人妻嬲り

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南川は,テレビをじっと見つめていた。テレビでは,リポーターが,ある一流会社の詐欺事件が大きく報道されていた。特に,南川が,その会社に興味があるわけでも,会社が詐欺に巻き込まれ,損害を被ったことに対してなんらかの感情があるわけでもない。

 南川が興味を引くのは,その会社に勤めている知人に対してだった。独自に入手した情報によると,詐欺事件の担当に,その知人が大きく関わっているらしく,連日その対応に追われている。

 南川の頭に,山根鈴音の清楚な顔が思い浮かんだ。京都育ちの由緒正しい家で育ち,純和風の顔立ちで,控えめな所作ながら,最近さらに色気を増してきた美しい女性だ。そして,南川が,人生で初めて結婚を申し込み,断られた女性でもある。

 初めて彼女に会ったのは,京都大学医学部5回生のとき。心許せる唯一の親友から「オレの彼女なんだ」と照れながら紹介されたのは,まだ女子校の2年生だった鈴音だった。一目見た瞬間,すべての風景が止まり,大写しになって目に入ってきた。心をぎゅっと掴まれ,息ができないような苦しさとともに我を失った。まだ高校生というのに,はっとするような美貌と日本古来の美を受け継いだような佇まいに,南川は一瞬で恋に落ちた。

 それからは,親友の彼女,そのうち親友の妻として接しないといけない悔しさと空しさをどこかにぶつけるように,いろいろな女と付き合った。

 南川は,モデルにも負けない整った顔に,高身長ということもあって,何もしなくても女から寄ってきた。しかも,代々の資産家で,大学時代に亡くなった親の遺産を受け継いだ病院をさらに大きくし,手広く事業も展開したので,資産はますます増えていった。そのため,お金目当てで近付く女も多かった。

 それもあってか,日々違う女を抱きながら,女を愛するという気持ちが遠くなっていった。性癖のSMに楽しみを見いだし,女を調教することに生きがいを感じていったのだった。

 ただ,女を嬲りながら,ふと鈴音のことが頭に浮かんでくることがあった。怒張を突きながら,鈴音ならどんな声を出すのだろうか,縛りながら,きっとうっとりするぐらいに美しいに違いない,などと妄想を膨らませ,慌てて打ち消した。

 鈴音が結婚して15年。親友が急な病で亡くなった。鈴音の優花とともに,家族ぐるみで付き合ってきた南川は,喪が明けてから,鈴音に会って,優花を娘として育てたい,ぜひ結婚して欲しいとプロポーズした。

 これまでずっと,鈴音への愛を胸に秘めていた南川にとって,この時をどれだけ,望んでいたことか。彼女のためなら,どんなことでもするつもりだった。これまでの女関係をすべて精算し,一から良き夫,良き父親としていくつもりだった。

 ところが,鈴音は,結婚を断り,南川を避けるようにして,亡くなった夫の知り合いの男と再婚した。その時の絶望といったらなかった。引き裂かれるような思いに,すべてに絶望し,女への調教に走った。自分を唯一慰められるのは,嗜虐と快楽しかなかったからだ。

 鈴音は,再婚すると,不思議と自分の娘の優花を南川に預け,夫の転勤先である東京についていった。鈴音いわく,娘は,京都で育てたいということだった。月に一度,娘の優花に会いに,東京からこの京都に来て,数日南川邸に泊まって,帰って行くということが2年続いた。

 ところが,鈴音ははっきり言わないが,先月,再婚して初めて京都には来なかった。恐らく,この事件が大きく影響しているのだろう。鈴音は大丈夫だろうか,振られても,なお彼女のことが心配でならなかった。

「おじさま,ただいま」

「優花ちゃん,お帰り」

 弾けるばかりの笑顔の優花は,息を飲むほどの美少女だった。顔は,鈴音というよりは,親友の顔に似ている。親友も南川に負けず劣らずの美男子だったので,綺麗な顔立ちなのも頷ける。女子校の制服が,ぴったりと雰囲気に合っていて,妙に艶めかしい。

 鈴音が純和風なら,優花は,目鼻立ちがややはっきりしていて,華やかな印象を受ける。学校でもすごい人気のようで,いろんな男子から交際を申し込まれているようだ。だが,優花は,他に好きな人がいることを知っている。南川の養子の将紀だ。将紀は,母校の大学で,医学生をしている。

「将紀が来ていたよ」

 自分の部屋に向かおうとした優花の背中に言った。

「将紀さんが? 今どこにいらっしゃるの?」

「帰ったよ。学生をしながら,病院も手伝っているからね。忙しいのさ」

  将紀は,高級マンションで一人暮らしをしている。もちろん,学費から生活費まですべて自分で稼いでいる。南川の若いときと一緒だ。そして,性癖まで一緒ときている。いつか,優花も将紀から,調教を受けるのだろうかと,ふと思った。

