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第2章 夏

20. (Rena side)

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秘密にするということと、嘘をつくということ。
それは似ているようで、全然違う。

前者は、ただ黙っているだけで、
後者は、相手を騙す。

ママがよく言っていた。
秘密はつくってもいいけれど、嘘は絶対につかないでね、って。
嘘をつくのは人の心を傷つける事になるから、いけないことよ、って。

子どもの頃は、よく分からずに頷いていた。

だけど、今は思う。

私と伶の関係は、
そのふたつのどっちを選べばいいのだろう。



「———は!?」
目の前のパソコンの画面に映るパパに、私と伶は同時に聞き返した。

朝の7時半。
私たちが寝ている間に、『起きたら連絡して』とパパからメールがきていた。
それで今、起きて少し経ったところで、伶と一緒にパソコンでビデオ電話をしている。

繋がってすぐ、パパは私たちに、
『2人とも、りっちゃんって覚えてるよね?』
と、聞いてきた。

りっちゃんは、私たちが小さい頃から日本でいう中学1年生くらいまで、長期休暇の時にうちに来てくれていた"日本語の先生"。
ドイツでの生活は、普段パパとママとしか日本語で話さない。
それに今と同じで、学校がお休みの時はパパママは忙しくて家を開けることが多くて。
だから、住み込みで私たちのお世話をしてくれながら日本語を教えてくれる、いわばシッター兼、先生。
それがりっちゃんだと思っていた。

思っていた、っていうのは、今まさにパパにこう言われたからだ。
『りっちゃんは、父さんのお姉ちゃんなんだよね。ようするに、2人にとっては伯母さんになるんだけれど』
その言葉に、私も伶も驚いて、それで同時に聞き返してしまった。
『あ…、ごめんね、ずっと黙っていて』
固まっている私たちに、パパは申し訳なさそうに謝る。
『それで、そのりっちゃんなんだけど。今日、うちに来るから…そっちの家ね。客間を整えてほしいんだよ。3日ほど居てくれるって』
「いいけど、どうして急に?」
『昨日、父さんの父親が来たって言ってたでしょ。それでりっちゃんに連絡してみたら、2人の様子を見に行ってみると言ってくれたから、お願いしたんだ』
「俺たちは平気だよ。でも、りっちゃんに会えるのは嬉しい」
『そう、よかった。お昼頃には着くと言っていたからよろしくね』
パパと伶の会話を黙って聞いていたんだけど。
それはどうしても今の会話に関係ないことを言いたくて、タイミングを待っていた。
「ねえ、パパ!」
2人の話が途切れたところで、パパに話しかける。
「りっちゃんに、パパの小さい頃の話を聞いてもいい?」
『えっ?そんな不意打ちをくらうとは思ってもみなかったなあ。ダメだって言っても玲奈は聞かないでしょ』
画面の向こうでパパが笑っている。
「だってパパ、家族の話もそうだったけど、自分の話だってあんまりしてくれないんだもん」
『恥ずかしいから、ほどほどにしておいてね』
「やだ。いっぱい知りたい!」
『もー…玲奈は』
私の答えに、パパは困ったなって顔をしていたけれど。
そんなの気にしない。

子どもの頃の私たちは、家族のカタチになんか興味がなくて。
ただ、パパとママと伶と私、その4人ですべて。
それ以外の家族の存在を聞いたこともなければ、聞こうと思ったことすらなかった。
それに、パパもママも、子どもの頃はどうだった…みたいな話をすることもなかった。
日本に来ることになって初めて、ママのお父さん(おじいちゃん)とお兄ちゃん(伯父さん)の存在を知ったの。
事情の複雑さと、行ったこともないアジアの端っこへ引っ越すことの不安で心がいっぱいになっちゃって、パパのほうの家族は?なんて思いもしなかった。
少し前に進路の話しで、パパが家族について少しだけ話してくれてやっと、パパにだって親兄弟いるよねって気づいたくらい。
それがまさか、パパのお姉ちゃんは昔から知ってた人だったなんて。
日本にきたばかりの頃と違って、今は心に余裕があるし、今から来てくれるのは子どもの頃から大好きな人だし、パパのことたくさん聞いちゃおう!ってすごく楽しみになった。

