんとも話したんですけど」
「ん?」
意外な方向から話題の方向転換の力が加わってきた。
そういえば、アイドル部の方も査察でヤバいみたいなこと言ってたような言ってなかったような。
言ってたっけ?
忘れた。
まあ、麗美が香染と話してきたってんなら言ってたんだろう。
たぶん。
「うちとアイドル部とあといくつかの小さな部に声をかけて、みんなで兼部し合ったりしたら、名簿上の人数はいっぱいいるように見えて査察されても大丈夫なんじゃないか、って」
「そんなので大丈夫なのか?」
「さあ? でも香染さんが最高のアイデアよって自信満々に披露してました」
「あいつの自信満々は一番信用できない」
「そもそもそんなに兼部とかってしていいものなの?」
「あー、どうなんだ緑青」
咲の疑問をそのまま緑青に投げ渡す。
緑青は生徒手帳をめくりながら、俺たちの疑問に答えてくれた。
「制限はなかったはず。というか、そんなバカげたことをされる前提で校則決められてないっぽい」
「だよなー」
「じゃあそこを抜け穴にしようっていうのが香染さんの作戦なんですね」
「いや……あいつはそこまで考えてない気がする」
なぜか麗美の香染評価はまあまあ高い。
というか基本的に麗美はどんな人でもいいように捉えてくれる部分があるような気がする。
俺やとーちゃんのことも含めて。
「はい、ちょっとした疑問」
俺たちのやりとりをレポートをやりながらチラチラ見ていた洋子先輩が挙手してきた。
「はい洋子先輩」
俺はなんとなくその流れを受けて、まるで授業のように洋子先輩を指名した。
洋子先輩はそのちょっとした疑問を俺たちに開陳する。
「っていうか、その査察っていうのずいぶん遅くないか? 噂が出てからもうけっこう経ってない?」
「確かに……」
言われてみればそれもそうだ。
比較的早い段階で俺たちのところに噂が届いていたと仮定しても、少なくとも一週間以上は経っていてる。
「この手のものは噂が出たときにはもう実行段階ってのが定番だよな……」
「実は噂だけってのもたまにある」
ぐふふと嬉しそうに笑いながら、緑青がさすがにそれはないだろうと思ってしまうが実は意外とありそうなオチを予想してくる。
「七瀬さんに聞いてみてはどうでしょうか」
「生徒会長に?」
「はい」
「いや教えてくれるか? これ、極秘ミッションの類だろ?」
「そう……なんですか?」
「え? 違うのか?」
なんとなく俺は、勝手にこれが生徒会の秘密ミッションのような気がしていた。
それはそうだろう。
こういうのは秘密のうちにやらなければ意味がない。
でなければ、査察を受ける方の活動実績がないような部に対策をされてしまう……ん?
「これ、秘密になってないな」
「ですよね」
「公然の秘密……ってやつか?」
「ぐふふ。微妙に違うと思う」
「なんかモヤモヤするな」
俺は段々とわけがわからなくなってきた。
とはいえ、香染も知っているようなことなのだから査察自体は存在するのだろう。
俺が何か別の噂を勘違いしただけ、ということではないはずだ。
「私、七瀬さんに聞いてみるね」
「ああ、頼む」
こうなれば当たって砕けろだ。
査察する側である生徒会長に、直接聞いてみよう。
「……」
しばらくメッセージのやりとりをしている咲を黙って見守る。
表情からは、どんな答えが返ってきたのかはよくわからない。
しかしながら、深刻な表情は浮かべていない。
となれば、オカルト研究部にとってはいいことなのだと思うが……。
「なるほどね」
パタンと咲が手帳型になっているスマホのケースを閉じた。
そして俺たちに向き合い、結論を端的に述べてくる。
「査察ね、もう終わってるんだって」
「は?」
「え?」
「なに?」
「ぐふふふふ」
四者四様の答えを返してしまう。
いや、麗美と俺と洋子先輩の反応はほぼ同じようなものだから、二者二様でもいいのかもしれない。
ともかく俺たちは、なかなかに間抜けな反応を咲の意外な言葉に返していた。
「ど、どういうことだ?」
「どういうって、そのまんまの意味。いくつかの部は活動内容を精査されて、ここ数年の活動実績がないところはもうすでに廃部になったりしたんだって」
「え、じゃあうちは……」
「元から対象じゃなかったらしいよ」
「は?」
「ほら、新入部員入ってるから」
俺と洋子先輩の視線が麗美に集中する。
「私……ですか?」
麗美が自分を指差しながら、キョトンとした表情を浮かべた。
「新入部員がいるってことは、活動してるってことだから。そういうとこは、今回の調査の対象ではなかったんだって」
「じゃあ香染のとこも……」
「うん。麗美さんが入ってくれたから、調査対象から外されたんだってさ」
「なんなんだよもう……」
一気に脱力してしまう。
洋子先輩も苦笑いしながら、レポートの方に意識を戻していた。
ずっと気にしていたわけではなかったが、しばらくの間指に刺さった棘のように気になっていた部の査察問題は、こうして方がついた。
というかそもそも、問題ですらなかった。
完全に、俺たちの空回りだったな。
まあ、こういうこともあるだろう。
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