愛理の場合 〜レズビアンサークルの掟〜

本庄こだま

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8.月下に微笑(わら)う女

女王への一歩



 「んッ……ぅ……?」

 白い光が網膜に差し込むと、全身を襲う激しい痛みに意識は無理矢理に引き上げられた。

 「ッ……くぅ……!」

 顔をしかめながらゆっくりと身体を起こすと、愛理は控え室のソファに寝かされていた。

 史織の制裁マッチに乱入した愛理。

 だが、1人の少女と対峙していた時、急襲的に史織の体当たりを横からまともに食らい、ステージ下へと転落して失神したのだった。

 (頭がズキズキする……史織、めちゃくちゃな事するわね)

 ぐわんぐわんと鈍痛が重たく響く頭を抑えながら、愛理は周囲を見渡す。

 ガチャ

 控え室のドアが開く。入ってきたのは恭子だった。

 「あ、起きた」

 恭子は愛理の姿を見ると一言それだけを呟き、テーブルの上に湿布薬とペットボトルのミネラルウォーターを置いた。

 「ほら、背中見せてみ?」

 「う、うん」

 恭子に促されるままに、ソファに半身になってバスローブを脱ぐ愛理。

 「肩のところ、アザになってるじゃん。ホント無茶するよね」

 いささか呆れたように笑う恭子。
 だが、愛理は真っ直ぐ前を見たまま唇を尖らせて不服そうな顔をしていた。

「……私は別に無茶な事をした覚えは無いわ。El Doradoエルドラードのステージであんな悪趣味なものを見せられるのが嫌だっただけ」

 「ふぅん……そっか」

 恭子はそれ以上何も聞かず、無言のまま愛理の背中に湿布を貼っている。

 「……愛理にとって、El Doradoの存在がそんな大きなものになってるなんてね」



 「……!」

 何気ない恭子の言葉に、愛理はハッとする。

 自分でも気付いていなかった、愛理自身の心の変化。

 (そうだ、私……このステージをんだ)

 このサークルで頂点を目指すために、史織に突きつけられた〝試練〟のように感じていた「El Dorado」という舞台。

 それが今、愛理にとっての〝存在の証明〟を感じる場になりつつある事……。

 「……はい、終わりっ!数日は痛むと思うから、無理しちゃダメだよ?」

 「あ、ありがと……」

 恭子の言葉に未だ心は揺れたまま、愛理は再びバスローブを纏う。

 「あの後……どうなったの?」

 乱れた髪を撫でつけながら、背中で恭子に聞く愛理。

 「史織さんの敗北宣言と、ARISAさんが告示した処分内容をあの娘らが代読して終わったよ。管理者権限の剥奪、サークルが運営する各種業態への経営上の関与禁止……」

 ARISAから下された、極めて重い処分。

 「要は、これから史織さんは単なるサークルのいち会員ってコト。その代役は、私とケイで一旦は繋げるみたい」

 「そこまでやる……いや、ARISAならのね」

 サークルNo.2の実力者である史織を、こんなにも容易たやすく切れるとは。

 冷酷で無慈悲な〝絶対女王〟の恐怖政治。

 愛理の首筋に、冷たい汗が伝う。

 「いつか……」

 「ん?」

 「いつか、そのARISAとも戦わなきゃいけない時が来る……」

 「愛理……」

 このサークルのいただきに登るためには、絶対女王と対峙する日が必ず訪れる。

 「止まってられない、走り続けなきゃ……!」



 地下の階段を登り外へ出ると、朝焼けのオレンジが愛理と恭子の顔を照らす。

 「もう朝だよ、今日は疲れた……」

 「ホントね、色々あって……私も疲れたわ」

 肌を斬りつけるような外気の寒さに、2人は白い息を吐いた。

 El Doradoエルドラードのシーズンが幕を閉じ、次回の戦いは2ヶ月後となる。

 「愛理もお疲れさま、今度ご飯でも行こうよ。あとは……休める時にはゆっくり休んで」

 「お互い様ね。恭子だってこれから忙しくなりそうでしょ?」

 「それ!私なんてケイと比べるとポンコツだからさ、慣れない仕事でストレス溜まりそう」

 「ふふ、でも私の教育係はそのまま継続でしょ?呼んでくれれば……いつでも癒やしてあげるけど?」

 他愛もない会話で笑い合う2人。

 だが、このサークルで起きている〝変動〟を知った今、いつまでもこの関係が続くとは思えない。

 (恭子……)

