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第二話 神様二人と同居生活開始

5.

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「千夜ーっ!」
そんなママの大きな声とともに、リビングのドアがバン!と勢いよく開く。

うわっ、どーしよ…。
ドアの方を振り向いたものの、声が出ない。

「エリカ殿、久しいな」
「暫くぶりだが、また一段と美しくなっておる」
私が口を開く前に、彗と蓮の2人がママに話しかけた。
「やだー!もっと言って!!」
上機嫌で、愛想を振りまくママ。

……え?
私はというと、状況がよく分からず、ママと神サマ2人とを交互に見る。
「知り合いなの…?」
ようやく出てきた言葉は、先のやりとりを聞いていれば分かる、そんな間抜けなもの。
…てことは、ママも2人が神サマだって知ってるってことよね。
私より霊感あるもんね。

驚いて固まっている私を見て、ママはにこにこ笑いながら隣に座る。
「知り合いに決まってるでしょ。お店の常連さん♡」
「はあ?神サマってキャバクラにも行くの!?」
ママの答えにドン引きして、目の前の2人を見やった。
「やだ、千夜。クラブの方よ?いいお客様だもの」
「こらこら、エリカ殿。千夜が俺たちを軽蔑の目で見ている」
「あ、そうね。千夜には冗談通じないものね」
うふふ、とママが笑う。
…なんだ冗談だったんだ。
蓮はエロ神サマだし、彗も女慣れしてるし、2人ともそーゆーお店が好きなのかと思っちゃったよ…。
「てかママ、仕事忙しいんじゃないの?何で突然帰ってきたの?」
「何でって自分の家に帰ってきたら悪い~?…なっちゃんから連絡きたのよ。千夜のこと心配して」
「えっ、菜月から?」
「そうよ。千夜が、昨日霊に取り憑かれた人から燃やされそうになって、それをイケメン神様が助けてくれて、その神様と一緒に暮らすって言ってるけど大丈夫?って。それで、面白そうだから仕事抜け出して帰ってきたのよ」
「ははは。エリカ殿らしいな」
蓮が笑いながらママのそばまで来て、グラスにスパークリングウォーターを注ぐ。
「エリカ殿、食事は?」
「おいしそうね。少し頂こうかしら」
彗に尋ねられて、ママは食べたい物を指差して、お皿に取り分けてもらう。
…相変わらずの、女王様ぶり。
それは神サマ相手でも変わらないのね。
「いただきまーす」
ママは私のことなんかお構いなしに、食事を口に運んで、おいしいと幸せそうな顔をする。

マイペースだなあ…。
この状況、何も気にならないのかな。

「…ねえママ。菜月の話を聞いて、ママは面白い以外何とも思わなかったの?男と一緒に暮らすって言ってるのに」
「えー?ママは、千夜は承諾しないだろうと思ってた。だから面白くて様子を見にきたのよ」
「どういうこと?ママは知ってたの?」
「うん。千夜が生まれた時から決まっていたし」
ママは、それはさも当たり前だというように、サラリとそう言ってのける。
「……は?」
ちょっと、ママが何言ってるか意味わかんない。
私が生まれた時から、決まっていた?
この2人と一緒に暮らすことが?

混乱して頭を抱えていると、ようやくお箸を置いて、ママは私の方を見た。
「それで、千夜はどっちを選んだの?どっちとも??」

———あ、そうか…。

ママは、神サマとの同居がどうのって部分だけを知っていたんじゃないのね。
18年前から、全てを知っていたんだ。

「エリカ殿、千夜はあの時の言葉を憶えておらぬと申しておるゆえ…」
私が何も言えないでいると、かわりに蓮が話してくれる。
それで蓮の方を見ると、ばっちり目が合っちゃって、蓮は言葉を続けるのをそこでやめる。
「…千夜に言葉遣いを直せと言われたんだった。エリカ殿の前だと調子が狂うな」
「え~?千夜ってばそんなこと言ったの?」
「ああ。学校へ行く前に、俺たちに雑誌の山をくれてね。服装と言葉遣いをどうにかしろと」
「それで、今日一日、ふたりで勉強したよ」
「やだー!千夜に甘いっ」
「千夜の願い事はすべて叶えてあげたいからね」
爆笑しているママと、テーブルの向こう側で爽やかに微笑む2人。

