悪役令嬢と魔王

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王子とマイア

⑪王子の襲撃

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 マイアは、部屋で手紙を書いていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「マイア様。今日からマイア様のお世話をする王家付きの侍女長が挨拶に来られています。いかがしましょうか?」

 部屋の前を守る衛兵が、お伺いに入ってきた。

「そうね。そこで待っててもらえる?今大事な手紙を読んでいるの」

 マイアは、軽い感じでそう答えた。

「分かりました」

 衛兵は、慇懃に礼をして下がった。


 それから2時間、ナーシャは、扉の前で待ち続けた。すぐに入れると思っていたが、待てども待てども呼ぶ気配がない。次第にいらいらとした感情が高まり出す。

(普通2時間もこんなところで待たす?しかも初めての相手に対して。いくらご令嬢でもこれは酷いわ。マイア様の我が儘ぶりは王家にも声が届いていた。でも、これは想像以上にダメ令嬢じゃない)

 王家で完璧に仕事をこなしてきたというプライドが傷つけられた気がした。いくら使用人だからって、こんな仕打ちはあんまりだ。怒りが限界まで達したその時、やっとマイアから呼ばれた。

「失礼いたします」

 ナーシャが完璧な動作で中に入ると、顔を動かすことなく、机で手紙を書いている。さきほど手紙を読んでいるということだったから、その返事だろうか。

「今日よりマイア様のお世話をすることになりました侍女のナーシャです。何かあればいつでもお申しつけください」

「そう」

 マイアは、素っ気ない返事を返した。書いた手紙を封筒に入れる。

「では、この手紙をガストン伯爵家に届けてくれるかしら。急ぎの手紙だから、今日中にね」

「分かりました。では早速届けさせますね」

 マイアから手紙を受け取り、出口へ向かおうとする。

「うん?何を言ってるの?あなたが届けるのよ」

「えっ……?」

(はぁ?何を言ってるの、この人)

「あの~わたくし、今日こちらに来たばかりなんですが……」

 ナーシャは努めて冷静に言った。

「だから?大切な手紙だから、ガストン伯爵にはくれぐれも失礼のないようにね。気難しい人だから」

(いやいや。大切な手紙を今日来たばかりの人に渡す?それもガストン伯爵なんて知らないし、気難しい人って何なの?)

「でしたら、ガストン伯爵をよくご存じの方に行って頂いた方がいいかと」

「うん?どうして?王家で侍女長だったんでしょう?優秀なんでしょう?それとも名ばかり?」

 ピクピクとこめかみが揺れる。

(何なのこの人。あぁぁぁ~~ムカツク。我が儘にも限度があるわ。でも我慢よナーシャ。あなたは、王家の方々から絶大な信頼を受けてきたのよ。これぐらいで動揺したらだめよ。相手はただの我が儘な猫よ。動物を相手に怒るなんておかしいわ)

「ガストン伯爵邸がどこか分かりませんし、こんな夜中に行って、たどり着ける自信もありません。それに、わたしが行って、失礼を働いたらいけませんので」

 ナーシャは、顔を引き攣らせながら、冷静な声で答えた。

「あなた馬鹿なの?歩いていくわけじゃないでしょう?馬車に乗って行き先を言えば着くわよ。それに、仮にも王家の侍女長だったんだから手紙ぐらい届けなさい。届けるくらい子どもでもできるわよ」

 ナーシャの手がプルプルと震える。ナーシャの頭の中では、初めて言われた「あなた馬鹿なの?」が何度も何度も繰り返し再生される。

(きぃいいいーーーー、ムカツクムカツク。その無駄に綺麗な顔にドロをなすりつけてやりたいぐらいにムカツク。ハァ……ハァ)

 ナーシャは、鋼のような精神で自制する自分を褒めてあげたいぐらいだった。

「わ、分かりました。すぐに届けてきます」

 ナーシャは、感情を押し殺して部屋を出ようとした。出る前にチラリとマイアを振り向くと、本を読みながら楽しそうにしている。何らナーシャを気にしない姿に、呪いの言葉を呟いた。

(どこかでつまずいて、頭打っちゃえ。この我が儘姫)

 それでも、扉は完璧に無音で閉めた。

 心を落ち着け、ナーシャは歩き始めた。

(そうよ。わたしは王家で侍女長をしてきた、この国最高の侍女なのよ。これぐらい何でもないわ。完璧にこなしてみせる)

