愛理の場合 〜レズビアンサークルの掟〜

本庄こだま

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6.狩るものと狩られるもの

性の伝道師・ハルミ



 「はッ❤︎はァァ……先生ェ……も…ダメッ❤︎おマンコ……イクッ❤︎」

 「いいですよ……声に出してイッてください❤︎気持ちよさを声に出すと、聴覚でも性感を高められますよ❤︎」

 カーテンを閉ざした真昼のアパートの一室に、嬌声が響く。

 ベッドの上には裸の女が2人、白昼堂々と〝性のまぐわい〟の最中であった。

 ただ異様な点は、そのが繰り広げられているベッドの周囲を5人の女が取り囲み、皆一様に真剣な眼差しでそのプレイを観察していることだ。

 「さぁフィニッシュ……意識をヴァギナに集中してッ❤︎つま先から頭のてっぺんまで、全身をエクスタシーの波に委ねてッ❤︎」

 〝先生〟と呼ばれた女は、相手の女の膣内に右の中指を一本挿入いれたまま、微々にも動かすことはない。

 だが、それでも相手の女は抗えぬ快楽のいただきに突き進んでゆく。

 「あ"ッ!?❤︎イクッ!❤︎イクぅッ!❤︎」

 プシッ❤︎プッシャァァァ……❤︎

 「おぉ……❤︎」

 激しい性的絶頂オルガズムとともに腰を強く跳ね上げた女が中空を目掛けて盛大に潮を吹くと、観察していた他の女達からもどよめきが上がった。

 「あはッ❤︎すごいイキッぷりですね……❤︎100点満点です❤︎」

 「んはァッ❤︎あ……きもちぃ……❤︎」

 〝先生〟は濡れた右指を舐めながら、左の手でOKサインを作ると、羞恥に顔を覆う女の内股を優しく撫でて労ってやる。
 女はピクンッと、くすぐったそうに身体をよじり、ますます顔を赤らめて恥じらいの笑みを浮かべた。



 ハルミ、31歳。

 自称、性の伝道師──。

 臨床心理士である彼女は、性的な悩みや不満を抱える女性を対象に、自らの提唱する「実践的セックス学」の講習会を、自宅のアパートで開催している。

 そして、彼女のもとにはパートナーとの倦怠的な性生活による悩みや不感症、あるいはセックス依存による精神的に不安定な女性など、様々な〝性の悩み〟を抱える人々が日夜集まっているのだ。

 ハルミと彼女らは「先生と生徒」の関係だった。

 ハルミのセックス学のモットーは

 「肉体的快楽だけではない、精神的アプローチからの極上セックス」──。

 互いをいたわり、深く愛し合う精神的な愛撫を〝セックスの根幹〟とうたうハルミの教えは多くの女性の共感を得ていた。

 そして、ハルミが生徒らに支持されるもうひとつの理由……。

 それは彼女の股間に力強く反り立つ〝ペニス〟にあった。



 背面座位の体勢で繋がったハルミと1人の生徒。

 ハルミは後ろから生徒の身体を抱きかかえ、首筋や背中にゆっくり舌を這わせる。

 「はンッ!?❤︎あァ、先生ェェ……❤︎」

 「もっとたかぶってください……❤︎肉体の殻を突き破って……❤︎」

 ハルミの言葉に導かれるように、生徒の吐息が荒くなってゆく。

 「おォンッ❤︎くゥンッ❤︎ほッ❤︎届くッ❤︎先生のおチンポ❤︎奥までぴったり食い込んでくるゥゥッ❤︎」

 生徒は襲いくる快感の波動に耐えるように、全身を小刻みに震わせながら天井を仰ぐ。

 ハルミはそんな彼女の反応を逐次観察しながら、汗に濡れた豊かな乳房を指先で柔らかくもてあそんでやる。

 「ひぐッ!?❤︎んはァッ❤︎せ、先生ッ❤︎それダメッ❤︎気持ちよすぎる……ッ❤︎」

 「ふふッ……とっても敏感でしょ?全身の肌が神経剥き出しにされたような、ゾクゾクする快感……❤︎」

 生徒の背中にピッタリと胸を押し当て、耳元で吐息まじりに囁くハルミ。

 陰裂の奥深くから懇々と湧き出る、まるでローションのように粘度の高い愛液は、その聖なる泉の水底みなそこに突き立てられたハルミのペニスを伝ってネットリと垂れ落ちると、ベッドシーツに言い訳できない〝恥ずかしいシミ〟を作る。