 歩調を合わせて横を歩く恭子の左腕に、愛理は何も言わずに抱き着いた。



 まだ薄暗い明朝の閑散としたビル街を縫うように走る車の後部座席で、ARISAはドアガラス越しに昇り始めた朝日を眩しげに見つめる。

 「いいんですか?あの愛理とかいう女に好き勝手やらせて……」

 隣に座る柚月がARISAに問いかける。

 前の助手席では日菜が小さな寝息を立てていた。

 「史織への制裁、あの女がしゃしゃったせいで不完全燃焼だし……あんなヤツ、ウチらがあの場でシメてやってもよかったのに」

 自らの〝ステージデビュー〟を乱入者に妨害された不満が、口をついて溢れ出す。

 だが、ARISAは笑いながら柚月の悪態を受け流す。

 「ふふっ、あなた達にもそのうち分かるわよ。あの娘の何がのか……」

 多くを語らないARISAに、柚月は頬杖を付いたまま溜息をもらす。

 「ハァ……ARISAさんって、意外と一途なんですか?惚れた女には激甘ですね」

 10代の少女らしい、恐れを知らない忌憚の無い意見。

 それを聞いたARISAは少し驚いたように柚月の顔を見つめ、その後大口を開けて高らかに笑った。

「アハハハッ!……確かにそうかもしれないわね。惚れた弱み。あの娘の目指す道……その成り行きを……誰にも邪魔されずに見ていたいわ」



 『史織、失脚!』

 突然の知らせは会員制サークル内部に衝撃を持って響き渡る。

 そしてそれは、サークルが経営する様々な店舗にも影響を与えた。

 都内にあるレズビアン専用高級ソープ〝Healing Angelヒーリングエンジェル〟──。

 史織はこの高級ソープの長年に渡るNo.1ソープ嬢であり、経営責任者でもあった。

 レズビアンの世界、果ては表の風俗業界にも顔が広い史織の転落劇は、一晩にして界隈に喧伝された。

 「だからこのお店も朝からバタバタで……私たちキャストの娘達はまだしも、裏方スタッフさんは大変そう」

 「まさか……史織さんがそんな事になるなんて思いも寄らなかったですね」

 ソープマットに正座をして、溶かしたローションを焼けた黒肌に塗りながら何気なく内情を暴露するソープ嬢。

 部外者である客に対して、そのような話をするのは本来であれば御法度だ。

 だが一流店の泡姫をもってしてそのような軽口を叩かせたのも、相手が馴染みの常連客であるためであろう。

 「可奈子さん、あのサークルのイベントに参加したことがあるんですか?」

 「ええ、ちょっと前にね。それも史織さんに頼まれてだったんだけど……」

 客の手を取り、慣れた振る舞いでマットへといざなう泡姫。

 「キャットファイト?っていうのかな。お客さんの前で、女の子同士でエッチするんだけど……イカせ合いの勝負なのよね……んッ❤︎」

 「えー……なんかスゴイ……想像できない世界すぎて……」

 マットに仰向けになった客の身体にローションを纏わせながら、泡姫は素直な驚嘆の声をあげる。

 「……では、ご奉仕致しますね❤︎」

 ヌル……❤︎ヌルゥゥン……❤︎

 弾けるように豊かな胸、くびれの引き締まった腹、その他全身を用いて客の体をくまなく磨いてゆく。

 「ほら、私って……あンッ❤︎そ、早漏だから……んッ❤︎イカせ合いなんかじゃ全然……はァンッ❤︎勝てなかったけどね……おッ❤︎」