うっ…。
そんな顔されると、神サマにイマドキ男子を求めてしまった自分の心が醜く感じる。

「とにかく、千夜があの日の言葉を思い出すまでは、私たちもここで一緒に暮らそうということになったんだけど、エリカ殿はかまわないかな?」
「もちろん、いいわよ。部屋は2つ余ってるからそれぞれ好きに使ってね」
「ちょっ、ママ!?私まだ完全に同居を決めたわけじゃないんだけどっ」
このまま私の気持ちはお構いなしに話が進んでいきそうで、慌てて口を挟む。
2人に押し切られてこうなったけど、私の気持ちはまだ迷ってる状態。
「…なに言ってるの、千夜」
大きな声を出してしまった私に、ママの冷たい視線といつもと違う低い声が刺さる。
「あなた、条件はキチンと聞いたはずよね?断るなら最初にキッパリ断ってるはずよね?神様2人に自分の要望は押しつけたくせに、今更やっぱりやめたなんて、そんな無責任なことを言い出すつもりなの?」
「え、えっと…」
ヤバイ、反論できない。
本当に嫌なら、もっと強い意志をもって断っていたもんね。
2人の押しに流されてしまうってことは、心のどこかでは、一緒に暮らしていいって思ってたってことよね…。
ママの気迫に負けて、自分の中で答えを出した。
「それにね、千夜。あなたみたいに、ガサツな女子力皆無の干物女でも嫁にしたいと言ってる奇特な方が2人もいるのよ!?」
「ママ、娘に対して言葉が辛辣すぎない?」
「仕方ないわよ、事実だもの」
「千夜と一緒に俺たちもディスられたような…」
「仕方ないわよ、そっちも事実だもの」
ママはお構いなしに、私に向かって話し続ける。
「こんなに美味しいごはんを作ってくれて、あなたが散らかし放題だった家をこんなにキレイにお掃除してくれるイケメン男子は、もう2度と現れないわよ!」
ママに言われて、ハッとする。
ずっとゴハンばかりに気を取られていたけれど、言われてみれば、部屋の中がピカピカ輝いているような…。

リビングの方に目をやると、床には一切、物が落ちていない。
テレビの前のテーブルの上はいつも物が散乱してるけど、今は何も乗っていないし、ソファの上もいつもは洗濯終わった洋服をたたまず置いているけど、それもない。
モデルルームみたいに部屋の中がキレイ。
「あの、ソファの上の洗濯物はどこに…?」
おずおずと2人に聞いてみる。
「ああ、全部たたんで千夜のベッドの上に置いておいたぞ」
「もう少し色気のある下着だと嬉しいのだが」
「いやああああっ」
やっぱり見られてたんだ!
昼間、菜月にも言われたんだった。
あの時はそれで呆れてくれたら…とか考えていたけどさ。
「だからいつも、もっとセクシーなものにしなさいって言ってるでしょ。神様に色気ナシのパンツたたませるなんて、あなたくらいよ」
「そこは!片付けをキチンとしなさいって言うべきところだよね?」
「それはもう、何百回言っても直らないから諦めたのよ」

ママと言い合いをしている間、2人は残っていた食事をテキパキ片付けて、あっという間にテーブルの上を綺麗にしてくれる。
「エリカ殿。あまり長居はできないのだろう?千夜の誕生日ケーキがあるけど、食べていく?」
「え!食べる!天狗様が作ったケーキよね?」
「そう、俺がつくった」
「やった♡」
喜ぶママを見て、この3人は付き合いが長いんだなあって、改めて思う。
ママは彗がケーキ作れるのを知っているし、蓮はママの好きな飲み物を迷わず出していたし。
私は昨日まで、2人には会ったこともなかったのに、ママ達は随分とお互いに詳しそう。
少しだけ、疎外感を感じてしまう。