 本来「セックス」というものは、膣内におけるペニスのピストン運動による刺激で、射精を促すことによってフィニッシュを迎える。

 だが、ハルミは腰を動かしたりはせず、ただひたすらに彼女の身体を強く抱いたまま、汗ばんだ肌を撫でてやったり、時折耳元で〝愛の言葉〟を囁いてみたりする。

 それが、ハルミの提唱する〝セックス学〟の奥義であった。

 「もう無理ッ❤︎イクッ❤︎イッちゃう❤︎」

 「いいよッ❤︎イッて❤︎叫びながらイッて❤︎見ててあげるよッ❤︎可愛いトコ、全部見ててあげるッ❤︎」

 絶頂の予感に、最高潮へと昂まってゆく感情の昂ぶり。

 無意識に生徒が求めた切ない表情を察し、ハルミはすぐさま応じて唇を重ねる。
 
 まるで愛し合う恋人同士のように熱く官能的なキス。

 「んん!?❤︎んォォッ❤︎イグッ❤︎イッッグぅぅぅンッ❤︎❤︎❤︎」

 甘いキスが引き金となり、ハルミの腕の中で強く抱きしめられたまま昇天する生徒。
 3回、4回と薄い腹筋が大きく波打つように痙攣する。

 「はァッ❤︎私も……イク……❤︎んゥッ❤︎」

 ビュッ❤︎ブピュッ❤︎ビュルルッ……❤︎

 生徒の絶頂を見届けると、ハルミも後を追うようにコンドーム越しの射精に至る。

 深い愛情に彩られた性の営みは、女を淫らな〝オンナ〟に変貌させるのだった……。



 力尽きたかのように倒れ込む生徒を、ハルミは優しく支えてベッドへと横たわらせる。

 プレイの一部始終を見ていた他の生徒達から、自然と拍手が起こった。

 「はァッ、はァッ……すごい……❤︎こんなセックス……初めてです……❤︎」

 息を切らせながらも、心地良い疲労感と圧倒的な多幸感に満足げな笑顔を見せる生徒。

 ハルミは精液でぷっくりと膨らんだコンドームを脱がせると、それを目線の高さに掲げてみせる。

 「私もすごく気持ち良かったですよ❤︎ホラ、こんなにたくさん出て……鳥肌立つくらいのヤバイ射精感……❤︎」

 ハルミは額の汗を指で拭うと、周りで見守っていた生徒たちに〝性の極意〟を説く。

 「ペニスとヴァギナだけのセックスでは満たされない女性は多いと思います……お互いに全身を慰め合い、言葉で愛し合うと、心で繋がる最高に気持ちいいセックスが生まれるんです。是非、パートナーさんとのセックスに活かしてみてくださいね❤︎」