 滑らかな粘膜に包まれた豊かな女体がマットの上で巧みに踊ると、客はその快感に嬌声をあげて股間のは否が応でも硬度を増してゆく。

 「お相手だった〝愛理ちゃん〟って娘がね……ほッ❤︎ぉ……すごく可愛くてテクが凄くて……ぅ❤︎……お客さんの見てる前ではしたなくイキまくっちゃった……❤︎」

 「!?」

 興が乗るままに喋る客の口から発せられた人物の名に、泡姫の淫らな舞いが一瞬止まった。

 (愛理……!?)

 「お相手の方……愛理って娘だったんですか?」

 「え?綺羅きらちゃん、ひょっとして……お知り合い?」

 思わず聞き返したが、答えに窮して口籠る。

 「あ……いえ、そういう訳では……ないんですけど」

 「私は知らなかったんだけど、ネットのレズ専出会い系なんかでは有名人だったみたい。確かに、すごい歓声だったもの……」

 「……そう、ですか」

 泡姫の微かな感情の揺らぎを察したのか、客は慌てて取り繕う。

 「ああ、ごめんね!他の女の子の話して……でも、彼女とはそこで試合をしたっきりで、それ以上は私も知らないのよ」

 「……そうなんですか、なんだか非日常的な世界で……楽しそうですね❤︎」

 ムチュッ……ズルルルル……❤︎

 「綺羅きら」と呼ばれた泡姫は、客の腹に舌を這わせながら下腹部へと移動すると、ピンと上を向いて切なく震える、皮余りの慎まやかなペニスを根元までスッポリと頬張った。

 クポッ❤︎クポッ❤︎クポッ❤︎ジュルルッ❤︎

 「ん“ォッ!?❤︎綺羅ちゃんッ❤︎そんないきなりッ❤︎ダメッ❤︎すぐイッちゃうッ❤︎本気の舌使いッ❤︎おォォイクぅぅぅッ❤︎❤︎」

 「ジュルッ❤︎イッへいーれすよォ❤︎おもいっひりッ❤︎んふーッ❤︎」

 チュポンッ❤︎

 「おクチマンコでェッ❤︎❤︎イッッグッ❤︎❤︎❤︎」

 ブリュッ❤︎ドプッ❤︎ドプッ❤︎

 キュッと絞り上げた唇を勢いよく離すと、部屋中に響き渡る絶頂の雄叫びとともに、半剥けの亀頭の先端からゼリーのような白濁液が、ブリブリという音を立てながら脈を打って噴出する。

 「わ……可菜子さん、相変わらずスッゴイ量……❤︎」

 ぷぅんと鼻腔を刺激する、酷く青臭い精液の匂い……。

 (ほらね、チンポなんて簡単にイク……❤︎)

 射精の刹那に見せる、情けない顔。呆けた喘ぎ声。

 ペニスを責める快楽。支配する愉悦。

 それこそが、源氏名「綺羅」嬢の悦びの瞬間でもあった。



 El Doradoエルドラードの開幕シーズン終了から約2週間後、愛理はサークルの事務所に呼ばれていた。

 マンションの一室にある事務所では、恭子が慣れない経理作業を数名のスタッフとともに悪戦苦闘している様子だった。

 「恭子、また今度来ようか……?」

 呼ばれたものの誰にも構われず、応接室で待ちぼうけを食らう愛理は、さもつまらなそうに口をへの字に曲げながら恭子のデスクを覗き込む。

 「ホントごめん!もうすぐ終わるから!」

 何やら書類とPC画面を交互に見ながら、いかにも忙しげに業務をこなす恭子は、愛理の顔を見ないまま手のひらを向けて「待て」のポーズを取る。

 「……もう、犬じゃないんだからっ」

 ふん、と鼻を鳴らして再び応接室へと戻る愛理。

 (……なんだか大変そうね、私の教育係どころじゃないんじゃない?)