朝ごはんを食べて、部屋の掃除と片付けを伶と分担する。
普段は来客なんかないから、お客様用の部屋はないんだけど、リビングの奥が仕切れるようになっているから、そこを使いやすいようにキレイにした。
「…こんなもんでいいかな?」
伶に同意を求められて頷く。
クローゼットから折りたたみ式の簡易ベッドを出して、少しだけ部屋の家具の位置を変えただけだけど、ちゃんとひとつの部屋ぽくなった。
「りっちゃん来るの楽しみだね」
私がそう言うと、今度は伶がそれに頷く。
こどもの頃、りっちゃんは来てくれる度、すごく楽しいことを提案してくれた。
庭でキャンプしたり、一緒に秘密基地つくったり、ボディペイントして遊んだり、クッキーでお菓子の家を組み立てて色んなお菓子でデコレーションしたり。
そんなだから、パパとママが不在にしていても、寂しくなかった。
ここ数年会えなかったのは、私たちのお守りが必要なくなったからなのかな?

「ねえ、玲奈」
片付けた部屋をぼーっと眺めながら考え事をしていると、突然、伶にうしろから抱きしめられる。
「れっ…れい?」
びっくりして顔を振り向かせると、すぐさまキスされた。
「りっちゃん来るのはもちろん楽しみだけど。りっちゃんがいる3日間は、こーゆーコトできないでしょ」
「そ、そうだけど…」
「3日分、今、充電させてよ」
耳元で、そんな伶の甘い声がする。
ぎゅっと抱きしめられて、ドキドキと同時に、ゾクゾクするような身の置き所のないような気分になる。
…これ、こないだの夜と、同じ感じ。
ドキドキして熱くて、ゾクゾクして力が入らなくなって。
触れられるたびに、そんな感覚になって怖いのに、もっとたくさん触れてもらいたくなる…。
「充電って、何すればいいの?」
「そうだなあ…」
「…っ!」
不意に伶の手が私の服の中に入ってきて、ビクッと体を震わせた。
かあっと全身が熱くなるのが分かる。
「伶…」
「うーそ。そういうエッチなことじゃなくて」
泣きそうな声で名前を呼んだ私に、伶は冗談ぽくそう言うと、すぐに肌に触れるのをやめてもう一度ぎゅっと抱きしめてくれた。
…でも、私、嫌だったわけじゃくて。
あの不思議な感覚にまだ慣れなくて、そんな声が出ちゃっただけ。
「しばらくこのまま、抱きしめさせて」
「……だめ」
伶の言葉を否定して、緩んだ伶の腕からスルリと抜け出した。
そして、伶の方を向く。
「私も伶のこと、ぎゅってしたい」
残念そうな表情をしていた伶が、すぐに驚いた表情に変わる。
それからいつもの、優しい表情になった。
「おいで」
伶の腕の中に飛び込んで、正面からぎゅっと、伶のことを抱きしめた。
胸に顔を埋めて、心臓の音を確かめる。
私のドキドキと伶のドキドキが、同じくらいだと嬉しいなって思って。
こないだの夜は、裸を目の当たりにしたこの伶の広い胸が、"男の人"って感じで最初怖かったけど、抱きしめてもらったら安心できた。
「…どのくらいぎゅってしてたら、3日分の充電できる?」
しばらくしてから伶に聞いてみると、私の頭の上で伶がふふっと笑う。
「玲奈」
名前を呼ばれて顔を上げると、伶の顔が近づいてきて。
あと少しで唇と唇が触れる…ってところで、目を閉じた。

ピンポーン

突然聞こえてくるその音に、私も伶も驚いてお互いから離れる。
「ああ、もう…。し損ねた」
眉間シワ寄せて、真っ赤になってる伶がカワイイ。
伶はそのままリビングの入り口の方へ歩いて行って、インターホンに応答する。
「ハイ」
『あ、伶かな?私だよ~』
懐かしい声が聞こえてきて、私も伶の後ろからモニターを覗き見ると、明るい笑顔で手を振る女性が映っていた。
いつも笑顔で、その顔を見ているだけで元気がもらえる。
それが、りっちゃん。
「今、あけるね」
伶が答えて、モニターを切る。
玄関へ向かおうとする伶の腕を引っ張った。
「…待って」
「ん?」
「えっと…その……」
呼び止めたはいいけど、そのあとの言葉につまる。
りっちゃんと3人になる前に、一瞬でいいから…。
「……っ!」
なんて言おうか迷って視線を泳がせていると、近距離で伶と目が合う。
びっくりして、心臓がドクンと鳴った時にはもう、伶との距離はなくなっていて、慌てて目を閉じた。
やわらかい唇の感触に、そこから熱が広がる。
心地いいドキドキに包まれて、昔と同じ、ふわふわってした気持ちになった。
たった数秒の短いキス。
「よし、充電完了だな」
伶はそう言って笑うと、私の頭をわしゃわしゃっと撫でた。
少し前までは、伶とキスするのもドキドキしすぎて、気持ちがついていくのなんてやっとだったのに。
さっき、自分からして欲しいって、思ってた。
玄関へ向かう伶の背中を追いながら、火照った顔が早く冷めるよう、手で仰ぐ。