 のありがたいお言葉に、深く頷く生徒たち。
 彼女らは、ハルミという〝性のカリスマ〟に心底心酔しているようだった。

 「では、本日の講習はここまでにします」

 ハルミはベッドから降りると、汗にまみれた身体をバスタオルに包み部屋を後にしようとする。

 「あの、ハルミ先生」

 その時、1人の生徒がハルミを呼び止めた。

 ハルミは振り向き、小首を傾げながら笑顔で応じる。

 「はい?どうしました?何か質問?」

 「いえ……あの、あくまで噂……噂で聞いたんですけど……」

 生徒はうつむきがちに、何やら言いにくそうに何度か口籠もりながら、後ろにいる他の生徒の方に目配せする。

 どうやら彼女個人ではなく〝生徒たち全員を代表した質問〟のようだ。

 「先生……El Doradoエルドラードに参戦するって、本当ですか?」



 「えっ!?それ……」

 ハルミは大きな瞳をさらに大きく見開き驚きの声をあげる。

 東京を拠点とするレズビアンならば誰もが一度は耳にした事のある〝性の狂宴〟は、良くも悪くも彼女らの関心の的であった。

 藪から棒な質問にハルミは一瞬戸惑いの色を見せるも、すぐさま普段通りの人懐っこい笑顔に戻ってあっけらかんと答える。

 「ええ、ホント!知り合いに頼まれちゃってね……セックスで戦うなんて美学に反するようだけど、何事も経験かな?って❤︎」

 ハルミの答えに生徒らは色めき立ち、悲鳴にも歓声にも似た黄色いを声を上げて大騒ぎだ。

 「スゴイですっ!まさかハルミ先生がEl Doradoエルドラードに……私、実はサークル会員なんです!絶対観に行きます!」

 「え~!?やめてよ恥ずかしいわ……❤︎」

 ハルミは両手で顔を覆って、照れ隠しに笑う。

 「相手はどんな娘なんですか?」

 騒ぐ生徒たちの中から、また別の生徒が質問する。
 
 「目下売り出し中の大物ルーキーだって。写真を見たけど、可愛い娘だったわ❤︎きっと、楽しいセックスになりそうね❤︎」

 「ええー!?絶対観に行きたい!ハルミ先生の晴れ舞台!!」

 その言葉に、生徒たちはさらに騒ぎ出す。

 もはや彼女たちの中ではハルミの勝利は疑いようの無い決定事項であり、万が一にも〝私たちの先生〟が敗北するなど微塵も考えてはいなかった。

 そしてそれは、ハルミ自身も同じであった。

 「私の信じるセックス学……鍛え抜いたテクニックがどれほどのモノか……試してみるのも面白いわね❤︎」



 夕方からちらつく小雨は、日付けが変わる頃には音を立てた本降りになっていた。

 金曜夜の繁華街は、本来であれば大勢の人並みで混雑しているはずだが、この天候のためか人の流れもまばらで、濡れたアスファルトに反射するネオンの輝きが妙に眩しく見える。

 0時ちょうどに開幕したEl Doradoエルドラードは、早くも第1戦が行われており、観客の一喜一憂する声が控え室の愛理にも届いていた。

 シャワーを浴び、メイクを終えた愛理は、初戦と同じく全裸にエナメル素材の黒いロンググローブとタイハイソックスのみを着用し、控え室の中を落ち着かないようにぐるぐると歩き回る。

 (そりゃ緊張するわよ……まだ2戦目なんだもの)

 ミネラルウォーターに口をつけ、喉を鳴らして勢いよく飲む。

 緊張から来る喉の渇きと、手足の震え。薄っすらと肌に滲む冷たい汗。

 フロアから、一際ひときわ大きな歓声があがる。どうやら第1戦が決着したようだ。

 (出番みたいね……行かなきゃ)

 ガチャッ

 「?」

 鼓動の早まりがいよいよピークに達し、戦いの舞台へと向かおうとした時、突如控え室のドアが開いた。

 「愛理、準備できてる?」

 「ケイ……来てくれたのね」

 現れたのはケイだった。だが、何やら顔色が悪い。

 「どうしたの?次、私の試合でしょ?そろそろ行かなきゃ……」

 「愛理、大事な試合の前にコレを言おうか迷ったんだけど、やっぱり先に言っておく」

 「え……」

 ただならぬケイの様子に、愛理は試合とは別の緊張を感じる。
 背筋が凍えるような、何か〝とてつもない悪寒〟を前に、愛理は思わず唾を飲み込んでケイの顔を見入った。

 「今日の愛理の相手、かなりヤバイ。できることなら棄権してほしいくらいよ。いくら何でも、こんな所で堪らないわ……」



 (棄権?いくら相手が強いからって、冗談でしょ……)

 いきなり現れたケイの言葉に、愛理はまるで納得できない。

 ならば、ケイとのあの「セックス漬けの夜」は何だったのか。好き勝手になぶり倒され、あまつさえ膣内射精までされた挙句、訳も分からぬまま「生まれ変わった」などと褒めそやした、その言葉は嘘だったと言うのか。