 普段の自分に戻り、目を見開くと、身体が宙を浮いていた。どうやら足をひっかけたようだ。そのまま床に頭をぶつける。ひどい痛みが、頭を襲った。

(あぁぁ、もうなんなのよーーーーーーなんなのーーーーーーーーー)




(さてと、しつけの時間だ)

 ややお酒を飲んでしまったのか、王子の足下はふらついている。アリスは、部屋で待機させている。後で来させて、一緒に楽しむのも悪くない。

 酔った頭でマイアを思い出す。見た感じでは、胸も大きく、抱き心地も良さそうだった。宴席でのなまいきぶりが、王子の下半身を熱くさせた。

(オレの目の前で土下座させて、屈服させてやる)

 マイアの部屋はすぐに見つかった。

 衛兵は、王子を見ると、緊張したように敬礼をする。が、手でいなすと、マイアの部屋にノックもせずに入った。

「こんな夜更けに淑女の部屋に入るのは、常識を疑われるのでは?」

 ソファーに座り、紅茶を飲むマイアが、意地の悪い笑みを浮かべている。

「婚約者の部屋に入るのに、ノックなんかいらんさ」

「そう?わたしは、あなたに興味ないわ。部屋を出て行ってくれる?」

(ちぇっ、気取りやがって。どうせちょっと抱いてやれば、オレにイチコロさ)

「一緒にお酒でも飲もうぜ。どうせ結婚するんだからさ」

 そう言って、持ってきたワインと2つのグラスをテーブルに置き、ワインを注ぐと、マイアに差し出した。自分のグラスにもワインを入れ、乾杯を要求するしぐさをする。

「ねぇ、自分に酔ってるの?それともお酒に酔ってるの?」

 マイアが、それを見て、馬鹿にしたようにぞんざいにセリフを吐いてきた。

 生まれてここまで、屈辱的な言い方をされたことはない。ほぼ初対面で言っていい間柄に、この馴れ馴れしい口調。見下したような態度に王子は、腹が立った。

(さすがのなまいきっぷりだぜ。ムカツクわ~)

「おいおい、分かっているのか。オレはエイジス国の王子だってことをよ~。オレがその気になれば、アルバーン公爵家なんて潰すのはわけないんだぜ」

「それは脅しかしら。エイジス国の王子が、脅ししかできないただのチンピラだなんてね。国の将来が心配だわ。王子を名乗るなら、非常識にも夜中に女性の部屋に勝手に入る無礼を今後止めることね」

 グサグサと胸に突き刺さるような言葉を投げかけてきた。王子は、マイアがあきらかに挑発していると感じた。

「たかが公爵家の令嬢のくせに、王家の自分に身分をわきまえずに挑みかかってくるとはな。噂以上のダメ令嬢だぜ~。ここで立場というものを分からせてやるよ」

 だが、マイアは、一向にひるんだ様子もなく、それどころか小馬鹿にした笑みを浮かべる。

「立場?ダメ令嬢?あんたに言われたくないね。聞いてるわよ、あなたの過ごした学園でのこと」

「はぁん?学園では常に成績トップだったオレの評判をか」

 やれやれといった様子で、両手を拡げた。そんなマイアの顔が憎たらしくて仕方がない。

(なんなんだ。これほど人を苛立たせやがって~。クソったれ)

「その逆よ。実は常に成績最下位なのを、王子という位を笠に着て、成績トップにしてもらっていたってね。学園も可哀想よね。こんなボンクラの頭の足りんっこちゃんに忖度しあげないといけないなんて。同情しちゃうわ」

「ふ、ふざけるな。誰がそんなことを言ったのだ。名前を言え、名前を。処罰してやる」

 王子は、頭に血がのぼり、持っていたグラスをテーブルに叩きつけた。それでも、涼しそうな顔をしているマイアを睨み付けた。

「あはははは。だからボンクラちゃんって言うのよ。自分で、そうですって言ってるようなもんじゃない。それに、あんた、自分がモテると勘違いしてるでしょ?」

「勘違い?勘違いではなく、本当にモテるんだよ。どんな女もオレの性奴隷さ。オレが抱いてやれば、オレから離れられなくなる。その身体に分からせてやるよ」

 (もう遠慮はいらないぜ~。たっぷり調教してやる)