「優花ちゃんに会いたいと言っていたよ」

「本当に残念。来るなら,lineで教えてくれたらよかったのに。そしたら,部活から飛んで帰ってきたわ」

 優花ははぁーっとため息をついた。

「将紀にはいつでも会えるさ。それより,今日は2ケ月ぶりにお母さんに会えるから,すぐ準備して」

「分かりました」

 優花は,気を取り直して,階段を駆け上がった。

 二階に上った優花はすぐバスルームに入った。生まれたままの姿になった体は,雪白の肌がテニスで流した汗に桜色に色づいて,知りそめた思春期の息吹きに弾むようだ。

 硬くふくれた乳ぶさ,引き締まった腹,むっちり張った腰,スラリと伸びた下肢──奔出するシャワーの湯が,絹のような傷一つない美しい肌を流れていく。

 優花はそれらをいつくしむように,両手で撫でまわす。乳ぶさの上でちっちゃなピンクの乳首がはずみ,愛らしい臍が息づき,はかなげに芽生えた飾り毛が湯に濡れて艶やかに雪白の肌にへばりつく。

 やがて優花は,軽くハミングしながら,スポンジに石けんを吸わせて体を洗いはじめた。

 こすられた肌はさらにピンクの耀きを増し,その耀きが体のしなやかな動きと共に躍る。発達途上の突き出した尻にまぶされた石けんの泡が,シャワーに流されて,美しい曲線なりにすべり落ちる。

 ひととおり流し終ると,優花はためらいがちに股をくつろげた。石けんをまぶした指をおずおずとそのなかにさしのべてゆく。

 顔を仰向き加減にして眼を閉じ,長く反った睫毛を顫わせながら,指をひっそり動かしはじめた。思い浮かべるのは,愛おし人の顔。

 柔かな肉襞が指の下で割れて,指頭が隠れた。くちゅという水音がかすかに響く。

「ああ,将紀さん……」

 喘ぐように口走る。

 指がためらいつつ秘めやかに動く。愛する人を思えば思うほど,身体が火照り,指が無意識に動いていく。

 シャワーが無数の雫となって肌で弾け,みごとな起伏にそって幾すじもの流れとなって滴る。

 白くほそい指が,今や洗うという目的を忘れたように淫らに動いている。

 仰向けた頬に濃い紅の色がにじみ,清楚な美少女から艶めかしい女の表情が顔を出す。

 片手を壁のタイルについて崩れようとする体を支え,いや,いや,と小さく喘ぎながら腰を揺すりはじめた。半眼に開いた眼が,少女とは思えぬ情感をトロリと光らせて,しきりにさらなる快感を求めるが,どうしていいのか分からないといった感じだ。しこって突き出した乳ぶさの上に,乳首がピンと立っていた。

「将紀さん……」

 もう一度口走り,行為を止めた。

 しばらく眼をつぶり,呼吸をととのえていた優花は,やがてふたたびシャワーを手にすると,残りの石けんを洗い流しはじめた。




 南川は優花と一緒にロールス.ロイスに乗って,羽田へ優花の母親を出迎えに出かけた。

 国際線と違って,国内線の到着ロビーには華やかさはない。その中に降り立った鈴音夫人は,地味なつくりなのにもかかわらず,夏の宵闇の中に咲く白い夕顔の花さながらに,人眼を惹いた。

 それを迎える南川の胸は,月に一度の逢瀕にはやる若い恋人のように,ときめくのをどうしようもない。

「お母さん」

 南川の傍から優花がうれしそうに歓声をあげて駆け出して行く。

 それを見つけて夫人の眼元がほころぶ。

 優花がその腕にすがりつく。

「元気してた?」

 久しぶりに娘に会い,夫人の眼から愛情があふれる。

 周囲の人たちは,この美しい母娘の出会いに一瞬我を忘れたように見とれていた。

 二人はもつれ合うように南川の所へ来た。

「いらっしゃい」

「お久しぶりでございます」

 鈴音夫人がふかぶかと頭を下げた。

「またお世話になりにまいりました」

「あちらではお変りもなかったですか」

「はい,おかげさまで」

 上品な香りが,夫人が運んできた雰囲気と共に南川をふんわりくるみ込むようであった。心が柄にもなく弾む。

 夫人を中にして駐車場の方に步いた。外はすっかり暮れて,遠く近くの灯が光を増しはじめていた。

「どうぞ,奥様」

 ドアを開けた運転手がうやうやしく頭を下げた。

 空港からまっすぐ京都の一流料理店に向かい,夕食をとった。

「お母さまがいらっしゃる楽しみのひとつは,こんな豪華なお夕食がいただけることなの」

 そんな冗談を言ってみなを笑わせながら,優花はよく食べ,よくしゃべった。

 それに笑顔を向けていちいちうなずきながら,鈴音夫人はつつましく口元を動かしている。はた目からはしあわせな一家と見えたことだろう。

(すこしやつれたようだ)

 もっぱら聞き役にまわった南川は,一杯のワインにポォーーと頬を染めた鈴音夫人を見やりながら,思った。表情にしても,笑顔はつくっているが,胸になにか悩みありげである。

