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#45 セントラルタワー突入
しおりを挟む図書館での戦いから数時間後――俺たちはトンネルの最終地点に集結していた。
日付が変わり、完全統合計画の実施まで残り12時間。都市の地下に息づく、冷たい土の匂い。そこでデビットが端末を操作しながら、トンネルの状態をチェックをしていた。
「最終確認完了。
……トンネルはセントラルタワー地下3階まで直線で通じています」
「途中の障害は?」
「情報によれば、自動防衛ドローン多数。
強化エージェントの配置も確認。
精鋭部隊――“ゼロ・ガード”の情報は不明です」
ドクター・ヴァインが眼鏡を押し上げながら補足する。
「地下10階のコア・プロセッサまでは直線距離で150メートルほど。
ただし、床越しにプラナ・ウェーブを放っても、どこまで効果があるかは未知数だな」
「つまり、安全地帯からの干渉はできないってことか」
俺は低く呟き、仲間たちの顔を順に見た。
ミラ、ルナ、カイ――突入班の主力。
ドクター・ヴァインとリーナは後方支援。
技術班のデビット、セシリア。
マルコス、チェスター筆頭の人類解放戦線の仲間たち。
そして、ジンやジェイコブを筆頭とした覚醒エージェント45名。
戦いに怯える者は、ひとりもいなかった。皆の想いはただ1つだ。
「――俺たちの目的はマザーのコアを破壊し、完全統合計画を止めることだ。
そして、チップで操られている人々を解放する」
「守備隊のエージェントもチップに操られているだけです。
出来れば殺さずに無力化を」
ジェイコブが真っ直ぐな目で言った。
「分かってる。
……ただし、強化エージェントや耐性チップ持ちは容赦なく攻撃してくる。
生き残ることが最優先だ」
「了解!」
彼らの返答に、俺は深く頷いた。
---
そして――深夜0時。トンネルの終端。厚い隔壁の前に、ドクター・ヴァインが起爆装置を設置する。
「準備完了。威力は十分だが、爆発と同時におそらく警報が響く」
「構わない。――強行突入だ」
ヴァインがスイッチを押す。
「起爆まで、3……2……1――!」
爆音がトンネル全域を揺るがした。土が砕け、金属の壁が吹き飛ぶ。舞い上がる粉塵の向こうに、セントラルタワー地下の鋼鉄フロアが現れた。
「突入!」
俺の号令で、仲間たちが一斉に走り出す。警報がけたたましく鳴り響き、警戒灯が回転して通路を赤く染め上げる。
「敵反応、5つ!」
カイの報告に、俺は即座に指示を出す。
「無力化しろ。殺すな!」
「了解――《ミスト》!」
ルナが放つ濃い霧が走廊を覆い、敵の視界を奪う。するとミラが素早く《バインド》を展開、エージェントたちを光の鎖で拘束。その隙に覚醒者たちが制圧をする。
「悪いな、今は我慢していてくれ」
5名のエージェントは何が起きたかわからず、混乱していた。構わず拘束して無力化する。
「地下3階、制圧完了!」
「地上からの増援に備えろ!」
数名が偵察へと走り、俺たちは慎重に地下4階へと降りた。しかし順調なのはここまでだった――予想通り、防衛システムが作動し始めたのだ。
---
「警告。警告。不正侵入者を確認。防衛プロトコル発動」
無機質なアナウンスと共に、天井が開いた。鋼鉄の脚を持つドローン群が次々と降下してくる。全方向から赤い光が飛び俺たちに狙いを定めた。
「来たな……!全員散開!」
「ディスク・アーツ《サンダーボルト》!」
雷撃が走り、ドローンを直撃させる。だが装甲は異常に硬く、焼け焦げた表面がすぐに再生する。
「嘘だろ、再生するのか!?」
ジンが叫ぶ。
俺は掌を構え、集中する。プラナを圧縮し、狙いを一点に――
「ブラスト!」
衝撃波がドローンを吹き飛ばすが、それでも一撃では落ちない。すぐに反撃の弾幕が放たれる。
プラナ・ブレードなら一撃で斬れるだろうが、接近するのが困難だった。なにより、アレは消耗が激しすぎる。