「伶!玲奈~!!久しぶりね」
玄関を開けると、相変わらず元気なりっちゃんに、私と伶は一緒に抱きしめられた。
「伶っ、背伸びたわね!前に会った時は私と同じくらいだったのに。もう涼ちゃんと同じくらい?それに声変わりもして!!それに玲奈もキレイになって女の子らしくなったわ~。外を駆けずり回って、虫だのなんだの捕まえてきてたヤンチャ娘だったのにねっ!」
玄関先で、私と伶の顔を交互に見ながら、りっちゃんが捲し立てる。
「来るのに迷わなかった?言ってくれたら迎えに行ったのに」
伶が宥めるようにそう言って、りっちゃんが持っていた荷物を受け取る。
「この家には、数回来たことがあるのよ。2人には会えずじまいだったけどね」
「えっ!?そうなの?パパもママも何も言ってくれなかった」
パパもママも意地悪だなって思って頬を膨らませたけれど、そもそも親類だってことを知らされてなかったから仕方ないかあ…。
私のことだから、聞けば聞いたで『どうして来たの!?何しに来たの??』ってなることは目にみえてるもんね。
「玲奈、怒らないの。涼ちゃんも瑠華ちゃんも、気持ちが色々と複雑なのよ」
りっちゃんにそう嗜められる。
本当は、パパとママはどうして家族の話をしてくれないのか聞きたかったけど、それはりっちゃんに聞くことじゃないなって思って、言葉を飲み込んだ。

「涼ちゃんから聞いたけれど、私達のお父さんがここへ訪ねてきたんですって?2人とも驚いたでしょう」
ひとまず、荷物を用意した客間に置いて、3人でソファに座ってお茶を飲む。
「まあ…驚きはしたけど、丁寧な人だったよ。すぐに帰って行ったし。どっちかっていうと、父さんに報告した時に、怒りの表情を見た方が驚いたかな」
伶の答えに、私もうんうんと頷く。
私はおじいちゃんは見ていないからよく分からないけれど、パパと話した時に、パパがすっごく冷たい怖い顔をしたのに驚いた。
しょっちゅう怒られちゃう私でも、あんな冷たい目をされたことない…。
「私達の親が離婚している話は聞いているのよね?涼ちゃんはまだ、その時のことが許せていないのね」
りっちゃんはそう言って、少し寂しそうな顔で微笑んだ。
「おじいちゃんって、どんな人なのかな?何をしてる人?」
パパの話はパパから聞いた方がいいと思ったから、かわりにおじいちゃんのことを聞いてみる。
「お医者さんよ。まだ一応、現役で働いているから、平日にここに訪ねてくることはないと思うわ」
「そうなんだ!」
パパのパパなんてイマイチ想像がつかないけれど、お医者さんなんだ。
「2人が突然現れたおじいちゃんに動揺してないか心配だったけど、平気そうね」
「あんまり実感がわかないからかな。それに、母さんの方のおじいちゃんの話の時の方が、よっぽど驚いたし。ね?」
伶に同意を求められて、それに頷く。
いるって思ってなかったおじいちゃんの話を突然されて、しかも余命が幾ばくもない…なんて。
それに比べれば、パパの方のおじいちゃんなんて、まだ元気でお仕事もしてて、よかったなあって思ったくらい。
「そうなの。私と涼ちゃんの取り越し苦労だったみたいね」
私たちが突然の来訪者に動揺していないことを確認すると、りっちゃんはにっこり笑顔になる。
「よーしっ!!じゃあ、2人とも!何して遊ぼうか?」
この、聞き慣れたセリフ。
私も伶もつられて笑顔になる。

5、6年ぶりに会ったりっちゃんは、昔と何ら変わらなくて、私と伶を思いっきり童心に返らせてくれた。
買い物に行くのもゲームをするのも、ものすごく楽しくて、一日中笑いっぱなし。
こんなに笑ったのって、いつぶりだっけ?って考えたくらい。
ほっぺたが筋肉痛になりそう。