 ソファに腰掛け、ティーカップに一口付けると、背をもたれて天井を見上げる。

 「ちょっとひと段落……かな」

 このサークルに加入してから、ただ前だけを見て走ってきた。

 ネットで出会った女に身を売って泡銭あぶくぜにを稼ぐだけの日々から、今はサークルでの〝成り上がり〟を志して奮闘する日々……。

 それも一旦の休息を迎える。

 (なんだか、今も夢を見ているみたい)

 この数ヶ月の間に起こった身の回りの出来事は、どれも実態のないフィクションのような気がして……。

 怒涛の如く身に浴びた、喜び、悲しみ、怒り、恐怖。

 そして何より、今まで知らなかった〝本気の自分〟という姿──。

 愛理は今、言葉にできない満足感の渦中にいた。



 「はぁー!お待たせ!」

 「お待たされたわ、寝ちゃいそう」

 忙しなく応接室へと飛び込んできた恭子に、愛理は白けた様子でぶっきらぼうに答える。

 「そんなー、睨まないでよ。こっちも慣れない業務でてんてこ舞いなの」

 「ま、別にいいけど。しばらく予定もないしね。で、話って何?」

 早々に本題を切り出す愛理は、すっかり冷めた紅茶を一気に飲み干すと、ソファから身を乗り出して身構える。

 「それそれ。愛理にちょーっと提案があって、ね」

 恭子は何やら含んだ笑いを浮かべながら、愛理の目をじっと見つめる。

 そんな恭子に、愛理はどこか怪しげなものを感じて眉をしかめる。

 「なんか……変なことじゃないでしょうね?私、今まだEl Doradoエルドラードの疲労で精一杯よ?」

 「えぇー?……変では……ないけど?」

 愛理の言葉に、恭子は突如として口籠る。

 そんな恭子の反応を見て、愛理はこめかみを押さえながら溜息を吐く。

 「はぁ……嘘つくのがヘタ。本当にナンパ師なのかいよいよ疑わしいわ……」

 愛理はやれやれと首を振りながら、思わず笑う。

 恭子とのこの滑稽なやり取りが、なんだか心ののように感じていた。

 「で?何をやればいいの?教育係さん?」

 ソファにもたれて脚を組む愛理は、何を言われても動じない構えだ。

 恭子はやや小声になり、乞うような視線で愛理を見つめる。

 「SodomソドムっていうSMバー、覚えてる?そこでショーに出演してみない?」

 「わ、私が……ショー……!?」



 恭子の急な提案に、愛理はひっくり返った声で思わず聞き返した。

 「ショーって……SMの!?」

 「前に一緒に観たでしょ?奈美ちゃんのお店だよ」

 「観たけど……わ、私そんなのやったことないもの!」

 「大丈夫だよ、全部奈美ちゃんに任せておけば。それにEl Doradoエルドラードで場数は踏んでるし……」

 「全ッ然、別モノ!」

 戸惑いを隠せない愛理に、恭子は拝んで頭を下げる。

 「お願い!愛理だったら大丈夫だって!お客さんも沢山来るみたいだし、奈美ちゃんも是非やりたいって!」

 その必死な様子に、愛理はすべてを察する。

 「恭子アンタ……奈美さんに私をわね?」

 恨めしげに睨みつける愛理。

 顔を上げない恭子だが、その口元はゆるんでいた。



 いつか恭子と来た、古ぼけた雑居ビル。

 街のネオンが点灯し始めた午後5時、愛理は1人でそのビルへと足を踏み入れる。

 思えば、すべてはこの場所から始まったのだ。

 あの時とはまた異なる胸の高鳴りに、愛理はグッと拳を握る。

 (はぁ……なんだか気が重い……)

 愛理自身、この重圧感がどこから来るものなのかは分からなかった。

 ただ、全く未知の世界に挑む事への緊張感……。

 果たしてそれだけだろうか?