…あれっ。
疎外感て何だ!私!!
別に寂しくなるようなことないのに。
昨日から感情が色々乱れてるからだな、きっと。

キレイになったテーブルの上に、蓮が新しく持ってきたお皿とフォークを置く。
「そうだ、エリカ殿。人間生活に便利なようにと、私たちは千夜に名前をつけてもらったよ」
「え!」
再び私の向かいの席に座りながら、話題を変えるようにそう言った蓮の言葉に、ママが驚きの声を上げた。
「千夜ってばネーミングセンスないけれど、大丈夫?」
「ママ!!」
そっちの心配で驚いたのか…。
子どもの頃、私がぬいぐるみに名前をつける度、センスないってママは嘆いてもんね。
「まあ、なんだ。家電からとったと言われはしたが」
「やだ、家電ってなに?ルンバとか?」
「あ、そういうのもアリだったかあ」
「千夜。無しよ、絶対にナシ!!」
ママに即否定される。
ポチとかより断然いいじゃん!って思ったのになあ。
「いい名前をもらったよ」
落ち着いた、優しい声で蓮がそう言ってくれた。
「私は『蓮』と」
「俺は『彗』だ」
キッチンの向こうから、彗も答えてくれる。
それを聞いたママは、驚いた表情で私を見た。
「…千夜にしては上出来じゃない。ママびっくりした」
「え?そう?ママに褒められるの久しぶり」
単純に嬉しい。
ママとこうやって話すこともあまりないし、褒めてもらえるなんて滅多にないもん。
「千夜は知らずにつけただろうけど、『蓮』は世界の色んな神話にも出てくる神聖な花。ヒンドゥー教や仏教では豊穣の女神のシンボルね。お稲荷様も豊穣の神様だし、合ってるわ」
「へえぇ。さすがママ、物知りだね」
「それからね、昔は彗星や流星を天を駆ける狗と言っていて、それが天狗様の伝説の始まりね。だから『彗』も合ってるわね」
ママの説明に、ちょっと心が温かくなる。
意味は後付けになるけれども、ぴったりの名前を選べたんだって、すごく嬉しい。
「ていうか千夜。迷ってるとか言いながら、名前までつけるなんて、同棲する気満々だったんじゃない!!」
「ちっ違う!それにママ、同棲じゃない、同居!」
ニッコリと笑うママのその顔。
やっぱりこの状況を面白がってる。
さっきまでは、真面目な話でじーんときてたのにっ。
「同じ家に住んでイチャイチャするなら、同棲で正解よ」
「イチャイチャなんかしないもん!」
「なんだ千夜、昨日の夜のことをもう忘れてしまったの?」
「ひゃっ」
蓮が手を伸ばしてきて、私の手を握る。
な、ななな何で!ママがいる前でこんなことっ。
それに昨日の夜って…、手の甲やほっぺたにキスされたこと!?
「あらっ、すでに進展があったの~?」
「多少はね」
「ちょっ…まっ……」
ママと蓮の会話に、パニックになる。
進展?多少!?
ああああ、ヤバイ、また頭が爆発しそう。

「…その辺にしとけ。千夜、固まってるぞ」
ケーキを持ってきた彗が助け舟を出してくれて、蓮は私の手を離した。
それでもまだ心臓はドキドキいってる。
彗の手はゴツゴツと骨張った手だったけど、蓮の手はもう少し細くてしなやかだ。
同じ男の人でもこんなに違うんだ…って意識したら、ものすごく恥ずかしくなっちゃって、顔がやけに熱い。
「かわいいなあ」
蓮が私を見て微笑みながらそう言った。
そんなセリフ言われ慣れてないから、また余計に恥ずかしくなるじゃない。
目、合わせられない…。
「わあ~!おいしそう。さすがね」
ママのそんな嬉しそうな声で、視線を戻すと、彗がちょうどテーブルの真ん中にケーキを置いてくれたところだった。
それを見た瞬間、
「えっ!!」
思わず声が出ちゃって、そのケーキから目が離せなくなる。
手作りなの?完成度たっか!!
「すごい…」
「時間がなかったから、スタンダードなやつだよ」
彗の言うように、確かにスタンダードな生クリームのホールケーキなんだけど、どこからどう見てもお店で買ったものにしか見えない。
イチゴとブルーベリーの飾りつけがすっごくオシャレだし、ちゃんと『happy birthday』の文字が書かれたチョコプレートものっている。
さっきの蓮のお料理もだけど、こっちもプロ並み。
神サマってやっぱり器用なんだなあ…。
「千夜の誕生日の数だけ蝋燭を立てたいところだけど、穴だらけになるのもなんだから」
蓮がそう言って、数字のロウソクを立ててくれた。
そのロウソクの先に彗の指がそっと触れると、火がつく。
その光景が、すごく不思議。
風も火も、操れるんだ…。
そんな事を考えていると、ママがスマホのアプリで、室内の照明を落としてくれた。

暗くなった部屋に、ケーキと私たちだけが淡い光に照らされる。
「お誕生日の歌、うたうわよ!」
ママがそう言って、蓮も彗も一緒に、3人で私を見ながら歌ってくれた。
なんだか恥ずかしいけど、でも、もの凄く嬉しい。
くすぐったい気分で、自然と笑みが溢れる。

今年の誕生日は、殺されそうになったり、神様に出会ったり。
想像していなかったことが色々起こりすぎて、味わったことのない感情がたくさんで、訳のわからないまま過ぎ去っていったけど。
…だけど、一日経って、こうやってみんなにお祝いしてもらって。
今、すごく気分が軽やかで楽しい———…