 しかし,南川はそのことを優花の前では口に出して訊かなかった。

 それを訊いたのは,屋敷へ帰り,居間に二人きりで向かい合ったときであった。

「いつまでも子どもで困りますわ。わたくしの居ない時も,ご厄介ばかりかけているのでしょう」

 一時間ばかり二階の部屋に連れ込まれておしゃべりの相手をさせられた夫人は,ほつれた毛を白い指で掻き上げながら,それでも満ち足りた母親らしい笑顔を南川に向けた。

「で,おとなしく寝ましたか」

「一緒に寝ると言って聞きませんでしたわ」

「離れたくないんでしょうね」

 優花の気持ちを思いながら,南川は一隅にしつらえてあるホームバーに行った。

 そこで慣れた手さばきでシェーカーを振りながら,南川は訊いたのである。

「すこしやつれたようですが,何か心配ごとでもあるのですか?」

「そうですかしら」

 夫人は頬に指をそえて,美しい顔をちょっともたげたが,そのまま黙り込んでしまった。眼の前のテーブルに氷とピンクの液体の入ったタンブラーを置かれても,黙ったままであった。

 南川は憂いのためにかえって艶を増したような鈴音夫人の姿を見やりながら,ドライ・マティーニを口に運んだ。

「近頃,主人が勤め先で何か心配ごとがあるらしくて,それを何も言ってくれないものですから,ついわたくしまで……」

 ポツリと夫人が言った。

「今度の京都行きも,わたくし止めようかと申したんですが,行け行けと言うものですから……」

「それはご心配ですね」

「それで申しわけないのですけれど,今回はすぐに帰らせていただこうと思って,明日の最終便を予約して参りましたの」

「そうですか,それは優花ちゃんがガッカリするでしょうね」

(やはりチャンスは今夜しかないわけだ)

 と,南川はタンブラーをそっと含む夫人の口元を見やった。

 タンブラーの中味は氷で冷やされているうえに,口当りがいい。お酒に弱い夫人もそれに誘われて,気持ちよさそうに飲んでいる。

 タンブラーが半分ばかり空になったところで,南川は切り出した。

「心配ごとがあるというのにこんなことを言い出すのは,気がとがめるんですが,今夜しか機会がないとなると,気がせくものですから」

 鈴音夫人はタンブラーをテーブルにもどして,ちょっと姿勢をあらためた。

「あのこと,考えていただけましたか?」

 迫られて,夫人は眼を伏せ,膝の上の手を握り合わせた。

「そのお話は,今夜はなさらないで下さいまし」

「今はご主人のことで悩んでいるのはわかっています。でも,わたしの気持ちも察してください」

「何度も申し上げておりますように,わたくし今の主人と別れる気持ちは毛頭ございません。ことに昨今のような状態でいる主人を捨てるなどということは」

「あの時わたしの求婚を受け入れて下さっていれば,こんなに苦しむことはなかったのにと思うと胸が苦しいのです」

 南川は身を乗り出した。

「どうしてわたしから逃げたのです。わたしの気持ちは充分おわかりだったはずだし,あなただって,わたしのことが嫌いではなかったはずだ」

 鈴音夫人はじっと黙り,やがて,南川を見返した。

「わたくし……南川さんが,こわいのです……」

「愛し過ぎているからこわいのではないのですか」

 南つい思いの強さから,そう口走った。

「わたくしは,主人を愛しておりますわ」

「嘘だ」

 気張って南川を見返していた夫人の眼が,ふとよろめくように伏せられた。が,すぐ気を取り直して,眼をしっかり見張った。

「嘘では・・・・・・・・・ありません・・・・・・・」

「では,どうして優花ちゃんをぼくに預けたのです。こうやって月に1回は会いに来るではないですか?」

「そ,それは・・・・・・」

 不意に床脇の戸棚の上の家庭電話が無粋な音を立て始めた。

「なんだ,今頃」

 南川は大事な話を邪魔され,不機嫌に受話器にのばした。

「東京から奥さまにお電話でございます」

 メイドの声が聞えてきた。南川はこちらにつながせた。

「東京からだそうだ」

 鈴音夫人はハッと衝かれたように頬を硬化させた。急いで受話器を受け取り,耳に当てた。

「山根晴樹さんの奥さんですか?」

 耳を寄せた南川にもかすかに先方の声が伝わってくる。

「こちらは東京の警察署の者ですが」

 夫人は息を呑んだ。

「もしもし,主人が何か……」

 せき込むように問いかける耳に,非情な報せが伝わってきた。

「ついさっき──零時頃と思われますが,ご主人の運転なさっている車が路傍の電柱に激突いたしまして……」

 ヒイッと悲鳴をあげて,意識を失った。南川は,急いで鈴音の身体を支えた。

「もしもし,それで?」

 南川は受話器を自分の耳に当てた。

「運転者は泥酔状態で,覚悟の自殺と思われるフシもあります。すぐこちらにお帰り願いたいのですが。もしもし,あなたは奥さんとどのようなご関係のお方ですか……もしもし……もしもし……」

 南川はその声を聞きながら,受話器をもどした。

「死んでしまったか……」

南川は,夫人を抱き締めながら,決意を固めるのだった。
 
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