 「今更……何よッ!?あなたや恭子を信じた私がバカだったってワケ!?」

 愛理の怒りに火が着く。試合前の緊張など忘れ、今にも飛び掛かりそうな剣幕でケイを怒鳴りつける。

 「違う、そういう事じゃ……」

 「いいわよッ!あの日の事はもう忘れるわ!私の実力で、勝ち上がってやるからッ!!」

 ドアの前に立つケイを押し退けて、控え室を飛び出す愛理。

 「ふぁーぁ……相変わらずのじゃじゃ馬娘ね、愛理ちゃんは❤︎」

 愛理と入れ違いに、欠伸あくびをしながら現れた〝狂宴の仕掛け人〟──。

 「今日もARISAちゃん来てるわよ♪よっぽど愛理ちゃんが気になるのか、それともヒマなのか……ふふっ❤︎」

 「史織さん……愛理の今日の相手、あなたが呼んだんですよね……?」

 「ん?そうよ♪なんとなーく出てみない?って声掛けたら、オッケーしてくれたんだもんっ❤︎」

 「史織さんッ!!」

 ケイは怒りに任せて、史織の肩を掴む。

 その瞬間、ヘラヘラとした笑みを浮かべていた史織の顔が、冷徹な女主人ミストレスの表情に変わった。

 「……痛いんだけど。気安く触らないでくれる?」

 パシィッ!

 「……ッ!?」

 肩に置いたケイの手を、史織は平手で強く打ち付けた。

 それでもケイは臆することなく、尚も史織に食い下がる。

 「相手のハルミって女……10代でナンパサークル100人斬りを達成した〝伝説の女竿師〟ですよね?明らかにEランクのレベルじゃない!」

 「お客を楽しませる為にはいくらEランクだからって低レベルなモノは見せられないの。愛理ちゃんにはその実力が無いんだから、せめて優秀なになってもらわないとね♪」

 ケイの訴えを一笑に付した史織は、先程のお返しとばかりにケイの肩を右手で掴みながら耳元で囁く。

 「今日の試合を見てなさい?愛理ちゃんに、お客がをね……❤︎」

 「….…ッ」

 ケイには史織の言葉の意味するところがすぐに理解できた。

 だが、そんな風にはさせない。

 愛理という女の潜在能力とその価値は、この女の目論みの範疇を遥かに凌駕しているとケイは確信していた。

 「ふふっ♪じゃあ、試合を楽しみにしてるわっ❤︎」
 
 掴んだ右手を緩めると、史織は控え室を後にする。

 ジンジンとした痛みの感触だけが、ケイの肩に残っていた。



 第1試合を終えたステージは興奮と熱気がいよいよ高まり、観客は次なる〝女達の淫らな戦い〟をいまや遅しと待ち焦がれている。

 舞台袖でコールを待つ愛理は浅い呼吸を繰り返しながら目を瞑り、精神を来たるべきその時に向けて集中させていた。

 (相手が誰かなんて関係ない、何が何でも勝ってやる……!)

 控え室で起こった一悶着。

 ケイの忠告がまるで気にならないと言えば嘘になるが、もはや愛理にはそれを素直に受け入れるような選択など無い。

 美しくなくても良い。今はどれだけ無様でも、勝ち上がらなければならない。

 (こんなところでつまずいてられないわ……頂点にのし上がるまで、史織にひと泡吹かせるまで……!)