みんなでわいわいケーキを食べた後、仕事に戻るママを私だけ玄関まで見送りにきていた。
「…ママ、たまにはちゃんと休んでね?」
背中越しに声をかけると、ママは振り向いて笑顔をくれる。
それから、私とは全然違う女性らしい所作でピンヒールのパンプスを履くと、今度は体ごと私の方に向き直った。
「千夜を産んだ時ね、陣痛の合間に一瞬、気を失ったの。その時に見たのが、千夜がよく見るって言ってる夢だった」
真っ直ぐに私を見ながら、ママがそんな話を始めた。
「…え、私が、死んじゃう時の夢…?」
「そう。2人の男の人が、願い事を叶えてあげるっていうやつね。それを見た時に気づいた。これから生まれてくる子の、前世の記憶なんだって。あなたが生まれて、部屋に2人きりでいた時に、ふわっと部屋の空気が揺れたの。身体を起こすと、部屋の隅にあの2人が立っていたわ」
18年前の、その時の光景を懐かしむように、ママはゆっくりとした口調で話してくれる。
私が生まれたその日に、ママたちは出会ったんだ…。
「願いを叶えたいという2人に、あの晩、約束したの。千夜が成人したら、本人に選ばせるって。前世がどうとか関係なく、私の娘として生まれてきたあなたが、自分で決めればいいと思った」
それで、ママはさっき『生まれた時から決まっている』って言ったんだ。
ていうか、ママが決めたのね。
ママは『今の私』を大事に、18年間何も言わずにいてくれてたんだ。
「千夜。2人とも、とてもいい方達よ。あなたには成人するまで会わせないと決めたけれど、これまでずっと、あなたのことを守ってくれていたの」
「一緒に暮らしても、平気だと思う?」
私の質問に、ママはふふっと笑って、一呼吸置いたあと、答えをくれた。
「家に帰っても1人じゃないし、家事も得意なイケメン男子よ。どう考えてもお得でしょ」
「う、うん…」
そりゃ、ゴハンもおいしかったし、家の中もめちゃくちゃ綺麗にしてくれてたし、芸能人以上のイケメンだけど。
だけどそれ以前に、男の人と一緒に暮らすっていうイメージが全然できない。
そこがすごく不安で、ママに聞いてみたんだけどね。
「楽しいんじゃない?ママはいいと思うな」
そう言ってにっこり笑うママの笑顔に、背中を押された気がした。

ママにも菜月にも言われたし、あれこれ考えずに私が楽しめばいいんだよね?
さっきも、楽しいなって思ってたもんね。
流されてそうなったとか、人のせいにせずに、自分でちゃんと覚悟を決めよう。

「じゃあ行くわね」
「あ、ママ!」
玄関のドアを出て行こうとするママを呼び止める。
どうしても、ひとつだけ聞いておきたいことがあったの。
「昨日の悪霊、いつものよりも念が強かった気がしたんだけど…。家の中にも入ってきたりする?」
これまで、家の中では怖い思いをしたことなかったんだけど、朝起きた時に2人が念のためにって隣で寝ていたことが気になっていた。
これから、ずっと2人と一緒に寝るのは、気が休まらなくて嫌だし。
それに、トイレとかお風呂とか、そういう無防備なところで何かあったら怖い。
「ああ、家の中は心配ないわよ。かなり強力な結界を貼ってあるし、万一の時も大丈夫なようにしてあるから」
あっさりとママはそう言って、じゃあね~と手を振ってそのまま家を出て行った。

…え?

バタンと閉まる玄関のドアを見つめる。

家の中は、心配ない?強力な結界??
それって…それって……。
あの2人が気づかないワケないよね!?
ってことは。
朝、2人が私に添い寝していたのは…。
「…あんの、エロ神サマめ」
拳をぎゅっと握りしめる。

せっかく、同居を前向きに考えたのに。
ママは、いい方たちって言ってたけど、これからものすごく振り回される予感しかしなくなったよ!

バタバタとリビングまで走って戻って。
「2人とも!!」
乱暴にドアを開けながら大きな声を出す私に、2人は驚いた表情をみせる。

「今後一切、私の部屋に勝手に入ったらダメだからねっ!!!それが同居の条件だよっ!!」

そう言い切ると同時、2人は私の隣に立っていて。
「分かったよ、千夜」
「約束しよう」
口々に返事をくれたかと思ったら、蓮はまた私の手をとって甲にキスを、彗は私の頭にキスをする。

突然のことすぎて、一瞬で何も考えられなくなってしまった。
やっぱり、私、選択間違えた…?
男の人に免疫ないのに、いきなり同居なんて無謀だったのかも……。

クラクラして遠のく意識の向こう、例のごとく私を取り合う2人の声が響いていた。


◆第二話 完◆◆
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