「ねー、私、りっちゃんと一緒に寝てもいい?」
夜になって、そろそろ寝ようかってなった時。
1人で寝るのが怖い私は、りっちゃんに甘える。
「いいわよー。じゃ、3人で寝よう。昔も3人で並んで寝たわよね~!」
「やった!」
「俺も一緒なの?」
喜ぶ私に、苦笑する伶。
でも嫌だよとは言わずに、布団を一式持ってきてくれた。
りっちゃんと私が、用意していたベッドに寝て、その下に伶が布団を敷いて寝る。
「りっちゃん、パパの小さい頃の話、聞かせて」
電気を消した暗くなった部屋で、ずっと聞きたかったことを聞いてみた。
すると、りっちゃんはクスクス笑う。
「涼ちゃんに、あんまり変なこと言わないよう注意されてるんだけど。そうね、涼ちゃんと私は7つ歳が離れているから、赤ちゃんの頃からよくお世話したわよ」
「えっ!7つも離れてるの!?」
伶が驚いた声を上げる。
…7つということは、りっちゃんは、50歳?
確かにそれは驚く。
パパと変わらないくらいの歳だと思ってた…。
りっちゃんはキレイで、ものすごくアクティブで、物知り。
「そうよ~。オムツも変えたし、ミルクも飲ませたわね。『りっちゃん、りっちゃん』って、ついて回ってきて、それは可愛かったわ。泣き虫で甘えん坊で、玲奈は涼ちゃんにソックリだなと思ってた」
「えぇ、パパがそんなだったなんて、嘘みたい」
今のパパからは想像がつかなくて笑ってしまう。
「何でも私の真似をしたがって、それでピアノを触るようになったのね。初めからビックリするくらい上手だったけれど、練習の虫でもあったわ」
「ムシ?昆虫のムシ?」
「そうそう。何かに熱中する人のことを、~の虫って言うのよ。涼ちゃんは、毎日ひたすらピアノの練習をしていたわね。私は『習わされてる』っていう感覚でやってたから、あっという間に涼ちゃんの方が上手になったのよ」
その話は、パパらしいなって素直に思う。
今でも家にいる時はずっとそうだもん。
一度、どうしてそんなに練習するの?って聞いたことがある。
パパの答えは『昨日の自分よりも下手くそになるのが嫌だから』だった。
パパは昔から、人一倍努力家なんだなあ…。
そういうところは、伶が同じだ。
「小さい頃は、私の彼氏にヤキモチ妬いちゃったりして可愛かったなあ。僕のりっちゃんなのに!って言って。そんなだから、初めて彼女ができたのも遅かったわよね」
私も伶も笑ってしまう。
パパは本当に自分の話をしてくれないから、パパもそんな子ども時代があったんだ!?って、すごく新鮮な驚きでたくさんだった。
話を聞いている限り、本当に仲良しの姉弟なのに、どうして今まで内緒にしてたんだろうって不思議。
そういえば、ママだって、お兄ちゃんとはすっごく仲良しなんだよね。
なのに、日本に来るまで存在すら教えてくれなかった。
ママに子どもの頃言われた、秘密と嘘の話は、きっとこの事を含めて言ってたんだよね…。
だって、内緒にはされていたけれど、『居ない』と、存在自体を否定されていたわけじゃないもの。

"家族"って、やっぱり難しいものなのかもしれない。
私はパパもママも伶も大好きで、家族みんな仲良しだと思うけれど。
でもパパとママに、兄妹としてじゃなく伶の事が好きって言えるか?と聞かれたら…。
それはやっぱり、言えない。
パパとママにどう思われるのか、怖い。
困らせることは分かりきってるから。
だから、パパやママの家族のことだって、今までの私だったら、
『何で教えてくれないの?何でなんで??』
って思っていただろうけど、ようやく、家族にでも言えないことはあるって理解できるようになった。