「くっ……数が多すぎる!」
ミラが叫びながら防御結界を展開した。閃光と爆音が入り混じり、視界が一瞬ホワイトアウトする。
「プラナ・ウェーブで無力化は?」
「いや、まだだ。師匠のプラナは温存したい!」
カイの叫びに、俺は息を荒げながらも叫び返す――師匠のプラナは、切り札の1つ。きっと必要になる時が来る。
俺たちはじりじりと押されながらも、反撃を続けた。覚醒者たちの連携と、ルナの支援がなければ、とっくに突破されていた。そして30分後――
「……終わったか」
ドローンの残骸が、金属臭と煙を撒き散らしながら床に転がる。地下4階の制圧が完了したが、3名の覚醒者が重傷を負い、戦闘不能になっていた。
「ここまでの警備でこれか。この先は、もっと地獄だろうな」
ジンが吐き捨てるように言い、ジェイコブは静かに頷く。
「行こう。……戦えない者は後方に残ってくれ」
少数を護衛として残し、俺たちはさらに下層――地下5階へと進む。
---
だがそこには、想定外の敵が待っていた。
「……人形か?」
フロア中央に立っていたのは、5体の戦闘アンドロイド。人間と見紛うほどの造形に、背筋が冷える。その一体一体が異なる武装を持っていて、俺たちの行く手を塞いだ。
「来るぞ!」
「「ディスク・アーツ」」
「《サンダーボルト》」「《ファイアショット》」「《アイスランス》」
三種のアーツが同時に放たれる。空気が焼け、床が凍り、雷が閃く。
「《シールド――》!」「ディスク・アーツ《バリア》!」
全員で防御結界を張るが、衝撃が全身に響いた。障壁が歪み、耳鳴りが止まらない。
「これは……エージェントの戦闘データを完全再現してるのか!」
ドクター・ヴァインの叫びが聞こえた瞬間、アンドロイドが一斉に動いた。まるで意思を持っているかのような反応で、俺たちを翻弄する。
剣と弾丸、炎と氷。無秩序のようでいて、計算された連携攻撃。まるで第三者が俯瞰しながら、操っているかのようだった。
――それでも、退けるわけにはいかない。
俺は全身のプラナを解放し、声を上げた。
「全員、合わせろ!同時攻撃だ!」
ミラの光弾、カイの雷撃、ルナの爆炎。覚醒者たちが次々に限界まで力を放ち、5体の戦闘人形を1体ずつ破壊していく。
長い戦いの果てに、最後の1体が膝をつき、沈黙した。焦げた金属の匂いと、仲間の荒い呼吸の音だけが残る。
「……終わったか」
「さすがにキツい」
ミラが呟くのを、それを呼吸を整えながらルナが拾っていた。だが、その表情は厳しい。
「まだ先は長い。急ごう」
そう呟きながら、俺は下層への階段を見下ろした――マザーの心臓部は、まだまだ先だ。
---
俺たちは、血と油の匂いが混ざった通路を抜け――地下6階へと辿り着いた。
目の前には強化エージェントの群れが待ち構えている。ここから先は、更に厳しい戦いになると覚悟していた。反応速度も、攻撃の威力も、通常の兵士をはるかに超えている集団だ。
ミラが前に出て「シールド」で防壁を展開するが、光の壁が何度も砕け散る。ルナが支援術を連続発動し、俺は「ブラスト」を撃ち続けた。激しい戦闘に壁は焦げ、床はひび割れ、仲間の息遣いすら戦場の音に溶けていく。ひとり、またひとりと戦闘不能になりながらも、俺たちは進み続けた。皆、前に進むことだけしか考えていなかった。
――そして、地下8階。
「背後から新たなエージェント部隊、接近中!」
カイの報告が響く。その声に、全員の動きが一瞬止まった。
振り向くと、長い廊下の向こうに20人程の影――完全武装のエージェント部隊が、整然と歩いてくる。その先頭に立つのは、黒い装甲をまとった男だった。
「投降しろ。これ以上の抵抗は無意味だ」
感情のない声が通路に響く。だが、どこか違和感があった。…彼の声には意思を感じる。
その声にジェイコブが一歩、前へ出た。その背中は、とても頼もしく感じる。
「私はジェイコブ・サンド。元特殊部隊隊長だ」
「……ジェイコブ?