 マイアに向かって進んでいく。

「下半身には自信があるみたいだけど、そんな王子を貴族達は何て言ってるか知ってる?」

 マイアのもったいぶった言い方に、身体が止まる。

(なんだ。なんなんだ)

「何て言ってる?」

「言っていいのかしら?」

 勝ち誇った態度に心底怒りを覚えた。屈辱に身体が震える。

「早く言えぇーーー」

 王子は、マイアに怒鳴った。

「女にしか相手にされない能なし。あっ、他にもあったわ。下半身でしかしゃべられない馬鹿王子って言う人もいたわね。あんまりぴったりな表現だから、ぜひあなたに知らせたくて」

 そう言って、マイアは爆笑する。

 怒りでプチッと切れた。マイアをソファーに押し倒し、ドレスを脱がしにかかる。服を手で掴み、力いっぱい引っ張って、破いていった。それなのに、マイアは、悲鳴一つあげない。それが、王子をさらに苛立たせた。

「ふざけやがって。たっぷりその身体で償わせてやるぞ。泣けよ、喚けよ。誰も助けてくれはしないがな」

 服を捲り、肌が見えた瞬間、なぜか身体が拘束される。

「王子、オイタはいけませんね。さすがに無理矢理はやめましょうよ」

「そうですよ。我々はマイア様の護衛なので、こんな恥知らずな行為は見過ごせません」

 いつの間にか屈強な衛兵数人に両腕を固められ、身動きできなくなる。

「く、くそ、離せ離せオレを誰だと思ってる。この国の王子だぞ。こんなことをしてただで済むと思うなよ。潰す。このアルバーン公爵家ごと潰す。今ここで土下座して謝るなら、許してやってもいいぞ」

 それでも動じないマイアに焦れたのか、「誰か、誰かいないか。こいつらを引っ捕らえろ」と部屋の外にいるはずの近衛兵に向かって叫んだ。

 マイアは、慌てる様子もなく、拘束された王子を覗き込んだ。

「お生憎だけど、誰も来ないわよ。全員うちの騎士達が、拘束しているからね」

「なっ、このくそアマ~。離せ、離しやがれ。絶対に許さねぇーからな、戦争だ。エイジス国総出でおまえらを攻めに来させるぞ」

「戦争?まっ、いいんだけど。それよりも、あなた言ってはいけないことを言ったわ。それが絶対に許せない」

 マイアの綺麗な瞳に、憎悪の炎が宿っていることを見えた。とっさに殺されると感じて、怯える。

「な、なんだよ。何のことだよ」

「ハイバン帝國の人達のことを蔑んだでしょう?あなたに彼らの苦しみが分かれば、ゴキブリだなんて発言、絶対に出てこないわ」

「はぁん?本当のことだろう?あいつらは、人間の形をしたただの生き物さ。生きるも死ぬもオレたち高貴な人間の胸一つだ」

「そう。謝る気はないわけね」

「謝る?はぁ、何を馬鹿なことを。謝るどころか、そうだな~。王家がハイバン帝國の交易を取り戻したら、あいつらをたっぷり嬲ってやるよ。なぁ~、犯したらどんな声で鳴くかな。うひゃひゃひゃ。顔や身体だけはいい女がいそうだからな~。旦那や恋人の前で、たっぷり犯し抜いてやる。あぁ~、今から楽しみでならないや」

 王子は、妄想をしているのか、心の底から楽しんでいるようだった。

「好きにいってなさい。虫ずが走るわ。これ以上顔も見たくない」

 マイアは、机に向かい、紙に何やら書くと戻ってきて、衛兵に渡した。

「夜中に忍び込んできたこの不審者は、丸裸にして屋敷の外に縛りつけておきなさい。それから、裸にこれを張ってね」

 今手渡しばかりの紙を指さす。紙には『ぼくは破廉恥な王子です。裸をどうぞみてください。そうすれば喜びます』と書いてある。

「ふ、ふざけるな。離せ、離すんだ」

「こんなことで許されると思わないでね。いずれあなたたちは、滅びるわ」

 マイアは、吐き捨てるように言うと部屋から出て行った。

 王子は、あるだけの力を絞って暴れるが、屈強な兵士達相手ではびくともしない。裸にされたまま、屋敷の外に運び出されるのだった。
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