…私も少しは大人になったかな。


りっちゃんが居てくれた3日間は、本当に楽しくてあっと言う間に過ぎてしまって。
帰ってしまうりっちゃんを見送る玄関で、少ししょぼんとしているところ。
「玲奈!そんな顔しなくても、またいつでも会えるわよ。今は私も東京に住んでいるしね」
りっちゃんは笑って、私たちに連絡先を教えてくれた。
好きな時にいつでも連絡していいよって。
数年間会えなかったのは、仕事が忙しかったのと体調を悪くしていたせいだと教えてくれた。
ずっと2人に会いたかったんだよって、また抱きしめてくれる。
だから今回、すぐに飛んできてくれたんだって。
「…2人に聞きたいんだけれど。2人は、おじいちゃんに会ってみたいと思う?」
「うん」
りっちゃんからの質問に、私も伶も、間髪入れずに同時に頷いていた。
それを見て、りっちゃんが微笑む。
「分かったわ。涼ちゃんと話してみるわね。昔っから、頑固で融通が利かないから、一筋縄じゃいかないかもしれないけれどね!」
「ああー…。そんな気がするなあ」
伶が頷きながら笑う。
パパは、一度決めたらこう!ってそれを貫くタイプだもんね。
「そうは言っても家族だもの。話せばきっと分かってくれると思う。…じゃあ、私そろそろいくわね。久しぶりに2人に会えて楽しかったよ!またね!!」
大きく手を振って、りっちゃんは帰って行った。
姿が見えなくなるまで、伶と一緒に見送る。
すぐに会えるって言われたけれど、やっぱり別れは寂しい。
子どもの頃は毎回、バイバイする時は泣いて泣いて、パパとママを困らせていたっけ。

…なんだか、嵐みたいだったなあ。
突然現れて、サッと去っていく。
「玲奈、さみしい?」
玄関のドアを閉めて家の中に入ると、伶は私の様子を伺うように、顔を覗き込んでくる。
「…うん。りっちゃんが帰っちゃう時は、いつも泣いてたなあって思い出してた」
「はは。俺も泣いてたな。寂しいのもあったけど、玲奈が泣き止んでくれなくて、余計に悲しくなってた」
「えっ!伶も泣いてたの?」
「そうだよ。玲奈は、俺がいるだけじゃダメなのかな~って」
伶は優しい顔で笑って私の頭を撫でると、リビングの方へ向かって先に歩き出す。
「早く大きくなって、玲奈を安心させられるようになりたいなって、ずっと思ってたよ」
伸びをしながらそんなことを言う伶の背中を、じっと見つめた。

大きく、広くなった背中。
私はいつも、伶に安心をもらってるよ。

「玲奈、来ないの?」
リビングのドアの前で伶が振り返って、立ち止まったままの私を呼ぶ。
「いくよっ」
答えると、伶は微笑んで、先にリビングの中に入って行った。

伶と肌を重ねることができて、少しだけ前に進んだ気になっていたけど。
そういうことじゃなくて、もっと気持ちが伶に追いつきたい。
もっとちゃんと大人になって、私も伶のことを安心させてあげたい。

「あー…。楽しかったけど、疲れた……」
リビングへ行くと、ソファに横になってる伶。 
最初の日こそ、近所のスーパー行っただけであとは家で過ごしたけれど、2日目も3日目も朝から晩まで外で遊んで、今日も朝から昼過ぎまでは外に出てたもんね。
私も疲れたけれど、伶は気遣いやさんだから、私以上に疲れたんだろうな…。
目を閉じて、ふう…と息を吐く伶の横に立って、上から見下ろした。
…キレイな顔。
サラサラの髪に、広い肩、長い指。
いつの間にか、大人の男の人になっちゃってて、知らない人みたいで怖いって思ってたけど。
伶は、私のために早く大人になりたいって思ってくれてたんだ…。
「…玲奈?」
伶の隣に寝転んで、ぎゅっと伶を抱きしめる。
「私、伶がそばに居てくれるだけで、すごく幸せだよ」
そう言うと、伶はふふっと小さく笑って、私の頭を撫でてくれた。
「玲奈、大好きだよ」
「わたしも、伶のことだいすきだよ」
パパにもママにも言えない。
だけど、心から想う、この気持ち。

伶に優しく背中を抱かれて、そっと目を閉じる。
温かくて、心地いい。

私たちは余程疲れていたのか、
そのまま朝まで一緒に眠ってしまっていた。


———もし。
もし、願いが叶うなら。

ずっとこのまま、
伶との関係は秘密のままでいさせて。 

伶のことが大好きだって、
嘘はつかないから。
だけどそれ以上の関係だってことは、
パパとママには知られたくないの。

禁忌を犯している罪は、
きちんと償うから。

そこにパパとママを巻き込みたくない。
大切だから、間違った方を選びたくない。

私はただ、
伶とずっと一緒に
並んで歩いて生きていきたいだけなの…。
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