 エレベーターが5階で止まり、ドアが開くと、そこは以前訪れた〝始まりの場所〟だ。

 ギィ……

 「す、すいませーん……」

 重厚なドアを両手で半分開け、恐々と店内を覗き込む。

 「はぁーい、おまちくださーい♪」

 「留守であってくれ」というくじ引きにも似た確率の儚い祈りは、奥から聞こえた舌ったらずな応答によって無情にもついえた。

 「わー❤︎愛理さーん❤︎お久しぶりですー❤︎」

 小走りに駆け寄る長身の女はスウェット姿で、一重瞼の切れ長な目と青々とした眉毛の剃り跡は、一目して〝すっぴん〟のそれであった。

 「お久しぶりです奈美さん」

 「会いたかったです愛理さーん❤︎ごめんなさいこんな格好で……」

 奈美はスウェットの裾をパタパタと広げながら、無邪気に笑っている。

 「愛理さん、ご活躍は聞いてますよー?El Doradoエルドラードで大人気みたいじゃないですか!スゴイ!」

 「いえ、そんな……なんだか恥ずかしいです」

 謙遜する愛理だが、奈美に褒めらた事に満更でもない様子だ。

 (奈美さん、私のこと覚えてくれてたんだ)



 開店前のSMバー「Sodomソドム」に、キャストが続々と顔を見せ始める。

 「うわ!愛理さん!El Doradoエルドラード観ましたよ!カッコよかったです!」

 「えー!愛理さん、ショーに出演するんですか!?絶対観なきゃ!」

 キャストの女たちは愛理の来店に喜びを隠さず、まるで有名人にでも遭遇したかのようにはしゃいでいる。

 「ちょっとー、今大事なお話中だからねー?」

 店長でもある奈美がやんわりとたしなめると、彼女らは名残惜しげに手を振って開店準備に戻っていった。

 「みんなミーハーで困っちゃいますね。でも、それだけ愛理さんの活躍が知られてるって事ですよ♪」

 「なんだか……自分でも不思議です。前にこのお店に来た時には、今の自分なんて想像も出来なかった……」

 「そうですか?私は愛理さんと初めてお話した時から、絶対大物になる!って思ってましたよ?」

 「そんな……奈美さんったら!」

 他愛ない会話に、思わず口を開けて笑う愛理。

 来店した時の緊張を、暫し忘れていた。

 奈美は突如ポン、と手を叩き、思い出したように本題を切り出した。

 「そうだ!今日の愛理さんの出演するショーなんですけど……」

 「えぇ……ん?き、今日!?」

10

 あまりにも唐突だ。

 打ち合わせのつもりで訪れたはずが、今日がショー当日だなんて。

 「む、無理ですッ!さすがにぶっつけ本番なんて!私、今日は打ち合わせのつもりで……!」

 「だーいじょうぶです❤︎私がしっかりリードするので、愛理さんはすべて!私に委ねてください❤︎」

 奈美は鼻息荒く胸を張ると、スウェットの上からも分かるボリュームある胸をトンッ、と力強く叩いた。

 愛理は恐る恐る、口を開く。

 「私は……どんな感じでいれば……?」

 「そうですねー、数回あるショーの中で20分程度の演目があるので、それにチャレンジしてもらおうかと……」

 「あの……縛られたり、吊るされたり……みたいな?」

 「そうですそうです!いわゆる緊縛ショー、ってやつですね」

 緊縛──。

 言葉の重厚感に、愛理は思わず息を呑む。

 「痛いヤツは……鞭とか、ローソクとか……」

 「あ、そういうのも興味あります?だったら……」

 「いえ!大丈夫です!緊縛だけやります!!」

 目を輝かせ始めた奈美に、何やら嫌な予感を感じた愛理は即座に否定した。

 だが、愛理はすぐに気付く。

 (アレ?私……今、〝緊縛やります〟って言っちゃった?)