なぜお前がここに?」
そう答える男の声には戸惑いの感情が現れていた。この人は、以前プラナ・ウェーブを受けたのかもしれない。
「真実を知ったからだ。
イクス…俺たちは騙されていた」
その言葉に、イクスと呼ばれた指揮官の眉がわずかに動く。
「何を言っている?」
「俺たちは、市民を守っていると思っていた。
だが実際は――恐怖で支配していたんだ」
俺は息を吸い込み、ジェイコブの隣に立つ。
「皆さん、お願いだ。少しでいい、話を聞いてくれ」
「黙れ。テロリストの言葉など聞く価値はない」
「俺たちはテロリストじゃない。
人類を、あなたたちを――守りたいだけだ」
その瞬間、この空間に不気味なノイズが走った。
---
『市民の皆さん、これより完全統合計画を開始します』
――マザーの声だ。無機質なのに、どこか“優しい”。慈悲を装った支配者の声。
『恐れることはありません。
あなたの思考は最適化され、苦しみから解放されます。
これより、完全な平和を実現します』
その瞬間、俺の背筋が凍りついた――ついに、始まったのか。
「嘘……!
予定より、早い……」
ルナの嘆きが空しく響き渡る――まだだ、まだ終われない。
「行かせてくれ!
このままでは市民たちの意志が永久に奪われてしまうんだぞ!!」
沈黙。わずかに、イクスの眉が震えた。
「それは……市民の安全のためだ」
「本当にそう思いますか?
自分の意志を無くした人間が、本当に幸せでしょうか?」
ジェイコブが問いかけると、政府エージェントたちの間にざわめきが起きた。
「俺たちが守るのは……?市民…?
それともマザーの命令?…」
彼の部下たちが互いに顔を見合わせると、その中のひとりが呟いた。
「俺たちは……何のために戦っているんだ……?」
俺は一歩前へ出る。
「まだ遅くない。
……一緒に来てくれ。人類の自由のために!」
その時だった。
「その感傷は不要です」
冷たく、美しい声が空間を切り裂いた。靴音が響き、黒い軍服の女が姿を現す。長い銀髪、無機質な瞳――コロネル・エリザベス・ヴァンス。彼女の後ろには、新たに10名のエージェントが居た。
「久しいですね、レイ・シンクレア」
その唇に、氷のような笑みが浮かぶ。
「まだ無駄な抵抗を?」
「俺たちは、まだ諦めていない」
「愚かだわ。完全統合計画は、すでに稼働中。
あなたたちの戦いは――無意味よ」
その言葉に、胸の奥が焼けるように痛んだ――時間がない。けれど、ここで退けば何も残らない。
「イクス」
ヴァンスの声が冷たく落ちる。
「侵入者を排除しなさい」
「……しかし、大佐」
イクスの声が震えた。
「ジェイコブは……俺たちの仲間でした」
「仲間?」
ヴァンスが鼻で笑う。
「彼は裏切り者。――処分対象よ」
そして、ヴァンスはイクスの首筋に小さな装置を当てた。電子音が響き、彼の目が――無機質な光に染まる。
「強制制御コード、発動」
彼女の言葉と同時に、イクスが無表情のまま銃を構えた。
「任務開始。侵入者を――排除する」
俺は息を呑んだ。さっきまで人間だった男の瞳から、意思が完全に消えていた。
「くそっ、ヴァンス大佐っ……!」
ヴァンスは静かに微笑む。
「見なさい。これが“秩序”よ。
命令に従い、迷わず、感情を捨てた――完璧に機能する部隊」
その姿に、俺の中で怒りと悲しみが爆発した。
「それが……お前たちの言う人類の“平和”かよ!」
「そうよ、レイ・シンクレア。
あなたのような感情に縋る“欠陥品”を、世界はもう必要としていないの」
その瞬間、イクスが引き金を引いた――それを合図に、戦闘が始まってしまった。
彼の部下たちも戸惑いながらも、俺たちに武器を構える。だがヴァンス大佐により、完全に制御されたエージェントの方には迷いも恐怖もない。命令を忠実に果たすだけの兵器となっていた。
「ディスク・アーツ《ファイアショット》《アイスショット》」
制御兵たちから無数の光が撃ち込まれた。
「ダブル・アーツ《メテオフォール》《サンダーストーム》」
さらにイクスの頭上から無数の光弾が降り注ぎ、炸裂する雷撃が空間を焼く。防御障壁を展開しながら、俺は歯を食いしばった――数が違う。このままでは押し潰される。
「このままじゃ全滅よ!」
カイの声が焦りを帯びる。
分かっている。俺も同じ考えだ。胸の奥に浮かぶのは、ただ一つの選択肢。
――オルフェンのプラナを使うしかないのか?