 よみがえるに、思わず奥歯を噛み締める愛理。

 「愛理っ❤︎」

 「?」

 背後からの呼ぶ声に振り向くと、そこには以前知り合った女の顔があった。

 「侑菜ゆな!」

 「久しぶり~❤︎今からやるんでしょ?応援してるからっ❤︎」

 「ええ……ありがとう」

 よく焼けた黒肌と、金髪ロングなワンレングスヘア。
 以前より一段とギラギラに決めたギャルメイクは、薄暗い舞台袖でもよく映えている。

 初めてこのDEEP LOVERディープラヴァーに訪れた夜、愛理に〝ハプニングバーの楽しみ方〟を教えてくれたギャル女だ。

 「愛理、もう1回勝ってるんでしょ?あと2回勝てばランクアップじゃんね!全然余裕っしょ!愛理ドスケベだし!」

 すでに酒の入っている侑菜は愛理の緊張などどこ吹く風で、ケタケタと笑いながら身振り手振りで捲し立てる。

 「ふふ、気軽に言ってくれるわね……それに、ドスケベなのは侑菜の方でしょ?あの日、初めからだったクセに……」

 試合前の物々しい雰囲気とは真逆の、場違いな程の侑菜のテンションに愛理は思わず口元がゆるむ。

 2人が談笑する後ろで、ステージの照明が暗転する。同時に場内が揺れるような歓声に包まれ、暗闇の中で女達がひしめき合うシルエットだけが映る。

 いよいよ戦いの時がきた。

 「んンッ❤︎」

 「んむッ!?……んッ……ゴクッ……ぷはッ❤︎」

 突然、侑菜が愛理に抱きつきその唇を奪うと、手に持つグラスのシャンパンを口移しに流し込む。

 「はぁッ、ちょっと侑菜!いきなり……」

 「うふふっ❤︎効くっしょ?アタシからの餞別ってヤツ❤︎」

 手の甲で口元を拭いながら、侑菜はニヤリと笑ってもう一度だけ愛理の唇に軽くキスをした。

 「あンッ❤︎……もう、今から試合なのに。こんな事されたら……❤︎」
 
 「試合終わったらの予約入れていいよね?楽しみ~❤︎」

 侑菜はそれだけ言うと愛理の尻をひと撫でしてその場を去っていった。

 唇に残る柔らかな感触を名残惜しそうに指先でなぞりつつ、愛理は独りぼやく。

 「まったく勝手なんだから……試合のあとにそんな体力残ってないわよ」

 困ったように肩をすくめて眉を下げる愛理だが、その目元は笑みをたたえていた。

 「侑菜、ありがと……❤︎」



 『Eランク……愛理、入場ッ!』

 進行役を任されているのは、恭子。

 普段遣いのトーンよりも幾分か高い声で、のキャラを作るプロ意識を垣間見せる。

 「なんか不思議な感覚……恭子もあんなことできるのね」

 〝いつもの恭子〟を知る愛理には、仕事をする恭子のその姿が妙に可笑しく見えて思わずニンマリと口元が弛む。

 そんなことを考えながら、ゆっくりと、ステージへと歩みを進める。

 ワァァァァ……!!

 舞台袖から現れた愛理の姿を認めた観客は、割れんばかりの歓声をあげる。

 「愛理ちゃーんッ!!❤︎」

 「愛理がんばってー!」

 「エロい愛理いっぱい魅せてェ❤︎」

 デビューからまだ2試合目にして、もはやEl Doradoエルドラード出場者の中でもトップクラスの人気ぶりだ。

 「ネットのカリスマ的ウリ専が現実世界でそのベールを脱いだ」という情報は、狭いレズビアンコミュニティ界隈で瞬く間に拡散され、この会員制ハプニングバーDEEP LOVERディープラヴァーの会員数も、ここ1週間で飛躍的な伸び率だという。

 圧倒的な人気と期待を背負う気分は、愛理にとっても決して悪い気はしない。

 自らに向けられた大歓声と熱視線を掻き分けながら、ステージに設置されたマット中央に立つ愛理は、観客の声援に両手を高く挙げ、笑顔で手を振って応えた。

 (絶対負けない!どんなに強い相手でも、心が挫けてはダメよ!最後まで……自分だけを信じる!)

 愛理は観客に向けた笑顔をすぐさま引き締め、眼力の強い〝戦闘モード〟に切り替えると、逆サイドの舞台袖、今夜の対戦相手が現れる方向をキッと睨みつける。

 『Eランク、ニューカマー!』

 恭子がアナウンスと同時に逆方向の舞台袖を指差すと、観客の視線は一気にそちらへと誘導される。

 (ニューカマー……デビュー戦?)

 意外な事実に、愛理は思考を巡らせる。

 〝棄権してほしいくらいのヤバイ相手〟……。

 〝壊されてしまう〟……。

 控え室でケイから伝えられた情報では、相手は相当な実力者のはずだ。

 そのため、愛理も相手の素性を「ランク落ちしたベテランプレイヤー」か何かなのだろうと、勝手な憶測をしていた。

 だがその読みは外れ、その相手は今日がデビュー戦の新人だと言う。

 愛理は無意識に舌舐めずりをする。

 (大丈夫、レベルは私と互角……いえ、このステージを経験している私に分があるわ)

 俄然闘志を燃やす愛理は、腰に手を当て仁王立ちで相手の入場を待ち構える。

 (かかってきなさい!返り討ちにしてあげる!)