 どうやら、奈美が一枚上手であったようだ。

11

 午後11時。

 週末という事もあり、SMバー「Sodomソドム」は開店から満席の大盛況だ。

 ドア一枚が隔てる、世俗と狂気の境界線……。

 皆一様に酒も回り、店内は混沌を極めていた。

 テーブル席では初来店のグループ客が、緊縛体験でキャアキャアと声を上げて盛り上がる。

 鞭で打たれる客、女王様の椅子と化す客、ステージ上では複数人の客からで揉みくちゃに責められ、悦びの嬌声をあげるM嬢。

 カウンターでは愛を語り合う女性カップルが互いに矢も盾も堪らず、深く淫靡なキスを何度も何度も見せつけるように交えていた。

 そんな文字通り酔狂な女どもの、むせ返るような〝淫欲の宴〟の真っ只中に、愛理は裸で飛び込んでゆく。

 すでに今宵2度の演目を終え、最後は愛理のステージを待つばかりだ。

 (やっぱり……El Doradoエルドラードとは全然違う。緊張でクラクラしてきた……)

 乳首も陰唇も透けてしまう、薄地の純白ランジェリー姿。
 太い黒革の首輪を嵌められた愛理は居心地の悪さから仕切りに瞳を動かす。

 「愛理さん、自然体で大丈夫ですよ❤︎リラックスして、身も心も私に預けてください……❤︎」

 奈美が後ろから愛理の肩を抱きながら、耳元で囁く。
 
 奈美は開店前のスウェット姿とはまるで別人、小麦色の肌に食い込むような黒いエナメルボンデージに身を包み、目元を強調した深い紫色のアイシャドウとグロスは薄暗い店内でも一際ひときわギラギラと映えていた。

 このバーの店長、そして女王様として完全武装へと変身した奈美は、物腰柔らかな普段のイメージとは真反対の「強く誇り高きMistress女主人」だった。

 「じゃあ、そろそろ準備しましょうか!」

12

 ステージに降ろされたカーテンの内側で、ショーの準備が始まる。

 ジャラ……

 愛理の首輪の左右に鎖が繋がれ、その鎖は両手首を固定する革の枷に通されると、ステージに設置された真紅の十字架に施錠された。

 両手を広げてはりつけにされた愛理の顔が、いよいよ曇る。

 カチンッ

 「……!」

 錠の落ちる音。自由の剥奪。

 決定付けられた運命に、愛理は早くも怯えたように震え始める。

 カーテン越しに聞こえるキャストと客の騒ぐ声が、愛理の孤独を加速させてゆく。

 「愛理さん、お口開けて……」

 「えっ……んむゥッ!?んンッ……」

 奈美の声に振り向く間もなく、背後から愛理の口内にボールギャグが押し込まれる。

 「次、アイマスクね」

 「はゥゥッ、ん、んォォッ!?」

 突如、視界の一切が漆黒の闇と化す。

 愛理の恐怖が頂点に達する。

 (嫌ッ!怖いッ!助けてッ!)

 「んーッ!んゥゥーッ!!」

 半ばパニック状態の愛理が必死に身を捩ると、その震える身体を長くしなやかな両腕が正面から包むように抱き止めた。

 「落ち着いて……大丈夫……愛理さん、美しいです……❤︎」

 (奈美さん……!奈美さん……!)

 何も見えない暗闇の世界で、奈美の甘い声と肌の温もり、鼻腔をくすぐる香水の薫りだけが鮮明な輪郭を映し出す。

 (離れないでッ!私を……一人にしないでッ!)

 チュッ❤︎

 頬に、優しいキス。

 不安に押し潰されそうな愛理への、ねぎらいの接吻だろうか。
 それとも哀れな奴隷女への、施しの愛撫だろうか。

 突如、フロアが静寂に包まれBGMが変わる。

 儚げなピアノの旋律が、この〝20分の物語〟の幕開けだった。

 「さぁ……〝愛理の世界〟を魅せてあげて……❤︎」
感想 28

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