だがその時。背後から、別の銃声が響いた。
「レイさん!!」
振り返ると、そこには市民たちがいた――人類解放戦線の一部のメンバーと共に。
彼らに連れられて避難したはずの人たち。それが、逆に彼らを引き連れていた。武器を手に、震える足で、それでも前へと出てくる。
「マリア!?トム!?」
「私たちも戦います!」
マリアが叫ぶ。
「あなたが守ってくれた街を、今度は私たちが守る番です!」
トムも息を荒げながら笑った。
「このまま黙って奪われるなんて、もうごめんだ!」
「すまん。止められなかった!」
「どうしても行くんだって…」
ノーマンとサラが申し訳なさそうにしていた。だが、その表情はどこか誇らしげだった。その様子に胸の奥が熱くなる――ああ、これが“人の意志”なのか。
「よし、いくぞ!」
俺は叫んだ。
「全員、援護してくれ!」
「はい!」
---
市民たちの参戦で、戦場の空気が変わった。
彼らはディスク・アーツを使えない。だが、旧式の武器で必死に援護をしてくれている。何より――その勇気が、エージェントたちの心を揺さぶっていた。
「市民を守るために戦う!」
ジンが叫び、剣を振るう。
「それが、俺たちの本来の使命だろ!」
「……何をしてるんだ、俺たちは?」
誰かが呟くと、また別の1人が叫んだ。
「市民を撃つなんて……間違ってる!」
次々に、イクスの部下たちが制御兵との間に割って入る。それを見た制御兵の動きにも、一瞬の動揺が走った。
心が、制御の鎖を拒み始めているかのように。
だがその時、ヴァンス大佐が動いた。
「…全員、強制制御コードを発動する!」
彼女の怒声が響き渡った。そのまま手元の装置を掲げると、それは赤く光り始めた。
――まずい。このままでは!
俺は決断して、急ぎ装置に手を添えた。胸の奥で燃える、師匠のプラナを呼び覚ます。
「プラナ・ウェーブ――集中照射モード!」
青白い閃光が、視界を呑み込む。師匠の力が全身を駆け抜け、俺の意識が一瞬だけ白く染まった。
爆発のような衝撃の後、ヴァンス大佐の制御装置がショートし、煙を上げて弾けた。
「な……俺は…何を…」
イクスが頭を押さえて苦しむ。
「システム異常……制御、不可」
エージェントたちの瞳から、冷たい光が消えていった。彼らが、再び“人間”に戻っていく。
だが、俺の消耗も激しい。
「……はぁ、はぁ……!」
俺は膝をついた。体の芯が冷えていく――オルフェンのプラナは、もう感じられない。
「大丈夫……?」
カイが俺の肩を支える。
「大丈夫だ」
俺は立ち上がった。
「これからは、俺たち自身の力でやるしかない」
イクスが、まだ朦朧とした声で言った。
「ジェイコブ……本当なのか?
俺たちは……騙されていたのか?」
「そうです」
ジェイコブが頷く。
「だが、今からでも間に合います。一緒に戦いませんか?」
「まだ終わってないわ!」
ヴァンス大佐が吠えた。
「最終防衛システム――起動」
彼女がそう宣言すると、床下から低い振動が響いてくる。
『警告、警告。コア・プロセッサに敵対勢力接近中。
最終防衛モード開始』
警報が鳴り響いた。廊下の壁が開くと、重武装の戦闘人形たちが並んでいた。
「これが私の切り札よ」
ヴァンス大佐そう言いながら、戦闘アンドロイドに近づく。
「自律戦闘兵装、多数確認!」
カイの叫ぶような悲鳴が上がる。それを聞いたヴァンスが勝ち誇ったように笑った。
「これでおしまいよ、レイ・シンクレア」
「……いや、まだだ」
俺はプラナ・ブレードを構えた。…オルフェンの力はもうない。けれど、心の火はまだ消えていない。
「皆、行くぞ!コア・プロセッサまで突破する!
装置は破棄。博士たちは市民の避難を!」
「無謀ね!」
「無謀でもなんでも――やらなきゃならない。
人類の自由を、取り戻すために!」
ヴァンスの蔑みに、俺の叫びが重なった瞬間――ジンとジェイコブ、そして覚醒したエージェントたちが前に出た。ヴァンスの前に立ちはだかり、壁となる。
「時間を稼ぐ。お前たちは先に行ってくれ!」
「でも――!」
「いいから行け!」
ジンが振り返り、笑った。
「時間がないんだろ?ここは俺たちに任せろ!」
「……わかった」
俺はミラたちと共に、走り出した。その背後で、再び轟音と閃光が爆ぜる。
――誰もが、自分の意志で戦っている。
それが人の力の源であり、マザーでも制御しきれないものだった。
俺は走る。
師匠の遺志と、市民の願いと、仲間たちの想いを背負って――この先にある、戦いの終着点へ。
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