 『〝ラブ・プロフェッサー〟……ハルミ、入場ッ!!』

10

 ザワッ……

 「……?」

 恭子のコールを聞いた観客の中から、にわかにどよめきが起こる。

 (ハルミって……有名なの?)

 その微かな場内の異変を、愛理はすぐさま感じ取った。

 やがてライトに照らされたステージ端から1人の女が姿を現す。

 真紅の花魁おいらん風ドレスを纏った女が一歩歩みだすと、そのざわめきは絶叫にも似た怒涛の歓声に変わった。

 ドワァァァァァッ!!!!

 「ウソッ!?あれ本物!?」

 「マジでハルミなの!?ヤバイ!激アツだよ!!」

 「ハルミ!!ハルミ!!ハルミ!!」

 愛理への歓声を遥かに凌ぐ、狂乱じみた女たちの歓喜の叫び。

 耳をつんざくような歓声の中を、涼しげな顔の女が真っ直ぐにステージへと歩いてくる。

 みっちりと引き締まった上半身と、ドレスの裾から伸びるスラリとした美脚。
 開かれた襟元を押し上げるバストはツンと高く、形の良い曲線が歩行の振動でぷるんと上下に揺れ動く。

 長い髪を頭頂部にまとめて結い上げた卵形の丸顔には、ギョロリと大きな瞳と太くなぞった意志の強そうな眉、小鼻がやや上向きの特徴的な鼻と、ぽってりとした厚めの唇。

 東南アジア系のどこかエキゾチックな顔立ちは、対面の愛理の姿を見ると親しげに微笑んで白い歯を見せた。

 ハルミはマットに上がるとドレスの帯を緩め、まるで蝶が羽化するようにスルリと優雅に脱衣した。

 (うッ……綺麗なひと……)

 ドレスを脱いだハルミのコスチュームは、すべて目の覚めるような赤で統一されていた。

 二の腕まである広口のエナメルロンググローブ、股下までのエナメルストッキング、足首丈のピンヒールブーツ……。

 それ以外は、秘部をまるで隠さぬ全裸であった。

 それは奇しくも愛理と同じコンセプトのプレイ衣装──。

 晒された小麦色の肌がステージのライトを反射し、キラキラと輝く。

 そして、まるでフロアのボルテージの熱量を吸収するように、ハルミの股間にそびえる彫刻品のような美しいペニスはぐんぐんと勃起の角度を高めていった。

 観客は皆、ハルミという女の〝淫力〟に魅せられ、ハルミは一身にその欲望の視線を独占する。

 (誰だか知らないけど、調子に乗るんじゃないわよ……!)

 この状況が面白くない愛理は、唇を尖らせながら腕組みをしてハルミへと近づく。

 赤い女と黒い女が、ついにステージ中央で睨み合った。

11

 『制限時間20分、相手をより多くイカせた者、ギブアップまたは試合続行不能に追い込んだ者を勝者とします!』

 ブーツのヒールの影響もあるが、それを差し引いてもハルミの身長は165cm以上はあるだろう。153cmの愛理は無言のままハルミを見上げて睨む。

 だが、睨まれたハルミは目を細めて微笑みながら、見上げる愛理の頭をまるで幼児をあやすようにポンポンと撫でた。

 「よしよし、可愛い娘❤︎」

 「くッ!」

 パシィッ

 小馬鹿にしたようなハルミの態度に、愛理は頭に乗せられたハルミの手を咄嗟に振り払う。

 傍目には滑稽にすら映るそのやり取りに、観客からは思わず笑いが起こる。

 (何よ!こんなヤツ……!)

