吸血種の少年の話

woruka

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2話

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静かでどこかしっとりとした空気。今は夜か、朝か…
うっすらと意識が戻ってくる。
横では少年がソファで横になっている。まだ寝てるのだろうか?
少し眺めてみるも微動だにしない少年の口元に思わず手を差し伸べ、

息は…ちゃんとしているな…。

昨日の事を思い出す。噛みつかれた事に驚いて咄嗟に殴り、気絶したから連れ帰った。うん。これ誘拐だよな…と自身の今後について悩みだすしかない。
うんうんと頭を抱えていると伸ばした手にひやりとした感触があった。
「これ…」
少年の顔に近づけた左手を気づけば少年が小さな手で覆うように握っていた。
昨日の今日で学習していなかった。この手を間髪入れずに噛まれたじゃないか!
左手を大げさにひっこめて一瞬バランスを崩しそうになった。
大人げないが表情には恐怖がにじみ出ていたと思う。
「なんだ。くれないの。」
「やんねえよ!」
思わず大きい声を出してしまう。いやいやあげるとかあげないとか言う話じゃないだろ。というか…なんだ…"くれないの?"って…昨日噛んだのはこいつにとっての攻撃のはず…でも、これ…もしかして
「お前…人を"食べる"のか…?」
顔面を蒼白した大人の目の前で少年は横になったままうとうとと瞬きをして大きくあくびをした。
「ふあ…お兄さん、俺の事怖くないの?…放っておけばいいのに。…わざわざこんな所にさ」
寝言をぽつりぽつりと呟くように少年は話続ける。
「ねえ。それさ…まだ痛む?」
昨日噛まれた左手に目線を移され神経を左手に巡らせた。手当をしていた時には歯型で穴が出来ていたし、噛まれたんだから痛いに決まってる。
少年は昨晩とは違った物憂げな瞳で左手を見つめ、ゆったりと身体を起こした。
「痛い事しないから」
それかして、という風に手を広げてくる少年に食卓で醤油取って、くらいのフランクさを感じてその空気に流され左手を差し出してしまう。
まともに考えてみるとここで言われるがまま差し出すのは馬鹿だなとは思う。

少年は包帯をくるくると外しガーゼをベリっと外すと血液が垂れた。瘡蓋がガーゼにくっついていた様だ、
痛々しいこの左手には歯型通りくっきりと穴が空いていて滅入りそうな程グロテスクで下瞼をあげて見ないようにした。


ぬるっと柔らかい感触が左手から伝わる。舐めている。出血した所を穴の中までジュッジュッと吸う音が聞こえる。少年の行為を直視出来ないまま気持ちの悪さで鳥肌が立ち絶句していた。噛まれた時の様なガツンと来る痛みは無いにしろ傷口に舌を這われれば痛いのは当然。声を漏らさないよう生唾を"んぐんぐ"と飲んでいると、とんとんと胸板と叩かれた。
「顔、真っ青」
大分きつい、と少年に告げると見ないようにしていた左手を目線の高さに持ちあげられる。俺は思わず「は?」と声を出してしまった。
先ほどまで穴が空いて血が滴っていた左手が、ちょっとぶつけて少し内出血してます。程度のケガになっていた。
もちろん穴は塞がっていて、舐めとれなかった少々の血が手を汚している程度。

「これは通報しないでいてくれた礼ね。」
少年は理解が追い付かない俺に真顔でぼそっと呟いた。
一体なんなんだ、この少年は。
「頭殴られて痛かったけど、俺も噛んだし、それはおあいこ様って事でいいよね?」
少し飲ませてもらったし…と小さく付け加えながら少年はぽきぽきと首を鳴らしていた。そこで初めて"吸血鬼"という生物について思い出した。いくらなんでもファンタジーすぎる…こんな普通の繁華街に、こんな普通の少年が…小さな女の子を…。
…やっと頭の整理がついてしまった。
「聞いてもいいか?」
少年は応えずに首を鳴らしていた態勢のまま停止してまっすぐに俺を見た。
「女の子の血を飲もうとした。女の子は結果的に死ぬ予定だった。違うか?」
少年は呆れた表情で目を細めて俺を見、すっと立ち上がり玄関へと視線を移した。応えないのなら近からず遠からずなのだろうと勝手に決めつけた。
ドラマで見る狂人殺人鬼の様に女の子を手にかけてそれを楽しんでいるようには見えなかった。だが小学生の少年があんなに簡単に見知らぬ小さな女の子を路地裏の暗闇に誘いこめるようなテクニックを持っているのも不思議ではある。ただそれだけ事に及んでいるのでは、そう考えると今少年を外に出してはいけない。玄関を塞ぐように少年の前に立ちはだかった。
「殺すのはよくないだろ」
黙りこくっていた少年の何かに触れたのか眉間に皺をよせて睨みつけて来た。
「へえ。あの子が死ぬのは"悪"い事で、俺が死ぬのは"良"いんだ?」
そんな事は一言も言ってない、何を悲観的になっているんだ。そんな言葉が口から漏れそうになったその時。
「死にたくない」
続けて少年の声はどんどんと小さくなっていって、死ぬのはとても苦しいんだと言った様に聞こえた。俯きながら話す少年の顔は影になっていて表情がうまく見えなかった。辛そうな声を聞いた所で一体俺はどうすればいいんだ。どうすれば。

「いつでも…飲みに来ていいから」

左手を少年の目下に突きつける。少年の表情は変わらず見えない。
「俺が死なない程度なら…これやるから。人も、お前も…死なせるな」
考える余裕がなく一語一語をゆっくりと声に出す。少年がまた突拍子もない行動をしてくるのではと、せっかく治してもらった左手が昨晩の痛みを思い出し疼きだす。
ふーっと煙草の煙を吐くように少年が長めの息を吐き、俺の左手に手を添えそのままゆっくりと退けた。
思ったよりも落ち着いた様子にただただ眺める事しか出来ないでいると玄関のドアを開けて少年は外へ踏み出した。慌てて腕を捕まえようと手を伸ばすもするりと少年の細い腕はすり抜けてしまう。
外では鳩がほう・ほうと鳴き、空は明るみ始めているがまだ薄暗い。少年の顔にも薄暗い影が落ち夜明けの色に染まる。二、三歩歩いたところで振り向いて口を開いた。

「○○高校、高橋翔」

高校の名前に聞き覚えはないが素性を明かした上で「逃げないから追ってこないで」という意味が込められているのだろうか。
少年・高橋翔はすたすたと街の暗闇に吸い込まれて消えていった。

高橋翔の姿が見えなくなると指先まで張りつめていた神経がどっと脱力感に見舞われた。ソファにどかっと倒れこみぐしゃぐしゃと頭をかく。
吸血鬼?一瞬で治ったこの左手?ずっと夢を見ていたんじゃないか?
あまりにも非現実的な事柄に左手を握っては開いてみる。
「は?待てよ…しかも、あんなチビが"高校生"だと?」
もうこれ以上はお手上げだと考えるのをやめてとりあえず煙草を詰める事しか出来なかった。

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