 今宵の主役になるはずが、いまや場内は味方のいない完全アウェイである。

 どうやらこの「ハルミ」という女、愛理が知らぬだけで界隈ではかなりの有名人らしい。

 だが、そんな事は今はどうでもいい。

 かかされた恥の分だけ、試合できっちりお返しをしてやろう。

 愛理は肩を怒らせながら、挑発する様に自らの豊かな乳房をハルミの乳房にグイッと下から押しつける。

 その表情は苛立ちと冷静のちょうど中間のような〝戦う女〟の顔である。

 対するハルミはまるで動じる事なく、笑顔で愛理の睨み顔を見つめ返している。

 鼻先が触れそうなほどに顔を近づけ睨み合う両者。

 ステージ上には、異様な緊張が渦巻いていた。

12

 「あはっ、これじゃどっちがデビュー戦だか分かりゃしないわね♪」

 El Doradoエルドラードの仕掛け人、史織は呆れたように首を振る。

 「でウリやってた愛理ちゃんは知らないでしょうね。ハルミが10年前、レズサークル界隈では有名な〝伝説の女竿師〟だったなんて」

 革張りのチェアに深く座った史織は、肘掛けに頬杖をつきながらモニターの中の2人を見ていた。

 「ハルミさんって、そんなにスゴい人だったんですねぇ~。単なるスケベオバさんだと思ってましたぁ❤︎」

 チェアの後ろで、史織の肩を揉む女が冗談めかして言う。

 「高校卒業と同時に当時私が運営していたレズビアンサークルに加入して、たった1年でナンパ100人切りを成し遂げた女よ……ARISAちゃんと出会う前の話」

 史織はテーブルの上のワイングラスを手に取り、ひと口飲むとそう述懐した。

 「現在のこのサークルで活動し始めた……ARISAちゃんと合流した頃にはもう彼女は脱退していたわ。だからハルミの名前は知ってても、その実力を知るメンバーは本当に限られた数人だけ……」

 彼女を呼び戻したには理由ワケがある──。

 薄い笑いを浮かべながら、史織はモニターに映るハルミを見て呟く。
 
 「語り継がれる伝説……そして……ふふふっ、見せてもらうわよ、ハルミ❤︎」

13

 進行役の恭子が、ルールに則り愛理にコンドームの小袋を手渡す。

 「使うか使わないか、決める権利は愛理に認められるからね」

 「ふん……」

 愛理の答えは初めから決まっている。ましてやこの女相手に、気弱な姿勢など1ミリも見せたくなかった。

 「こんなものっ……」

 愛理が小袋をステージ外に投げ捨てようとしたその時、ハルミが手を挙げた。

 「ねぇ、ちょっといい?私がゴム使いたいんだけど」

 「……?」

 愛理も、恭子も、観客も、一瞬何の事か理解ができなかった。

 「は、はぁ?あんた何を……」

 愛理は眉をしかめてハルミの言葉を聞きただす。

 「お互いにいらないリスク背負ってたら、純粋にセックスを楽しめないでしょ?だからゴム着けさせてよ。いいでしょ?」

 あっけらかんと答えるハルミに、愛理は言葉を詰まらせる。

 コンドーム着用のルールは対戦相手がふたなりである場合に採用され、その使用の有無を決定する権限は妊娠のリスクがある側に委ねられる。

 だが、ふたなり側からはペニスの快感の阻害のほか、膣内射精という相手への圧倒的なプレッシャーを禁止されることは明らかな不利であり、ハルミのように「あえて着用を望む」というのは極めて異例だ。

 「……どうする?愛理」

 恭子は愛理に決断を促す。

 たとえ相手が望もうが、使用の可否の決定権は愛理にあることには変わりないのだ。

 愛理は数秒の沈黙のあと、コンドームの小袋をハルミに投げ渡した。

 「なにビビってんのよ。使いたいなら勝手にすれば?私には関係ないわ」

 ハルミは受け取ると、その小袋をストッキングの内側に挟み込む。

 「ありがと、いっぱい楽しみましょ❤︎」

 「……ふん」

 ハルミは投げキッスをするが、愛理は後ろを振り向くと、そそくさと自らのサイドに戻ってゆく。

 それを見て、ハルミも笑いながらゆっくりと後ろへと下がる。

 観客席は、先程までの騒ぎが嘘のように静まり返り、試合開始のその瞬間を一人ひとりが固唾を呑んで見守っている。

 ステージ中央で、恭子が高らかに手を挙げた。

 『それでは開始しますッ!ready……』

 その声を合図に、愛理が姿勢を前のめりに構える。

 ハルミは笑顔のまま、腕組みを解いてゆったりと直立に待ち構える。

 『fight!!』

 《ゴォォォン……!》

 フロア中の空気を震わせる銅鑼どらの音。

 愛理の真価が試される一戦が、いま幕を開けた。

 
感想 28

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